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これは沙絵とも意見の一致を見たのだが、ジョージの意見としては界と緋乃が別れることになったのは二人のせいではない。
周りの邪魔立てのせいだ。
だが最大の問題は、当の二人がそのことを知らずに、お互いの責任だと思い込んでしまったことなのだ。
(ねぇジョージ、もうだめかも)
ヘンだなと思うようになったのは、界と自分がドイツに来てから半年ほど経ったころだ。緋乃が時々連絡を遣すようになったのだ。
否、彼女とジョージは友達である、やりとりは勿論今までもあったけれど、ここでいう連絡はそういうカジュアルなものではなかった。
(界と話ができないの。今彼は忙しいから少し控えなさいって、グレーテルが)
(グレーテル?)
緋乃の口からは決まってその秘書の名前か、あるいは界の幼なじみであるヒルダ社員の名前が出た。
(ヨハンナからも言われたのよ。彼のことを応援できないのかって。勿論そうに決まってるわ、でも。そんなことあの人たちと話すことじゃない)
そうやってグレーテルかヨハンナに言われたことを、でも必ず緋乃はジョージに確かめるのだ。
(ねえ、界はどうしているの?)
辛かっただろうなと思う。恋人本人にをそれを聞けず、周りに確かめるしかないということが。
というか、聞きたくても聞けない状況にさせられていたのだ。
グレーテルとヨハンナは、界の忙しさを盾に緋乃を彼から遠ざけた。
二人とも界の同僚である。
やれ会議だやれレコーディングだと界の携帯を勝手に取り上げては緋乃と喋っ
た。そして拒否した。
無論界はそんなことは知らず、大好きな緋乃に連絡を取ろうとする。だが時差のせいですぐには電話もメールもつながらない。
やっと声が聞けたと思えば彼女はとても寂しそうだったとジョージに話した。
(……抱きしめたいのに、できない)
それが、とてもつらいと界は歯ぎしりをしていた。
会いに行ける距離ならば、夜を超えてでも会いに行くのにとも繰り返した。
(俺が寂しくさせてるのはわかってる。でも。会わなきゃその寂しさも消してあげられない)
本当はもっと連絡してくれていい。困らせてくれていい。
けど、緋乃は界を想うあまりに遠慮する。それが辛いと。
(界、違うよ。緋乃は君と話したがっている。昨日だって電話したって言ってるんだ)
(昨日っていつだよ)
(ああ、違う、おとといか。とにかく怒るなよ)
(怒ってねぇよ。でも。おかしいと思わねぇか?)
(え?)
なんで俺じゃなく、お前があいつと話してるんだよ!
僕も、守りきれなかったんだとジョージは思う。
二人は本当に努力していて、何があっても毎日の連絡をかかさなかった。
夏、界は緋乃に会いに日本に戻ったし、緋乃も秋休みの際にはドイツに来た。
一緒にいられる時のふたりは本当に幸せそうで、同じ時を噛みしめるようにして大切にしていて。
別れ際には泣きそうな顔で笑っていた。
そんな、砂の粒を集めるようにして二人が守り育てた絆を、周囲は遠慮なく足蹴にして壊した。
そして自分もまた、それを止めることができなかった。
「ジョージ」
パーティに明後日に控え、ジョージは会場である高級ホテルを飛び回っていた。
どうせ人が集まるのだから思う存分弊社の製品も宣伝いたしませんと、とあちこちに仕掛けをしていると、やってきたのが件のヨハンナお嬢様である。
あいかわらずボディガードまでつけて物々しい雰囲気だ。
「ヨハンナ様。ご機嫌麗しく」
「ないわ。ねえ、どういうこと?」
ひすいの瞳に栗毛の髪に白磁の肌。
黙っていれば妖精だが、ヨハンナは大抵いつも怒っている。
ジョージの挨拶のハグをいらいらと押しのけて、彼女は桃色の唇で喋った。
「カイが自分をゲイだって言いだしたのよ! 恋人の私がいるのに失礼だと思わない?」
「……。えーと? 失礼、話が読めません」
色々、と心の中で付け加えてジョージは慇懃に微笑んだ。
ヨハンナは、子供みたいだといつも思う。
外国人は大抵大人びて見えるものだが、彼女はハーフのせいか童顔だし体も小さく、よく少女に間違えられる。
それに何よりこのワガママさ。
「カイとお付き合いをはじめたなんて、知らなかったな。少なくとも僕は初耳ですけど」
「何言ってんのよ、ずっとそう言ってるでしょ!? 私と彼は結婚するの! お父様もそれを望んでいるんだから」
その“お父様”、つまり現ヒルデブラントAG社長の後押しもあり、確かに界はヨハンナの私的なお世話係というか、休日の買い物やお遊びに付き合わされている。だがもちろんそれだけで、界本人はヨハンナを愛してなどいない。
どちらかというと妹扱いだ。
この野郎、とジョージは内心で毒づいた。
君みたいな子供のために緋乃が。
「何度も伺いましたが、界本人の意思は確認されましたか?」
にっこりと皮肉を込めて言ったのだが、ヨハンナはふんと腕を組んで顎を反らせた。
「断るなんて言わせないわ。彼は私たちに恩があるのだから。彼のお父様の件でね」
「……」
ジョージは額に青筋を立てて彼女を見つめた。こいつら本当に卑怯だな。
かつて、界のチェロが粉々にされた時のことが思い出される。
彼は泣き、だが復活した。そこから夢をすら叶えた。
だがそれでも。今もなお彼を縛り続ける──ヒルダの悪法。
“父親の職を約束する代わりに、界はヒルデブラントで働く“
「もう良いのではないですか? 界はじゅうぶんヒルダに尽くしているでしょう。責任感がある彼は、放っておいても会社を辞めたりしませんよ」
「だめよ。他の人にとられる可能性がある内は、離してなんてあげない」
ジョージの言葉にヨハンナは微笑んで答えた。
その執着の理由はなんなんだろう、とジョージはいぶかしく思う。
男なら他にいくらだっているだろうに。
だがその疑問を口にする前に携帯が鳴った。
「ああ、失礼」
これ幸いとヨハンナの前を辞し、ジョージはその場を後にした。




