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きんいろのつばさ  作者: 小糸
ミュンヘンの夜
10/51

side KAI

 

 ダークスーツにチョッキを着こみ、ネクタイは少し華やかなあかに。

 前髪を上げて髪を整えたところで誰かが遠慮なく部屋に入ってきた。


「うん、いいじゃないの」

「グレーテルかよ」


 界は首だけでわずかに振り返り、思い切り顔をしかめた。今日は真っ赤なドレスに身を包んだ大柄な社長秘書がいた。

 その年齢不詳の美しさと魅惑のひすい色の瞳、何よりも数多くの男を手練手管に取っている事実により、ヒルデブラント内での呼び名は“金髪の魔女”。

 また派手だなー、と界は彼女のボディコンなドレスを一瞥して思った。

 似合ってるけど。


「俺が裸だったらどうすんだ?」


 息を吐いて今度は手首に腕時計を巻く。と、肩に手がすべってくるのを感じる。

 グレーテルは界の背中にぴたりと寄り添いながら微笑んだ。


「それはむしろ喜ばしいわ」

「……そうだったな。あんたは無類の男好きだ」


 ふ、と笑って界はスーツをぱんと叩いた。準備はできた。


「どう?」


 一応グレーテルに確認してもらう。

 この魔女は男好きさえ別にすれば優秀な秘書であるしビジネスウーマンであるのだ。

 それに、界のことは幼い頃から見てきているので、歳の離れた姉のような、母のような感覚もある。

 グレーテルは界の姿を上から下まで眺めつくして、しばらくのちに頷いた。


「完璧ね。襟も袖もハンカチも。靴は?」

「玄関で履くよ」

「面倒ねえ、何度も言ってるけどその日本の習慣やめなさいよー。私たちもめんどくさいのよ、いちいち玄関で靴脱ぐの」

「やだね。汚いだろ」


 そこに関しては俺は日本人なんだ、と返して、界は彼女を見た。


「じゃあ、行こうか?」

「ええ」


 彼女が来たということは今日のエスコート役に俺を選んだという事だ。

 フラットを出るとタクシーを拾い、界はグレーテルと共に会場のホテルへ向かった。


 ***


「そういえば、ヨハンナは?」

「今日は来ないように言ってあるわ。あんたがゲストの女性をエスコートしているのを見るだけでも大騒ぎするのがわかってるから」

「……まあ助かるけど」


 グレーテルと話をしながら象牙色の階段を上がって行く。

 白亜のホテルはクラシックで品が良い。

 重厚な油彩画にモダンなデザインを取り入れた内装がとてもきれいで、だが奥へ進めば解放感のあるテラスも備えている。

 快適な空間に響くのは自社の楽器に自社のアーティストを使った生演奏。

 もちろんコンパニオンは一流の美人ばかりだ。


 ふむ、と界は会場を眺め渡して判断した。

 ヒルデブラントを高級ラインだと思い込ませる作戦はまあ成功したと言えるだろう。


「カイ」


 ふと名を呼ばれたので視線を動かすと、奥のテラスに社長と専務の親子がいた。

 パーティの開始は18時で、今は17時。まだ開始される前の会場にはヒルダの社員ばかりが集まっているようだ。

 グレーテルも微笑んで手を振り、界は彼女の腕を引いて経営者親子の前へと進み出た。


「なかなか良い出来栄えじゃないか。特に日本料理を含めた世界各国の料理を用意したのは名案だな。我々を含む欧米人には抜群に受けがいい」


 社長──カール・ヒルデブラントは恰幅の良い柔和な男性だ。ヒルダ一族の特徴でもある素敵なグレーの瞳を細めて彼はまずグレーテルを抱擁した。そしてそれが終わると界の肩を叩いて言った。


「それに花もいいな。これが日本のイケバナか」

「はい」

「これはカイのアイデアですのよ、社長カール


 グレーテルが艶然と微笑み、界はただ頷いた。

 すると今度は息子のジークフリートが口を開いた。


「時間が無かったわりに準備はうまくいったようだな」

「ええ。俺にはジョージがいましたから」


 丁度その時ホールの入り口に親友の姿が見えたので界は言った。

 手を挙げて名前を呼ぶ。と、彼は即座に気が付いてやってきた。


「ミスター・ヒルデブラントがお二人も。お目にかかれて光栄です」

「やあ、ジョージ。元気そうだね」

「はい。とても」


 にこりと笑うジョージは完璧に感じが良い。

 こいつのこういう部分は本当に見習わないとな……と界は思った。日本の学生時代から感じていたが、スーツの着こなしもパーフェクトだ。緑の瞳がブラウンのスーツによく映えている。


「美しいわね」


 美男子が大好物のグレーテルがすかさず褒めると、ジョージは彼女の手を取って口づけた。そして答えた。


「僕の言葉です。今日のあなたは一層きれいだ。ゲストが放っておかないのでは?」

「それはあなたよ。うちの宣伝の仕方がうまいわ」

「いやあ、営業部の人たちにはよく怒られるんですよ。現場を考えたマーケティングの方法を取れって」


 な? ときらめく瞳で同意を求められ、界は思わずくすりと笑った。


「そうだな」

「でも君たちは良いコンビのようだ。さすがはヒルダの誇るsuits」


 カール社長が口にしたのは界とジョージが組むチェロ・ユニットの名前だった。

 界本人としては今でも非常に恥ずかしくて不本意なのだが、音楽性だけではなく見た目を売りにされていて、基本的にいつもスーツ。だからその名前になった。


「今日は演奏しないのか? 君たちが演奏してくれるのが本当は一番宣伝力が高くて助かるんだが。それにゲストの女性も確実に喜ぶ」

「ん~~、皇帝カイザーのゴキゲン次第かな」


 ジョージは学生時代のあだ名で界を呼び、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。


「僕はいつでも構いませんが」

王子様プリンスはこう言っているのよ。カイも考えておきなさい」

「今日はそんなつもりはないですね」


 界が誤魔化すように肩をすくめた時、ふと電話が鳴った。どうやら専務だ。

 彼は胸元からスマートフォンを取り出すと耳に当てて喋っていたが、突然顔色を変えた。


「何──それでは話が──おい、ちょっと待て!」

(なんだ?)


 専務は社長と比べれば気難しいところもあるが、決して声を荒げるタイプではない。

 その彼が電話口に向かって叫んだので、皆一様に変だとわかった。


「何があった?」

「……いいえ」


 社長が尋ねると、専務は携帯を耳から下しながら唇を噛んだが、答えなかった。

 だが色白の顔は何か堪えるように赤く染まっている。

 やっぱり変だ、と界が眉をひそめて見つめると、ふいに専務もこちらを見た。目が合う。


「え?」


 思わず声を出せば専務はさらに手を伸ばして界の腕をつかんだ。

 そして言った。


「──カイ。今から一つ頼まれてくれるか」



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