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ぐだぐだダンジョン探索記  作者: 寿 安清
7/10

第六話 水戸ダンジョンへ行こう

 

 自宅ダンジョンの攻略を始めて、三週間。

 攻略階層は15階層へと辿り着く。

 12階層からダンジョンは構造を変え、石造りの地下都市遺跡風になった。

 モンスターもカマドウマやダンゴムシ、ムカデ、ゲジゲジ、ノミ、ネズミ、カエル、オオカミ、ハクビシンと、あまり代わり映えがなかったが、十五階層でモンスターも種類に変化が見られた。


「ハチだな……キイロスズメバチ」

「しかもデカい巣があるよ? 尻の針が槍みたいにぶっといけど」

「武器に使えるか? それより気になるのが、地下都市遺跡風のダンジョンだろ? 鉱石とかはどこで採取できるんだ?」

「あぁ~……どこでだろうね? 壁を掘って鉱石が出てきたらおかしいし」


 13階層までくまなく探索したが、12階層から採掘場所は全くなかった。

 代わりにモンスター部屋が存在し、大集団の敵に囲まれたこともあった。

 幸いと言って良いかわからないが、ほとんどが一撃必殺できたため、被害はなかった。

 

「宝箱も回復薬や塗り薬、毒消し……」

「気付け薬に蜂蜜っぽいもの……たいしたものでもなかったな」

「ダンジョンって、どこまで探索が進んでいるの?」

「場所にもよるが、最大で42階層。【パリ大迷宮】だな。上海とチベットはそもそも近づくことができないし、アリゾナはアメリカ軍が占領しているが、調査は難航してるとか」

「サハラは?」

「ダンジョン独占を主張する周辺の国が宗教を持ちだして、混乱が拡大してる。そのうち戦争になるんじゃないか?」


 火薬地帯は救いようがなかった。

 民族紛争に宗教が加わり、互いに足を引っ張り合う。

 資源がないというのにむやみに民衆を煽り立て、各地で内戦が勃発していた。

 凄いところだと、『ダンジョンは神の聖域であり、何人も犯すべからず』と言い出す始末だ。あるいは『文明に汚染された人類は、原初に返る刻が来た』と言い出す。

 様々な派閥にわかれ、大いに宗教論争と暴力が吹き荒れ始めている。戦争になるという話しもあながち的外れではなかった。


「アラスカは? カナダとロシアが調査をしているが、氷の迷宮らしく調査が難航しているらしい。EU諸国も調査に加わっているが、モンスターも強すぎて思うように進んでいない」

「大迷宮は大変だね。北海道はどうなの?」

「その北海道も最近41階層に到達したんだよ。日本はあまりしがらみがないからな、オタも多いし探索者も世界の中でトップクラス」

「日本、凄かったんだね」

「ゲーム大国だし、お約束な展開は誰もが知っているからな。罠に始まり、様々な局面に対して免疫がある。まぁ、雑学知識程度だけど」

「石油なんかはどうなってんの? 誰が調達しているんだろ」

「青森ダンジョンから確保している。オイルスライムが大量に出てくるし、ドロップの【黒玉】が大量に確保できるからな。一個でドラム缶三本分の原油が確保可能だ」


 そして、原油はアメリカやロシア、EU諸国、中国などに輸出されていた。

 アメリカではダンジョンは犯罪組織の根城になることが多く、数も把握できていない。

 国土が広すぎて、数の多い小規模ダンジョンの調査もままならない。

それは中国も同じである。

 ここに来て、世界の経済バランスは大崩壊を始めていた。

 そもそも利益の出るダンジョンが珍しく、中にはトラップばかりのダンジョンや、完全に水没したダンジョンもあった。

 ついでに、スライムの全てがオイルを生み出すわけではない。

 経済の立て直しをしたい国々は、ダンジョンの確保に躍起になり、探索者は自分の生活しか考えない。原油を生み出す【黒玉】も、発見されても裏で横流しした方が高く値がつく。

 ある意味日本が特殊とも言えた。

 中東の政治の中枢が脆弱な国々は武力で行動に移し、ただでさえ疲弊している国の内情は悪化の一途を辿っていた。ダンジョンを探索するどころじゃない。

 探索者ギルドがうまく機能しているのは、実は日本だけだったりする。


「ようするに、ゲーマーやオタクは凄ぇってこと?」

「だな。同盟国は兵役を盾に退役軍人すらダンジョンに向かわせ、ロシアは普通に暮らせる程度に国内ダンジョンの探索は進んでいる。中国は経済が安定している国家に対抗心を剥き出しだし、EUは下手すると分裂するかも」

「うっわ……世界大戦にならないかな?」

「無理なんじゃね? ダンジョンを放置したら【暴走】の危険がある。次にヤバいのは火薬地帯じゃないか? あそこは人の足を引っ張るくせに、まとまりがない連中が多いからから……」

「日本で良かったね。気楽にダンジョン探索できるし」

「国土が広い国は、それが仇になっている。別のダンジョンに行くにも、片道一週間とかマジであり得ねぇ。飛行機の国内便や新幹線乗り継ぎで行き来できる日本が最高!」


 日本はのんびりできるが、海外ではかなりゴタゴタしていた。

 フィリピンやベトナム、インドでもオイルスライムが出現するダンジョンはあり、輸出する分は確保できないが国内を賄うには充分だった。

 わざわざ面倒なところに顔を出す必要もない。エネルギー資源が足りないから他国に対して戦争も起こせない

 オーストラリアも同様だが、国内にダンジョンが多すぎて管理が行き届かない。

 エネルギー資源が減る一方で、太陽光などのクリーンエネルギーの開発が活性化しそうだが、工場を動かしたりするにも電力は必要。原子力発電もそのうち止まる可能性が高い。

 世界の経済が悪化する一方で、人心も次第に荒廃してゆく。


「世界……終わるかも知れないな」

「山脈や湖の底なんかにダンジョンがあったら、探索なんて無理だしね。それこそ海底のにあったら大変だよ。【暴走】を止められないし、モンスターが海にあふれ出すから」

「世界のどこかで【暴走】は起きてんだ。この間は、パキスタンで起こったからな」

「近くのダンジョンは大丈夫なの? 例えば、水戸ダンジョンとか」

「どうだろうな? 探索は進んでいると思うが、なんちゃって探索者が多いからな」

「なにそれ」

「ナンパ目的のチャラい奴ら。たいして強くないのに偉そうに蘊蓄たれて、女の気を惹こうとする」


 なんちゃって探索者はかなり多い。

 そもそも探索者は個人やチームを組むものがおり、中には企業として動いている強者もいる。彼等は生活優先で命懸けなのである。

しかし、その中には入れない一部の不真面目な者が、性目的で探索者を名乗るのだ。


「他にも、ロマン系探索者とか、戦闘狂探索者とか、お前みたいなコスプレ探索者とか変なのもいる」

「誰がコスプレ!? それに、最初のロマン系ってなに?」


 戦闘狂探索者とは、その文字の示すとおり、バトル中心の命知らずである。

 モンスターの戦闘を楽しみ、独自の技や戦略を磨く探求者のことだ。そしてロマン系探索者とは、ダンジョンのお宝が目的である。

 あるかも知れない財宝を求め、日夜ダンジョンを探索しては宝箱を発見して一喜一憂する。彼等のおかげでダンジョンマップが作られるので、ある意味では国に貢献していると言っても過言ではない。

 ダンジョンマップがあることで、危機的状況下に陥った探索者の救助がスムーズになり、今まで多くの無謀な者達が救われていた。

 彼等は新しいダンジョンや未踏域に挑戦する冒険者であり、所謂ゲームで言うところの攻略組である。


「へぇ~……水戸ダンジョン。行ってみたいね。他のダンジョンを見てみるのも良いかも」

「行ってみるか? 学ぶところは多いだろうが、パーティーを組む必要があるぞ? メンバーはどうすんだ?」

「なんで?」

「水戸ダンジョンは、お前んちのダンジョンよりも広いからだ。罠もあるし、前進をするだけでも役割があるんだよ。前衛と後衛、探索とか後方警戒とか」

「うちのダンジョンも罠がある……そう言えば、拓ちゃんも罠に掛かったよね?」

「言うな……宝箱は男のロマンだ。埋蔵金しかり、海賊の隠し財宝しかり、沈没船のお宝しかりだ。お前はゾクゾクして来ないのか!」

「ないね。僕はゆっくりまったりダラダラと生きていくんだぁ~」

「ロマンを解さないお前は、男じゃない! 女だ! 男の娘のSU・BA・RU!!」


 昴の耳がピクピク動く。

 そして、素早く拓巳の腕を掴まえると前身のバネを使い、一本背負いの要領で思いっきり放り投げた。

 哀れ、拓巳はハチの集団に囲まれる。


「昴ぅ! お前、なんて真似を……うお!?」

「はすたらびすたべいべぇ~」


 発音の悪いトドメの言葉を投げかけると、掌に火球を生み出した。

 それを拓巳のいる方向に向ける。


「おま、まさか!!」

「ご~とぅ~へる!!」


 撃ち出された火球はハチを巻き込み、一直線に拓巳に向かってゆく。

 それを見るや否や必死で走り出し、斜線上から退避した。

 拓巳は火球から逃れることはできたが、標的を見失った火球は蜂の巣に直撃し、中にいるハチを巣ごと炎で焼き尽くしてゆく。

 想像以上に蜂の巣は良く燃えていた。


「みろぉ~、ハチがゴミのようだぁ~♪」

「謝れ! 宮○監督に謝れぇ!! お前は名作を冒涜した!!」


 周囲のハチたちが炎を消そうと、巣に向かって突撃していく。

 だが、炎の勢いは強く、ハチたちを容赦なく業火が呑み込んでいった。

 むしろ炎にハチが飛び込んでゆく。


「地下迷宮、飛んで火に入る夏の虫。昴」

「なんて酷い俳句だ。お前は鬼か!」

「スズメバチは天ぷらにすると美味しい。けど、これだけデカいと食べられるのかな?」

「なんて逞しい言葉だ! だが、俺を殺そうとしたのは忘れんぞ!!」


 昴は実に満足そうだった。


「あっ……あれ?」


 蜂の巣があると言うことは、当然だが女王バチも存在する。

 ちょうどそのことを思ったその時、燃えさかる巣をブチ破り、巨大なハチが姿を現した。

 鋭いアゴを持ち、騎馬兵が持つような槍を思わせる長い針を尻から突き出し、その先端から強酸液を垂らしている。

 石畳に強酸がたれ落ちると嫌な臭気を漂わせ、『ジュゥ~』という音と共に石畳に穴を空けた。人間が浴びたらひとたまりもない。


「なんで、いきなりボスがでてくんだ! 普通はどこかの部屋にいるもんだろぉ!!」

「拓ちゃん……現実はゲームじゃないんだよ? こんなこともあるさ」

「いつか似たようなことを俺が言ったよな? 何をしたり顔で、しかも偉そうにふんぞり返ってんだ?」

「こうするから……。さんだぁ~!!」


 掌から迸る雷が放出され、女王蜂に直撃。

 弱点属性なのか、女王蜂幅比して空中から落下する。


「うん、虫には電流だよね。効果は抜群だぁ」

「話しは後だ。コイツを始末するぞ!!」

「害虫駆除はお任せ! お命頂戴」


 痺れ地に落ちた女王蜂を、馬鹿二人が武器を持って徹底的にフルボコにし、哀れ女王様は黒い霧となって消滅した。

 残されたのは女王蜂の太い針と、無数に落ちた働き蜂の針。そして魔石と瓶詰めの蜂蜜が大量に転がっている。

 飛べないハチはただの経験値だった。

 

「あっ、女王蜂の翅も落ちてる。綺麗だけど、何かに使えるかな?」

「アゴも落ちてるぞ? これ、短刀かナイフに使えるんじゃないか?」

「甲殻かぁ~。前の階層のヤツよりより固そうだなぁ、強化に使ってみよう」

「このモンスター、思ったよりもレベル高いんじゃないか? 俺、今レベルが30になったぞ?」

「僕は……レベル37。アレ? モンスターバランスがおかしいような……」

「上の階層が弱いモンスターでも、下の階層にいるヤツがいきなり三倍の強さである場合もあるな。ゲーム知識は参考程度にしかならない。今回は、たまたま弱点属性が当たっただけだ」

「火に耐性もあったみたいだ。ダンジョンは怖いね」


 ダンジョンがモンスターの生息する領域なら、いきなり凶悪な敵に出くわす可能性も高い。15階のハチは今まで戦ったやつよりもはるかに強い個体であった。

 拓巳の言ったとおり、弱点属性で麻痺していなければ、簡単に袋叩きにはできなかっただろう。油断ならないのがダンジョンなのである。


「拓ちゃん、これを機にダンジョンで喧嘩を売るのはやめようね? マジで命に関わるから」

「俺が悪いのか? 口で言ったんだから、お前も言葉で返せよ」

「……拓ちゃん。僕は口より先に手が出るタイプだよ? 知っているはずだよね」

「長いことオタク人生を送ってたから、すっかり忘れていた……普段から滅多に怒らんし」

「引きこもりは人を駄目にするよね。これからはもっとアウトドア派に近づこう」

「彼女もいないのに、か?」

「…………虚しいね。お互いに」


 彼女もいなければ友達も少ない。

 悲しい男達の会話であった。

 そんな男達の現在のステータスはこうなっている。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【名前】大山 昴 【レベル】37

【職業】フリーター【年齢】二十三歳


【スキル】

【忍びの極地】MAX

【剣士の極地】MAX

【魔法の極地】MAX

【鍛冶師の極地】MAX

【薬師の極地】MAX

【状態異常完全無効化】MAX

【ポイント】無限

【称号】

【萌え萌え忍者娘】【ケモ耳ラブ】【神々を萌やした男】

【犬耳剣聖】【怒髪天】【愛天使】【世界を堕とした男の娘】

【萌の錬金術師】【ジャイアントキリング】【明けの萌星】

【超萌戦士コスプレイヤー】


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【名前】佐山 拓巳【レベル】30

【職業】フリーター【年齢】二十三歳

【スキル】

【剣士の極意】レベル7

【鍛冶師の極意】レベル1

【ポイント】109021

【称号】

【ダンジョン蘊蓄野郎】【超道化人】【オタク王子全裸編】

【やっちまった男】【お前はもう、社会的に死んでいる】

【フルモンティ】【性犯罪者】【前科者〈笑い〉】

【ダンジョンヌーディスト】【ジャイアントキリング】

【神々に爆笑された男】【社会的に吊された男】

【パンツがあれば何でもできる】

【ケモ耳メイカー】【残念無念また来週】


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 


 可哀想な称号が増えている。

 特に拓巳が酷かった。


「拓ちゃん……今だから言うけど、称号が変なんだ」

「………言うな。何も聞きたくない。知りたいとすら思わない。ポイントもなぜか増えてるし」


 ステータスが他人に見えなくて良かったと、心から思う二人。

 他人に知られれば恥ずかしくて死にたくなる。


「「【鑑定】持ち、いないよなぁ?」」


 唯一ステータスを覗けるスキル、それが【鑑定】である。

 二人はこの世界のどこかにいる【鑑定】持ちの探索者に会いたくない。

 いや、最悪なのは見られたくないところまで鑑定されている可能性だ。


 だが、鑑定スキルはポイント数や称号を見ることができないことを、今の二人は知らない。

 その事実に気付くまで、五年の歳月が掛かるのであった。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



 国道50号沿いにある探索者御用達店、【冒険野郎 国道50号支店】。

 第二十七号支店の店長の【横河 弘】(三十九歳)は、レジの前でコーヒーを飲みながら店員と談笑を交わしていた。

 その日も何気ない一日に思われた。


 だがこの日、この探索者専門の店に珍しい客が現れる。

 見た目は中学生くらいだろうか、肩で揃えた甘栗色の髪の美少女である。

 この店は探索者が訪れる店なので女性客も少なくはないが、決して未成年が訪れる場所でもない。そもそも探索者には年齢制限があるからだ。

 探索者には十五歳でもなれるが、未成年者は親の承諾が必要である。

 中学生くらいの少女がダンジョンに挑むことなど少ない。学業のこともあるのだが、特に親が許さない。それほど死に近い場所だからだ。

 仮にいたとしても親か成人した兄弟と一緒のケースが多く、一人で店に訪れるなど先ずあり得ない。それ以前に未成年者はなぜか特定の階層から下に下りられないのだ。


 ダンジョンは下の階層ほど良質の素材が得られ、その分だけ危険度が跳ね上がる。タチの悪い罠が仕掛けられている階層もあるのだ。

 なぜ未成年者が下りられない仕様なのかはわからないが、実際にそうなのだから仕方ないだろう。神にでも聞いてくれというほかない。


『誰かと同伴か? しかし、今日は平日だぞ?』


 少なくとも未成年者が一人でこの店に来ることはない。ならば、同伴者と来たという憶測は成り立つ。何はともあれその少女は目立っていた。

 そんな好奇の目を注がれているとは知らず、少女は物珍しげに展示品を眺めていた。


「うっわ……高い」


 ガラスケースに展示してある剣を見て、少女はそんな声を上げた。

 そんな微笑ましい光景に、思わず苦笑いが浮かぶ。

 この店の武器や防具は、【探索者ギルド協会】でランク付けされた鍛冶師の手による物が多く、D~Sランクの鍛冶師の作品がほとんどだ。

 安くても五十万はするし、高いと三千万円を超す業物もある。

 しかし、それほどの物になるとオーダーメイドになり、注文をしてから早くて一年、遅くとも五年の日数が掛かるものだ。

 探索者にとって武器は身を守るための道具であり、生死を共にする相棒でもある。金をケチって死んでゆく探索者も後を絶たない。

 まぁ、生産職が少なくて、武器を強化するにも時間が掛かってしまうという面もある。

それならば運任せでダンジョンに潜り、新たな武器を探し当てる方法をとらざるを得ないのも確かだ。だがこの方法は博打だ。

ダンジョンに潜った程度で武器が手に入るのならば、そもそも生産職は要らない。それでもダンジョンに無謀な突撃をする者も後を絶たなかった。


「う~む……やっぱりこれくらいはするよね。命を預ける道具だし」

『『『『『『 わかっている! 』』』』』


 横河を始め、この場にいる全員の心が一つになった。

 探索者はレベル以外にもスキル、そして濃密な戦闘経験の数が求められる。

 実力者ほどほぼ毎日ダンジョンに潜り、自らを鍛え、何よりも道具にこだわるものだ。

 いきなり強力なスキルを得るものもいるが、この手の者は大抵が能力を過信し、やがて自ら自滅していく傾向が高い。

 三年ほど前にポイント一千万を持った探索者がいたが、スキルの強さに溺れ無謀な挑戦を続けた挙げ句、半年前、ついに自滅して二度と探索者に復帰できなくなった。

 それまでかなり調子に乗っていたようで、テレビでも何度か出演し、多くのファンの前でいかに自分が優れているかを偉そうに語っていた。

 そして、ヘマをすれば武器や防具のせいにし、制作した職人を散々こき下ろしていた。

 その人物と会ったとき、横河は正直いけ好かないやつだと思っていたが、事実その通りだった。

 自己陶酔型のナルシストで、アイドルとの不祥事も勲章と思っている奴だった。今は消えてくれて清々したと心から思っている。


「おっ? この刀は綺麗だね。どんな鉱石でできているんだろ……。ダンジョンで採掘できるかな? 欲しいなぁ~。あっ、特注!? お金、貯められるかな?」

『マジか!? 自分の武器を作る気だぞ! これは逸材……いや、まだ未成年だ。将来が楽しみだな。あのまま純粋に育って欲しい』


 どんな武器であれ、手に馴染んだ武器を強化していく探索者は伸びる。

 いけ好かないナルシストが消えた後、彼のいた場所を奪ったのがそうした探索者だった。

 常に慎重で油断をせず、仲間との関係に気をつけ、用意周到。

 臆病と馬鹿にこき下ろされたが、その馬鹿の記録を最短時間で突破していった。座右の銘は『急がば回れ』であったらしい。

 そうした慎重さを持つ探求者が少なく、見た目にこだわる連中も多いのは嘆かわしいことであった。

 その手の連中はゲーム感覚であるのが厄介だとも言える。

 

『しかし、見かけない娘だ……。この店に来る常連は顔を覚えているし、新人か?』


 微笑ましいものも見たが、それよりも見かけない子であることに興味が沸き立つ。

 武器や防具にこだわり、展示品より使われている素材そのものに興味を抱く。何より自分の命を守ることを優先している。

 危険な場所に赴く以上、安全第一は基本中の基本であり、更に臆病なまでの慎重さと冷静さがあれば大抵のダンジョンで生き残ることができる。


『まぁ、絶対ではないがな……』


 そう、ダンジョンに絶対はない。

 どんなに慎重でも死ぬときは死ぬのだ。


「昴、素材はもう売ったのか?」

「うんにゃ、ちょっと武器を見てた。これ、凄いよ?」

「おぉ……って、高っ!? やっぱ、命を預けるなら良い武器は必要か……。俺の剣もいつまでもつやら」

「昨日、強化したよね? それでも不安なの?」

「自分が強化した武器の評価なんて、わかるわけがないだろ。そもそも俺達は探索者であって、生産職じゃない。武器にはこだわりたいけど、自作の武器は不安がある」

「まぁ、実績がないからね。ネットで調べられる情報だけじゃわかんないか」

「所詮はアマチュアだからな」


 聞こえてくる会話に、横河は衝撃を受けた。


『自分で強化? 自作の武器だとぉ!? とんでもない逸材じゃないか……』


 鍛冶師スキルを持つ探索者はいるが、実際に使いこなしている者はいない。

 いや、少ないと言うべきだろうか。

 探索者になる上で一番悩むのが武器と防具だ。購入できる物は粗悪品で、一度の戦闘で駄目になることもある。

 それを防ぐためにポイントに余裕のある者は、鍛冶師スキルを得て自分の武器を修理する。

 しかしながら、技術や経験が足りなくてやはり粗悪品になってしまう。

 今はネットで基本的な作業はしることができるが、一級の武器などのレシピは伏せられている。職人がレシピを秘匿するのは当然のことだ。

 試行錯誤をしながら、探索者も職人も上を目指す。それでも自分で手入れができるアドバンテージは大きい。


「それより、素材の売り込みだ。いくらになるかわからん」

「小遣い程度になれば良いよね。虫がほとんどだし……後はネズミとかハチ、ゲジゲジは魔石しか残らないから……」

「あれ、絶対食われる側だよな。ムカデやクモから……」 


『そんなモンスターがでるダンジョンなんて、あっただろうか?』


 二人の客が言っていることに、首を傾げる横河。

 聞いている限りだと、害虫や害獣が出没するようだが、水戸ダンジョンは違う。

 水戸ダンジョンの一階層は、ウサギやカメが生息していた。ドロップアイテムは肉や毛皮であったりする。

 聞き耳を立てているのは無粋であり、更に邪推までしていた。客に対して失礼である。

 そんな横河の元へ二人は近づいてきた。


「すみません。素材を売りたいんですけど、どこで鑑定して貰えば良いんでしょうか?」


 長身のイケメンが、横河に声を掛けた。

 一瞬兄妹かとおもったが、イケメンと美少女はまったく似ていない。

 未成年者がダンジョンに行くには身内同伴に限られるため、親戚の可能性もある。しかし、仮に血の繋がりがなかったとなれば、関係が気になる。


『恋人同士じゃないだろうな?』


 イケメンと美少女だ。その可能性も充分に考えられる。

 だが、その想像の通りだと犯罪なは間違いない。通報するべきか迷うところだ。

 横河の邪推は止まらない。


「素材の売買ですか? 鑑定は店の方ではなく、こちらの奥で行います。失礼ですが持ち込みは初めてですか?」


 だが、彼もプロだ。

 心で思っていることはともかく、仕事はきっちりこなす。

 彼は支店長なのだから。


「えぇ、俺も連れも初めてだな。一応振り込みように通帳も所持してるし、手続きの申請書を書くから印鑑も用意してある」

「おぉ、事前に調べてくるは……。やるね」

「ハハハ、何ごとも慎重にやらないと駄目ですから。事前に情報は集めたよ」

「若いのに感心だね。なかなかいないんだよ」


 この青年は将来性があり、今後も伸び続けると思った。


「では、会員カードを作りますので、登録手続き書を書いてください。探索者ギルド協会のデータに登録しますので、今後の売買は楽になると思います。素材の値段は全国内の流通状態で変わるから、慎重に物価の変動を見極める必要があるけどね」

「あぁ~、素材の価格変動には興味はないかな? その日の売値が常に変わるのはわかるけど、面倒だし余った素材だから平均価格で構わない」

「そうかい? じゃあ、会員登録の方を優先しよう。登録手続き書を書いているうちに鑑定しておくよ」

「あっ、登録手続き書は二枚ください」


 そこで横河の動きが止まる。

 この【冒険野郎】では、会員登録は十八歳以上からだ。それ以下の探索者は登録できない。

 理由は教育的なものと、労働者的なものがある。

 探索者はそれなりに儲かる仕事だが命の危険があり、未成年者に過酷な現場で働かせるわけにはいかなかったことと、単純に未成年者が多額の金を持つべきではないという教育的な問題が、各省庁から挙げられた。

 国会で散々議論した末に、未成年者は保護者同伴なら売買できると取り決められ、若者達には不満の声が多い。

 だが、法律で決まった以上はそれがルールだ。破ればそれなりの法的措置が取られることになる。こうした取り決めは無駄に早いのが日本の気質とも言える。

 しかし、青年の後ろにいる少女が登録すると言うことは、少なくとも十八歳以上。成人と言うことになる。


「マジで?」

「気持ちはわかるが、アレでマジに成人男子だ」

「「「「「男だとぉ!?」」」」」


 店員を含めて驚愕の声が上がった。

 無理もない。何しろ、この場にいる者全員が女子中学生と思っていたのだ。


「まぁ、そんなことはどうでも良いんだ。素材の鑑定と会員登録、奥の部屋でやるんだよな?」

「あぁ……信じられん」

「事情を知らない奴が俺達を見ると、凄ぇ白い目で見やがるんだ。苦労してんだよ……色んな意味でな」

「だろうな。アレで男か……しかも…。いや、それは後で良いな。取り敢えず奥の部屋に来てくれ」


 なんとなく理解できてしまう、察しの良い横河。

 それでも仕事はおろそかにしない彼は、まさしくプロであった。

 二人を奥の部屋に案内し、そこで素材の鑑定を始める。



 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 

「これは……凄いな」


 ストレージから出された素材のほとんどが、いつでも武器や防具に加工できるよう下処理が施されていた。

 このような作業は探索者にあまり見られない。

 大抵がドロップしたままで持ち込まれ、中には長期間放置して駄目になっている物も多い。しかし目の前に山積みされた素材は全て下処理済み。

 これをやっているのといないのでは、天と地の開きがある。無論、買い取り金額にも大きい差が出てくる。


「昆虫素材が………二百五十二個、獣素材に鉱石……凄い数だ。それも一人分でこの数」


 店員の半数を総動員し、鑑定が始まっていた。

 種類に分けて丹念に調べ、その金額を記入してゆく。

 問題はその素材の希少性だった。


『ムカデやクモとか言っていたな……。獣系の素材は少ないが、下処理は万全。いつでも鍛冶師に出荷が可能。鉱物も同じで、何よりも凄いのがこのデカい針だな』


 何のモンスターかは知らないが、武器に加工できる巨大な針は高く売れるだろう。

 茨城では先ず見られない新素材に、横河も興奮が隠せない。

 そして、昆虫の甲殻はとても軽く頑丈であり、結合させる金属次第ではかなり強力な武具が作れるだろう。

 これを二人で集めたというのだから、とても新人とは思えない働きである。


「手続き書類、書き終わったぞ?」

「なんか、かなり時間が掛かってるね? 大量にいる雑魚モンスターだったから、時間が掛かっているのかな?」


 小柄の美少女――もとい美青年は、何もわかってはいなかった。

 持ち込まれた素材は全て、トップレベルの探索者が行うような仕事だったのだ。

 当然だが査定金額も凄いことになっている。


「ふぅ……取り敢えず、鑑定は終わった。金額はこんな感じでどうだ?」

「どれどれ……マジかぁ!?」

「………拓ちゃん。この金額、父さんの月収よりも多いんだけど」


 二人の素材を合わせた合計金額は、優に五百万を超えていた。

 毛皮や甲殻といった素材は生物の一部である。適切な処置をしていれば長期保存ができるのだが、ほとんどの探索者はそれを行わない。

 素材の多くは、ダンジョンからで手売りに出されることが多いので、下処理加工の有無は問題がなかっただけなのだ。

 ただし、多くの素材は別の場所で下処理されるので、下処理加工に料金的な差が大きく出てしまう。

 中には直ぐに駄目になってしまう素材もあるので、管理していくのが難しい。主に、人手不足という方面でだが。


「素材は良質でした処理も万全。量もかなりあるし、ついでにいつでも売りに出せる。こちらで多少の色もつけたが、その値段で買い取ろう」

「「……売ります。マジか……?」」


 呆然とする二人の探索者。

 初めての素材売買でこの値段は、驚くのも無理はない。

 新人の探索者など、収入は目の前の二人の精々十分の一にも満たないのだ。何より珍しい素材が多かったのである。


「銀行振り込みは直ぐにできるぞ? 銀行との手続きは後になるが、金は今この場で支払うこともできる」

「「振り込みでお願いします!」」


 横河は、期待を大きく上回る新たな探索者と出会えたことに、何とも言えぬ満足感を得ていた。この仕事をやっていなければわからない達成感もある。


「では、今後もこの調子で頑張って欲しい。今日売った素材のおかげで、命を長らえる探索者も大勢いるはずだからね」

「「ハイ……ガンバリマス」」


 こうして横河の久しぶりの大仕事は終わった。

 店員達もしばらくは興奮が収まらなかったが、実に満足のいく仕事ができたことを素直に喜んでいる。久しぶりの大仕事だったのだ。

 腕の良い探索者と出会い支えることが、この仕事の醍醐味なのである。


「また、うちに来るかな?」


 近いうちに再び店に来る予感を、横河はなんとなく感じていた。


 

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



 軽ワゴンを運転する拓巳の横で、昴はまだ呆然としていた。

 無駄に増えたドロップアイテムを処分するため、探索者専門店【冒険野郎】で売ってみれば、その金額はとんでもない額になってしまった。

 探索者になる物の多くはある程度の税金は免除される特典付きで、昴もまたその対象となる。その理由が命懸けで国益に貢献するからだ。

 当然、今日の売り上げに税金は掛からない。しかし素直に喜べない気持ちもある。

 多額の金があっても使い道がないのだ。

 失った耕耘機を新たに購入することも考えたが、それ以外にどうして良いのか思いつかなかった。さりとて派手に豪遊する気にもならない。


「拓ちゃん……」

「なんだ?」

「あのお金、何に使う? 凄い金額だよ?」

「BRPを新たに購入する。古いし、最近ノイズが酷くてな。後、購入したいBRBOXと、買い逃したプラモとフィギュア」

「使い道があって良いね。僕は……どうしよ?」

「家族と温泉旅行にでも行ったらどうだ? 北関東に乗ればどこにでも行けるだろ」


 言いたいことはわかるが、昴はのんびりダラダラするのが好きなので、他県に行ってまで温泉に浸かりたいとは思わない。

 仮に行っても騒ぎになるのが目に見えている。特に男湯で――。


「家族旅行をプレゼントすればいいじゃないか。お前が留守番に残れば良いんだよ」

「旧農家のだだっ広い家に一人残されるのは、意外に怖いんだよ。拓ちゃん……。この間、市松人形が宙に浮いてたし……」

「マジかぁ!? なにアンビリーバボーな不思議体験をしてんだよ! ソコでなぜ俺を呼ばない!!」

「呼んだよぉ! でもスマホにでた拓ちゃんは、『市松人形? なら、藁人形で対抗しろ。お前んちは稲藁がいくらでもあるだろ? 俺は眠いんだ。お休み、スター○イバー』って言って切ったんだよ!!」

「……そうだったか? しかし、なんでパ○ラッシュじゃなかったんだ?」

「知らないよ。けどスマホから『ト○ンスフォーム!』って聞こえたよ?」

「……覚えていない」


 グダグダな会話をしながらも、軽ワゴンは国道五十号をひた走る。

 周りは既に多くの店が建ち並び、車の数も多かった。そのほとんどが水戸ダンジョンに向かう探索者だったりする。


「駐車場、あるのかな?」

「県庁前だからな……。まぁ、地下駐車場や立体駐車場はあるし、探索者はほとんど無料だ。渋滞が苛立つけどな」


 水戸ダンジョンが出現し、地殻変動で多くの民家が犠牲になった。

 食糧や香辛料もドロップできるので、今や生活に欠かせないダンジョンだったが、出現当時はかなりの騒ぎになった。

 立ち退く人達が多い中、周辺の土地を買い取り、駐車場を作って探索者を呼び込む準備をおこなう。

 現在、多くの探索者が訪れるまでに何とか立ち直るまでに至った。

 このダンジョンは鉱物資源――主に鉄が多くでることで有名だった。

 その間でも国会では議員や他の各省庁の職員達が今も対応に追われ、政治の世界は今やブラック企業と変わりない。

 心労が祟って入院する政治家が続出していた。


「日本、政治家がいなくなるんじゃない?」

「かもな……今や政治家は、なりたくない職業ナンバーワンだぞ」


 日本の将来を心配する最中、軽ワゴンは交差点を曲がり、更に小道に入る。

 地元なだけに拓巳は近道を行くことを選んだようだ。


 県庁前まで来ると車は列をなし、車窓の先には四つのオベリスクのような塔と、平たい円形状の屋根を持つ巨石建造物が目に映る。


「アレが、水戸ダンジョンだ」


 拓巳の声が聞こえたが、昴は応えずただ圧倒された。

 まるで、昔からこの地に存在していたかのように、堂々とその姿をさらしている。

 自宅よりもはるかに巨大なダンジョンに、ただ言葉をなくしていた。 


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