第五話 装備を強化しよう
ダンジョン攻略を始めて数日。
階層は既に地下七階まで進出し、出現するモンスターの強さも日増しに強力になってゆく。
現在の昴と拓巳のレベルは25になった。
均等にレベルを上げ、新たに覚えられるスキル数の欄が増えたが、これといってスキルの数を増やしていない。
その理由が、『スキルを使いこなせていない!』の一言に尽きる。
ポイント数がいきなり無限だった昴と、比較的多い部類にあった拓巳のポイント九千を使い、一つのスキルを二段階上位に上げたことにより強力なものとなった。
だが、ここに大きな落とし穴がある。
例えばだが、刀に全くの素人が達人並みの身体能力を得たらどうなるか?
居合抜きでは恐ろしい速度で抜刀できるが、つい勢いで指を切り落としかねない。体と得た能力のバランスが極端に悪くなる。
弱いモンスターを相手にするなら問題はないだろうが、ダンジョンにはボスモンスターが出現し、多くの探索者を苦しめるのだ。
徘徊する階層のモンスターと比べると極端なまでに力の差があり、そんな相手に使いこなせない技術を持った素人が挑んでも、仲間や自分自身を傷つけかねない。
剣一辺倒の拓巳はまだ楽な方であり、スキルも【剣士の極意】レベル3である。技術を体に馴染ませるだけで済む。
問題は昴で、【忍びの極地】【剣士の極地】【魔法の極地】全てがレベルMAX状態。威力がありすぎ、調整がなかなか上手くいかない。
襲いかかってくるモンスターなど一発クリティカルで瞬殺し、【見切り】や【捌き】、【威力調整】などが思うようにいかない。
力は達人級だが実戦経験が足りず、一撃必殺の究極の器用貧乏。魔法に至っては単発でも威力が大きすぎる上に、直ぐに魔力切れを引き起こす。
凄く燃費の悪く、オーバーキル状態であった。
「拓ちゃん……スキルは、やっぱり地道に強化していくべきだと思うんだ。いきなり最上位に強化すると体がついていかない」
「だろうな。ただでさえ俺も難儀しているのに、お前の場合だと超難易度が高い。力を持て余しているように見えるな」
「ついでに、体力がねぇ……。レベル差と技能が追いついてない。魔法の方は何とか威力を絞れるくらいにはなったけど、それでも過剰な威力だしなぁ~」
「地道にやるしかないだろ。【魔力制御】とか、【魔力増幅】のスキルも一つのスキルに集約されてる。だが、肝心のお前は魔力が足りないし、経験もないからな。そもそも魔法は俺達にとって未知の力だ」
「ついでに無理して下層に行っても、装備もショボいし、身体レベルが低いから一撃うけたらアウトだよ。武器が強いのに紙装甲のパワードスーツみたい」
「武器もしょぼいしなぁ~……。まさか、強化しようにも素材が足りないとは思わなかったし……」
昴達は自分達の武器を強化しようと思ったが、そのためにはいくつかの条件が存在した。
先ずはダンジョンから採掘できる金属。続いて素材に適した魔石、モンスターの残す体の一部。地上の素材を流用するには、触媒となる液体が必要であった。
とまり、昴達の素材は地上のもので、ダンジョンの素材で強化するには触媒となる液体が必要となる。その液体を作るために【癒着結晶】と呼ばれる石が必要だった。
「【癒着液】を作るのに必要なんだよね? どんな石なのかわからないし……」
「見た目は氷砂糖みたいなヤツらしいぞ? 酢の五倍くらい濃い酸っぱい匂いがするらしい。ダンジョンでも臭うとか……」
「この七階層にあるかな? それに鉱石なの? それともドロップアイテム?」
「さぁ~……ん?」
ダンジョン内に漂う酸っぱい香り。
噂をすれば、目的のものが見つかったようだ。
「この臭い……間違いないな」
「ダンジョンの鉱石もないよ? それはどこで採掘するのさ」
「こうした小規模ダンジョンには、素材となるモンスターと採掘場所が一箇所に集まることが多いらしい。この先に採掘場があるのかもな」
何にしても確かめなくては先に進めない。
二人は無言で頷くと、慎重に奥へと進んでいく
その先に彼等を待ち受けていたものは、広いエリアに蠢く巨大ナメクジであった。
「……塩、持ってくれば良かったな」
「一袋じゃ足りないよ、拓ちゃん……。酸っぱい臭いはあのナメクジだったんだ」
「なら、【癒着結晶】は奴等のドロップアイテムの可能性が高い。昴……焼いちまえ」
「えぇ~……魔力不足で倒れない?」
「通販で魔力ポーションを買っただろ。今使わないでどうすんだ」
昴は凄く嫌そうな顔をする。
「……武器で攻撃は?」
「ナメクジの定番と言えば、金属を腐食させる体液だ。スライムも似たような能力を持っているからな、魔法攻撃が一番有効なんだよ。そして魔法はお前しか使えない」
「他に能力は?」
「毒、麻痺、強酸、粘り着く体液を吐き出す。消滅した後に、状態異常を起こす置き土産をしていくらしい」
「【全状態異常完全無効化】のスキルを取っておく……。毒は嫌だし」
「妥当だな」
昴、ここに来て新スキル【状態異常完全無効化】のスキルを獲得。
ついでにレベルMAX。ポイント無限はこんなとき便利だった。
「それじゃ、いくよ。えいやぁ!!」
緊張感のない可愛らしい声とともに、火球がナメクジに向けて撃ち出された。
昴の火球は無駄に大きい。一発が着弾すると一定範囲に広がり、周囲の魔物を巻き込んでしまう。
単独で行動するならともかく、仲間と行動するなら威力の面で問題があった。そして燃費も悪い。
「ちょい! ほいやぁ~っ!! 燃えちゃえぇ!! おっと、ポーション飲まないと……マズイ!」
一人で賑やかな昴であった。
何発も撃ち込まれる火球の炎に、ナメクジがひしめき合うエリアを広範囲に包み込んだ。
まさに火の海地獄。
ナメクジは死ぬ寸前に紫色の毒霧を吐き出し、置き土産を残して消滅。周囲は毒のガスに包まれていった。
「……すっぱぁ!!」
「……酢酸よりも酷いな。吐きそうだ」
鼻をつまみながら見つめる地獄の光景。
しばらくすれば火も鎮火し、毒霧もダンジョンに吸収される。
床を埋め尽くすほどいたナメクジは、今やドロップアイテムと化して転がっていた。
「これが【癒着結晶】?」
「…………おぇ。間違いない。これが【癒着結晶】だ」
「直接臭いを嗅がなくても、充分に臭うよ……。それで、これはどう使うの?」
「水で煮込むと溶けるらしくてな。装備をそこに浸して一時間、後は鍛冶師のスキルで装備を思いのままに改造する」
「じゃぁ、後はダンジョン産の鉱石を見つければいいだけだね」
「採掘できる穴か亀裂があるはずなんだが……おっ、あれか?」
フロア内の端に高さ三メートルほどの岩棚が存在した。
そのおくに不自然に開いた穴を見つける拓巳。
「ツルハシも持ってきて良かったね」
「お前んち、なんでツルハシなんかもあるんだ?」
「削岩機もあるよ? 昔、ひい爺ちゃんが潰れそうな工務店から貰ってきたらしい。バブルがはじけて倒産しちゃったとか聞いたかな?」
「削岩機があっても、電源がない。ダンジョンじゃ使えないだろ」
「発電機も持ってきたけど? ストレージに入れておけばいいんだし」
「でかした!」
ストレージは地上でも使えた。
戦闘能力だけが特定条件下にならない限り封印される。無論、攻撃魔法も使えない。
柔軟に考えれば、ストレージはかなり便利な機能であった。
「よし、さっそく準備だ」
「ようやく装備を強化できるね。鉱石が余ったら売ろうか」
「だな。専門店の【冒険野郎】に持っていけば、それなりの値段で買い取って貰える。小遣い稼ぎにはなるだろ」
「では、いきますか」
ダンジョン内では、金属は塊として採掘される。
中には水晶のような名称不明の金属も存在する。こうした金属で武器を作るなり強化するなりすると、見た目以上の防御力を得られることができた。
探索者の中には、某ハンターゲームの装備を思わせるものも少なくない。ダンジョンはある種のコスプレ会場みたいなものでもあった。
その後、ダンジョンの内部に削岩機と鶴嘴を振るう金属音とが響き渡った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「まさか、帰りに芋虫の大群に襲われるとはな……」
「絹糸みたいのが大量にゲットできたんだからいいじゃん。これも強化すれば、防御力の高い服が作れるんだよね?」
「まぁな。どこかの刀を持った泥棒メンバーみたいなに、着物や着流しなんかも作れる。まぁ、職人のイメージ次第だけどな」
「考えただけで装備が作れるんだから、楽だよね。鎧なんか作ったら、本来数ヶ月はかかるでしょ。オーダーメイドになるんだし」
「ダンジョン装備は、持ち主の体に自動でサイズ調整するらしいぞ?」
「わぁおぅ。ますますファンタジーだね!」
だが拓巳は、この浮かれた昴の態度に一抹の不安を感じていた。
昴は男である。それも成人男性であるが、本人は可愛いものを好む傾向が高い。
男らしいジャケットや革ジャンではなく、女性向きのパーカーや着ぐるみパジャマを無自覚で選んでしまう傾向が強かった。
困ったことに似合ってしまうのが問題で、良く高校生にナンパされていた。
『コイツがどんな装備をつくるのか……。絶対に男らしい物ではないな』
確信が持てるだけ理解があると言うことだろう。
長い付合いのせいか、あまり動じることはなくなった。
「やっぱり忍者だよね。手裏剣作って、撒き菱に毒を塗って♪」
「物騒だな……」
拓巳が思う忍者は、全裸で必殺の確率が高まる某ダンジョンゲームの忍者だった。
避けて攻撃するタイプだが、普通に考えても無謀でしかない。
「お前……全裸でダンジョンに挑む忍者を目指すのか?」
「なに言ってんの、拓ちゃん……」
試しに聞いてみたら軽蔑のまなざしを向けられた。
少なくとも、昴がダンジョンで全裸になるつもりはないとわかり、安心した拓巳だった。
だが、彼は忘れている。
ダンジョンで全裸になったのが自分自身であったことを――。
その醜態はバッチリカメラに収められていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翌日、昴と拓巳は装備強化に挑んだ。
癒着結晶と魔石を放り込み、大タライに水を入れ下で薪を燃やす。
この癒着結晶と魔石が完全に溶けきるまで煮込み、火を消した後に装備や素材をこのタライの中に浸すこと三時間。これで準備が整う。
無論、鉱石やガマガエルの皮、狼の毛皮や芋虫からゲットした絹糸も同じだ。
昴の廃品を利用した防具や、拓巳のアメフトユニフォームも適当に投げ込まれた。
「これ……本当に正しいんだよね?」
「ネットの、【初心者でもできる簡単生産職】ってサイトで大々的公開してたぞ? 試した探索者もいるようだから、間違いではないんだろう。後は俺達次第だな」
「イメージかぁ~。着色はどうなるのかな? 芋虫の糸とかさぁ」
「勝手に色がつくらしいぞ? 染め物職人には納得できないだろうけど……どんな原理なんだかな」
「便利だけど、伝統的な職人は泣くね……」
ファンタジー世界に侵食されている地球に、もはや常識は存在しないのかも知れない。
生産職の利便性は、伝統的な産業を駆逐してゆくことだろう。
「俺は、アメフトのユニフォームをベースにする。昆虫の甲殻と金属を組み込んで、強度を上げるつもりだ」
「ガマの皮はどうするの? 凄く広いけど……」
「半分は俺が貰う。残りはお前が使えばいい」
「う~ん……たぶん余ると思うよ? その時は売るの?」
「下処理していると高値で売れる。特に、生産職には喜ばれるな」
下処理とは、【癒着液】に浸し、直ぐにでも加工が可能な状態にすることだ。
探索者の多くはそのまま素材を売りに出すが、この下処理が行われているだけで値段が倍に跳ね上がる。しかし実際は面倒なので誰もやらないのだ。
特に街や住宅地だと臭いが酷く、苦情が殺到する。【癒着結晶】はご近所迷惑であった。
「この辺りが田舎で良かったね。周りは畑だし、家も少ない」
「お前の家が畑のど真ん中だからだ。俺んちの周囲は既に何軒か新築が建てられたぞ? こんな作業をやったら文句を言われる」
「世知辛いね……。さて、そろそろ三時間かな?」
「自分の装備なんだから、自分で強化した方がいいな。俺はレベルに見合った強化をしていくことにする」
「うっ……」
昴は【鍛冶師の極地】スキルを持っており、場合によっては自分では装備できない物を造りだしてしまうかも知れない。稀にレベル制限のある武器や防具は常識だ。
そうなると、せっかく強化した装備が使えない可能性もある。
「まずは、軽く手甲から始めるか」
「それじゃ、僕も……」
拓巳はアメフトのユニフォームを強化する予定だが、今まで手甲や足を守る防具がなかったが、これを機に製作するつもりのようだ。
今まで、よく怪我をしなかったものである。それだけ二人がチートであったと言うことなのであろう。
「ネットでは……素材を置いて、明確なイメージを持ってから……魔力を流す」
「おっ? おぉ!? 何か光の球が……どうなってんの?」
鉱石と甲殻、そして細い帯状に切ったガマガエルの皮が、拓巳の手元発現した光の偶に吸い込まれ、内部でなにやら軟体生物の如く蠢いている。
精神力を使うのか、拓巳の額に汗が浮かぶ。やがて魔力の光が消えると、迷彩色の模様に彩られた手甲が現れた。
「……ハァハァ。これ、結構疲れるぞ。頭の中に変化中の素材の状況が浮かぶし、イメージと照らし合わせて操作しなくちゃならない」
「そんなにキツいの?」
「あぁ……生産職が少ない理由もわかるな。道具を使わずに武器を作るイメージが湧かなかったが、なるほどな……。これは確かに鍛冶師と言っても良いかもしれない」
「意味がわかんないんだけど」
「やってみろ。俺も口で説明ができん……」
昴は言われたとおりに挑戦してみることにした。
『手甲……飾りの鎧から作ったヤツに、他の鉱石と昆虫の甲殻を使って……』
掌に魔力を流すと、その魔力に反応して素材が動く。
元の甲冑を利用した粗悪品に、鉱石と甲殻が混じり合う。その映像が脳裏に映し出された。
何度もこね合わせ、鍛冶師が鉄を鍛えるように叩き、折り返し、そのイメージを掌に送り続ける。
ここで重要なのが、防具の設計知識だ。指や手首の間接の動きを阻害しないようにし、明確に可動範囲や構造を常にイメージの中で維持し続けなくてはならない。
場合によっては細かい部品も必要になり、大雑把な脳内設計では粗悪品になってしまう。
専門の知識がどうしても必要だった。
『これは……材料が足りない。ガマの皮も使うか……』
手元にあった裁断された皮を放り込み、再び設計を変えてゆく。
日本の鎧甲冑作りを以前にテレビで見たことがあり、それに合わせて手甲を形成してった。だが、にわか知識なので上手くいくかはわからない。
何とも不可思議で、そしてキツイ作業であった。
「……できた」
目の前には、黒く輝く和風の手甲が完成していた。
「やるなぁ、俺はとにかく腕を守れればいいと思ってたんだが……」
「面白いけど厄介だよ。専門知識がないと、まともな武具にならないし」
「そこは金を貯めて、プロに依頼すればいい。今は貧乏だから、自前でなんとするしかないだろ?」
「ハァ~、けど続ける。面倒だけど、命には替えられないし」
「良くできてんだからいいだろ? 俺の場合、グローブとブーツも作らなきゃならんし」
「これ、鍛冶と言うより、【錬成】って言った方が正しくない?」
「そうだな……」
武具錬成は想像よりも厄介だった。
拓巳の場合は、腕と脛を守る武具がない。アメフトユニフォームも生地に厚みがあるだけで、実際問題でいってしまえば防御力は全くない。
明確な設計が必要であった。
「拓ちゃん……。一度、図にしてイメージを固めた方が良くない? いきなりやると材料を無駄に使いそうなんだけど」
「そうだな……。今は上手くいったが、次に同じようにできるとは思えんし、な」
「じゃぁ、ノートを持ってくるよ。高校の時に使わないで放置していた奴があるから」
「頼む、俺はもう少しイメージを固めておきたい」
こうして二人は防具の設計を始めた。
互いに意見を出し合い、だめ出しをし、ときに趣味に走り、意見の対立から殴り合う。
そしてまた趣味に走り、ロマンを求め、現実に立ち返り、だめ出しをされ、アイデアに行き詰まり、酒を飲んで憂さを晴らし、酔っ払ってパンツ一丁で歩き回り、それを止めようと必死に押さえ、警察が呼ばれ捕まり、一晩留置所でお世話になり、釈放され頭を下げて謝り、再びノートに向き合い、ようやく納得いきそうな設計図が完成。
そこからは早かった。
イメージが組み上がっていたのでスムーズに錬成が行え、最初の錬成よりも簡単に行った。調子が出てきたので勢いに任せ、何とか装備の完成にこぎ着けた。
所要時間は四日ほどかかった。
「できたな……」
「一番苦労したのが間接部だよね。どうしても装甲が薄くなるし、金属や甲殻出覆うには無理があるから。ガマの皮にはお世話になりました」
「良い素材だよな。二頭狩り以降遭遇していないが、何階層に生息してんだ?」
「ユニークモンスターだったんじゃない? ボスモンスターが二頭って、バランスが悪いと思うし」
「いや、ゲームじゃねぇんだから、そういうこともあるだろ。現実は何が起こるかわからん」
「それじゃ、さっそく装備してダンジョンアタックする?」
「いいなぁ~」
昴の装備は一言で言うなら忍者。詳しく言ったらくノ一である。
下着の上からガマの皮で作ったインナーを着込み、その上に胸元を守るブレストプレートを装着。その上に繊維金属で作った紫の着物を着る。
ジンベエ風と言えば良いだろうか、下のインナーはスパッツに近く、上は袖の長いタートルネックのシャツ。肩や肘に金属を融合させ強化した昆虫の甲殻が埋め込まれ、動きを阻害しないように工夫されていた。
赤のハーフパンツが実に映える。
足を守るのは安全靴から強化されたロングブーツで、膝下までの長さがある。正面と裏側に足を守る甲殻が固定され、外側にヒモが移された。
アキレス腱を守る装甲は蛇腹式で、物の内部に埋め込まれて目立たないようになっていた。同じ技術を手甲にも流用し、手首の防御力を高めている。
武器は鉈を媒体としたカマキリの鎌から作った太刀で、更に鎖鎌なんかも用意していたりする。はっきり言うと、萌え忍者っ娘にしか見えない。
対する拓巳の装備は、上下昴と同じインナーを用意し、その上にアメフトユニフォームを着込むのだが、見た目が大きく変わった。
全身が迷彩色であり、ユニフォームの上着は完全に鎧と化していた。
下半身も蛇腹装甲で動きやすいように工夫され、足は西洋鎧風のブーツ型。腕も二の腕をガマの皮を流用した手袋で覆い、装甲で完全に覆う一体型アーム装甲。動きを阻害しないことに重点が置かれており、その姿は言うなればアメコミヒーロー。
ヘルメットを被れば迷彩色のダイ○ポロン。完全に趣味が反映されていた。
「昴……頭部は守らなくていいのか?」
「一応、上忍が被るような頭巾があるよ? 頭の上がヘルメットになってるヤツ」
「そうか、ならこれもつけてみろ」
「ん?」
拓巳に被せられたのは、犬耳カチューシャだった。
ついでに尻尾もつけられた。なぜ拓巳がこんなアクセサリーを作ったのかわからない。
使い道がないだろうに――。
「犬耳忍者娘……萌だな」
「なんてものを作ってるのぉ!? 材料の無駄遣いだよねぇ!?」
「いや、材料が余ったんで、な。端材を利用して作ってみた。似合っているぞ?」
「嬉しくないからぁ、本気で怒るよ!!」
「むっ!? ちょっと待て…………」
拓巳はいきなりストップを掛けると、ステータス画面を展開したようだ。
昴には内容はわからないが、なにやらしきりに頷いている。
「昴、俺はこれから萌装備をお前のために作ることにする」
「なに言ってんの!?」
「いや、犬耳カチューシャをお前に装着したら、三万ポイントを貰った。俺のスキル強化のために手伝え」
「何で、そんなことでポイントが増えてんの!? おかしいでしょぉ!!」
「お前に、萌装備させればポイントが上がるようだから。次はメイドか? 巫女服も似合いそうだな」
「ふざけんなぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
現実にファンタジー世界が侵食されたとき、その摂理は得体の知れないものに変わる。
ダンジョンの摂理が非常識であるように、ポイント獲得の条件もまた非常識だった。逆に言えば、オタク文化はファンタジー世界でも通用すると言うことでもある。
萌が正義なのは科学文明でもファンタジーでも変わらないようである。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「まったく……何で犬耳……」
「何だかんだで装着しているよな。気に入ったのか?」
「そんなわけないでしょ! んで、ポイントは貯まったの?」
「ん? 更に六万ポイントが加算された。やはり萌えさせればポイントが上がるようだ」
昴はこの世の不条理を呪う。
男だというのに、何が悲しくて犬耳カチューシャを装着しなければと、恨みがましい目で拓巳を見る。
だが、そうした行為が拓巳のポイントを更に加算させるようであった。
少女のような我見を気にしているのに、それがチートの条件になるとは思いもしなかった。こんな姿を誰かに見られでもしたらと思うと泣けてくる。
「に、兄さん……なに? その格好……」
「あっ………」
言っている傍から見られた。
世間の目も大切だが、先ずは家族の目を気にするべきだった。
ダンジョンのある物置から出てきて直ぐに、実の妹とニアミスしてしまう。
「そう……数日前から騒いでいたけど、コスプレ衣装を制作していたのね? 私、他人がなにをしようと気にしないけど、家族がそんな格好するとなると……」
「ち、ちが……」
「お願いだから、私にその趣味を押し付けないでね? 社会的に死にたくないから……」
「僕は死んでも良いと!? だから、人の話を聞いてよ!!」
「コスプレもほどほどにね? さすがに二十三歳にもなって、黒歴史を刻むのは痛いわよ? じゃぁ……」
ゆかりは感情のない目で別れを告げ、足早に家の中へと消えていった。
昴はこの日、家族からコスプレイヤーに認定されたのである。
「人は、あれほどまでに感情を殺せるんだな。初めて知った」
「なんで平然としてんのぉ!? 拓ちゃんのせいだよねぇ!?」
「いや、物置で普通に犬耳を外せば良かったんじゃないか? 何も着けて歩き回る必要もないだろ。ダンジョンから出てきたんだから」
「どこかに出かけるならともかく、自宅で身だしなみの心配をする人は少ないよぉ!!」
「それ、偏見じゃね?」
昴はこの日、本気で泣いた。
後にこの姿が探索者ネットサイト、【萌え萌え、ダンジョン探査者】でアップされ、隠れファンクラブができるのだが、この時の昴はまだ知るよしもなかった。




