第四話 ボス戦をしよう
鈍そうな図体からは想像がつかないほど、ガマガエルは機敏な動きでカマキリに飛びかかった。その重量のある攻撃を、カマキリは翅を広げ飛んで避ける。
目標を見失ったガマガエルは、ゆっくりとした動作でカマキリの方向に体を向けた。
だが、カマキリの動きは速く、地球上の同族よりも倍の長さはある鎌で、ガマガエルに斬りかかった。
しかし、その攻撃は分厚い皮膚に防がれ、更に皮膚から分泌する脂によって攻撃が滑る。
「おいおいおいおい……どう考えてもイレギュラーだろ。厄介な」
「カマキリの動きは思ったより速いね。ガマガエルの方はかなり防御力が高そうだよ?」
「攻撃特化型と防御特化型の戦いかよ。剣と盾の戦闘じゃねぇか」
「侍と重騎士との戦いとも言えるね。動きが鈍いけど、表面の油と肉で攻撃を防ぐガマガエル。対して速度と切れ味を重視した攻撃を行うカマキリ」
「あの鎌、欲しいな。武器にしたら良い感じになりそうなんだが……」
「同感だけど、今の僕達には辛くない? 決定打になる攻撃を持ってないけど?」
ガマガエルの瞬発力は凄いが、重量があるために鈍重である。
カマキリは、体重はないが代わりにスピードがある。加速した瞬間に放たれる鎌の斬撃は脅威に見えた。
だが、どちらも決定づける攻撃がなく、一撃離脱とひたすら耐える戦いを繰り広げていた。
「カマキリは捕まったら終わりだな。あの華奢な体ではパワー負けするだろ」
「そうなるとガマガエルの方が有利? けど、そんな単純に終わるかな? そんなモンスターがボスであるわけがないし……」
「どちらかが下層から上がってきたにもよるな。たぶんガマガエルの方だと思うんだが、カマキリにも何か決め手があるのかも知れん」
「もう少し、様子を見ようか……」
カマキリは何度も同じ攻撃を繰り返し、ガマガエルの皮膚に傷をつけてゆく。
しかし、そのたびに脂が傷を塞ぎ、致命傷の可能性を消してしまう。
「ガマの脂って、傷薬になるんだっけ?」
「昔、筑波山の登山路で販売していたらしいぞ? 今はガマの脂売りなんていないけどな」
「なるほど……貴重な素材だね。それにしても、あの斬撃は驚異だ」
「だが、相手が悪い。自己治癒能力なんて反則だろ」
ガマガエルの防御力は徹底していた。
あまり動くこともなく、体力の消耗は押さえられる。
しかし、治癒能力がどれほどの負担になるかは未知数だ。ガマガエルの攻撃が当たらない以上、いずれ傷を癒やすこともできなくなるかも知れない。
「長期戦になるな。ガマガエルにはカマキリに攻撃を当てる手段がない」
「そうかな? 一つだけあるよ?」
「舌だろ? わかっているさ。だが、ガマガエルにとっては切り札だろ」
「お互いに弱点がわからないしね」
「いや、カマキリの弱点は見た目よりも軽いことだ。おそらく防御力はそんなにない。間接部を狙われたら致命的だろ」
「機動力優先かぁ~、ダイエットのしすぎだね。なら、ガマガエルの方は?」
「おそらくだが、腹の皮膚が薄い。何とか腹を見せることができれば、あの機動力を生かして切り裂くことができる」
「無理じゃない? その腹を下に向けているし、地面に接地しているんだよ?」
蛙は舌を伸ばすことができる。しかも目に留まらぬほどの早さで、だ。
だがカマキリは複眼がある。多くの目の集合体である昆虫の目には、蛙の攻撃は止まって見えるだろう。
舌による攻撃もどこまで有効かわからない。
「さて、どうなるかね……。冷静さを失った方が負ける」
「これ、かなりイライラする戦闘だよね。見ていて凄くじれったい」
「消耗戦だからな。戦闘機と対空砲を装備した駆逐艦との戦闘に近いか? 戦闘機の方はエース級だ」
「違うんじゃないかな? それに、カマキリは空中戦が苦手だよ? どれだけ体重を絞った体格でも、ハチのような高機動じゃない」
「飛んだら小回り利かないか。マジで苛つくな」
消耗戦を見ているのはじれったい。
どちらが勝ったとしても、次に相手をするのは昴達である。
そして、昴も拓巳もカマキリとガマガエルに対する有効な攻撃がなかった。
「こんなことなら、魔法職にしておけば良かったな」
「なんで?」
「いや、カマキリもガマガエルも火の攻撃に弱いだろ。どう考えても魔法がある方が有利だ」
「魔法かぁ……」
「「あっ!」」
二人は対抗手段を思い至った。
昴はステータス画面を開き、【魔法の手引き】を獲得すると、それを最上位スキルの【魔法の極地】へと強化した。
これにより対抗手段を得ることに成功する。
「お前、マジでチートだぞ?」
「レベルアップしてスキル欄が一つ増えていたことが幸いしたね。気付かなかったらこのまま戦いを挑んでいたよ」
「危ないところだった……。だが、カマキリとガマガエルには災難だな」
魔法を獲得してわかったが、魔法の発動は感覚的なものだった。
属性をイメージして、魔力を物理現象に変化させる。問題は昴の魔力が少ないことだ。
【魔法の極地】は確かに全属性魔法による攻撃を可能にする。しかし、威力が大きいほどに消耗も激しくなる。
呪文詠唱やクールタイムという概念はないようだが、レベル10になった現時点でも使える魔法は限られてしまう。
そう、単発魔法しか使えないのだ。
「魔法って、発動はイメージ次第だけど加減がわからないね。どれだけの魔力を使えば適切なのか、全てが感覚に頼りすぎているよ」
「それ、一発で魔力切れもあり得るってことか?」
「うん……。今の僕は魔力が少ないし、【魔法の極地】を手に入れたからレベルアップすれば魔力も上がると思う。けど、ゲームみたいに数値化されているわけじゃないから、全部直感でやらなくちゃならないんだ」
「乱発はできないわけか。練習が必要だな……」
「今からやっても遅いけどね。ぶっつけ本番だし」
二体のモンスターを倒す算段はできたが、かなり分が悪い。
こうなると、決定的な隙を突かなくては勝てないと判断する。
「先にカマキリを倒す。ガマガエルには魔法で致命傷を与えるしかない。最低でも魔法で二回攻撃して、駄目だったら逃げるぞ」
「魔力切れで動けなかったらどうしよう。一応方法は考えつくけど、なんとも言えないなぁ」
「あのボス二体の強さにもよるな。まぁ、今は観戦に徹しておくか」
二人はボスクラスの泥仕合に目を向けた。
先に攻撃を仕掛けたのはカマキリであった。
元より昆虫は知能が低い。捕食と繁殖に特化しており、戦いに関して頭を使うことはない。
全てが本能に任せである。
「カマキリが動いたか……」
「壁伝いに飛び回っているね? 頭の良さは蛙に軍配が上ったよ」
「まぁ、虫だしな。蛙の方も動きに合わせて頭を向けているぞ? これは、仕掛けるか?」
カマキリはおそらく頭上から責めようとしたのだろう。
しかし、ガマガエルの舌が後ろ足を捕らえ、強力な力でカマキリは口へと引き寄せられた。
だが、カマキリの複眼はその動きを確りと把握していた。
長い鎌を折りたたみ、突き出した棘をガマガエルの口の中に向けた。勢いから棘は口の中に刺さるかたちとなる。
――グエェェェェ!!
ガマガエルが痛みで初めて悲鳴を上げたが、それで終わるわけではない。
絡まった舌はカマキリの足をねじ切り、不意を突かれ怒り狂ったガマガエルは、カマキリに向けて何かを吐き出した。
それがカマキリの体に付着すると、ベトベトとまとわりつく。粘着性の唾液であった。
また、その粘着力はカマキリの飛行能力を奪い、同時に鋭利な鎌を開くことができなくなった。完全に攻撃力と機動力を奪われたのだ。
「チャンスだ! 先にカマキリを仕留める」
「うっしゃぁ!!」
同時に二人は走り出した。
真っ先にカマキリに向かうと、昴が鉈で両腕の鎌を切り落とし、拓巳が胴体を切り倒すと、とどめに頭部に向けばかりに斧を振り落とした。
「次、ガマだ!」
「いけぇ!!」
昴はガマガエルの真下から、岩のやりで突き刺し、巨体を仰向けに倒す。
走り出した拓巳がその腹の上に乗ると、何度も斧を降り落とし、柔らかい皮膚に裂傷を刻みつけた。
だが、痛みで暴れるガマガエルは即座に体を起こし、危険を感じた拓巳は咄嗟にその場から離脱する。傷は与えたが致命傷ではない。
「どいて、拓ちゃん! 喰らえぇえええええええええええええっ!!」
「おぉい!?」
咄嗟に放たれた火球が拓巳の頭をかすめ、ガマガエルを呑み込む。
燃えさかる炎の中で必死にガマガエルは必死にもがくが、次第にその動きは鈍り、やがて霧となって消えていった。
酷い死に方だった。
「おまっ、今のはマジで巻き込まれるところだったぞ!?」
「ごめん。けど危なかったようだし、つい……」
「魔法の練習はしておいた方が良いな。正直威力がヤベェ」
「そうだね。加減がわからなくて使いどころが……。威力がめっちゃ高いみたいだし」
カマキリのドロップは鎌が二つと魔石、透明の翅であった。
ガマガエルは瓶詰めの脂のようなものと、赤い魔石が一つ。畳六畳ほどのガマの皮。
そして、肉だった。
「これ、十五キロくらいはあるよな? 食えるんだろうか……」
「食用? けど、蛙の肉は美味しいらしいよ? 鶏肉みたいで……」
「ストレージの中に入れて腐らないか?」
「僕が、知るわけないじゃん。ネットではなんて言ってるの?」
「知らん。そこまでは見てない」
変なところで情報不足であった。
「一応ボス二頭狩りは成功したが、まだ時間もある。この後どうする。三階層に下りるか?」
「ん~~~~~~………ん?」
どうしようか悩んでいたとき、視界の隅に入ったものに目を奪われた。
目を凝らして良く見ると、どうやら箱のようであった。
「拓ちゃん。あそこに箱が置いてあるんだけど……ダンジョンでお約束のヤツ?」
「箱……だと? マジかぁ、どこに!」
宝箱。それはダンジョンでも滅多に見つからない幻の存在である。
強力なモンスターや、攻略難易度の高いダンジョンの下層に現れ、探索者の物欲を刺激しは魅了する悪魔の箱であった。
蓋を開ければお宝があると言いたいところだが、実際は当たり外れの幅が恐ろしく広く、中には高額な値打ちのある宝が発見されることもある。
だが、そんな宝が探索者の欲望をかき立て、その命をもってダンジョンに挑んだ代償を支払わせることもあった。
お宝が発見されれば大富豪も夢ではなく、手に入れてもダンジョンから戻れなければ闇に消える。今まで多くの探索者がその甘い罠に誘われ命を落としていった。
されど宝箱。何気ない【ポーション】程度のアイテムが、窮地に陥った探索者を救ったこともある。
まさに迷宮の悪女。気まぐれで誘惑された者を救うニクイヤツ。
それが、宝箱である!
当然だが、拓巳もこの悪女の誘惑には勝てなかった。
「そこかぁああああああああああああああああっ!!」
「拓ちゃん!?」
物欲に支配された拓巳は、全力で宝箱に向かって走り出す。
彼の目には宝箱しか映っていない。
あぁ……なぜ宝箱はこんなに人の目を惹きつけるのか。
たとえそれが危険な罠であったとしても、心を支配された者は近づかずにはいられない。何という罪深さ。
「ハァハァハァ……ウッ! ヒヒヒ……まさか、こんなにも早く発見できるとは」
「拓ちゃん……なんか、目があぶないよ? 正気?」
「俺を、キ○ガイみたいに言うなぁああああああああああああああっ!!」
充分に○チガイだった。
おそらくこの場に女性がいたならば、恐怖におののき全力で逃げたに違いない。
それほどまでに拓巳は宝箱に魅了されていた。
「ヒヘヘヘ……今、今、開けてやるぜぇ~イヒヒヒヒ」
「拓ちゃんが壊れた……。これが、これが宝箱の魔力! 恐ろしい……」
物欲に支配された姿は実に浅ましい。
そして、拓巳は罠の存在も確認せず、無造作に木製の宝箱を開いた。
「うおぉ!?」
宝箱から吹き出す紫の毒々しい煙。
明らかに毒系統の罠が仕掛けられていた。
その煙を直接浴びてしまった拓巳は、無言のまましばしたたずむ。
「た、拓ちゃん? 無事? 大丈夫?」
「あぁ……大丈夫だ。俺は今、とても清々しい気分だ」
「そ、そうなんだ……」
致死性の毒物でないことは確かだが、拓巳の様子がどこかおかしい。
いや、あやしい。
「あまりにも清々しいんでな……。脱ごうと思う」
「…………………はい?」
「こんな清々しい気分に、着衣など無粋! 俺は……俺は、脱ぐ!」
「ちょ、ドローン! 監視されているからねぇ!? 全裸が放映されちゃうからぁ!!」
「俺の脱ぎざまを見さらせぇ!!」
拓巳はアメフトのユニフォームを一瞬で脱ぎ捨てた。
かろうじて下一枚残っていることが救いであろう。
「なっ!? 何でそんな一瞬で脱げるのぉ!? おかしいでしょ!!」
「昴………下も、無粋だとは思わないか?」
「やばいよぉ、下はデンジャーゾーンだからぁ!! ドローンが、ドローンが飛んでいるからぁ!!」
「止めるなぁ、俺は下も脱ぐぞ! そして、真なる自由を取り戻すんだぁ!!」
「やめぇてぇえぇぇぇぇぇぇっ!! 社会的に死んじゃうぅ!!」
「Let‘s Freedom!!」
宝箱の罠は、【混乱】【精神汚染】【武装解除】【快楽】の四連コンボだった。
今まで慎重に行動してきたのに、ここに来て宝箱の誘惑により崩壊した。
それほどまでに宝箱の誘惑に抗えないものだったのか、あるいは危険から脱し安心したところを狙われたのか、それとも元からこうした性癖だったのかはわからない。
しかし、拓巳の愚かな行為は、探索者の一つの教訓として記録されたのである。
宝箱の恐ろしさを伝えるものとして――。
余談だが、宝箱の中身は鉄の剣であった。
拓巳は武器を手に入れ、それ以上に色々と大事なものを失ったのである。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
【福島 幸隆】五十一歳。
探索者ギルド協会水戸支部の職員である。
彼の役割は、主に発見されたダンジョンの調査と、民家で発見された場合の説明兼、相談係である。
元は【国連探索者ギルド連盟】で数々の懸案を解決してきた凄腕だが、あまりにも切れすぎたために地方へと送られた。そう、余計なことも知りすぎているのだ。
例えば中国に出現したドラゴンや、アリゾナで確認され【亜人種】と呼ばれる種族のことなど、表向きには出せない懸案に現地で関わってきた。
だが、ダンジョンとは地球の国家群にとって、資源を獲得するための鉱山的な扱いとなっている。そこに新たな種族が存在していたと知られればマズいのだ。
また、ドラゴンに対しても高い知性があると発言し、このことが彼を最前線の職場から遠ざけることとなった。
彼は亜人種と接触しようとした数少ない人間の一人だった。
しかし、多くの先進国家にとって、この事実は伏せておかねばならない事態である。
ダンジョンに生息する生物は、全てがモンスターとして扱わねばならないというのが国連の総意となっている。そこには消えた資源を独占するという各国の思惑があったからだ。
だが、アリゾナ大迷宮の事件で、それが誤りであったと知らしめた。
武装したアメリカ軍は物量でダンジョン内を侵攻、多くの犠牲を払いながらも【亜人種】の集落にまで辿り着く。当然だが殲滅が目的だった。
その決定が下された理由が、ダンジョン内部に地球の資源全てが吸収されていると公表されたためである。そこに根拠などはない。
調べたわけでもなく、綿密な調査から導き出されたデータもあるわけではない。ただの憶測的発表を鵜呑みにし、ダンジョンの占有権を主張しようとしたのである。
確かにダンジョンは資源を採掘できる。しかし、どんな力が働いているかはわからないが、広大な迷宮を破壊することができないのが現状である。
一部を破壊しても、直ぐに再構築してしまう。しかも同じ場所から鉱石など採掘ができない。なんらかの法則性が働き、人間の苦労を嘲笑うかのごとく無意味にしてしまう。
ダンジョンに意思があるという者もいるが、あながち的外れでもない。
そして、根拠のない研究発表のレポートを鵜呑みにしたアメリカ軍は、ダンジョン内部で亜人種と戦闘する羽目になる。
結果は無残な敗北。なけなしの燃料や弾薬を注ぎ込んで始めた戦争は、わずか三日で惨敗というかたちで幕を下ろす。
それだけ亜人種の魔法攻撃が強力であり、こちらの物理攻撃は全て無力化された。
生き残った兵士から、亜人種側にドラゴンがいたことが伝えられる。だがこの証言は闇に葬られた。
ドラゴンなど架空の存在であり、現実にいるわけがないと証言を無視したのだ。
だが、その証言はやがて現実となる。中国上海大迷宮からモンスターがあふれだし、中国軍は全兵力を総動員して対処に当たった。
爆撃を敢行していた空軍が、その時ドラゴンと接触。空戦の末に航空部隊は全て撃墜され、戦力に大きな打撃を受けることとなった。
チベット大迷宮から出現した三頭のドラゴン。しかし、当時は信じられていなかった。
目撃した者のほとんどは死んでおり、生きて証言した者も遠くから見ただけで、存在そのものを間近で見たわけではなかった。
その認識の甘さが上海大迷宮の暴走で、多くの犠牲者を出すことに繋がったのである。
壊滅的な打撃を加えたのが、架空として無視されていたドラゴンだったからだ。
そんな裏事情を知り、独断専行で勝手に行動する福島が邪魔だと思った者は多いだろう。
日本の一地方支部に島流しにされた福島は、それでも独自の活動をやめる気はなかった。
そして現在、福島は新たなダンジョンの報告を終え、遅まきながらの昼食を取っていた。
『ふぅ……中間管理職は仕事が辛い。まぁ、国連側にいたときよりは楽ですがね』
厄介な仕事は多いが、国からの要請で無茶な交渉がないだけマシと言える。
上司もうだつの上がらない事なかれ主義者であり、自由に動ける段取りを作るのは実に楽であった。ただ今回ばかりは少し疲れた。
「【ポイント】無限か……。何をどうしたら、そんな狡い存在になるのやら。チートとは良く言ったものですね。こうなると、何者かの干渉を受けていると思っても間違いはないでしょう。問題は何者なのかですが……」
探求者に与えられるポイント。
これは個人の資質をダンジョンが算出し、ポイントを与えられた者が自身を改造する。乱暴な言い方だが福島はそう思っていた。
実際、無限ポイントを除けば、最大ポイントは今のところ一千万が最大である。逆に一桁の者もいるが、そうした人物は人間的に性格がおかしい。
それが過去最大の記録を大きく突き放すどころか、むしろ亜高速でぶっちぎった無限というポイントに、何者かの意思を完全に感じたのだ。
主にマイナス方面――いや、取り繕うのはよそう。人として駄目な方面に、だ。
無限のポイントを授かったのは、見た目が中学生くらいの少女を思わせる二十代の青年である。しかもかなり美少女ランクが高い。
人間が慌てふためいている裏側で、面白がって動いている者が確実に存在する。これは確信を得たどころか、もう黒幕が完全にいると理解してしまった。
かつてはその節を否定していたが、年を追うごとに事態が深刻化する中で、否定していた疑念は確信へと変わっていた。
世界規模で地球を玩具にできる存在などいるはずもない。
仮に存在するとなれば、それは――。
『神々……か。神話の世界に戻るとでも言うのか? だが、何のために世界を壊す……』
人間よりもはるかに超越した存在。
最後の審判かとも思ったが、人間が生き延びる手段も与えている。まるで神々の遊戯場だ。
「ハァ~……人の身では、限界がありますねぇ」
所詮は人ならざる者達の所行。
常識すら超越した存在が相手だと、もはや深追いなどしても意味がない。
しかし、亜人種との繋がりは持ちたかった。異なる文明は影響し合い、やがて別の可能性が生まれてくる。
国連にいる強突く張りの野心家達に任せてはならない。
資源独占のために虐殺を考えるほどだ。何をしでかすかわからないだろう。
たとえ戦力では相手にならなくとも、毒や生物兵器という手段も残されている。いざとなればどんな悪事も強行するのが人間なのだ。
「……やめよう。なんか、心がささくれてきた」
弁当を突きながら、福島は溜息を吐いた。
今の自分はただの地方公務員。余計なことは家に帰ってもできる。
箸で卵焼きをつまみ上げたとき、ノートパソコンのモニターに出ている監視システムの稼働一覧の中に、昨日の新ダンジョンの覧が点滅していた。
『さっそく挑戦ですか。若いって良いですねぇ……』
なんとなくその覧をマウスでクリックすると、二人の若き探索者が虫のモンスターを相手に、危なげなく奮闘している姿が映った。
慎重に行動する二人は実に安定しており、将来は頼もしい存在になる期待が持てる。
『ほぅ……思っていたよりもやりますね。今は、自身の力を把握することに勤めていると言ったところでしょうか?』
幼馴染み同士と言うこともあり、信頼関係は既にできている。
後は腕を上げ、階層を攻略し続けることで一人前の探索者に成長することだろう。
だが、安心してみていることも直ぐにできなくなった。
「なっ!? ボスが二体……これはマズイ」
若者は直ぐに無謀な行動に出やすい。
この二人も同じかと思っていたのだが、そこで予想外の光景を見ることになる。
二人は動かず、二体のモンスターが互いに争うところを観察していた。
『まさか、この二体を狩るつもりなのか!?』
事態は動いた。
真っ先にカマキリを倒すと、今度はヒキガエルに目標を定める。
魔法で仰向けに倒し、柔らかい腹に痛烈な致命傷を加えた。そして炎の魔法がヒキガエルを包み込む。
実に鮮やかな展開であった。
『昨日登録した者がこれほどの戦績を……。末恐ろしいことだ』
どんな探索者でも駆け出しの時はある。
数年の時間を掛け、ダンジョンの危険性や生き残る技や知恵を磨くのだ。だがこの二人の戦い方は熟練者に近い。
とても素人ではできない真似をやってのけたのだ。
「ふむ……これは中々の逸材かな。探索者ギルドに欲しい……ん?」
突如として走り出す長身の青年。
その先に何か箱のようなものが出現していた。
青年は迷いなく蓋を開ける。彼は紫の毒々しい煙に包まれた。
『………ここまで警戒しておきながら、最後の詰めを誤ったか』
福島は箸で唐揚げを口に運ぶ。
だが、その時モニター内では、青年がいきなり全裸となった。
「ブゥ――――――――――――――――ッ!?」
更に青年は最後の一枚を脱ごうとする。
それを必死に止めようとする相棒の美少女――もとい青年。
見方を変えれば、かなりあぶない光景だった。社会的に抹殺されたようなものである。
「……これ、新人講習用の資料に使うんですけどねぇ~」
良い見本と悪い見本が混在する映像に、福島は頭を抱えたくなった。
できることなら講習用として映像が使われないことを祈るばかりである。
少なくとも、服を脱いだ青年の名誉のためにだ。
だが、福島の祈りも虚しく、この映像は採用されることになる。
主に、『面白い』という名目で――。
拓巳と昴の顔には、モザイクが掛かっていたという。




