第三話 ダンジョンに入ろう
翌日、昴はダンジョンで戦うための武器を探し、物置を漁っていた。
見つかったのが鉄パイプを溶接した手作りの鉈と、薪を割るための斧である。
問題は防具だが、なぜか奥から西洋甲冑が見つかった。
『なんで、うちにこんな物があるんだろう』
大山家は、今は農家だが昔は先祖が商家であった。
所謂分家というやつだ。
武家の血統という話は聞いたこともなく、明治頃は今の土地で田畑を耕していたという。
昭和の頃に味噌問屋をやっていたらしく、戦時に入り跡取りがフィリピンで戦死。
結局店は潰れ、兄弟であった曾祖父が家督を継ぐことになる。
何とも波瀾万丈な家だった。
『爺ちゃんに聞けば分るかな?』
昴はスマホで祖父の【大山 大観】に連絡をつける。
スマホ越しに聞こえる演歌がしばらく続き、ようやく祖父出てくれた。
「爺ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『おう、昴か。昨日メールを読んだぞ。ダンジョンが出たとな? 儂も家に戻りたいところじゃが……』
『もう……お爺ちゃんなのに激しいんだから。そんなに……あぁ♡』
「何してんだぁ、ジジィ!! 温泉に行ったんだよねぇ!? 風俗をはしごしてるんじゃないよねぇ!?」
六十過ぎの祖父は、まだまだ元気だった。
それはもう、色んな意味で……。温泉旅行という名目がかなりアヤシイ。
『今、忙しいんじゃ。用件は早く……おぉぅ!?』
「今、何してんだよ……。それより物置に甲冑があったけど、なんでうちにあんな物があるの? 使っていいの?」
『甲冑じゃと? あぁ……儂の叔父が趣味で集めていたやつじゃな。骨董に目がなかったと聞いていたが、まだ残っておった、くふぉ!』
「さすがに着込むことはできないけど、手甲くらいは使えるかな?」
『好きなようにせぇ。どうせ誰も使わんからのぅ。用はそれだけ、ふおぉ!』
「うん。大事な物だったら困るから、確認しただけだよ」
『そうか……。ではそろそろ……』
『何でこんなに元気なのぉ~? それに、凄く逞しいのぉ~~『ブツッ!』』
急に通話が切れた。いや、切られたというのが正しいだろう。
祖父はまだまだ死ぬことはない。それだけは確信が持てた。
もっとも、確信したかったわけではないが――。
『けど、このままじゃ使えないよね』
甲冑はサイズが合わない。
足は安全靴でも良いだろうが、手甲などを購入するにも資金が足りない。
そもそも昴はフリーター。のんびり農作業を手伝い小遣いを得ていたので、貯金などたいして持っていなかった。
そして、目についたのは古い発電機。
「これ、確かアーク溶接にも使えたよね。なら、逆に解体もできるような……」
材料くらいは調達できるかもと思い、昴は原付を走らせホームセンターへと向かう。
一時間後、防具作りが始まるのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――ジジジ……バチバチバチバチ!!
青白い閃光が金属を溶かし、別金属を熱で溶接する。
西洋鎧は無残に解体され、今は複数のパーツに分けられていた。
チェインメイルも箱の中にあったが、錆び付いていて使い物になりそうにない。西洋鎧の方も錆が浮いているが、穴が開くほど酷くないことは救いだった。
『これ、飾り用の鎧だ……。鎧自体は厚みがないし、防御力も低そう』
必要なのは耐久力である。
手甲は縦半分に分解し、裏返しにして重ね溶接。隙間に耐震ゴムを入れてみた。
安全靴の上につける足甲も同様の方法で作り、一斗缶の取っ手部分を流用してベルトを通す金具を製作。
ベルトも作業用の工具入れ固定ベルトを切り落とし、長さを調整。足りない場所はウェストポーチなどからベルトを外して流用した。
値段は五千円以内で何とか揃えられた。ホームセンター様々である。
ヂヂヂヂヂヂヂ、バチバチバチ……ガンガンガン!!
守る箇所は頭部、胸、肩、腕、足の五箇所であり、太ももや二の腕も分解した鎧そのままで使うことにする。
要は動きを阻害しなければいいので、使えるところは残しておいた。
「ショルダーパッドも作っておくかな。万が一のこともあるだろうし」
鎧から外したショルーダ―パーツも、金具を製作して一本の幅広いベルトを通し、脇の下辺りでベルト固定する使用。武器を使うのに邪魔な気もするが、ないよりはマシである。
何しろダンジョン探索は命懸けなのだ。念を押しておくに越したことはない。
『拓ちゃんは防具を用意できたかな?』
問題は幼馴染みだ。
【佐山 拓己】は母子家庭である。拓巳はバイトをしているが、生活のほとんどが母親の稼ぎであった。
拓巳は遊ぶ金を稼いでいるだけで、生活に入れているわけではない。
そんな彼に親不孝というと、本気で落ち込む。
「昴……お前、なんで板金工の真似事をしてんだ?」
「拓ちゃん!? 驚いた……今どうしているのかと思っ……て……。何、その格好」
拓巳の姿はクォ―ターバック。所謂アメフトの選手の姿だった。
しかも、そのまま家から来たようだ。
「そのユニフォーム、どうしたの?」
「これか? 従兄弟がアメリカでアメフトやってたんだが、事故でできなくなったらしくて、な。三年前に貰ったんだが……」
「使い道がなかったんだね。そんで、どこかに仕舞い込んでいたのを発掘したと……」
「そういうことだ。お前こそ何で板金なんかやってんだ?」
「物置の奥から西洋鎧が見つかったんだよ。それを分解して、使える部分を調整してた」
「……意外に器用だな」
身を守る防具として役に立つかは分らないが、何にしても装備はできあがった。
後は実際に試してみるだけである。
「拓ちゃんの準備はいいの? 武器は?」
「俺か? そこの斧を使わせてもらう」
「んじゃ、鉈は僕が使うね」
昴はできあがった防具をベルトで止め、長さを調節しながら少しずつ装着していく。
頭部を守るのは、なぜか見つけられた旧日本軍のヘルメットだ。
「お前、どこのブロンズ戦士だ?」
「拓ちゃんも、どこの選手だよ。人のことは言えないよ?」
ただし、傍目にはどちらも頭のおかしい変質者にしか見えない。
色々思うところはあるだろうが、これ以上は何を言っても虚しくなるので、二人は無言でダンジョンへと向かうのである。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
地下一階のセーフティーゾーンに下りた昴達。
モンスターと戦うのは初めての二人だが、やる気はあった。
「この先に、モンスターがいるんだね……」
「あぁ……いよいよ戦いだ。油断していると死ぬことになるぞ」
「わかってるよ。ハァ~……武器が鉈一つなのは寂しいね」
「俺なんて斧だぞ? 【剣士の極意】では武器は剣の方がいいんだろうに……」
「文句は言わない。ない物ねだりをしても仕方がないでしょ」
武器も装備も心許ない。
上位の探求者なら良い装備を特注したり、中には自作する強者もいる。
だが、今の昴と拓巳では難しい。
「作るにしても、鉱石を手に入れなくちゃならんか」
「レベルを上げて、ストレージの収納量を増やさないと……」
色々と課題が多い。
しかし、今はそれを言っても虚しいだけである。
「いくぞ……覚悟を決めろ」
「うぅ……キモいモンスターが出ませんように」
二人は慎重に奥へと進んでゆく。
ダンジョンは薄暗い。なぜか岩壁がほのかに光を放っているが、それでも明るいというわけではない。
足下は暗く、ゴツゴツしていて歩きづらい。
幸い一本道なのはいいが、それがいつまでも続くとは思えない。
そして、その予測は当たっていた。
「……拓ちゃん」
「横穴があるな? 先は行き止まりか、あるいは別の道か……」
「違うよ。モンスターがこの先にいる……」
「さっそく、か。ゆっくりいくぞ?」
「うん……ちょうど、横穴を曲がった辺りだね」
壁伝いに進み、横穴の奥をそっと覗うと、そこには一匹の虫がいた。
湾曲した体、くの字に曲がった長い二本の足と、短い足が四本。
「昆虫型か……」
「……というより、あれってカマドウマだよね?」
ジメジメした場所でよく見かける昆虫。
茶色い体がテラテラと輝き、しかも大きい。
全長二メートル近くあるだろうカマドウマは、三匹仲良く餌をお食事中。
「なぁ……あの食われているヤツ。人型じゃね?」
「うっ……言わないで欲しかった。指が三本で緑色の体……もしかして」
「○怪人間だな」
「違うよぉ、ゴブリンと言おうとしたんだけど!? ていうか、ダンジョンに妖○人間なんているの!?」
「いるんじゃないか? 不思議一杯のダンジョンだぞ。可能性がないと言い切れない」
「繁殖されていたら嫌だなぁ~……」
闇に隠れて大量繁殖。
いくら友好的な種族でも怖すぎる。
「この階層、ゴブリンもいるのか?」
「代表的なエロモンスターだけど、女性がいないから繁殖できないんじゃないかな? ゆかりがこの場にいたら危険だったよ」
「だが、カマドウマに負けた。つまり、カマドウマの方が強いわけだな? おそらく集団で狩りをするとみた」
「虫なのに狼みたいな習性? それも嫌だなぁ~……キモいし」
弱肉強食の場で暢気に会話する二人。
不思議なことに怖いと感じることがない。むしろ――。
「なんか、勝てる気がする」
「僕も……」
「いくか?」
「うん!」
互いに頷き合うと、一気に走り出す。
長い触覚で振動を感知したのか、カマドウマは臨戦態勢を取り、ピョンピョンと跳ね回りながら急接近。
昴達は互いに武器を構え、更に加速した。
「おらぁ!!」
ジャンプして滞空を移動中のカマドウマに合わせ、拓巳は斧をフルスイングする。
甲殻が裂ける感触と、体内をえぐり取る確かな感触が伝わってきた。
カマドウマは足ごと体を引き裂かれ、煙を上げて消滅する。
「昴っ!」
対する昴は鉈を片手に、跳ね回るカマドウマに狙いを定める。
一匹が飛びついてくると、その勢い似合わせて鉈をしたから振り上げると同時に高くジャンプし、勢いを利用したカマドウマの頭部を切断した。
滞空中に体勢を変え、もう一匹に向けて鉈を投げつける。
――ペキョ!!
何とも軽い音を立て、鉈はカマドウマの頭部に深く突き刺さる。
そこに拓巳が猛然と走り抜け、横腹を一気に斧でえぐり取った。
緑色の血液がまき散らされる。
「楽勝だったな」
「……なんだろ。戦い方を知っているような、思った通りに動くんだけど」
「スキルの影響だろう。【剣士の極意】か……レベル1でこれかよ。チートだな」
「動きが止まって見えたよ。凄くゆっくりと動いて、鉈を合わせるだけだった」
「お前、一瞬だが姿が消えていたぞ? どんだけ早く動いたんだよ」
「嘘っ!? そうなの? まったくわからなかった……」
拓巳が驚いたのは昴の動きであった。
名前を呼んだ瞬間には姿が消え、カマドウマの頭を刎ね飛ばしていた。
おそらくは【剣士の極地】と【忍びの極地】の影響であると予想できる。目で追いきれないほどの速度で動いたのだ。
「お前、チート過ぎるぞ。一匹仕留めた次には、もう一匹にいつの間にか攻撃してたしよ」
「だから、僕にもわからないんだって! 身体能力の把握に時間が掛かるよ。レベルが上がったらどうなっちゃうの?」
「そりゃぁ……音速で走り抜け、敵の首を一瞬でことごとく刎ね飛ばし、辺り一面血の海、血の海……」
「どこの殺戮兵器!? 加速装置を搭載したサイボーグじゃないんだよぉ!?」
「似たようなもんだろ。それより、ドロップアイテムは……」
地面に落ちている茶色い色の石と、なにやら湾曲したまだら模様の殻が落ちていた。
「【魔石】か? これは甲殻みたいだな」
「武器作りに利用できるんだよね? どうやるのかはわからないけど」
「【鍛冶師】は刀工みたいに、火を熾して剣を鍛えるわけじゃない。そのイメージを頭に思い描きながら、素材に魔力を流すことで武器を作る。らしい……」
「あれ? なら、【ポーション】も同じように作るの?」
「あぁ、そうだぞ? ただ、なぜか一緒に瓶まで生み出すようだ。どうなってんだろうな?」
理屈ではわからない、正体不明の非常識な理が働いていた。
この時点で既にかつての物理法則は崩壊し、地球はファンタジー世界に侵食されている。
現実が壊されていく恐怖があるが、そんな世界でも生きていかねばならない。使えるものなら何でも利用するタフなハートが求められていた。
「それより、ストレージはどうやって使うのさ」
「それはだな、ステータス・プレートを手に持って、収納したいアイテムに向かって『収納』と言えば良いらしい。出すときには『排出』だとか。まぁ、個人の好きなように言えばいいんじゃないのか? ステータスを見るときと同じだよ」
「なるほどぉ~。それじゃあ、仕舞って」
昴が手にした魔石が、掌の上から消えた。
試しに『出ろ』と言うと、魔石は再び掌の上に現れる。
「要するに、想像することだな。変な理屈で考えると、扱うことが困難になるらしいし、な」
「それ、ネットで調べたの?」
「あぁ、【ダンジョン攻略ウィキ】だけどな。似たようなサイトはどこにでもあるし、情報源には不自由しない」
「けど、教えられない情報もあるよね?」
「まぁな。例えばこのダンジョンだ。お前、見知らぬ探索者が、『ダンジョンを使わせろぉ!!』って言いながら、大量に家の前に押し寄せるのに耐えられるか?」
「無理、ご家庭の個人情報は守られるべきだと思う」
「そこが個人所有ダンジョンの難しいところでな、危険なダンジョンが傍にあるなら、探索者に解放しろというのが多くの意見だ。遠出までしてダンジョンに行くよりも楽だという理由だな。そのためなら他人のプライバシーを無視してもいいと思うやつらもいるんだ」
個人所有のダンジョンは管理が難しい。
ダンジョンは定期的にモンスターを倒さねば、【暴走】の危険性があるのは以前にも述べたとおりだ。
しかし、同時に大きな利益ももたらすものでもある。
個人所有のダンジョンであるなら、持ち主のルールで得られるアイテムなどの利益を独占することができる。しかし、それを強行すれば探索者は見向きもしなくなる。
ダンジョン内のモンスターを間引くには多くの探索者が必要。だが利益のみを追求すれば探索者の手を借りることができない。【暴走】の危険性を考えるなら他者に開放してもいいと思う人間も少なからず存在した。
そんな人間がネット上で集まり騒いでいるのが現実だ。
「民間の家の庭先に出現したダンジョン。だが、多くの探索者が来ることになれば、その家に住む人達のプライバシーは侵害される。現に利益だけを優先したダンジョン所有者は名指しで誹謗中傷を受けているぞ? それどころか、家族の個人情報まで遠回しにネット上で流している。酷いことされなければいいんだがな」
「酷いね。まぁ、僕達はできることをやっておこう。手に負えなくなったら依頼してもいいしね」
「そのためには金が必要だ。わずかな依頼金だけだと探索者は引き受けないし、来たとしてもまともに間引きをせず好き勝手に動く」
「難しい問題だね」
だが、拓巳はたいして問題視していなかった。
なぜなら昴はポイントを無限に持っている。全上位スキルを獲得すれば、まさしく最強の探索者になることが可能だからだ。
もっとも、昴自身はそんなことを思うことがないことは、長い付合いでわかっていた。
「ところで、なぜかドローンが飛んでいるようだけど……」
「ダンジョンの監視用だな。あのドローンは俺達を追跡して、常にダンジョン内に異常がないかを記録している。ここだけの話……あのドローンは増えるらしい」
「増える? どういうこと?」
「いや、理屈は知らんけど、ダンジョンがドローンの数を勝手に増やすことがあるらしい。水戸ダンジョンでは二千機近く確認されているらしいんだが……」
「数を把握できないんだね」
「動き回っているからな。その分、ダンジョン内での犯罪が激減している。何事にも監視の目は必要だな」
ダンジョンの不思議現象、【増えるドローン】はちょっとした七不思議扱いであった。
危険の多いダンジョンだが、犯罪抑止に貢献しており実に良心的である。
「さて、おしゃべりはここまでだ。こちらの横穴の先に何があるか、調べてみるか?」
「そうだね。マッピングは重要だし、じっくり行こう」
「まぁ、後三時間したら戻るけどな。夕食になるし、お袋も戻ってくるから」
「随分と急ぐんだね?」
「まぁ、今夜はカレーらしいから……」
「おばさん……いつもカレーの量をあり得ないくらい作るよね。大鍋で作る必要があるの? 二人暮らしだよね?」
「保存用だとさ。頼むからジャガイモを一緒に煮込まないで欲しい。溶けてカレーの味が薄くなるんだ……」
カレー好きの拓巳には耐えられない現実であった。
溶けたジャガイモのデンプンが、翌日カレーのルーを固めてしまうばかりか、味も薄まってしまうのだ。二日目が美味いのに。
少し、とろみのあるカレーが好きな拓巳には、これをカレーに対する侮辱だと思っている。
だが、文句を言えばマウントポジションで殴られる。昴も何度かその光景を目撃したことがあった。
「普段はおっとりしてるのに、突然過激になるからね……」
「俺、明日の太陽は見られないかも知れない。ジャガイモだけ別に煮込もうとすら思わないし……。だが、俺は戦う」
カレー戦士の決意は固かった。
愛すべきカレーのために、負けるな、拓巳! 挫けるな、拓巳!
カレーに対する愛情が、母に届くその日まで――。
余談だが、横穴の先は行き止まりであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
地下一階を攻略した昴達は、地下二階を探索していた。
出てくる敵はカマドウマだけでなく、ゲジゲジやダンゴムシ、巨大なノミと急激に増えた。
しかし、二人にはたいして脅威とならず、あえて言うのであれば気持ち悪いだけであった。
倒せばドロップアイテムを残して消えるので、気色悪いのを我慢すればいくらでも前へ進める。完全に無双状態である。
「虫の甲殻がだいぶ増えたな」
「これ、防具の素材になるの? なんか使うのが嫌なんだけどさ」
「昆虫の甲殻は優秀だぞ? 鉱石を加えると強度が増し、中階層でも通用する」
「弱点はないの?」
「火に弱い。火炎系の魔法や、火を吐くモンスターとは相性が最悪だそうだ。その対策も必要になるが、生産職は企業秘密だと言っていたな」
「そう簡単に貴重な情報は教えてくれないか。まぁ、仕方がないよね」
生産職にとって、武器や防具、回復系の薬はレシピを伝えることはない。
生活がかかっていることもあるが、何よりも同業者が増えることを許さない。利益を求め自身の有用性を高めるためである。
ダンジョン攻略において、こうした道具は命綱である。高品質な者であるほど需要は高まり、その利益も馬鹿にならない。
だが、簡単な素材で作れるアイテムの情報は公開されており、後は生産職達の努力で品質を高めることになる。
熾烈な競争が既に始まっていた。
「拓ちゃん、レベルはいくつになった?」
「ん? 俺はレベル7だな。何か上がりづらくなってきた気がする」
「僕もレベル8。さっきから虫ばかり倒しているけど、全然上がらなくなってきたよ」
レベルが高くなるごとに、次のレベルまでの経験値が倍に増える。
正確な数値がどれほどなのかはわからないが、レベルが上がると感覚的に理解できるのだ。しかし、地下二階では既に微妙だった。
「う~む……地下二階の平均レベルは10くらいか? 二千匹ほど倒せば上がるかも知れないが、割に合わん」
「もの凄く弱いから、簡単に倒せちゃうよね。もう、一振りだけで楽勝」
「油断はしたくないが、思い切って地下三階まで下りてみるか?」
「まだ、ボスにも会ってないよね? いるんでしょ?」
「あぁ……階層ボスはいる。だが、ボス部屋が見当たらないんだよ」
ダンジョンの階層には、ボス的なモンスターが現れる。
他の個体よりもはるかに強く、苦戦は免れないと探索者の間では有名であった。
しかし、未だ階層ボスに出会っていない。油断はしたくないのだが、既に戦闘は単調作業に変わってきていた。
はっきり言えば、飽きたのだ。
「ゴブリンはどこから来たと思う?」
「下の階層からしかないだろ。だが、未だにゴブリンとすら遭遇していないな……。どうする? マップも埋めたし、思い切って下に行ってみるか?」
「うぅ~ん……どうしよう。ちょっとやってみたいことがあるけど、セーフティーエリアはどこかにあるかな?」
「ボス部屋を攻略した次の部屋が定番なんだが、そのボスとは未だ遭遇していないし、な。どこか休めるところでも探すか? 何をするつもりかは知らんけど」
「武器や防具を強化しようかとね。【鍛冶師の極地】を持っているからさ」
「なるほど……」
拓巳は改めて生産職の重要性に気付いた。
ダンジョン内で武器や防具を強化できるのであれば、かなりのペースで攻略は捗る。
しかも昴は【薬師の極地】も持っていた。素材さえ整えられれば、回復薬を生産することも可能となる。
だが、そのスキルを使いこなせるほどの情報も経験もない。
「鉱石も見つかれば、それなりの装備にできるか……。便利だな」
「スキルはほとんど自動的に発動している感じだよね。【薬師の極地】や【鍛冶師の極地】には、素材を自動的に感知するスキルがあるみたいだ。でも、未だにその能力が発動した感覚がないし……」
「上階層ではそうした素材がないのかも、な。もっと下に下りる必要があるか……」
だが、そうなるとモンスターの強さも上がる。
勢いだけで行動して、何かの間違いを犯しては遅いのだ。だからこそ慎重に行動することを心得なければならない。
「最後のエリアに辿り着いてから考えようよ。一階層も二階層もほとんどが一本道だったし、横道は全て行き止まり。この先に何もなければ戻るのもいいかもね」
「そうだな。一度仕切り直すのもありか……。武器を強化すれば次の探索が楽になる」
「焦っても仕方がないし、ゆっくりじっとりやろう」
「なんで湿っぽくなるんだ? 慎重に進もうと言えば良いだろ」
冗談も交ぜながら、二人は先を進んだ。
だが、その先で今まで見なかったモンスターと遭遇する。
「昴……アレ」
「野犬かな? 犬っぽいよね?」
「狼じゃないのか? 汚い色だけど……」
「毛並みも悪そう」
奥に進んで見たモンスターは、薄汚れた毛並みの狼だった。
その数は五匹、犬型だとすれば嗅覚か聴覚が優れている。そして当然こちらの存在も気付かれている。
五匹の狼はこちらに振り返ると、唸りを上げて向かってきた。
「おらぁ! 来いやぁ!!」
斧の一凪で狼二匹を仕留める拓巳。
昴は壁を蹴りながら飛び跳ね、二匹の首を鉈で切り落とす。
「お前、首狩り族になっているぞ。プレデターか?」
「なんてことを言うのぉ!? 確実に倒しているだけじゃん!!」
酷く憤慨する昴。髑髏を飾る趣味はない。
形勢が不利と判断した狼は即座に振り返ると、背を向けて逃げ出した。
「ドロップ回収♪」
「段々追いはぎみたいになってきたよなぁ、俺達……。後を追うぞ」
「了解」
二人は狼を追って走る。四匹の狼を倒したことで、レベルがまた上がったようだった。
感覚的にわかるのだが、できればもっとわかりやすくして欲しいとも思う。
そんなどうでも良いことを思いながらも、狼の背を追いかけていたとき、前を走って逃げていた狼の姿が忽然と消えた。
「なにぃ!?」
「消えたねぇ……。何かの特殊な能力?」
「いや……。もしかしてだが」
警戒心が強くなった二人は、慎重に足音を立てず進む。
先は広いエリアが広がっており、そこで信じたくないものが存在した。
「おいおい……。冗談だろ」
「うわぁ~……エリアボスだ。しかも、二体」
そう、そこにいたモンスターは巨大なガマガエルと、三メートルは優にある巨大カマキリであった。しかも互いに睨み合っている。
蛙の口がモゴモゴ動いていることから、先ほどの狼はこのガマガエルに捕食されたようだ。せっかく逃げ出したのに不憫な最後である。
そして、睨み合いをしていた二体のモンスターの戦いが始まった。