第二話 スキルを決めよう
「ダンジョンの管理とは、定期的に探索してモンスターを狩り、【暴走】の危険性を防ぐことが目的になります。これを放置するとモンスターが外に出てくることもあり、最悪中国の二の舞になる可能性も否定できません」
福島が淡々と説明をすること二時間。
ダンジョン管理者の薬をありは実に単純であると理解した。
ダンジョンの管理者は探索者として常にダンジョンへ入ることが義務づけられ、週に一度報告書を提出しなければならない。
特にモンスターの生態系や、ドロップするアイテムの報告が重要である。
これは国益でもあり、者によっては億万長者も夢ではない。だが、同時に命懸けの危険が伴い、一人で行うには無理がある。
探索者は常にパーティーを組むことで戦局に対応し、利益を共有できる仲間が必要となる。即席パーティーだとドロップアイテムの分配でもめることがあり、頻繁に警察沙汰になる事態が発生していた。
「問題は、このダンジョンが個人の所有地にあることです。探索者を入れるのは良いですが、中には『ドロップアイテムを全部おいて行け』という強欲な方もおり、法律上ではダンジョン所有者の意向に逆らうことはできません。
探索依頼を出すことはできますが、報酬は受け取ってもアイテムは自分の物になりませんから、事実上探索者は損をするわけです」
「そういう依頼なんですよね? なら、文句が言えないと思いますけど?」
「そうですね。ですが、探索者の多くがダンジョンで得たアイテムは自分の物という認識がありますので、モンスターを間引く依頼でもアイテムの所有権は自分達にあると思うわけです。実際は土地の所有者になるわけですが、そこで問題が発生するんですよ。
命懸けでモンスターを倒してきたわけですから、多少の譲歩は必要と思いますが、ほとんどのダンジョン所有者は何もせずアイテムの総取りを行っているのが現状です」
「それ、依頼を受ける探索者がいなくなるんじゃないのか? 【暴走】を引き起こしたら洒落にならんだろ」
「そこは管理者と探索者との話し合いが必要ですが、残念なことに【探索者ギルド】の意見を聞いて貰えないんですよ。そして、誰もモンスター間引き依頼を引き受けません」
「なんか、管理者の人達が文句を言ってきそうだよね。自分達のやり方が問題なのに、『【暴走】を引き起こすつもりかぁ!』とか言って……」
ダンジョンを所有すると言うことは、一種のブラックな経営に近い。
モンスターを間引くには探索者の力が必要であり、ダンジョン所有者の家族全員が探索者資格を取るのは絶対である。それなのに自分達はダンジョンに入らない。
魔物の間引きもアイテム確保も他人任せにし、漁夫の利だけを得ようとする。依頼を受ける探索者も馬鹿らしくてやっていられないだろう。
「まぁ、私どもはそうした意見を無視しますからね。そもそもダンジョンの所有を主張するなら、管理も自分達で行わなくてはならないですから。全部を他人任せにしていれば誰も依頼なんて受けませんよ。ですが、実際のところ、ダンジョン所有者はその意見を受け止めないんですよね」
「全部がギルドのせいだと言うわけか。まぁ、今はネット上で様々な情報がやりとりされる時代だし、阿漕な真似をしていたら真っ先につるし上げを食らうよな」
「あの……ダンジョンの管理を【探索者ギルド】に任せることも、できるんじゃないですか?」
「できますが、生憎と私どもも人手不足なんですよね。公務員になるくらいなら、ダンジョンに潜った方が確実に利益になりますから」
世知辛い世の中である。
「さて、では探索者手続きも始めたいと思いますが、大山さんのご家族は?」
「両親は共働き。じいちゃんは温泉旅行三昧だし、妹は未成年。今のところ僕だけしか探索者登録できません」
「まぁ、名前だけでも登録しておきたかったのですが、こちらもいきなり来たわけですしね。仕方がありませんか」
「あと、ついでに俺も登録したい」
「佐山さんですか。こちらは構いませんが、よろしいのですかね?」
福島は昴の方を見た。
土地の所有者にアイテム類の所得権利があるため、その場の勢いで物事を決め、後になって問題が出ると困るのだ。
だが、昴も思うところはある。
「構いませんよ。どうせ僕達だけじゃ管理なんてできないですし、探索者は多いほどいいでしょう? アイテムの所有権に固執する気もないですし」
「わかりました。では、御家族分の登録申請書は後日送るとして、今はお二人の登録をしてしまいましょう」
黒鞄から書類を出し、探索者登録を始めた。
主に自分のプロフィールや学歴、健康に関する簡単な質問などを書き留めてゆく。
後は福島がノートパソコンで新規登録のデータを送り、【国際探索者ギルド連盟】のデータベースに記録されて登録は完了する。
「おや? 福留さんが訴訟を起こしましたか……」
「誰です。それ?」
「件のアイテム独占を主張していた方ですね。たぶん、敗訴することでしょう。依頼を受けるかどうかは探索者の自由ですし、こちらに何の落ち度もないですからね」
「まぁ、旨味のない仕事を引き受けるヤツはいねぇよな。やり用はあっただろうに……。おそらく恥をかくことになるんだろうな」
後日、この福留の訴訟は棄却され、世間の笑い者となった。
依頼を受けた探索者がニュースでインタビューに応え、この福留というダンジョン所有者が、いかに傲慢な人物であるかが報道されることになる。
ダンジョンを所有するという危険性を忘れ、利益のみを求めた結果がこれであるが、今の昴達には関係のない話しであった。
「それでは次に、探索者としての正式な手続きに移りたいと思います。ダンジョンに行きましょうか」
「えっ? なぜに? 僕達、武器は持っていませんよ?」
「馬鹿、地下一階層にはセーフティーエリアがあって、そこにある水晶球で【ステータス・プレート】を作るんだよ」
「【ステータス・プレート】?」
【ステータス・プレート】。これはダンジョンに下りた最初の階層にあるセーフティーエリアで、壁に埋め込まれた水晶球に触れることで生み出される。
一度作れば二度と失うことはなく、ダンジョン内で死んでもこのプレートだけが残される。これにより探索者の生死を確認することができるのだ。
もしこのプレートを発見したら、探索者は回収して【探索者ギルド】の受付に提出しなくてはならない。また、別のダンジョンに挑むときもこの水晶球に触れることで、培ったレベルの力を行使できるようになる。
逆に言えば、この水晶球に触れなければレベル1からダンジョンに挑まなくてはならない。ついでにせっかく上げたレベルもリセットされてしまうのだ。
「分ったか? 他のダンジョンに行くなら、必ず水晶球を必ず触るんだぞ?」
「う、うん……覚えておくことにする」
「一度触れれば、次からは触らなくてもダンジョンアタックができますからね。探索者の常識ですよ。まぁ、中規模ダンジョンには水晶球が複数ありますから」
「気をつけよう……」
福島と共に再び物置に来ると、厳重な金属の箱が目の前に鎮座していた。
重厚な電子ロックの扉があるが、今は取り付けられていない。
「おっ? 福島主任、今からプレート作りっすか?」
「えぇ。ダンジョン関連に詳しい方がいましたので、実にスムーズでしたよ」
「となると、俺達もピッチを上げるか……。お前ら、あと三十分で仕上げるぞ!」
「「「「無茶だぁ!!」」」」
涙目の作業員を不憫に思いつつ、昴は初めてダンジョンへ下りていった。
そこは十畳間ほどの小さな石造りの部屋で、左側の壁に掌サイズの水晶球が埋め込まれている。耕耘機はどこに消えたのかと頭を捻らせる昴。
「アレに触るんですよね?」
「そうです。どういう原理かは知りませんが、あの水晶球に触ることで【ステータス・プレート】が出現するんですよ。本当にどんな原理なのだか……」
「ともかく、触ってみようぜ」
気軽に拓巳が触れると、淡い光が何度も明滅し、幻想的な光が辺りを照らす。
やがて光が収まると、水晶球から薄いプレートが現れた。
「なんか、軍隊の認識票みたいだね。チェーンもついてるよ」
「まぁ、似たようなもんだな。これはストレージの役割もあってな、レベル1でもアイテムが十個補完できるらしい。レベルが上がれば収納量も増えるらしいぞ?」
「へぇ~……それじゃ、僕も」
昴が触れると、再び幻想的な光が辺りを包み込む。
気のせいか、拓巳の時よりも明滅時間が長い気がした。そして湧き出るかのように一枚のプレートが現れた。
「【ステータス・プレート】ができましたね。では、そのプレートをどちらかの掌に乗せ、指でなぞりながら『ステータス、オープン』と言ってください」
「その台詞じゃなければダメなのか?」
「そういうわけではありませんが、中には長い呪文のような言葉を言う方もいますね。ただ、分りやすい言葉の方が良いかと思いまして」
「そうか……んじゃ、ステータス!」
昴の目には、何かが起きたようには見えなかった。
ただ、拓巳は真剣にそれを眺め、福島に質問する。
「なぁ、福島さん。このポイントで自分の能力を決めるのか? なんか、【スキル】の数が半端なく多いんだけど」
「そうです。ただ、【スキル】が強力なほどポイントを多く消費しますし、スキルレベルを上げるにもポイントを使います。まぁ、レベルを上げていけば自然とスキルレベルも上がることがありますけどね」
「俺のポイントは……9000か。多いのか少ないのか分らん」
「多いどころか破格ですよ。少ない方だと、それこそ一桁大なんて方がいますからね」
勝手に話が進んでいるが、昴には拓巳のステータスが見えていない。
見ている限りだと凄く馬鹿みたいに見える。
「……あのさ」
「何だよ、昴。今、凄く悩ましいんだが……」
「ステータス画面を開いたんだよね? けど、僕には拓巳のステータスが見えないんだけど」
「当然だろ? 【鑑定】スキルがあるならともかく、個人のステータスは見ることができない。プライバシーが保護されているわけだ」
「ふ~ん……じゃあ、僕も。ステータス」
昴の前に、ノートパソコン大の画面が展開した。
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【名前】大山 昴 【レベル】0
【職業】―― 【年齢】二十三歳
【ポイント】無限
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『あれ? なんか、おかしな文字がでているような……』
改めてステータス画面を覗き込む。
【ポイント】無限
『ブフッ!?』
明らかにおかしかった。
何が基準でこんな文字がでているのか分らないが、どう考えてもおかしい。
それ以前に【無限】という文字が数字かどうかも分らない。
「……拓ちゃん」
「なんだよ。俺は今、職業を何に選ぶか迷ってんだ。剣士を選ぶと【見習い剣士】のスキルがつくし、他にも【回避】や【見切り】のスキルも……」
「僕のポイント数、【無限】になっているんだけど、どういうこと?」
「お前、こんな時に冗談を言うなよ。真面目に自分の能力を考えろ。変更はできないんだぞ?」
「冗談でこんなことは聞かないよ。本当に【無限】なんだって!」
「「はぁあ!?」」
拓巳と福島が間抜けな声を上げた。
「無限って、マジかよ! お前、それってスキル取り放題の強化し放題じゃねぇか!!」
「聞いたことのないポイントですね。こんな事例は初めてです」
「それで、どうしたらいいと思う?」
「いや、普通に職業を選べばいいんじゃね? もう、お前無敵だろ。チート確定してんじゃんか」
「ダンジョンでの基準が分らないんだよ。変に器用貧乏になっても困るし……」
「確かに……」
ダンジョンアタックは、単独では不可能と言われている。
拓巳は様々な情報を仕入れており、その失敗談も網羅していた。その最たる例が器用貧乏である。
複数の職業を得て、どんな状況下でも戦える。しかし、その能力は職業に特化した探索者よりも劣ってしまう。
例えば、職業が【剣士】なのにスキルで【火魔法】を覚えても、職業が【魔法使い】の魔法の前では威力不足であった。
牽制程度には使えるが、ボス戦では決定打になり得ない。さらに魔力切れが早く行動不能になることもある。効率を考えるならば、複数の職業でチームを組む方がいいのだ。
【スキル】にも相性があり、組み合わせを間違えると役に立たなくなることもある。
「職業で獲得できる【スキル】、スキル一覧表にも載っているよね。全部の特性を総取りって、できないんじゃないの?」
「そうらしいな。ゲーム的に言うと、魔法使いは近接戦闘が苦手。回復系は防御力は近接戦闘はいまいち。探索職は防御力が劣る」
「昔のRPGみたいですよね。オールマイティーに戦闘を熟す職業はないんですよ。生産職だと戦闘力が落ちるみたいですし」
「レベル上げはどうしているんだろ?」
生産職はレベルを上げるとき、戦闘職と行動を共にする。
彼等の能力は戦うことでなく、ダンジョンの奥で消耗した武器などを直し、あるいは強化する力であった。ダンジョンが大きくなるほど二個の能力は貴重となる。
だが、大半が戦闘職を選ぶので、生産職が少ないのも確かであった。
「う~ん……スキル欄も数が多くて困るよ。何かいい手は……おや?」
昴はスキル一覧の中に、【剣士の手引き】と言うスキルが目に入る。
「福島さん。この【剣士の手引き】というスキルって何ですか? 他にも似たようなスキルが複数ありますけど」
「なに? おっ、本当だ……」
「このスキルは、職業でないのに剣士スキルの全てが使えるようになるんですよ。ただ、特殊なために成長も遅く、ついでに強化ポイントも高いのでゴミ扱いですね」
「スキル獲得で300ポイントか……確か、スキルレベルの最大が10だよな? 福島さん、レベルを一つ上げるのにどれくらいポイント必要なんだ?」
「確か、最初にレベルを一つあげるのに30、次のレベルで60でしたか?」
最大レベルで合計1450ポイント。破格の効果だが、割に合わない。
何しろポイントはレベルが一つ上がることで1ポイント。何らかの要因で2~3ポイント上がることがあるが、原因が分らない。
このスキルを取ったところで、限界まで極めるのは難しい。
一人例外がいたが――。
「あれ? じゃあ、僕はこの手のスキルを全部獲得できるんじゃない? それも全部最大値にして……」
「まて、レベル0の状態で全部の【職業の手引き】は無理だろ! レベルが上がれば増えるかも知れんが」
「福島さん。レベル0でスキルはいくつ覚えられるの?」
「四つですね」
「ん~……取り敢えずスキルだけ選んで強化してみる」
「あっ、ステータスは紙に記録してください。後で報告に使いますので」
昴は適当にポイントを振り込んでみた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【名前】大山 昴 【レベル】0
【職業】フリーター 【年齢】二十三歳
【スキル】
【忍びの手引き】MAX→【忍びの極地】
【剣士の手引き】MAX→【剣士の極地】
【鍛冶師の手引き】MAX→【鍛冶師の極地】
【薬師の手引き】MAX→【薬師の極地】
【称号】
【忍者マスター】【剣聖】【神工】【錬金術師】
【ポイント】無限
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【手引き】から【指南】をへて【極意】へ、そこから【境地】にかわり【極地】へ強化。
そして職業が【フリーター】へ勝手に変わった。
「「「フリーター、SUGEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!」」」
最強職はフリーターだった。
職業で覚えるはずのスキルも全て含まれ、更に最大に強化される。
最強の器用貧乏がここに爆誕した。
「これ、無茶苦茶チートじゃ……」
「いや、どう見てもチートだろ。レベル0でこのステータスは、あり得ねぇと思うぞ?」
「数年この仕事をしてきましたが、ここまでの能力を持った人は初めてですよ」
「俺もフリーターを目指してみるか……」
そして拓巳もステータスの調整を始める。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【名前】佐山 拓巳 【レベル】0
【職業】フリーター 【年齢】二十三歳
【スキル】
【剣士の手引き】MAX→【剣士の極意】レベル1
【鍛冶師の手引き】MAX→【鍛冶師の指南】レベル1
【ポイント】1900
【称号】
【剣豪】【鍛冶師】【真似っ子】【道化】
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「あれ? ポイントの残数がおかしいよね?」
「なんか、増えてるな……。【剣士の指南】では合計5500ポイント使ったのに、計算が合わん」
「何が原因なのでしょうか?」
紙に書かれた拓巳のステータスもおかしかった。
【真似っ子】と【道化】の称号も気になる。
「この称号、さっき見たときにはなかったぞ? この称号のせいでポイントが増えたのか?」
「ポイント数が破格だったのも気になるよ。僕の場合、なんかおかしいし……」
「ダンジョンなんて元から意味不明の現象が起きてますから、さほど驚くことではないのかも知れません。が、上に報告するにも、なんて報告書に書けばいいのか分りませんよ」
公務員泣かせな現象だった。
ただでさえ現実の常識が世界規模で崩壊し始めているのに、更に細かいところでも頭を悩ます羽目になる。報連相を主とする公務員は事実を報告したとしても、今度は上から『原因をつきとめろ』と言われるのだ。
非常識に理屈をつけろと行っているようなもので、そこには波乱の予感しかしない。
「ハァ~……また上司と喧嘩になるんですかね」
「ダンジョン自体が訳の分らん現象だからな。上の連中も何かと理由が欲しいんだろうな。その手間を下の職員に押し付けてはいるが……」
「公務員……辛い職業だね」
給料は安定していても、人間関係は常に不安定だ。
上司は部下に担当を任せるが、『非常識な現象を解明しろ』と言われても無理な話である。『まぁ、元より非常識な事態だし、原因不明なら仕方ないよね』とは言えない。
国民に対する責任があり、非現実的な現象にも今は対処しなくてはならないのが公務員だ。実際問題、『なぜ判明しない。現実に起こった事態なのだろ? 理由は必ずあるはずだ』と上司は突きつけてくる。それに対して『もう常識なんて意味ねぇんだよぉ! そんなに知りたければアンタが調べろ!!』と怒鳴り散らすなんてザラであった。
お役所の職場における人間関係は、かなりギスギスしていた。
「ポイントって、どうやって増やすの?」
「レベルアップや初モンスターを倒したときに1ポイント。何らかの成果を上げたときに2~3ポイント増えるらしいぞ?」
「……はっきり分ってないんだね」
「そもそも、お前のポイント数が無限なのも謎だろ。どういう基準でこんな風になるのか分らんし、ここで話し合っても意味がない」
フリーター二人にはこれで終わる話だが、福島にとってはこれからの問題であった。
昴達は『お気の毒に……』と同情するしかできない。
嘘かホントか、水晶球は【神水晶】とも呼ばれ、神々が人間を査定すると噂されている。これが事実であるなら神々の気まぐれとしか言えない。
どちらにしても何の確証も根拠もないのだ。
「ステータスも決まったし、後は武器だな。何かいいもんはないか?」
「基本的に、武器類は個人で用意します。私どもの仕事はここまでですね」
「自前で用意するの? う~ん……物置の鉈で大丈夫かな?」
「なんでそんな物があるんだ? 一般の家庭に鉈はいらんだろ。薪ストーブがあるわけじゃないんだし」
「昔、うちの風呂場はボイラーだったんだ。ひい爺ちゃんが大工でね、廃材を燃やして風呂を沸かしていたらしい」
武器があるだけマシであった。
実際にダンジョンで使う武器を購入すると、安くても十万円はするだろう。
生産職の作った武器なら軽く百万は飛ぶ。
「防具はどうするよ?」
「どうしよう。何かで代用するしかないよね」
「あっ、そろそろ私は戻りますので、何かあればご連絡ください」
「「ご苦労様でした」」
立ち去る福島の背中が煤けて見えた。
そんな二人に対し、昴と拓巳は武運を祈るしかできないのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
【探索者ギルド協会】支部に戻るライトバンの中で、福島は連れの探索者と情報のやりとりをしていた。
「それで、ダンジョンのランクはどうです?」
「俺から見て、ランクD……。地下五階まで進みましたが、モンスターは昆虫系ばかりでしたね。強さも大した脅威じゃない」
「ふむ……」
「もっとも、最深部はどうだか分りませんがね。極端に難易度が変わるダンジョンなんて良くありますし、決めつけるのは問題かと」
「なるほど。それで、【亜人種】の形跡はありましたか?」
「いや、洞窟系のダンジョンだな。おそらくは鉱脈もありそうだが、小規模のダンジョンだから期待はできない」
ダンジョンにはランクが存在する。
今回のダンジョンは洞窟系。一定の通路が存在し、基本は一方向に進んでゆくダンジョンだ。小部屋もいくつか存在し、モンスターが生態系を構築している。
だが、中には言語を話す人種が存在するもダンジョンもあり、政府としては彼等の協力を仰ぎたいとさえ思っている。
そのために【言語翻訳】のスキルが存在した。
「彼等がどこから来たのか、それを知ることも我等の仕事ですからね。ただ、今回も外れでしたか」
「確認されたのは、【アリゾナ大迷宮】でしたか?」
「えぇ……アメリカ軍は彼等と抗戦し、部隊は壊滅したと言われています。魔法という存在が、我等の軍事力を無力化しましたからね」
「中国での悲劇が、それを如実に語っていますからなぁ。ドラゴンか……どこかのファンタジー小説みたいですよね。ははは」
「笑い事ではありませんよ。あんな化け物に出てこられたら、人の世界は確実に終わります」
情報は遮断されてはいるが、それでも人の口を塞ぐことはできない。いずれは多くの人々に知られることになる。
チベット大迷宮から現れたドラゴン三体は、中国の都市を無残に焼き払い、中国海軍とも戦闘をした。
その映像は【国連探索者ギルド連盟】にもたらされたが、解析した結果、現代兵器では倒すことが不可能とでてしまったのだ。
「戦艦の主砲すら弾き返す装甲と障壁、巨体でありながらも音速で飛行し、更に強力な熱閃を吐き出す。何かの冗談だと思いたいですよ」
「戦闘機とドッグファイとして、撃墜していましたからね。音速飛行していながらも、あり得ない機動性。恐ろしい生物ですな、ミサイルに食いついても無傷でしたし……」
探索者によって生活基盤は整ってきたが、未だ余談の許さない状況が続いていた。
チベット大迷宮と上海大迷宮の間には広大な魔境となり、恐ろしい勢いで緑地化が進んでいる。そこには多くのモンスターが生息し、独自の生態系が構築されていた。
更にその領域内でなら探索者もスキルの使用が可能となり、何とか調査をすることができた。もっとも、多くの犠牲を払うことになったが――。
ドラゴンの映像は、この時に回収したデジタルビデオカメラから発見されたものだった。
そして、今もドラゴンは自由に空を飛び交っている。
「科学文明は、終わりの時を迎えているのかも知れませんね……」
時代の変革を知り、福島は冷たい目で車窓から外の景色を見つめている。
そこに一切の感情はなかった。