第九話 攻略は続けるよ、どこまでも
水戸ダンジョン救出劇から数日、昴と拓巳は大山家ダンジョンに潜り続けた。
拓巳としては別に問題はないが、せっかく水戸ダンジョン16階層に到達したのだから、その先に広がる階層を攻略してみるのも良いと思っていた。
だが、なぜか昴が拒否し、頑なに首を縦に振ることなく自宅ダンジョンに入り浸る。
「なぁ、昴よ。なんで水戸ダンジョンに行こうとしないんだ?」
「拓ちゃん……男にはね、譲れないものがあるんだよ。今、あのダンジョンに行ったら、僕は大事な物をなくしそうな気がする」
「良いじゃねぇか、別にファンクラブができたくらい。写真に撮られて、ネットにアップされるだけだろ?」
「なら、拓ちゃんはこのダンジョンで全裸になった事実を知られても良いと? 確か、ここにもドローンが飛んでいるよね? カメラも搭載されているよね?」
「……すまん。俺が悪かった」
新聞に取りざたされて以降、昴のファンは地味に増えていった。
ネットでは情報を集めようと躍起になり、迂闊に姿を現せばスマホで姿を写される可能性が高まる。のんびりしているのが好きな昴にとって、不本意以外の何物でもない。
昴はアイドルではないのだ。
更に言えば、拓巳の全裸姿の流出は既に手遅れだ。
知らぬは本人ばかりである。
「まぁ、それはどうでも良いとして……」
「どうでも良い? 男の僕が【美少女】なんて言われ、世間から指名手配されているのがどうでも良いと!? こんな屈辱的なことはないよ、拓ちゃん!!」
「指名手配はされてないだろ。ただ、物好きが自発的に行動しているだけだ」
「それが問題なんだよぉ!!」
「俺は別に問題ない。しかし、このダンジョンもとうとう20階層か。生息するモンスターの種類が変わってきたな」
「………………まぁ、ね」
思いっきり間を空けて応える昴。
19階層から出現するモンスターは変わり、得体の知れないものが増えてきた。
例えば、なにやら腫瘍のような物が体中にできたクマや、バイオでハザードな映画に出てきそうな不気味な生物ばかりであった。
核戦争後の地球で遺伝子が異常な変化を起こし、強烈な姿に変容した生物が跋扈している。はっきり言えばキモイ。
昆虫系のモンスターも異常に大きくなり、階層にいる不気味生物を補食している。
その分、ドロップアイテムの種類も豊富になり、宝箱の出現率も高くなってきていた。
「ククク……溢れる物欲が止まらねぇ」
「俗物だね、拓ちゃん……。でも、回復薬や解毒薬が多いよ?」
「薬草の類いがないよな。鑑定スキル、取っておけば良かったか?」
「実は、すでに持ってる……。コレを知ったら、拓ちゃんが暴走しそうだったから、今まで言わなかったけど……」
「なにぃ!? 何で言わねぇんだよぉ!!」
「変なアイテムが出たら、僕を実験に使うでしょぉ! 今まで、何回僕にケモ耳や尻尾を装着させたのさ!!」
「………むっ」
ポイント獲得のためなら、親友すら利用する拓巳。
ファンタジー系、面白不思議アイテムの使用法が分れば、拓巳は必ず悪ふざけを始めると昴は読んでいる。
昔からの付合いゆえに性格を熟知していた。
「……そんなことは……………………ない」
「その間は、なに? こっち向けやぁ、コラァ!」
「おぉ……昴よ。年頃の娘が、そんなはしたない言葉遣いを……。父ちゃん、情けなくて涙が出てくらぁ!」
「誰が娘かぁ!! それに、人目がないダンジョンで全裸になるような父を、僕は持った覚えはないよ!」
「誰が露出狂だぁ、それに父親でもねぇ!!」
「逆ギレツッコミ!?」
売り言葉に買い言葉。
幼馴染み同士は遠慮がないが、命の危険があるダンジョンで不毛な会話はどうかと思う。
当然だが、こんな好機を逃すモンスターはいない。
―――キシャァアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!!
言っている傍からモンスターが襲いかかってきた。
「うっわ……ゲンゴロウ?」
「いや、足が八本あるぞ。蜘蛛じゃないのか?」
「やっぱり? 変なでき物が体中から出てるけど……アレ、感染しないよね?」
「う~む……。関節部の隙間から、肉塊がはみ出ているな。どう見ても病気にしか見えん」
八本足のゲンゴロウのような大型モンスターは、足をワシャワシャ動かしながら急速接近中。図体の大きさに見合わず速い動きであった。
「火の魔法、うりゃ!」
間の抜けたかけ声と共に、怪生物に向けて火球を放つ昴。
高熱の炎攻撃を受けながらも、ダメージを受けた様子もなく突っ込んでくる。
「アレ、炎耐性でもあるのか!?」
「なら、凍っちゃえ! ちょいやぁ!!」
昴が再び氷の魔法で攻撃。
今度は効果があったようで、巨体からなる重量を支える足を凍らせ、速度を落とすことに成功した。
だが、巨大蜘蛛足ゲンゴロウは足を千切り、猛然と迫ってきた。
そして、口から粘つく液体を吐き出す。
――ジュッ!
鼻を突く嫌な臭いと共に、地面が赤熱化して窪んだ。
「強酸性の粘液!?」
「粘着質だから簡単に剥がれず、しかも溶ける……。なんて地味に嫌な攻撃だぁ!!」
必死に逃げる昴達。
蜘蛛足ゲンゴロウは容赦なく粘液をまき散らし、接近戦に持ち込まれないよう牽制を続ける。色んな意味から昴達も唾液を被りたくはない。
実に地味で厄介な攻撃である。
「調子にのんなぁ、虫ぃっ!!」
三角飛びの要領で蜘蛛足ゲンゴロウの上に飛ぶと、昴は腰から鎖鎌を取り出し、頭部に目掛けて分銅を叩き込んだ。
「でかしたぁ、昴! うおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
衝撃を受けてわずかによろめいた隙に、拓巳は一気に間合いを詰め、口に目掛けて剣を突き入れる。暴れ回る蜘蛛足ゲンゴロウ。
口に刺し込まれた剣によって食道や気管が傷つけられ、自身の粘液でアゴが溶け落ちてゆく。この手の粘液は胃袋から食道、口内を通る過程で体液を化学変化させ、吐き出すかたちで武器として使う。
だが、体の器官を傷つけられることで、その傷口から溶解性の粘液で自身が自滅してしまうのだ。ファンタジー生物にも生物学的な摂理は存在していた。
「……こんな小さな分銅で、なんであんな衝撃が発生するんだろうね。あのゲンゴロウ、全長六メートルくらいはあったよ?」
「おそらくだが、お前が超高速で分銅を投げているからだと思うぞ? 瞬間的には音速を超えていたと思う」
「……マジ?」
「マジ」
ダンジョン内では、探索者の身体能力は超人レベルに跳ね上がる。
個人のレベルが高いほどに顕著に表れ、今の昴達ならいわでも剣で切り裂くことができるだろう。しかし当人達には自覚がない。
いや、急激なレベル変化と実際の感覚が追いついていない。二人はいつも通りに体を動かしている感覚なのだ。
また、二人には超人化していても動きが目で追えてしまう。そのことがなおさら自覚を遅らせる結果となっていた。
強くなっているという気がしないのだ。
「……音速。よく目で追うことができたよね?」
「ダンジョン内では、俺達は超人だからな。感覚的には分らん。それより、宝箱が二つあるぞ?」
「おぉ! なら、僕が左の宝箱を貰う」
「なら、俺は右だな。やけに大きい宝箱だが……」
二人は宝箱内に罠が仕掛けられていないかを確認し、ゆっくりと蓋を開ける。
中に入っていた物はわずかな宝石と、ポーションのようなものであった。
「ん? ラベルが貼って……げっ!?」
昴が空けた宝箱のドロップ品の方は、【裸・ポーション】とラベルに書かれていた。
おそらくは、以前に拓巳が引っ掛かった罠に使用された物だと思われる。
掌サイズの小瓶で、その数45本もある。
「………拓ちゃん、何か良いものが入ってた?」
「……いや。変な飴玉しかない」
一方で、拓巳の開けた宝箱の中身は、昴とたいして変わりない。
唯一違うのは、瓶詰めの飴玉のような物が入っていたことだろう。
やはりラベルが貼られており、【性転換ドロップ】と書かれていた。取り扱い説明文付きで――。
『赤い飴玉が女で、青が男になるという感じか。年齢は変えられないのか、ふむ……』
「拓ちゃん。何で僕を見てるの?」
不思議そうに首を傾げる昴と、悪巧みを始める拓巳。
無論、ポイントを獲得するためだ。
『全裸になる薬か……。拓ちゃんが馬鹿な真似をしたら、投げつけよう』
「なんで俺を見るんだ?」
ある意味で、以心伝心な二人だった。
そして、互いの認識が【男の娘】と【裸族】であることに二人は気付いていない。
「ところで、蜘蛛足ゲンゴロウの体に着いていた肉塊が落ちてるけど、コレってドロップアイテム?」
「さぁ? ブヨブヨしていて気持ち悪いんだが……」
剣で肉塊をつついてみる拓巳。
すると、突然に肉塊から足が伸び、ワシャワシャと動かしながら逃げ出していった。
「「アレ、ダニだったんだ!?」」
蜘蛛足ゲンゴロウは、パラサイトされていたようである。
ダンジョンは変な生態系が成り立っているようだ。
不思議がいっぱい、それがダンジョンなのだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ダンジョンから戻り、物置で着替えを終わらせる昴と拓巳。
だが、拓巳はこのとき悪知恵を働かせていた。
例の【性転換ドロップ(赤)】を数個、物置に置いてあるお茶菓子の中に紛れ込ませた。
このお茶菓子は昴が置いたもので、ダンジョンから戻って気軽に食べられるようにとの配慮からだが、彼が必ずこの茶菓子に手を出すことを拓巳は知っている。
「あれ? こんな飴玉、買ったかなぁ?」
「それか? 俺が入れておいた」
「お菓子を買うならガチャに回す拓ちゃんが、珍しいね?」
「たまには、な」
疑いもせずに、赤い飴玉を口に運ぶ昴。
それを確認すると、拓巳は見えないように『ニヤリ』と悪い笑みを浮かべ、何食わぬ顔で自宅へと帰るのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「にゃぁ――――――――――――――――――っ!?」
その数分後、汗を流そうと風呂場に向かった昴は、変わり果てた自分の体に愕然とした。
あるべきモノが確認できず、胸がわずかに膨らみを帯びている。
ツルペタではないものの、細やかな胸の膨らみは、ある意味で昴に最も適した最良のかたちと言えよう。
ただし、彼は男である。
少なくとも、ダンジョンから戻ってくるときまでは――。
「なっ……なななななな……………なんでぇ!?」
自分に何が起きたのか分らない。
分ることは、少なくとも今の昴が男ではないという事実だろう。
そして思い出す。ダンジョンでの拓巳の言葉を。
『……いや、変な飴玉しかない』
ダンジョンで手に入れられる飴玉とは、いったいどんな効力があるのか。
そして、お茶菓子の中に存在しなかった飴玉を自分が食べたことに、このとき初めてその意味に気付いた。
「やってくれたなぁ、TAHKUちゃん!!」
同時にそれは、拓巳が全裸の刑に処されることを意味した。
「うっさいわよ、兄さん……。何を一人で騒い……で………」
「…………」
「…………」
時が止まった。
一秒すら長く感じられる重苦しい沈黙が流れる。
二人の衝撃は、言葉に言い表すことのできないほど大きなものであった。
一分か、一時間か、あるいは永遠とも思える永劫のような時間が過ぎる。
実際は数秒くらいだが、お互いが声を出せないほど驚いているのは間違いない。
やがて、時は動き出す。
――カラカラカラ、カチン!
「ちょっ、ゆかり? なんで引き戸を閉めたうえに鍵まで掛けるの?」
「……私ね。実は兄よりも、妹が欲しかったの」
「僕の存在を全否定してない?」
「でね。一緒にお風呂とか入ってみたかったわけ……」
「もしもし? 何でゆかりは服を脱いでるの? ヤバいよ? それはマジでやばいよぉ!?」
妹の目がおかしかった。
何というか、危険なほどにギラギラした目で昴を見ている。
今まで一緒に生活をしてきて、これほど異様な妹の姿を昴は見たこともない。
なによりも怖いのは、無言で衣服を脱ぎ始めているところだろう。
「背中を洗い合ったり、一緒に湯船に浸かったり………コスプレさせたり、Hな悪戯したり」
「最後ぉ! 最後のは、おかしいよねぇ!? どこの世界に妹をコスプレさせる姉がいるのぉ!? そして、最後が危険な思考だよ!? 僕は男だよぉ、お兄さんだからぁ!!」
「…………………どこが?」
「そこは否定しないでよ! 全部、拓ちゃんの罠だからぁ!!」
「関係ないわ……。私は、今が重要なの……」
女性化した兄に迫る、全裸になった妹。
言葉にすると、これほど危険な話しはないだろう。
その手の話しはH系の小説の中だけで充分だった。
「一緒にお風呂に入りましょう。それは、とっても気持ちの良いことなのよ?」
「そうだろうねぇ!! けど、ヤバいこともするつもりでしょぉ!?」
「……………………………そんなこと、しないわ」
「今の間は? かなり時間掛かったよねぇ、変なことする気でしょ!!」
「たぶん」
「どっちの意味ぃ!? するの? しないの!?」
「問答、無用!!」
ゆかりは、夢という名の欲望に忠実だった。
たとえ元が実の兄でも、今はどこから見ても完璧な美少女である。
そして、その誘惑に抗えるほど彼女の精神は強くはなかった。余談だがゆかりはノーマルである。
おそらく――。
「みゃみれぇ―――――――――――――――――――――っ!!」
茨城県の田舎の片隅で、一人の青年の悲鳴が響き渡る。
その家の庭先で、椿の花がポトリと一つ落ちた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――で、セーラー服を着せられている分けか」
翌日、大山家に訪れた拓巳は、変わり果てた幼馴染みの姿を目撃した。
セーラー服姿で、頭部に旧ドイツ軍のヘルメットを被り、手に持ったZB26軽機関銃を装備。チェコスロバキアで開発された名銃である。
日露戦争時、中国軍が使用し、日本軍を震撼させた。
中国の工場を接収後、日本軍は徹底的にその構造と技術を調べ上げ、後に九六式軽機関銃のベースとなった銃でもある。
昴の姿は今にも飛行ユニットを装着し、ネ○ロイに向かって突撃しそうな姿だった。
「スク水じゃないんだな」
「兄さん、小柄だから私のスク水じゃ着れないのよ。でも……」
拓巳とゆかりは互いにサムズアップ。
言葉ではない何かでわかり合っていた。
「……拓ちゃん。仕組んだな?」
「おう。今朝、ステータスを見たら、ポイントが那由多になってた。凄ぇだろ?」
「那由多!? ポイント加算の基準が分らないよ!!」
「「萌だろ(でしょ)?」」
「この世界、腐ってるよ!!」
ダンジョンが出現している時点で既におかしい世界だ。
今さらである
「だいいち僕は、ZB26軽機関銃じゃなく、バレットM82A1の方が好きなんだ。もしくはマンヒッシャー・カルカノM1938……」
「バレットM82A1……アンチマテリアルライフルじゃねぇか」
「マンヒッシャー・カルカノM1938って、兄さん……大統領の暗殺でもするの?」
バレットM82A1は、装甲のある車両を撃ち貫く、比較的威力の高い銃である。
マンヒッシャー・カルカノM1938については、ケネディ大統領を暗殺した銃で有名であり、イタリア軍で正式採用されていた軍用ライフルだ。
一説ではレミントンXP-100が使用されたと言われているが、真相は不明。
陰謀説やら複数犯の犯行云々はさておき、この三人は無駄に銃に関して詳しかった。
「そんなことより、コレをどうにかしてよ! 男に戻る方法を知っているんでしょ!」
「いや、今日一日は女でいてもらう。俺のポイントのために」
「那由多もあるんだから良いじゃん! なにこだわっているのさ」
「もしかしたら、このまま萌を追求すればポイント無限になるかも知れない。試しても良いだろ?」
「僕を犠牲にしてねぇ!!」
酷い親友だった。
「別に良いじゃない。私はそのままで大歓迎だけど?」
「ゆかり!?」
「実の妹がそのままで良いと言っているんだ。諦めろ」
「こ、この野郎……」
拓巳の不遜な態度に、温厚な昴はついにキレた。
縁側から猛然と間合いを詰め――。
「ハンマーシュトラーク・ヘル!」
「ゴハッ!?」
鳩尾に重い一撃。
「ハンマーシュトラーク・ヘブン!!」
「ゲブラァ!!」
うずくまった瞬間に華麗なるアッパー。
拓巳が宙に浮いて、劇画調に落ちていく瞬間、昴はストレージからある物を取り出す。
瞬間的に脳を揺さぶられ、ピヨッている拓巳に向けてソレを投げつける。
「裸族になれぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
そのアイテムは拓巳の顔面に直撃すると、『パリン』と音を立てて割れ、中の液体をぶちまける。
【裸・ポーション】。それは、いかなる者でも裸族にしてしまう、恐るべき秘薬である。
液体は直ぐに揮発し、その煙に包まれた拓巳。そして――。
「Let‘s、beautiful、life!! 人生に服など無用、人は誰しも裸のヌーディストだぁ!!」
燦々と輝く太陽が照らす夏空の元で、彼は全裸になった。
拓巳はあらゆる束縛から解放され、文字通り裸一貫の自由を手に入れる。
そして彼は、恍惚な笑みを浮かべ、ダンジョンへと突撃していった。
「エイリア―――――――――――ン!!」っと、叫びながら。
今の彼は、ある意味で部分的にエイリアンである。
「拓にぃ……。兄さん、あれは酷いんじゃない?」
「人の尊厳を踏みにじるからには、逆に踏みにじられても仕方がないよね。ゆかりも自由になってみる?」
「……やめておく」
この日、ゆかりは実の兄の恐ろしさを知った。
降り注ぐ日差しの元、ニッコリと微笑む天使の笑みが、逆に恐怖心を煽り立てる。
この世界には、怒らせてはならない人間がいることを理解した。
余談だが、監視映像を見て、探索者ギルド協会の福島が吹き出したのは言うまでもない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「へへへ……死んだ。俺の人生は終わった」
「今さらだね。既にダンジョンで裸になってるでしょ」
正気に戻った拓巳は、メンタルが死んでいた。
裸族と化した彼は、そのまま野蛮人となり、襲いかかるモンスターを拳で倒しまくっていた。
まさにバーサーカー。まるで神話時代の英雄の如く、猛々しく敵を葬っていた。角材で……。
だが、正気に戻れば今まで自分がしてきたことがフラッシュバックし、たちまち自己嫌悪に陥る。
「別に良いじゃん。裸族になったって……イケメンの裸は需要があるんでしょ?」
「いいわけねぇだろぉ!! お前は、取り返しのつかないことをしたんだよぉ!?」
「それ、拓ちゃんが言えることなの? 僕になにをしたか理解してる?」
人を呪わば穴二つ。
自業自得である。
「俺は今……人生の崖っぷちさ」
「い、今頃気付いたの!? 自分の残念さを自覚してなかったんだ……」
「クッ……もう、ヌーディストビーチを組織するしかないのか。誰が得するんだよぉ~……」
「腐った女子でしょ。あっ、僕は巻き込まないでね? さすがに変態の友人がいると知られると、社会的に白い目で見られるから」
「俺なら良いのかよぉ!!」
「逆に聞くけど、なんで僕を女にすることは許されるのさ。普通に人権侵害だよね? しかも、毒物を仕込んだよね? 完全に犯罪じゃないか」
「良いじゃねぇかよぉ~、お前の場合は似合っているんだから……。俺が全裸になっても変態なだけじゃんかよぉ~」
酷い理屈であった。
「また同じ事をしたら、今度は街中で全裸にするよ? 僕はやると言ったらやるからね」
「タマの小さい野郎だ……。たかが女になったくらいで」
「たかが全裸になったくらいで、器が狭いよ。ちなみに、今は女だからタマは関係ないよね。女は怒らせると怖いんだからね?」
「グッ……ああ言えば、こう言いやがる」
先に仕掛けたのが拓巳であっただけに、言葉で言い返すことができない。
常識的に考えても、強制的に性別を変えられたのだから、普通は許されることなどあるはずもない。訴えられてもおかしくはない犯罪なのだ。
全裸で済んでいるだけマシと言えよう。
「ハイハイ、拓ちゃんが社会的に死んでいるのはどうでも良いとして、そろそろ21階層に下りるよ」
「俺が社会的に死ぬことは、どうでも良いのか? まぁ、次は未確認の下層だからな……気を引き締めていくが……」
そして降り立った21階層。
そこで彼等が見たものは――。
――ニャー! ニャー! ニャァ―!! ブギャァ――!!
広大な草原と、そこに生えている埋め尽くさんばかりの草花。
しかし、その草花には花がなく、代わりに猫の頭部が生えていた。
花粉はあるのに花がない失敗作の植物が繁殖していた。
「「キショォ!?」」
ダンジョン。
そこは、地球の常識が死滅した、不思議いっぱいのデンジャーワールド。
昴と拓巳の凸凹コンビによる探索は、まだまだ続く。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
20XX年。
地球は世界規模で、あらゆる資源が消滅した。
代わりに出現したダンジョンに、多くの探索者は挑み、資源を求め日夜戦い続けている。
ときには栄光を、ときには志半ばで命を落とす危険な迷宮。
これは、そんなダンジョンに資源確保や名声など関係なく挑む、ぐだぐだな探索者コンビの物語である。
~~End~~