0-1 やりなおし
初投稿です。誤字脱字や感想お待ちしております。
――目が覚めた。カーテンを閉め切っているため今が朝なのか夜なのかわからない。いつもの天井を見ていつも通りPCの光を頼りに定位置を目指すだけ、ただなにかがいつもと違う。
「なんか体がフワフワすんなぁ」
俺は違和感の正体を掴めぬままお気に入りの椅子に座ろうとし青ざめた。そこにも顔を真っ青にした俺が座っていたからだ。
「な、なんで俺が…」
「それは貴方の死体ですよ、市原理樹様」
いつの間にか背後にいた女の声に驚くも状況が全く呑み込めない。恐怖と困惑が混ざった弱々しい声でなんとか尋ねる。
「何故俺の名前を知ってるんだ。お前は誰だ?死体ってどういうことだ?なにかの冗談だよな?」
焦っている頭をフル回転させて思いつく限りの質問を列挙するもあっさりとした声で返される。
「それは貴方が対象者だからです。市原理樹、18歳で引きこもり、趣味のネット配信中に心臓麻痺で死亡という風に報告を受けています」
配信中に死亡?あぁ少し思い出してきたぞ。俺は昨日夏休み企画として視聴者の怪談話を聞いてたんだっけ、それ以降記憶がないし話にビビって死んじまったのかもな。ハハッ、ダメ人間らしいバカな死に方だよ。
「ということで若くして死亡した貴方には生きる権利と死ぬ権利が与えられています」
「どういうことだ。話がまるで読めないぞ」
正体のわからない恐怖を克服するべく咄嗟に俺は後ろに振り向き暗闇の中、女の体を確認したところで思い切り掴みかかった。…がぶつかったはずの手は空を切る。呆気に取られ自分の手を見るとサラサラと溶けていて最早、手と呼べるようなものではなかった。
「言い方が悪く申し訳ありません。ですが、早急に判断しなくては貴方はこのままだとそのように体全体が消えてしまいじきに記憶なども消えてしますでしょう。しかし、貴方が異世界に転移して魔王から世界を救うことを約束してくださるなら生活を一からやり直すということも可能です。いかがなさいますか?」
「異世界?ということは俺は勇者になれるのか?なんかこう特殊能力が付いたりとか?」
異世界転移、世界を救う男なら小さい頃誰でも夢見る主人公になれるかもしれない。そんな淡い期待も次の言葉ですぐに打ち砕かれてしまった。
「いえ、勇者のポストはもう一杯ですし適性もないようなので市原様には料理人になっていただきます」
「は?」
口を衝いて出た。料理人が世界を救う?意味が解らない。その世界ではT○チャンピョンのように料理でバトルするのか。
「だからコックですよ、貴方には世界最強のコックになってもらいます」
「分かったよ、でもなんでコックなんだ?いくら無力でも戦闘要員が沢山いた方が有利じゃないか?」
RPGなどを数多くやってきた俺は仲間が多ければ多いほど強いと思っているしそれが定石だ。
「いえ、そうとも限らないんですよ。最近の勇者は初めは魔王を倒そうと志すのですが、自分がクエストなどで裕福に暮らせるようになるとそれで満足してしまって娯楽などしかせずむしろ原住民の負担になってしまうものも多いんですよ。特に市原様は引きこもりでしたからその可能性も大きいですから」
「あぁ…」
ぐうの音も出なかった。現状で生活できるならわざわざリスクを犯す必要なんてないもんな。
「でも料理人ってすごいんですよ。勇者は敵が攻めてきた時や大規模な作戦でしか活躍できませんが料理人なら住民により身近で元気を与えることができるんですよ!」
言われてみれば確かにラノベを読んでて勘違いしてたけど勇者が活躍できるイベントって頻繁には起こらなそうだな。
「市原様、そろそろ体も消えてしまいます。ご決断を」
気が付くともう首から上しか残されていなかった。お化け屋敷のキャストとしてだったら一流だ。そして肝心の決断だが俺に迷いはなかった。
「俺、やるわ」
なぜやると決めたかはよくわからない。親に迷惑をかけた贖罪の気持ちだったのかもしれないし、この女の人の言葉に心を動かされたからかもしれない。
「本当ですか?料理人は地味だからってやらない人も多いんですよ。そうとなったら早く儀式に移りましょう!」
そう言うと俺の頭に温かい感触が伝わった。おそらく手だろう。
「貴方の異世界での活動はそこはかとなく監視させていただきますね。それでは…
あぁ我に眠る精霊よ、未来ある若者に力を…」
テンプレのようなセリフを唱えると彼女の手に付けているであろう指輪がほのかに発光し始めた。ここで俺は大切なことを聞くのを忘れていたのを思い出す。
「最後に聞きたいんだけど君の名前は?」
「名乗るほどじゃないですよ、ただの女神です」
そう言うと指輪が星のような光を発し、初めて見るただの女神は綺麗な緑髪の可愛らしい笑顔だった。