荒野と踊り子
気付いたら俺は荒野に立っていた。
ちなみに、転生の際に今の年のままにして貰った。せっかく好きな世界に移れるのだ。
足早に世界を見て回れる今の年の方が都合が良いだろうと考えての事だ。
別れ際の貧乏神曰く、
「ちゃんと祭壇を作って私を祀ること、そしたらだるいけどある程度は守護ってあげるから」
と話していた。
しかし、祭壇なんて作ったこともないし、こんな荒野で何を作れというのか……
というか、ほんとにここは『エレファン』の世界なんだろうか?
俺が進めていたストーリーには、まだこんな荒野のマップは無かったように思える。
それに、ステータス画面が開けない。適当に『ステータス』とか『オープン』だとか、『リスト』とか試してみたが全く反応しなかった。
ゲームの中だったらショートカットキーで簡易ステータスがいつでも見られた筈なんだが……
「どうすっかな、全く」
一頻り悩み、独り言を呟いても返答は無い。寂れた風が吹くだけだ。
仕方なしに適当に祭壇を作ることから始めてみる。
「よくわかんねーけど、神棚みたいので良いのかな……?」
木は辺りに見当たらなかったが、幸いにして石は大きい物から小さいもの、丸い物から尖ったものまでたくさん見かけることが出来た。そこらの石を拾って積み上げてみる。
おっと、流石にこんなに開けた所で積むと何かの拍子で崩れかけない。ちょっと目立たない所に置いて崩れにくいようにしておこう。
「この辺、石しかねーな……棚っていうより小っちゃなストーンヘンジになりそうだな、こりゃ」
相変わらず返事は無い。
しかし、何か話していないと孤独で耐えられなくなりそうだ。
こんなに独りに弱い人間だとは思っていなかった。一人暮らし生活にも慣れてテレビに相槌を打つことも減っていたんだけどなぁ……
そうやって、独り言を溢しながら作業をすること小一時間ほど、目の前にはまさに小さなストーンヘンジが出来上がっていた。
「さて、祭壇なら普通御神体とかもいるのかな? でも貧乏神だしな……とりあえずこの石にしよう」
周りの石とは何となく色味が違う石を選び、ストーンヘンジの中心に置く。
それだけで何となく神々しく見える辺り不思議だ。古代の人間もこんな気分で石を動かしていたんだろうか?
「……んで、どうすりゃいいのよ?」
正直言って、詰まった。
何すりゃいいのよ、この状況。町とか村とかさ、人がいるところに行かないと全然状況がわからないじゃない?
でもって、その町とか村はどこよ……
お、落ち着こう……まだ慌てるような時間帯じゃない。明るいうちにもう少し状況を整理しよう。
とりあえず現況として、道がわからん。貧乏神に言われるがままに簡易な祭壇モドキは作ったけど、特別効果は発揮していないようだ。こんなん無理ゲーすぎんぞ……
あ、そういや貧乏神を祀れって言ってたっけな?
しかし、元々流されやすい日本人を自負していた俺だ。宗教なんかもその時のイベントしか知らないし、詳しい神様の祀り方なんてわからんな……
「とりあえず、踊ってみるか……」
祭事の基本と言えば宴会、宴会と言えば酒や肴、それに歌や踊りだろう?
この辺に食料品は見当たらないし、歌も音痴だし、大きな音で良からぬ獣なんて呼び寄せたらたまったもんじゃない。
消去法で踊ってみることにしたが……こちとら生粋の日本人である。社交ダンスなんてシャレオツな遊びはもちろんやったことが無い。
とりあえずステップも何もなく左右に体をゆすって優しく跳ねてみた。
「そこにいるのは誰っ!?」
甲高い声が聞こえ驚いて振り返ると、そこには小麦色の天使がいた。
いや、持っていた印象が強すぎたようだ。現実に天使なはずがない。
だが、つい先ほどまで日本で追い求めていた褐色の肌、金髪ロングの緩いウェーブヘアー、何処に視線を送っていいのか悩んでしまうほど露出の多い服装。
そう、『砂漠の星・イロリナ』そのものがそこにはいた。
「聞こえているのっ!? そこで何をしているのっ!?」
彼女は慌てた様子でこちらを問い詰めてくる。
「えっと、踊り……?」
マジ生身のイロリナさんめっちゃ綺麗っす。その美しさにしどろもどろになりながら、どうにか返答する。
「踊り……? それが……?」
明らかに不快感を露にしながらこちらを見据えるイロリナ。美人に蔑まされる視線と言う奴は堪える。別な界隈ではご褒美らしいが、俺にはただ罰が悪いだけだ。耐えきれず視線を逸らす。
「あなた、何でこんな所で、しかもそんな恰好で踊ってるの?」
イロリナからもっともな追撃が放たれる。ちなみに、今の俺の服装は貧乏神がこの土地に合うように気を利かせて貰っている。が、それでも踊りには適さないローブ姿だ。もしローブを着て踊っている奴がいたら確かに不審に思うよなぁ。
困ったな……正直に転移してきたと言っても信じられないと思うし、かといって俺が知った顔で話しかけても怪しまれるだけだろう。仕方ない、どうにか誤魔化せるかやってみよう。
「なんだか怪しげな石段を見つけたからとりあえず祈ってみようかなーって」
「どう考えても怪しい人間じゃない」
先程の視線をさらに鋭くさせて腰のあたりに手をやるイロリナ。よく見ると細長い剣が携えられている。
「ちょ、ちょっと待った!! ホントに、何も怪しくなんかないって!!」
「そういう人間ほど怪しいわよ。大人しく拘束されるなら傷つけたりはしないから、ね? 捕まって?」
何この可愛い生き物。
初対面でそんなおねだりされたら有無を言わさず両手を組んで前に出してしまうじゃないか。
「本当に斬りつけたりしないよな……?」
「何よ、大人しくしてたら乱暴したりしないってば」
彼女は腰の剣に手をかけながらじりじりとこちらに近づいてくる。いきなり抜刀しないのはあくまで敵対しなければ傷つけない、というアピールなのか。
ん?
彼女の後ろの方で何か光ったような……
岩山に隠れてはっきりとは確認できなかったが、ちらちらと黒い影が動いている気がする。
近づいてくるイロリナを気にもかけず後方を確認していると、やはり光が反射しているのが見えた。
よーく確認すると曲刀を手にした男がこちらの様子を窺っているようだ。
「あ、あれ! 俺なんかよりよっぽど危ない奴!」
「そんなのに引っかかるわけないでしょ? 素直に手を出しなさい」
「いや、ほんとだって! 刀持ってこっち見てるから……って、ああ!! 来た来た来た!!!」
俺が男に気付いたように、向こうもこっちが気づいたことに気付いたようだ。
岩山から三人、同じように曲刀を持った男達が走り出してきた。距離にして五十メートルほどか?
十秒もあれば会敵するだろう。
「もう、そんなに騒いで……わかってるわよ」
彼女はようやく振り返ってくれた。だが、どうやら始めから男達に気付いていたようだ。先程まで牽制に使っていた剣をスラリと抜くと、男達へと走ってゆく。
「は、速……」
距離があるのでどうにか見えているけど、正面から見たら急に大きくなったように見えたんじゃないだろうか。それくらい、イロリナの足は速かった。
敵に対峙すると瞬時に腕を振るい、剣を鞘に納める。と、同時に男達が前のめりに倒れていった。
「ま、こんなもんかしら。あなた、大丈夫? 巻き込んで悪かったわね」
俺の方へ戻りながら彼女は笑顔でそう言ったのだった。
俺はと言うと、この世界は本当に『エレファン』の世界感で、生身のイロリナは滅茶苦茶まぶしい存在なんだなー、なんて少しズレたことを考えてた。