高校デビューは甘くない 4話
今日の朝は、久しぶりに雨が降った。
雨の日は憂鬱だ、何かもやる気がなくなる。
俺はもしかしたら紙で出来ているのかもしれないと思うほどだ
鷹宮 政 成分 紙 100%
なんて風に
まぁ、それはそれでなんかリサイクルしやすそうだし良いか
とにかく、こういう天気の日は学校も休みにすればいい
日本人は皆働き過ぎなんだ、少しは休むことを覚えて欲しい
俺は大人になったら一生懸命有休を使いたいと思っている。
使わないともったいないお化けがでるって誰かが言ってたしな。
まぁ、そんなことを考えても学校は物理的にも概念的にもなくならないので俺は大人しく学校に行くことにした
いつもとは違いアスファルトの匂いがする地面を蹴って歩く
俺が下を向いてゆっくり歩いていると突然後ろから肩をポンポンと叩かれた
「何?」
俺が振り返ると相手の指が俺の頬に刺さった
「ゔっ」
「やーい、引っかかったー!」
案の定、その犯人は奈良花 椿だった
彼女はイタズラが成功したことに喜んでいる
なんか、ムカつくので俺は無視して歩くことにした
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」
奈良花は俺を追いかけてきて、鞄を引っ張って止められた
「なんか用か?」
「べ、別に用なんかないわよ……ただ声かけただけよ
てか、なんであんた今日、そんなにテンション低いのよ⁈」
「まぁ、雨だから…」
「あんたは画用紙か⁈」
「なんでちょっと分厚くしたんだよ」
俺は思わず笑ってしまった
「じゃあ、トレッシングペーパー!」
「今度は薄すぎるだろ、てか、そっちこそなんでそんなにテンション高いんだよ、雨だぞ、今日」
「うーん、なんか分かんないけど、私昔から雨の日って好きなんだよね
冷たくて気持ちいいし、それに可愛い傘させるし」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ、たぶんあんたが考え過ぎなだけでしょ」
俺たちはそのままどうでもいい話をしながら教室まで向かった
教室に入るとクラスは雨など気にしないかのようにいつも通り騒いでいる
「今日、雨っしょ?、てことは体育ないんじゃね?マジ萎えるわ〜」
「だよなー、ホントそれ、マジ分かるわ〜、なぁ須知田?」
「せやな〜、まぁ、その分自習やし、ええんちゃう?」
なんで最後のやつ、関西弁やねん
お前、名前が吉本新喜劇に出てきそうなだけだろ、それにこのクラスに関西出身のやついねぇし絶対エセ関西弁じゃん
須知田、エセ関西弁は本場の人に嫌われるから気をつけろよ
とか、言ってもどうせ無視されるだけなので俺は心の中にそっとしまって授業の準備を始めた
えーと、今日の1時間目は……数学か
あっ、そういえば問題集ロッカーに入れたまんまだ
俺はそう思い出して、席を立って廊下にあるロッカーに向かった
帰り際に奈良花の方を向くと奈良花は机に突っ伏している
その状況を作り出した元凶の錦のグループはそんなことはつゆ知らずといった感じで楽しそうに話している
はぁ、こいつもこいつで大変なんだな
新入生どうこうの前にまずはお前の問題片付けた方がいいんじゃないか?
俺がそんな風に考えていると授業開始のチャイムが鳴った
「キーンコーンカーンコン」
それを合図に周りのやつらもドタバタしながら自分の席に戻っていった
そして、みんなが席に着いて授業が始まる……かと思ったが、そのまま5分以上待っても先生は来ない
クラスがざわざわし始めた
こういう時ってクラス委員が呼びに行くか行かないかで揉めるのが定番だよな
俺はその展開を待ち望んでいたが、残念なことにそれから30秒くらいたって先生がやってきた
先生は、遅れてきたのにもかかわらず全く焦りがなく、むしろ堂々としていて、まるでパリコレでランウェイを歩くモデルのような立ち回りだ
ただ、服装がジャージに竹刀とパリコレには相応しくない格好であり、何処かの極道の娘の先生の雰囲気を漂わせている。
そんな先生が遅れてきて堂々としているのはどう考えてもおかしいことだがここでは普通のことなのである
彼女が法であり秩序であるこの教室ではなんぴと足りとも逆らうことは許されない
どんな人かって?
一言で言えば大魔王
見た目が良いだけ余計にタチが悪い
噂では元々この街一体を占めていたヤンキーの親分だったらしい
俺は目をつけられないように先生がいるときはいつもより3割増しで影を薄くしている
先生が教卓についた瞬間に今までうるさかった周りの連中が一斉に静かになった
そんなことが出来るのはこの学校には一人しかいない
数学の先生である、笹野葉 静香だ
見た目からして元ヤンなのだが、なぜかわりと偏差値高めのウチの学校に勤めている
遅れてくる理由は本人曰く、ものすごく朝が弱いらしい
なんだよ、その理由、子供か!と思っても今は誰もツッコむことができないのでいつも流されている
「じゃあ、授業始める、委員長」
「起立、気をつけ、敬礼、お願いしまーす」
敬礼って、やり過ぎだろ……
と言ってもいつものことなので誰も触れることはない、俺もたまに勢いでやっちゃうし…
まぁ、委員長はいつもあんな感じで先生に忠誠を誓い、完全に下僕と化していてクラスもそのノリに呑み込まれつつある
なぜ、クラスがこんなことになっているのかっていうと色々と有るのだが、原因の多くは委員長になった規則田 破が占めているのは間違いない
彼は、名前の通り一年生の頃からやんちゃで世間で言われるヤンキーという部類に当てはまる存在だった
そんな彼は2年になっても相変わらずのヤンキーっぷりで髪も金髪で先生に対してもたてついていた
しかし、彼は幸不幸か、今の担任の笹野葉先生のクラスになってしまった
そして予想通り1学期始まってすぐから先生に対して敵対的な態度を取っていた
最初の三日間ほどは笹野葉先生の授業の時に物を落として音を立てたり、授業中に音楽を大音量で聞いていたりと授業の妨害をしていた
しかし一週間の終わりの金曜日についに先生は規則田を放課後呼び出した
その後のことは詳しく知らないのだが休み明けの月曜日に規則田が髪の毛を黒くして七三分けにして来たときはみんな目を丸くして驚いた
しかし、それはただのイメチェンではなかったのだ、性格までもが変わっていたのだ
授業は真面目に受けるし、宿題もちゃんとやってくる
さらにはクラス委員長にまで立候補していた
この一連の流れを見ていたクラスメイトは笹野葉先生がどれほどの先生なのかということが本能的に分かった
それ以降は誰も問題を起こさないし、先生に対して楯突いたりすることもなかった。
そのせいか、だんだんと先生も気が抜けてきて普段は隠している本性も出てきている
ざっと説明はこれくらいで良いだろう
とにかく俺は今後とも関わらずに生きていけることを切に願っている
そんなことを考えているうちに授業は進んでいき、いつの間にか終わりの時間になっていた
はぁ。やっぱり疲れるな、数学の授業は。
数学って昔から苦手なんだよなぁー、なんか、こう、方程式とか証明とかってピンとこないんだよ
誰かが証明したことを俺がわざわざもう一度証明しなきゃいけない意味がわからんし、問題でも証明しろって書いてある時点でそうなることは確定してるんだから証明する必要ないじゃんって思っちゃうんだよ
んー、なんで理系なんか選んじゃったんだろオレ
最初は理系の方が就職いいって聞いたから選んだけど、俺数学出来ないし、そもそも無理じゃん
どうせ文転するからいいつっても余計な教科勉強しないといけないのは流石に疲れるわ
まぁ、暇だし、やるんだけどね……
俺が机に突っ伏しながら思考にふけていると廊下から先生が急に戻ってきた
「おーい、誰か昼休み暇なやついねぇか?ちょっと頼みがあんだけど」
先生は最初に委員長の方を見たが委員長は今日はクラス委員の集まりがあるから行けませんと言って首を横に振って断った
すると先生は露骨に舌打ちして、辺りを見回している
次に狙われるのは誰かと考えながら名前を呼ばれないように目を合わさずに影を薄くしていた
誰か適当に当たってくれと内心思っていたが、あいにく休み時間なだけあっていつもクラスではしゃいでる奴らは外に出ていて教室にはほとんど生徒は残っていない
俺はこのままじゃ、ヤバイと思ってこっそり後ろのドアから出ようとしたが先生はそんな俺の考えに気づいていたのか適当だったのかわからないが急に俺の方を向いてきた
ヤバい、今日も昼休みには屋上に行こうと思ってたのに…俺の至福の時間が………って今日雨じゃん
あー、もうどうにでもなれー
俺がその威圧に逆らえずに先生の方を向くと先生とバッチリ目が合った
なんか笑ってるしすげぇ怖いんですけど……
「あ!おい、鷹宮!お前友達いねぇし昼休み暇だろ⁉︎、ちょっと図書室まで行ってきてくんねぇか?」
なんだよ、その理由
しっかり見てんな俺のこと
俺の存在認知してんのホントあんたくらいだよ、つい好きになっちまうじゃねぇかよ
まぁ、どうせ断れるわけないしポイント稼ぎでもしとくか
実際、そんな大変そうな仕事じゃないだろうし、いいか
俺はこのとき、軽い気持ちで受けた頼みがあんなことになるなんて予想だにしなかった。
それからしばらく経って昼休みになった
俺は昼休みになったので先生に言われた通り図書室に向かった
昼休みの図書室は思いの外、人が少なくて受付の委員会の人1人しかいなかった
委員会の人はいかにも図書委員って感じでメガネを掛けている、見たことがないので恐らく三年生だろう
俺は早く帰りたいのでさっさと本来の目的である頼みごとを伝えた
「あの〜、すいません。笹野葉先生から言われて来たんですけど…」
「あーっ!、君がそうだったんだね、笹野葉先生からは聞いてるよ、こんな本借りるからどんな人なのかな〜ってずっと気になってたんだよね!」
「えっ、どんな本なんですか?」
「えっ、って君が頼んだんでしょ?
たしか……タイトルは「体育教師の落とし方」と「好きな人に告白する方法」……って、君いい趣味してんね〜」
おいおい、あの教師なんて物借りてこさせようとしてんだよ!
俺が勘違いされてんじゃねぇかよ
なんか笑ってるし、絶対俺が借りに来たと思ってんだろ、最悪だ
とりあえず誤解を解いとかないと
「違う、違う俺が頼んだじゃないって!」
「分かってる、分かってるって誰にも言わないから〜」
「いいや、絶対に分かってないね。
とりあえず俺は先生に言われて取りに来ただけ!ok?」
「はい、は〜い
そういうことにしといたげるね〜」
なんかまだ誤解してるっぽいが、これ以上いるとますます変な誤解を生みそうなので早く本を渡すべく俺は駆け足で職員室に向かった
笹野葉先生は案外すぐに見つかった
会って早々俺は先生に本を渡した
「先生、なんて物借りに行かせるんですか
変な勘違いされたじゃないですか」
「はて、なんのことだ?」
「ふざけないでください!頼まれた本のことですよ‼︎」
「あー、本のことかー、そういえばそんなこと頼んだなー。
まぁまぁ、そんなに怒るなよ鷹宮。それで図書委員の女子と話しできたんなら、いいってことじゃないか〜」
「先生、ちょっといいですか?」
「ん?」
「俺、分かってますからね先生の好きな人、体育のa…」
その瞬間先生のボディブローが俺のみぞおち目がけて飛んできた
「ゔっ」
突然のことに驚いた俺は反応できずにもろに受けてうずくまってしまった
その上、先生のパンチは見事にみぞおちに入っていて、徐々に呼吸ができなくなってきた
俺はなんとか呼吸を整えながら力を振り絞って立とうとしたが、そのまま手刀をくらって、視界が真っ暗になった
誰だよボディブローがじわじわ効いてくるとか言った奴……ガツンとくるじゃねぇかよ
しばらくして俺が目を覚ますとそこは見たことがないどこかの教室だった
「ここは何処…なんだ?…
てか、俺は何をしてたんだ?
確か職員室まで行ってそれから……あっ!」
思い出した、そうか笹野葉先生の好きな人の話をしようとした瞬間殴られて意識を失ったんだ!
あの野郎許さんぞ
性の喜びを知りやがって
違う、違うふざけてる場合じゃない
昼休み終わったら次は体育だし今は急いで戻らないと
そう考えて教室を出ようとすると
ドアが開いて笹野葉先生、いや悪魔、いや魔王がタイミングを見計らったかのごとく入ってきた
「おぉ、鷹宮、もう目が覚めたか?」
ものすごく、作ったような笑顔で近づいてくる
「お前なんでこんなとこにいるか分かるか?」
さらに一歩ずつ距離を縮めてくる
俺は逃げるように一歩ずつ後ろに下がりながら答えた
「こんな汚い部屋に攫われる理由なんて分かりませんね、別に悪いことなんて何一つしてないし」
「ほう、まだ分からんか」
先生は指をポキポキ鳴らしながら向かってくる
ここで引きさがれば負けだ、こうなったらやるしかない
「好きな人ぐらいにバレだっていいじゃないですか、思春期でもあるまいし!」
その瞬間先生の顔が鬼の形相に変わりこっちに向かって走って来た
俺は急いで後ろに下がろうとしたが、もう壁にまで接していて逃げる場所がなかった
先生の勢いに乗った拳が俺の腹にボディブローをかまし、さらに前に倒れかけた俺の後ろに回ってチョークスリーパーの姿勢に入った
「誰が思春期かぁ?しょうがないだろ、こんな性格してるんだから優しくされたことなんか今までなかったんだよ
どうしようもないから本まで借りて勉強しようと思ってたのに
お前は、なんなの?バレないように隠してたことを突然職員室で言いやがって、他の先生にバレたらどうするんだよ、冷やかされたりするかもしれねぇだろ?そんときはお前が責任取ってくれんのか?」
首がどんどん絞められていくので俺は先生の腕を叩きながらギブアップしようとした
「キブ、キブ、キブ、僕が悪かったです」
さすがの先生も俺を殺す気はなかったらしくあっさり離してくれた
「はぁ、はぁ、はぁ、……」
俺は呼吸を整えながら、先生を怒らせずにこの場を収める言葉を探した
「すいませんでした、俺が悪かったです
先生がこんなにピュアだなんて思っても見なかったです」
「うるさい、ピュアっていうな!」
なんか先生少し顔が赤くなっている
今ならどうにか逃げられるかもしれん
「先生、その…僕が手伝いましょうか?」
「手伝うって何だ?私を馬鹿にしてんのか?」
「違いますよ、先生!僕は前から先生は体育の富士先生とお似合いだなって思ってたんですよ」
「ん?本当か?お前もしかしていい奴なのか?」
案外チョロいぞ、この人
「はい、本気ですよ!やるなら本気で応援しようと思ってます」
少し先生の顔が笑顔になってきた
これなら解放される….…俺はこのとき逃げることばかりに集中していて自分がどんどん泥沼にハマっていっていることに気づいてなかった
「よし、決めた!鷹宮!お前を新しく私の下僕として向かい入れよう!」
「ん?先生、僕は恋の手伝いをするだけで下僕になるなんて一言も…」
「いやー、ちょうどもう1人くらい使えるコマが欲しいと思ってたんだよな〜、じゃあな鷹宮、授業あるから先行くぞ」
先生は俺の言葉を遮って満足そうな顔で帰って行った
はぁ、終わった
色んな意味で…
これで否応なく先生に絡まれることになる
俺の平和だった日常は崩壊していくのだろう
あぁ、悲しきことかな
俺も明日から七三分けにしなきゃいけないのかなぁ
とりあえず次の時間体育だし早く教室戻んないと