この日が来るのが嬉しくて
大賢者、ユージーン。そんな肩書きにも飽きてきた、そんな今日この頃。
10歳の頃からやっていた城付魔法使いを20代に入って無理矢理引退し、これからなにをしようか考える。
―――人と関わることは面倒くさいが遠巻きに見ているのは好きだし、学校にでも行ってみようか。
そんな安易な理由でユージーンは人生初の学校に行くのを決めた。
とはいえ、人々から大賢者と言われるユージーンは急に引退を表明したが、その知名度と外見の良さから姿を簡単には人に晒すことが出来ない。ばれたら大騒ぎになるだろう。
「で?諦めてくれないの?」
「諦める?なんで?いいからバレないように対策考えろよ」
「えーん!ユージーンがいじめるっ」
めそめそしているコイツは俺の下僕・・・いや、幼馴染のカインだ。現国王の甥で、今のところ継承権はないことからこの学校の理事長をしているらしい。城で一緒に遊んだ記憶を辿ると泣いてばっかりだったこいつがよく理事長なんてやれるなと感動を覚える。
「お前、生徒にいじめられたりしないのか?」
「しないよっ!ちゃんと生徒の前では威厳を保ってるよ!俺をいじめてくるのはユージーンくらいだよっ!」
泣き虫のイメージが強いが確かにカインも成長した。身長は165cm程しかないが、とりあえずキャラメルブラウンのふわふわとした髪と垂れ目で優しそうな印象が全面に出ている。まぁ、相談しやすい、親近感の沸くお兄さん・・・に見えなくもない・・・と思う。
「とりあえず、22のユージーンが若い子たちの学校に通うのも問題だと思うけど君の美形を隠す方が難しいからなぁ・・・顔を覆えればいいのに・・・仮面とか?」
「お前よくそんな脳みそで学校の理事長なんてやれたな。仮面なんて怪しすぎるだろうが」
「その年で学校に入ろうとしているユージーンには言われたくないよっ!!!」
「・・・とりあえず、顔を隠すか・・・顔を変えるのは面倒だしなぁ・・・あ、髪下せばいいか」
ユージーンはカインとは違い漆黒の髪で、少しウェーブがかかっている。肌は少し浅黒く、その肌にかかるロン毛がセクシーであると周囲にはもっぱらの評判だった。しかし、その髪を顔の前に覆うようにしているその姿はセクシーのかけらもなく近寄りたくないオーラを醸し出している。
「怖いよ。周りどん引くよ。友達出来ないよ」
「別に友達を作りにいくんじゃない」
「じゃあ何しにいくんだよ」
口うるさいカインにむかってくつを投げて黙らせる。何しにいくのかと聞かれれば。
「暇つぶし」
それしかないだろう。
ユージーンは15歳くらいまでは背も低く小柄でかわいい部類の少年だった。しかしそれから数年で怒涛の成長を見せ、今では187cmである。ただその身長で高校生をやるのは目立ちすぎる。入学した初日に周りを見渡してそのことに気づく。
幸い話しかけてくる人は一人もいないかったので、そっとトイレに行き身長を縮める魔法をかける。173cm。こんなもんか。トイレを出て周りとつり合いがとれていることを確認すると、そこで不思議な光景を目にした。
「うんしょっ、うんしょっ。ふええ・・・重いよう。辛いよう」
小柄な女がなんだかぶつぶつつぶやきながら歩いていた。その直後、別の男が話しかけたと思ったら泣き出した。なんだあのめんどくさそうな女は。見なかったことにしよう。そのまま離れようと振り向くと、俺と同じようなどん引きした表情をした別の女がいた。お前の気持ちはわかるぞと心の中で共感する。
「なんか、あの人さっきからこっちを睨んでますう・・・!」
「え、どれ?・・・バネッサ」
「え?私?」
あ、この子巻き込まれた。
それがバネッサとの出会いだった。
それからというもの、何の因果かこの前のような現場を何度も目にすることになった。
「この学校の勉強難しいよう・・・。私、馬鹿だからついていけないよう・・・」
「どれ?・・・こんなの簡単だよ。授業のときとかついていけなかったら先生に聞けばどうかな?」
「実は・・・教科書がなくなっちゃって・・・隣の人には見せてもらえなくて・・・」
「え、盗まれたってこと?ひどいな。隣って誰だい?僕が言ってあげるよ」
「・・・バネッサちゃん」
「なんだって・・・!?」
今俺のいる席の前にバネッサがいる。そしてその右隣の席にあの女が座っている。つまり俺の前で日々茶番が起きるわけである。ちなみにこの女、教科書は盗まれたのではなくただ家に忘れて来ただけだ。しかも左隣はバネッサだが、右隣にも人がいるのにあえて言わない。もっと言うとこの女はバネッサに「教科書忘れたから貸してほしい」の言葉すら言っていない。それで「見せてくれない」とはよく言ったもんだ。この王子様も今の会話でバネッサを咎めるなんて筋違いなことして恥ずかしくないのか。将来のこの国の行く末が不安だ。
「バネッサ、なんでアリサに教科書を見せてあげなかったんだい?」
「別に、頼まれれば貸しますけど」
「フランソワーズ様!きっと私が悪かったの!次からはきちんとお願いします!だから、これ以上バネッサちゃんを責めないでください」
「アリサ・・・君は、いい子だね」
なんてむず痒い茶番劇だ。ほら、バネッサの足なんて超高速で貧乏ゆすりしてる。お前よくキレずにこの茶番に付き合ってるな。
毎回繰り広げられる茶番劇をうざいとしか思わなかったが、途中から面白い発見をした。毎回巻き込まれているバネッサだ。
あんなことされてもあの王子様が好きなのだろう、最初はひどく傷ついた顔をしていた。しかし茶番の回数を重ねるごとにどんどん王子様への視線も冷たくなり、態度にも苛立ちが見えるようになってきた。更に途中からはまともに話すのも飽きたのか、言いがかりにノリノリでのっかっていった。確かに毎回退屈だが、責められている立場でいい思いはしていないはずなのにもはや楽しんでいる。なんて面白い女だ。
気付いたらユージーンは自分からバネッサに話しかけていた。
「ユージーン、あなた私と話していると面倒臭いことに巻き込まれるわよ」
「別に気にしないから大丈夫。そんなことよりバネッサの隣は面白いからいい」
「あら、変わっているのねあなた」
最初は単純に茶番劇を近くで見てみるのもありかと隣にいたが、バネッサは勤勉で知識が豊富な為会話が弾んだ。しかしバネッサは難しい話より珍しい話の方が喜んだ。
「コロンビス国に行ったときに金の卵を生む鶏がいてね」
「本当なの?興味深いわ」
「今度の修学旅行、コロンビスだったよな。行ってみる?」
「もちろんよ。卵は持ち帰れるのかしら…」
実は嘘なのだが、金の卵に夢中になっている顔がかわいくて暫く眺めていた。・・・ん?かわいい?
この日初めてユージーンはバネッサのことが好きだと自覚した。
いくら学生をしていると言っても自分の周辺は魔法を使い危機察知を必ず行っている。おかげであの女がバネッサに何を仕掛けても必ずわかる。そして俺はこの魔法のおかげであの女と王子様、そしてその取り巻きたちがバネッサを断罪するつもりなのだと知った。そして、王子様が婚約を破棄するつもりであることも知った。
なんて楽しみな日だ。ここ最近茶番劇がいよいよつまらなくなりすぎて、これ以上やられたらぶん殴った後で魔法で国で一番高い山に飛ばしてしまうところだったかもしれない。なんといってもバネッサがフリーになったらあんな王子様より俺の方がずっといいっていうのを知ってもらおう。
その日がくるのが楽しみすぎて、ここ最近は終始にやにやしていた。それを見たカインの顔は青ざめていた。
「一体何を企んでるの…?」
「別に何も企んでねーよ」
「本当に?凶悪な顔してるよ?」
「お前自分の発言のせいで俺にいじめられてる自覚ある?」
そんなこんなで遂にバネッサ断罪の日を迎えた。あぁ、にやにやが止まらない。あの女たち、人前で始めたせいで、どんどん人が集まってくる。あ、カインまでいる。俺がにやにやしているのを見て顔を強ばらせてる。だが俺はなにもしてない。
「ちょっとバネッサ!聞いているのか!」
「あ、ごめんなさい、聞いていませんでしたわ」
「だから、君がこれまでアリサにしてきたことを白状しろと言っているんだ!」
エリオットとかいう宰相の次男坊の強い口調にもにやにやする。宰相、忙しすぎて子供の教育まで手ぇ回んなかったのか。この息子残念すぎる。
「エリオット様、これまでに私がしてきたこととは?まるで身に覚えがありませんわ」
「ふざけるな!昨日、階段から突き落としただろう!」
「昨日は確かに現場にはいましたけど10メートルは離れていましたし、図書館帰りで本を両手に持っていましたから私に犯行は無理ですわ」
「なんだか固い衝撃だと思ったら、私、本で殴られて階段から落ちたのね・・・バネッサさん、怖い!」
「いやいや、私はあなたの被害妄想の方が怖いわ」
バネッサの鋭いつっこみにも一人でにやにやする。しかしどうもこの学園で発言力が強いやつがあの女側に多く、バネッサが不利だ。今まで口を出してこなかったがさすがに手を貸したほうがいいか。そう考えていたところで一番の爆弾が落ちた。
「もうやめるんだ、バネッサ。君が僕を好きでいてくれてて、アリサのことが気に入らないのはわかるけど、もうこれ以上僕を失望させないでくれ。もう君には愛想が尽きたよ。婚約は破棄させてもらう」
「あら、何を馬鹿なことおっしゃってるの?」
「僕は本気だよ。君みたいな子ではなく、僕はアリサと結婚する」
「まぁっ、フランソワーズ様、うれし―――」
「だから、何を寝言のようなことをいつまでも言っているんです。もう婚約なんてとっくにこちらから破棄しました」
破棄した……だと???バネッサから????おいバネッサ、聞いてないぞ。そう思いつつ顔は最高潮ににやにやしていた。
出会った頃は明らかにこのくそ王子のことが好きだったと思ったが、自分からさっくり婚約解消出来るほど吹っ切れているとは。まぁ、長かったもんな、茶番劇。
いつもいい意味で俺の期待を裏切ってくれる彼女に熱い視線を送るが不審な目で見られた。おい。
「ここ最近のあなたにはほとほと愛想が尽きていたので、陛下と王妃様に直接お願いしましたの。あなたよりも私はお二人との交流が多かったので残念ですと伝えたら、かんかんに怒って王位継承権を剥奪するとかおっしゃってましたけど・・・何も聞いていないのですか?」
「え・・・・?う、嘘だ!僕は何も聞いてないぞ!」
「きっと弟のフランシス様の教育に頭が向かっていて、あなたのことどころではないんじゃないですか?あと、別に私あなたのことはもう好きでもなんでもないので勝手にアリサと結婚してください」
完全に動揺しきっているくそ王子、何かきょろきょろしているアリサ、一瞬プロポーズしたフランソワーズに対し嬉しいと笑顔で返したアリサに対し失恋したと落ち込む他三人。さて、もうこいつらに用はない。俺はさっさとこいつらと別れ、バネッサを口説き落とすことを考え始めた。
「ま・・・待て。婚約破棄の話はともかく、君はまだアリサに謝っていない」
「あーあー、めんどくせー野郎共だな」
さっさとこの茶番を終わらせよう。
「そんな・・・嘘・・・まさか・・・ユージーン様?」
声しか出していないのに俺の正体に気づいたこの女に鳥肌がたつ。
「ユージーンって・・・あの大賢者の?」
「え、このやぼったい、バネッサのパシリがユージーンさま、だと・・・?」
あの女は知らないが、くそ王子も取り巻き共も城で生活していたときに接点はいくらでもあったのに、よく今まで気づかなかったな。
「そんなに本当のことが知りたいなら、見せてやるよ」
そう言いながら俺は邪魔な眼鏡をはずし前髪をかき上げる。周りは俺のことを知っている人物ばかりなので、俺の魔法が信憑性があるというのはわかりきっている。
過去のシーンを巻き戻して見せただけで、さっきまで散々バネッサを断罪しようとしていた奴らは黙り、アリサはこちらに助けを求めるような顔で泣き崩れた。こっち見んな。
こうして下らない茶番劇が繰り広げられつつも穏やかな日々は終わりを告げた。
「で、ユージーン様はなんで学生でもないのに学生のフリなんてしてたの?」
最初はただの暇潰しだった。でも今ではバネッサに会うために俺の第六感が働いたんだなって思った。
「え、だから最初っからいってるじゃん。バネッサの隣は面白いんだ」
「なによそれ、賢者様の気まぐれ?」
「違うよ、賢者様初めての本気」
目の前に花束を出したら、呆れ顔だったバネッサの表情が徐々に困惑に変わってくる。まだ理解してないのか。
「俺の横にずっといてくれないか?」
「なによそれ。・・・私のこと退屈させないなら、考えてあげるわ」
「それはずるい。毎日お互いを笑わせる勝負をしようよ」
「それは楽しそうね」
こうして俺の退屈な日々は終わりを告げた。