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ライラック

「準備とは、何をするんですか?」

アザレを連れて夜の町へ飛び上がった。人間に姿を見られないには、屋根を歩くのが一番なのだ。ふらつくアザレの手を引いてやりながら、俺は例の酒場へ向かった。

「お前が吸血鬼になったあと、お前が不自由なく暮らすためにな。お前が吸血鬼になった後もずっとお前と一緒にいてやれるわけじゃねえからな」

「そう、ですか……。了解です」

アザレは少し寂しそうに目を伏せたが、何も言わずに黙って俺の後を着いて歩く。

やがて町外れの酒場まで到着すると、少し離れた家屋の屋根から見下ろした。ハーフを嫌う吸血鬼は多い。リーサルガッズ中の吸血鬼が集まるあの場に彼を連れて行ったら、どんなことになるか、容易に想像できた。

「あそこがリーサルガッズの吸血鬼が集う酒場『claret』だ。あそこのマスターは信頼できるし、人間にも見つからない。何か困ったらあそこに行ってマスターに俺の名前を告げろ。多分力を貸してくれるはずだ」

「わかりました」

アザレは素直に頷いた。眼下の酒場からは賑やかな声が聞こえてくる。おそらく今晩もサクラやライラックは各々ワインを愉しんでいるだろう。

「カルディア様の友人の方も、あそこにおられるのですか?」

俺の胸中を察したのか、アザレがおずおずと尋ねてきた。俺はそれに何も答えずに身を翻した。もうサクラには会わないほうがいい。長い間二人で過ごしていた日々を、頭に思い返しては搔き消す。サクラは家族と呼べるほど大事な友人だ。これ以上巻き込みたくなかった。

「……あとは、そうだな。絶好の狩場とか、教えてやるよ。俺様しか知らねえ穴場だからな。誰にも言うんじゃねーぞ」

振り返って笑いかけると、アザレは怪訝そうに眉を顰めていた。

「どうして僕にそこまでしてくれるんですか?」

その問いが、胸に突き刺さる。何度も自問自答して、結局答えが出なかった。

「……別に、ただの気まぐれだ。いつもなら、多分こんなことしない」

アザレは腑に落ちていないようだったが、俺は構わず歩き出した。自分でもわからない以上、気まぐれだと答える他なかった。



「……俺の縄張りはこんなとこだ。覚えたか?」

リーサルガッズは山奥の辺境にあるが、町はかなり広い。端から端まで横断するのにも骨が折れる。しかも人間から避けるために足場の悪い道ばかり選ぶものだから、全ての狩場を回り終わった頃にはアザレはへとへとになっていた。

「えーっと、だいたいは……」

息を切らしながら指を折る姿を見て、少し急かしすぎたかと後悔した。気を抜くと屋根から転げ落ちそうだ。

「大丈夫か?」

「……大丈夫、です。これも吸血鬼になるためですから」

アザレは息を整えて俺を見下ろした。しっかりとした意志の感じ取れる瞳が、俺を貫いた。

「そろそろ戻るか」

「準備はもう終わったのですか?」

俺は頷いて身を翻す。慣れたのか、アザレは俺の助けがなくても屋根上を歩けるようになっていた。

準備はもう終わった、といえば嘘になる。まだやるべきことはある。しかし、そんなにこだわるほどのものではないのだ。そんなことより早く、すべて終わらせてしまいたかった。


「カルディアはん、本気やったんですか」

突如、背後から声がした。続けて、アザレの小さな悲鳴。咄嗟に振り返ると、紫髪の男がアザレのこめかみに拳銃を充てていた。

「ライラック!」

ライラックは、昨晩見たようなシニカルな笑みを浮かべていた。相変わらず飄々とした態度で、緋い目を細めた。

「なんでこんな勿体無いことしますの? この子の美味さ、おたくも知っとりますやろ。この子が吸血鬼になったら、もう二度と飲めへんのですよ? 自分が何してるかわかってはりますの」

彼の声音には少し怒気が含まれていた。アザレを吸血鬼にするのを止めろと言いたいらしい。だが、生憎そんな脅しに屈するほどの腰抜けではない。俺は殺気を放って睨めつける。

「お前には関係のないことだろう」

「関係ありますやろ。最初にこの子喰ったんは俺ですよ。他人の獲物に手ェ出さんでくれますか」

「散々ほったらかしといた癖に、今更獲物だと? 笑わせんじゃねえよ。アザレを離せ」

凄んでもライラックは頑としてアザレを離そうとしなかった。俺の殺気にはさすがに怯んだのか、いつの間にか気味の悪い薄笑いは消えていた。ライラックは尚も食い下がる。

「なんでこんなにこの子に入れ込むんですか? この町で一番力が強いんなら、いちいちこんなハーフに構わんでええと思いますけど。吸血鬼の復活を望んではるなら、それこそ時間の無駄やんか」

「……お前は純血だからハーフの苦しみなんてわからねえだろうが、当事者にとっては人生が大きく変わるんだ。ハーフから吸血鬼になれることで、救われるやつがいる。俺も昔は散々苦しんだんだ。その苦しみを知っていながら、目の前で苦しんでるハーフを見逃すわけねえだろ」

ライラックは不服そうな顔で、引き金に指を掛けた。意外なことに、アザレは特に取り乱す様子もなく、ただじっと俺を見ていた。

「おい、離せって言ってるのが聞こえねえのか」

「嫌やよ。この子は俺の獲物。たとえあんたが何と言おうと手放す気はあらへんよ」

思わず舌打ちが出る。物分かりの悪いやつだ。この町で一番力のあるのは俺だということを忘れているのか? 仕方なく俺はコートの内ポケットに手を伸ばす。

拳銃なら、自分も持っている。この町で生きる吸血鬼は、護身用に武器を所持するのが常識だ。銃口をまっすぐライラックに向ける。

「この子も撃つ気ですか」

ライラックは嘲笑を浮かべた。ようやく心に余裕ができたのか、だんだんと饒舌になっていく。

「今あんたが撃ったら、確実にこの子は死にますよ。いくらあんたの腕が確かやっても、俺がこの子を盾にしたら終いや。それでも撃つんか?」

思わず笑みがこぼれた。この俺を馬鹿にするのも大概にしろ。笑いながら、引き金に指を掛けた。

「撃てるぜ、俺は。強いからな」

ライラックは少したじろいだ様子だった。引き金から指を外すと、大仰に空を仰いだ。

「勝てるわけあらへんよ、あんたには。アザレのことは諦めますわ。さすが、一番の実力者やんな」

ため息混じりにそう言うと、あっさりアザレを解放した。

「この子はあんたにあげますわ。俺かて阿保やないし、引き際は弁えてんで。……じゃ、またな。カルディアはん」

彼は再び皮肉的に笑うと、ひらひらと手を振って姿を消した。完全に気配が消えたのを確かめると、俺は銃を懐に仕舞って固まったままでいるアザレの肩を叩いた。

「アザレ」

アザレはきょとんとした顔で俺を見下ろしていた。何かを言おうとしているのか、口元は微かに動いていたが、言葉が出ないようだった。彼が何を言おうとしているのかはわかっている。俺がその昔ハーフだったと仄めかしたからだろう。

「言いたいことがあるなら言え」

しかしアザレは首を振った。

「いえ。大丈夫です。戻りましょう」

アザレは俺を追い越して先を歩く。おそらく言いたいこと、聞きたいことは沢山あるのだと思う。しかしそれは俺が今まで彼に隠してきたことだ。アザレはそれ察したのか、遠慮して何も尋ねないのだ。俺は彼の背中に向けて話しかける。

「後悔しても、遅いんだからな」

アザレはちらりとこちらを振り返ったが、やはり何も言わなかった。……本当に、後悔しても知らないからな。

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