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claret

リーサルガッズの町外れにある寂れた酒場のドアを開けると、古風なカウベルが鳴った。マスターは俺を一瞥してカウンターに促し、グラスにワインを注いだ。

「お久しぶりですねえ、カルディア様。もういらっしゃらないと思ってましたのに」

燃えるような赤の短髪を綺麗に撫でつけた彼は、緋色の瞳を細めて笑った。

ここ『claret』は人間に隠れて暮らす吸血鬼だけが集まる酒場だ。吸血鬼たちの憩いの場であると同時に、情報交換などもなされる。他の吸血鬼にアザレのことを聞こうと思って来たのだ。

「なあマスター、灰色の髪の男のハーフ知ってるか?」

「ああ、知ってますよ。確かアザレとか言いましたっけ」

「そう、そいつ」

マスターはアザレのことを知っているようだった。何せ、ここはリーサルガッズ中の吸血鬼が集まる場所だ。彼に知らないことはないだろう。

「アザレがどうかしたって?」

再び店主にアザレのことを聞こうとすると、誰かが横から口を挟んで来た。聞き覚えのある声に振り向くと、やはり見知った顔があった。

「カル、久しぶりだな! ここ何十年か姿を見せねーからよお、てっきりくたばっちまったかと思ったぜ。生きてたんだな、お前」

「……サクラ」

名前通りの薄桃色の長髪を鬱陶しそうに搔き上げ、サクラは卑しい笑みを浮かべる。俺のワインを勝手に飲み干し、嘲るように声を上げて笑った。

「お前、アザレに会ったんだってなあ。あいつ、超うめえだろ! お前には内緒にしておきたかったが……まあ、リーサルガッズで一番つえーのはお前だからな。すぐにバレるか」

ワイングラスの縁を長い舌でなぞり、サクラはマスターにワインの追加を頼んだ。マスターは呆れた顔をしつつもそれに応じる。

「あいつさあ……すっげえ高値ついてるんだぜ。この世に二つとない絶品だもんな。そりゃ誰でも欲しがるさ。だからさ……、お前にひとつ忠告しときてえんだ」

かつての悪友は、俺と同じ深紅の瞳を細め、声音を硬くする。

「お前、あいつを吸血鬼にしてやるんだろ? それはリーサルガッズ中の吸血鬼を敵に回すことになるんだぜ。わかってんのか? 処女の血をも凌駕するほどの美味い血を、お前の手でぶち壊すんだ。大勢の吸血鬼に恨まれるだろうなあ」

「わかってるぜ、そんなこと。リーサルガッズで一番強くてすごい俺様だぜ? 俺がそんな簡単にくたばるわけねーだろ。そんなの、お前が一番よく知ってるだろ?」

俺はワインを飲み干し、サクラを睨めつける。しばらく睨み合っていたが、やがてサクラはふっと口を綻ばせた。

「あったりめーよ。何百年お前を見てきたと思ってやがる」

サクラはローズピンクの毛先をくるくると指で弄び、薄い唇を歪めて笑った。

「アザレのことを聞きに来たんだろ、お前?」

「なにか知ってんのか?」

急き込んで尋ねると、サクラは肩を竦めた。

「お生憎様、俺はなーんも知らねえよ。つーか誰も知らねえんじゃねーの。あいつ自分のことなんも話さねえからよ、わかってんのは名前ぐらいだぜ。……マスターは何か知ってるか?」

マスターはワイングラスを丁寧に磨きながら答えた。

「そうですね、私が知ってるのは彼の名前と、彼をハーフにした吸血鬼くらいですかねえ。最初に彼を食べたのは私の知り合いで、うちの常連なんですよ。ライラックって言うんですけど、よくここで彼のこと喋ってますよ。だから彼のことがたくさんの方に知れ渡ったんじゃないでしょうか」

「今夜は来てるか?」

マスターは店内を見回すと、思い出したように小さく「あ」と呟いた。

「今夜は奥の個室でお一人で呑んでますよ」

そう言って奥の個室を示した。俺はマスターに礼を言って立ち上がると、サクラの腕を引いて礼の個室へ向かった。サクラはにやにやしながら俺を見下ろす。

「俺様をご所望かい、カルディア様?」

「うるせえな。黙って着いて来い」



《オディリア》と書かれた扉をノックすると、中から間延びした声が聞こえた。

「なんやのん、クラレット〜。なんも頼んでへんよぉ」

そうして現れたのは、紫色の髪を無造作に伸ばした長身の男だった。サクラも上背がある方だが、彼はさらに大きい。190センチメートル近くはあるだろうか。

「おん? 誰やの自分」

ライラックは訝しげに俺たちを見下ろすと、喉の奥でくっくっと笑った。

「あぁ、おたくカルディア・ヴラハムドさんやな? リーサルガッズで一番強いって噂の。そんなえろうスゴイ人が、ボクに何の用ですか?」

「アザレをハーフにしたってのはお前か?」

「……こんなとこやとアレやし、中入りんさい」

ライラックは気色悪い笑みを浮かべて俺たちを個室に招き、マスターを呼びつけて酒肴を注文した。ライラックはこの店でいちばんアルコール度数の高いワインを、水でも飲んでいるかのようにすいすいと干している。

「おい、質問に答えろ」

睨むように言うとライラックはからからと笑った。馬鹿にした様子に、隣でサクラが小さく舌打ちして耳元で囁いた。

「あいつイカれてんじゃねーの」

「聞こえとるよお」

ライラックはこれっぽっちも気にしていない様子で、あっけらかんとしている。サクラは心底面倒くさそうな顔をして、肴のラクレットチーズをつまんだ。

「あんたがアザレを最初に喰ったんだろ? そんで、ハーフにしたのもお前。責任取ってきちんと吸血鬼にしてやりゃいいのによ」

「嫌やよ。あんな美味い血を一回で終わりにするなんてそんな勿体無いこと、するわけあらへんやろ。あいつの美味さに気づいたんは儀式の最中やってん、ハーフにまでしてもうた。せやから……処女の美味さはもう無いねんけどな」

クラレットは俺を挑発するように嗤うと、一気にワインを煽った。隣ではサクラが小さく口笛を吹いた。

「へぇ、じゃああんたがあの子の一番美味いときを喰ったのか。羨ましいな」

「へへ、せやろ」

俺はクラレットが差し出したワインを飲み干し、彼を睨みつける。こいつはあいつがどれだけ苦しんだのか知らないのか? 不死である吸血鬼を殺すことのできるハーフは、大勢の吸血鬼から嫌われる。味方など誰一人としていない孤独に、あいつは耐えてきたんだ。自分勝手なのが吸血鬼の質だが、さすがに勝手が過ぎるだろう。

「もういい、お前の顔なんか二度と見たくねえ。行くぞ、サクラ」

こんなわけのわからない奴を頼るくらいなら、自分でなんとかする。椅子を蹴って立ち上がると、クラレットはにやにやと嫌な笑みを浮かべた。

「また飲みましょーね、カルディアさま〜」

とことん厭な奴! 完全に俺を馬鹿にしてやがる。こんな程度で腹を立てる俺じゃないが、こいつを頼るのはどうも癪に触る。

「どうすんだよ、カル」

「自分でどうにかする。ひとつだけ、あいつを喰い殺さずに吸血鬼にしてやれる方法は思い浮かんでるんだ。だが、それにはやらなきゃなんねーことがあるからな。……お前にも、もうしばらく会えなくなるかもな」

サクラはしばらく黙っていた。もしかしたら、俺の考えていることがわかったのかもしれない。彼がなにを思おうとも、もう後には引けない。

もうそろそろアザレが目を覚ます頃だ。目が覚めて俺がいなかったら、彼はきっとまた棄てられたと思い込んでしまうだろう。それはなんとしても避けたい。

「そろそろ戻る。……また来るぜ、マスター」

マスターに銀貨を数枚渡し、俺はサクラを残して酒場を後にした。サクラは別れるまで一言も発さなかった。

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