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儀式

「ここが、カルディア様のお屋敷ですか?」

適当に見つけた廃屋にアザレを連れ込み、襤褸のベッドに寝かせた。あまりにも馬鹿げたことを言うものだから、思わず笑ってしまった。

「馬鹿言ってんじゃねえよ。このご時世、自分の家持ってる吸血鬼なんているかよ。退治しに来てくださいっつってるようなモンじゃねーか。お前ハーフのくせに何も知らねえんだな」

アザレはバツが悪そうに曖昧な笑みを浮かべた。

「すみません」

「別にいいけどよ、あんた吸血鬼になりたいんだろ? それぐらい知っとかねーと、あっさりくたばっちまうぞ」

こいつのこれからなんてどうでもよかったのだが、同胞が減るのは好きじゃない。ゆくゆくは吸血鬼の復活を目論む俺にとって、少しでも仲間は多いほうがいい。アザレは俺に恩を感じて俺の味方をしてくれるだろうし、貴重な同胞を野放しにして勝手に死なれても困る。

「俺が教えてやるよ、吸血鬼の“いろは”をよ。立派な吸血鬼にしてやるって言ったのは俺だからな」

そう言うと、アザレは新しい玩具を与えられた子どもみたいな顔で、嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます。僕もカルディア様みたいな立派な吸血鬼になれますかね?」

こいつはひとを持ち上げるのが上手いな。しかも無意識でやってるんだからタチが悪い。緩む顔を引き締めて、アザレをベッドから起こしてやる。

「お前次第だ」

俺はアザレの隣に腰を下ろし、彼の細い腰に手を回す。化け物らしいニヒルな笑みを浮かべて彼に手解きをする。

「俺たちが一番気をつけなきゃならんのは、日光だ。これはお前ももうわかってるみてーだけどな。日光に当たったら灰になる、とまではいかねーけど、肌は焼けて溶けるからな。気をつけろ」

俺はかつて吸血鬼になったばかりの頃を思い出した。何も知らずに太陽の下に出て、鉄板の上で焼かれるような途轍もない痛みに襲われた。もう二度とあんな痛い思いはしたくない。

「あとは……ニンニクだとか十字架だとか、一般に吸血鬼の弱点とされてるやつは警戒しなくていいぜ。日光だけはどうしても克服できてねーけど、こっちにも免疫はある程度ついてきてるからな。あ、それと、心臓に杭を打たれると死ぬってやつな。あれほんと笑えるよな。そんなことされて死なねえ奴はいねえだろ」

「確かに、言われてみればそうですね。心臓に杭を打たれて生きていられる生物なんて、いませんよね」

アザレは可笑しそうに笑った。大人びた美しい顔立ちのくせに、無邪気であどけなさの残る笑顔を見せる。顔が好みなだけ、それだけでそそられる。早くこの綺麗な顔を、苦痛と悦びで歪ませてやりたい。逸る気持ちを抑えつつ、俺はアザレの肩を掴んでベッドに押し倒す。

「俺たちは基本日光にだけ気をつけてりゃいいんだ。……そんじゃ、ここからが重要だぜ。血の吸い方な。言葉より実践のほうがわかりやすいだろ」

「……はい」

アザレは期待と不安が入り混じった顔で、俺を見上げた。

「吸血鬼になるにはそれなりの儀式が要るんだ。そっちは後で教えてやるから、今はこっちな」

言いながらアザレの服をはだけさせていく。緊張しているのか、色の薄い肌はほんのり赤に染まっており、ひどく扇情的だった。

「獲物を見つけたらまず口付けするんだ。俺たちの唾液には媚薬効果があるからな。相手がその気になればなるほど美味くなる」

形の整った薄い唇をそっと舐め、深く口付ける。自分の唾液で相手を酔わせるのが目的だ。舌を絡めたり、吸ったり、相手をその気にさせるような深いキスをする。

アザレの苦しそうな息が漏れて、俺はようやく唇を離した。俺は思ったよりもこいつに捕らわれているのかもしれない。ただの前戯にしか過ぎないキスを、いつもの倍近く時間をかけてしまったのだ。アザレはとろんとした目で俺を見つめていた。もう媚薬が回り始めているのかもしれない。艶かしく光る唇が、なんとも色っぽかった。

「まだ途中だ、飛ぶんじゃねーぞ」

自分に言い聞かせるように言って、俺はアザレの首筋に触れる。触れた瞬間、アザレの体がぴくりと小さく跳ねた。

「怖いか?」

「いえ……大丈夫です。続けてください」

アザレの首筋に顔を埋め、舌で舐めて肌を湿らせる。口では大丈夫と言っていたが、やはりまだ恐怖心が残っているのだろう。アザレの身体は小さく震えていた。こんなに怯えていたんじゃ、絶対に美味しくならない。俺は牙を肌に触れるだけに留めた。

「お前さあ、今まで他の奴にも頼んでたんだろ? なのになんでまだ怖がってんよ。まだ慣れねーの?」

他の奴にも頼んできたと言ったのは、もしかしたら俺をその気にさせるための嘘だったのかもしれない。こいつは見かけによらず策略的で、俺はまんまとその罠に引っかかったということか。

しかしアザレは、涙を浮かべて必死に首を振っていた。

「いつもはただ血を吸われて終わりだったんです。こんなに気持ちよくなることなんて、なかったから……」

「は? 何言ってんだよお前。吸血鬼になるにはそれなりのやるべき手順があるんだ。ただ血を吸うだけじゃ、そいつを食い殺して終わるだけだぜ?」

アザレがわけがわからないといった風に首を傾げて言った。

「ど、どういうこと、ですか……?」

「つまり……」

俺はアザレの身体を抱き起こしてやり、彼の白い首筋に手を当てる。とくん、とくんと、早い鼓動が手に伝わる。

「お前、騙されてたんだよ。吸血鬼にしてやるなんて甘い言葉で誘って飯だけ貰って、自分には無理だったと適当に誤魔化して棄てられてきてたんだ。今まで食い殺されなかったのが不思議なほどだ」

アザレは緋と灰の双眸に涙を溜めて、肩を震わせた。見ていて気の毒になるほどに、彼は傷ついているらしかった。

最初はただ遊んでやろうと思っていた。けれど、こんな可哀想で健気な姿を知ってしまった今、こいつを放ったらかしにするわけにはいかない。なけなしの良心がひどく痛んだ。

「……僕は、なんのために今まで、がんばってきたっていうんです。寝る間も惜しんで吸血鬼を探し回って、自分の身体を差し出して、痛い思いも辛い思いもしてきた。人間にも吸血鬼にも忌み嫌われて罵られて、それでも吸血鬼になるためだって言い聞かせて頑張ってきたのに……。僕の努力は、全部無駄だったっていうんですか……!」

そしてアザレは虚ろな瞳で俺を見上げた。

「……カルディア様も、僕を棄てますか?」

俺は思わず、彼を慰めるように強く抱きしめていた。体が勝手にそう動いていた。頭を優しく撫でると、アザレは俺の肩に顔を埋めて静かに泣いた。

「俺は誇り高きカルディア・ヴラハムド様だぜ。他の低俗な輩どもと一緒にすんじゃねーよ。俺はお前を立派な吸血鬼にしてやるって言った。今更棄てるかよ」

背中をさすってやると、アザレは小さく嗚咽を漏らしながら、俺の背中に腕を回した。弱々しい力で俺を抱き返してきた。

「僕は……立派な吸血鬼になります。僕の味方は貴方だけです、カルディア様。もし本当に吸血鬼にしてくださるなら、僕はカルディア様に一生を捧げると約束します。ですから、僕を吸血鬼にしてください」

アザレはゆっくりと身体を離して、鋭い光を瞳に灯した。

「もう怖がったりしません。カルディア様を信じます」

俺はその真っ直ぐで穢れのない瞳に、すでに捕らわれていた。




先ほどと同じように、深く口付けてアザレを酔わせる。さっきよりも長い時間を掛けてアザレの唇を貪った。

口の端から唾液が流れるのを横目で見ながら、舌を絡め合う。首に回された腕の力が弱っていくのを感じて、俺はようやく唇を離す。

「……っ、大丈夫か?」

「はい、大丈夫、です」

アザレは熱の籠った眼で俺を見上げて、俺を誘った。自ら衣服を脱いで、身を委ねる。

「……カルディア様。どうぞ、お召し上がりください」

窓から差し込む月明かりに照らされて、曝け出された首筋が余計に白く輝いていた。今すぐにでもかぶりつきたい衝動に駆られるが、なんとか自制して呪文を唱え始める。

「それが儀式ですか? 吸血鬼になるための」

俺は彼の質問に頷き、早口で唱え続ける。ここ何百年かは口にしていなかった長ったらしい魔法の呪文。思ったよりもすらすら出てくる自分に驚いた。こんなことしなくても本当は別の方法もあるのだが、そっちだとアザレを傷つけてしまいかねない。途中何度か舌を噛みそうになったが、どうにかして呪文を唱え終える。

「やるぞ。後悔はないんだな?」

最後の確認として重ねて聞くと、アザレは力強く頷いた。

「ええ。お願いいたします、カルディア様」

アザレの白い首筋に舌を這わせ、躊躇わずに思いっきり歯を突き立てた。俺の腕を掴む手に力がこめられる。

「っい、た……」

肌を貫かれた痛みに、アザレは小さく声を漏らす。吸血には性的快感も伴う。白い肌が徐々に赤みがかってゆき、彼の身体がじわりと熱を帯びていくのがわかる。

「……っ、ん、」

しばらくはいつも通りに血を吸っていたが、彼が絶頂に近づくにつれて異変に気づいた。

「なんだ、これ」

思わず口を離して呟いた。死ぬほど美味い。俺が長年愛してきた処女の清らかな血とは比べ物にならないほど、アザレの血は美味かった。あまりの美味しさに、意識が遠くなりかけたほどだ。これ以上こいつの血を喰らうと、自分がどうなるかわからない。欲望のままに、こいつを喰い殺してしまうかもしれない。

アザレが『他の人は全員駄目だった』と言った理由がようやくわかった。よほどの精神力を持っていなければ耐えきれないだろう。俺ですらギリギリのところで踏みとどまっているのだ。他の奴なんか、すぐに我を失ってしまうだろう。

「……アザレ」

とにかく、こいつを吸血鬼にするのは難しい。正気を保っていられる自信がない。だが、呼びかけてもアザレは熱に浮かされて碌に返事をしなかった。

「アザレ!」

再び呼びかけても、アザレは返事をしない。意識が飛びかけているのだ。いっそのこと、このまま意識を飛ばして気絶させてしまうのがいいだろうか。立派な吸血鬼にしてやると断言してしまった手前、『やっぱり無理でした』は通用しないだろう。一度じっくり話し合った方がよさそうだ。

半開きのアザレの唇に再び口付け、さらに唾液を絡め合う。熱を解放してやりつつしばらくキスし続けると、やがてアザレは気を失った。涙やら唾液やらで汚れた身体と衣服を整えてやり、ベッドに寝かせた。

赤くなった目元を拭ってやると、アザレは心地よさそうに笑んだ。俺はその笑みを横目に、廃屋敷を後にした。

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