遊部 -あそぶ-
「先輩、せん、ぱ…い…」
「後輩…すまない……」
「そ、え、先輩!!」
その日、僕は部活の先輩であり部長の鈴木先輩に呼ばれた。
鈴木先輩は何するにもいつも面倒くさそうにして親友である三好先輩に投げ出す。最近は制服を着せるのだって三好先輩の役割になっている。
そんな先輩が、だ。携帯を使ってわざわざ僕を呼び出したのだ。
まぁ、内容は先輩らしく「部室、来い、早く」の三行三単語だったが僕は友人の部活が始まるまで友人と話している予定だったが変更しよう。
「ごめん、先輩から呼ばれた」
「あれ?今日、部活だったのか?ごめん!突き合わせて」
「いや、部活は不定期だから大丈夫。たまたま呼ばれただけ、じゃあな。部活頑張れよ」
「おう、また明日!」
お互い手を振りながら廊下に出る。教室に残っていた同じクラスの結城くんがなぜか僕を見ていたので結城くんにも「バイバイ」と手を振ってみたがすごい勢いでそっぽを向かれてしまった。首のゴキッて音がここまで聞こえてきてたけど大丈夫かな…
そして、部室である第9選択室に来た。
第9選択室は他の選択室に比べて日当たりが悪く暗い。日中は日は当たらず夕方になる頃に夕日が当たるのだ。いつもなら夕日が当たる時間帯、残念ながら曇なので見えないが通常通り暗い教室のドアを開けると
細い紐でぐるぐる巻きになって座り込んでいる鈴木先輩がいた。
そして、文頭に戻るわけである。
「って、なんでこんなっ、に、ぐるぐる、なんですかっ!!!」
「聞くか?俺のさっき起きた壮絶なストーリーを」
「手短にお話願います…てか、もう紐切ってもいいですか?」
「分かったがだめだ、それは十年も前のことだった」
「十年前にさかのぼる前にって、これ、けん玉?」
先輩に巻きつく紐を解いて気づく。そして完全に解くと二つのけん玉になった。
赤い玉と青い玉のけん玉を近くの机に置く。
「なんか、随分と懐かしい玩具ですね、誰のですか?」
「聞いて驚け…俺のじゃない」
「だったら誰のですか」
鈴木先輩は青い方のけん玉を持った。けん玉の玉の部分を持ちくるりと回すとそのまま体に巻きつく。
「なぜ?」
「俺って多分エロゲのヒロインポジなのかもしれない」
「エロゲなんかやったこと無いくせに何言ってんですか」
「よくわかったな。ゲームを買っても三好にクリアしてもらうって」
「って、また僕が解くんですか?」
「他に誰がいるんだ?」
「せ、先輩…」
そもそもけん玉の紐はそこまで長くないはずだ。人に巻きつける長さなんてそんな…と言うより鈴木先輩の幼なじみで親友(悪友)という名の世話係である三好先輩はどこに行ったのだろう。
三好先輩が鈴木先輩を置いてどこかに行くことなどまず無い。先生方もこの面倒くさがりの鈴木先輩と三好先輩を必ず同じクラスにするほど周りからもセット扱いをしている。
「先輩。三好先輩ってどこですか?」
「後輩」
「…、はい」
「三好の事…どう思う」
「え、……い、イケメンだと思います」
「そんなイケメンは女子生徒に呼び出された」
「なるほど」
そう、三好先輩はイケメンだ。しかもただのイケメンではないすごくイケメンだ。見た目、性格も含め全てがイケメン。成績優秀、運動神経抜群!イケメンの中のイケメンだ。
成る程成る程、先輩は告白されているので鈴木先輩といないと…イケメンは違うな…
「あれ、他の部員の雪見先輩と結城先輩はどうしたんですか?」
「雪見は黄色のけん玉持ってどっか行ってその後ろを緑のけん玉持った結城が追いかけてった」
「雪見先輩けん玉使って何かしでかしそうですもんね」
「後で雪見に言っとくな」
「やめてください、本気のキャラメルクラッチ死にますから」
雪見先輩は実はこの部活の副部長で学校一美人で小さい先輩。去年なんかミス学園のグランプリに輝くほどの美人なのだが男性でしかも見た目とは裏腹でかなりアグレッシブな人なのだ。
結城先輩は同じクラスの結城くんのお兄さん。見た目は強面で体もがっしりしていて身長も180cm越えの先輩なのだが雪見先輩とは反対の乙メンだ。
「たっだいまー」
「あ、三好先ぱ…どうしたんですか」
「告白されたから振ったらホモ呼ばわりされてビンタ」
「うーわ」
「お前ホモだったのか」
「お前の面倒いつも見てなかったらホモ呼ばわりなんてされるかっての」
「俺のせい?」
「せ、先輩、タオル!」
「おー、さんきゅー」
先輩に後ろの水道で冷やしたタオルを渡す。立派な紅葉が左頬に出来上がっている。三好先輩は笑ってタオルを受け取ると僕の頭をグリグリと撫で回しポケットから取り出した物を僕に預ける。
「…ピンクのけん玉…?」
「あれ?聞いてない?今日はけん玉で活動だって」
「聞いてません。」
「あれ言ってなかったか…」
「だから何でこんな絡まるんですか」
「あー、やっぱり紐短くした方がよかったかー」
「え、三好先輩なんですか?こんな長くしたの」
「いやー、ちっさい頃武器になるかなって」
「…武器になりましたか?」
「玉が頭に当たってから見るのもイヤになった、ほらほら俺がほどくから」
三好先輩は慣れたように鈴木先輩のけん玉の紐を解いていく。解いたらそのままくるりとけん玉を始める。
カコン、カコン、と大皿・小皿にどんどん入っていくのを見てはっきり言って上手い。穴にけんの部分を差し終わる。思わず拍手してしまうほどだ。
「上手いですね」
「武器にしようとしてたぐらいだからね」
「にしても何で今日はけん玉なんですか?昔の日本の玩具だから?」
「いや、けん玉は日本ではなく元はフランスだとも言われている」
「そうなんですか?」
「日本に伝わったのは1800年代からか」
「へぇー」
けん玉に飽きたのかいつものように机にへばりついてけん玉について言ってきた鈴木先輩。なんでこんな知識知ってるんだろうという疑問は鈴木先輩だからですぐに消える。
そろそろこの部活について話そう。ここは鈴木先輩を部長とした「遊部」という部活だ。
この部活は表向きにはとりあえず遊ぶ部活だと説明されているが本当は好きなときに来て好きなときに帰る、簡単に言えば娯楽室を部室と言い張って使っている部活?なのだ。
僕はその部活にいつの間にか入れられていた。
そんな変な部活の部長の鈴木先輩は変な人である。鈴木先輩に限らず他の部員の先輩方も負けず劣らず変な人なのだが…特に鈴木先輩が群を抜いて変だ。
成績優秀のくせに面倒くさがりで単位など上がるにあがらず五段階評価でいつもオール4。授業に出るには出るがいつも寝ている。質問にはいきなり当てられても答えられるのだが先生方にとっては問題児だった。
そんな先輩が部長としてやっている部活なのだ。先生方も生徒会も暇さえあればつぶしにくる。
「こーちゃんもやってみる?」
「え、できるかな…」
「俺よりかはマシだろう」
「………!、よっ」
三好先輩にけん玉を手渡されて玉をくるりと回してみる。
「……」
「……」
「……いってきます」
くるりと回った拍子に紐が切れてそのまま玉がたまたま開いていたドアから廊下に向かって飛んでいってしまった。
取りに行こうとドアを開けると
「ん?どうした、後輩」
「雪見先輩」
「……これ、かな」
「あ、ありがとうございます!結城先輩」
小柄な雪見先輩と大柄な結城先輩が戻ってきた。
結城先輩が廊下に飛んでいった玉を僕に渡してくれた。
「池田っちに怒られた!」
「 雪ちゃん、池田ちゃんのとこまで行ってたの?結ちゃん連れて」
「おう!けん玉見せに行ってきた!」
「…鈴木くん、池田先生…後で様子見に来るって」
「…分かった………面倒くせ」
「結城先輩、早速なんですがけん玉直してください」
池田先生はこの変な部活の顧問になってくれた先生でこれまた変な先生だ。
池田先生は美人でスタイル抜群。生徒から憧れられているんだけど…先生は元、男のニューハーフ。端から見ても男性に見えるはずがない。だか、先生がニューハーフなのは学校中知らない人はいない。
「いくぞ!みよっしー!」
「いいよ!雪ちゃん!」
「け、けん玉バトル…」
すると、ちょっと目を離した隙に2人でけん玉でバトルしていた。カコンカツンと玉部分をお互いぶつけ合いはっきり言えば危ない。
「おい、急いで片付けろ。帰るぞ」
ガタリと音を立てて珍しく焦った様子の鈴木先輩。
とりあえず、全員 通学鞄にけん玉を入れて持って廊下に出る。
「い、池田先生待たなくてもいいんですか?」
「いい。早く学校から出るぞ。」
「えぇ」
「あぁ、こーちゃん学校から出たら言うからとりあえず走るよ~」
「お、アレか!」
「なんですか、そのあからさまな意味ありげの言葉は!」
「まぁ、いいから」
「結城先輩まで…」
バタバタと走って向かった先は某有名コンビニ。
鈴木先輩は途中三好先輩に背おられていたけど、コンビニにつくと降りてサッサとコンビニに入っていった。結城先輩もその後に続く。
「三好先輩大丈夫ですか?」
「ん?あぁ、大丈夫大丈夫!運動にもなるしね~」
「イケメンだ。」
「つーか、みよっしー一回、ずっきー殴ってもいいと思うぜ」
そのままにっこり笑いながら頭を撫でてくれた先輩は本当にイケメンだ。
そして、暫くするとコンビニから鈴木先輩と結城先輩が出てきた。鈴木先輩は袋からいくつか取り出してそのうち一つを僕に投げる。
「おおとと、………アイス」
「あ、あったの?」
「お前等のもあるぞ」
そう言って残りの袋を結城先輩に持たせて鈴木先輩はコンビニの前にあるベンチに座り駄菓子を食べ始めている。その隣に三好先輩が座りアイスを食べ始める。
ホ…なんでもない。
「…後輩。速く食べないと溶けるぞ」
「鈴木もアイス一口食べるか?ほら」
「うげぇ、男同士のアーン見せるなよ」
「…ここ座る?」
やっぱりこの部活の先輩方は変だ。
※注意
けん玉は正しい使い方で遊びましょう。