表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/37

1話6

「──まったく、なんで、()()()()が生まれてきちまうんだかな」

 横臥した頭を片手で支え、首長は軽く溜息をついた。


 それは、およそ二十年前、あの大陸北端の街、ノースカレリアで起きたのだという。

 当時、まだ遊民たちは、街で市民と暮らしていた。

 遊民たちを蔑視する市民たちとの間には、日々小競り合いこそあったものの、なんとか大過なく過ごしていた。あの事件が起きるまでは。

 それは、暴徒と化した市民の手によるジェノサイド。

 寝込みを襲われた遊民たちが、なすすべもなく命を落とした。辛くも生きのびた者たちも命からがら街を追われ、各地を放浪する発端となった。

 後に「異民狩り」にまで発展したこの暴動のきっかけが、遊民ガライの行いだった。

 それまで街の遊民を漫然と甚振ってきた市民たちの、遊民に対する危機感を、ガライが煽ってしまったのだ。正しくは、彼がひた隠しにしてきた、その()()()()()()が。

 ガライはその特異な力を、人前で(ふる)ってしまったのだ。

 荷馬車の下敷きになっていた、()()()夫妻を助けるために。


「突然変異というのかな。俺たち混血の同胞には、変り種が生まれることがある。──どんなふうに言えばいいのか、あいつらは根本的に()()んだ。これが同じ人間かと思うこともしばしばだ。桁外れだからな、連中は。動く速さも、腕っ節の強さも」

 エレーンは戸惑い、首長を見つめた。首長はこの話をする前に、ケネルたちの名をあげた。つまり、あの三人も、ガライと同じ()()()ということ?

「ま、ウォードはあの通りだから、あんたももう気づいたろうが、あんたの()()副長も、少しばかり毛並みが違う」

「へ? あの女男?──でも、あいつうるさいけど、それだけで別にどうってことは」

 ちら、と首長が流し見た。

「奴は()()が得意だぜ」

「……え゛?」

 あのガミガミうるさい粗暴さは、深淵を覗く神秘とは、かけ離れてる気がするが……


 ガサ──と遠くで藪が鳴った。

 音が次第に近くなる。ウサギだとかリスだとかの、小さな動物の類いではない。

 お? と首長が片眉をあげた。

「やれやれ。やっとお出ましか」

 体を起こしてあぐらをかき、気だるそうに(うなじ)を叩く。

 ザッ──! とそれが左の藪から走り出た。

 特徴のある風貌の男。振り払われた髪先が、さらり、と舞って背中に収まる。

 首長があくびで頭を掻いて、ちら、とそちらに一瞥をくれた。「脇が甘いんじゃねえか? 副長さんよ」

「──又あんたか」

 ファレスが辟易と顔をゆがめ、つかつかこちらに歩いてくる。「ちょっかい出すのはよしてくれ。どれだけ捜したと思ってる」

「血相変えて飛んでくるなら、ぴったり張り付いていりゃいいじゃねえかよ」

 ぐっとファレスが言葉に詰まった。

 こめかみに汗を光らせて、無言で首長をねめつける。

 形の良い眉をひそめて、苦虫噛みつぶして舌打ちした。「こんな所で何をしている。あんたの返答次第では──」

「見てわかんねえか? デートだろ」

 は? とエレーンは首長を見た。

 ……()()()

 こそこそ首長と内緒話。

(いいから話を合わせとけって)

(やっ。でっもぉー!)

 乙女心は中々複雑。

「ま、そうカッカしなさんな」

 構わず首長は、苛立ったファレスを仰ぎやる。「お手々はしまっておいたからよ。勝手に悪さをしねえようにな。ああ、念のため言っておくが」

 くわ、と大きくあくびして、森のかなたを顎でさした。

()()()じゃねえぞ、()()()()は」

「──わかってる!」

 ファレスも苛々舌打ちで返す。「たく。頭がしょぼくれると、すぐこれだ!」

「アドの(とこ)には、怒鳴りこんでくれるなよ」

 首長が腰をあげながら、ファレスにそつなく釘をさした。「ちょっと取りこんでんだよな」

「たく! いつまで遊んでんだ、あの赤毛は。カーシュ(ヤツ)が睨みを利かせてりゃ、少しは大人しくしてるだろうによ!──にしたって、これじゃあ中々見つからねえ訳だぜ。こんな所に、()()やがって」

 忌々しげなファレスの顔を、ぽかん、とエレーンは仰ぎ見た。隠れた覚えなど、さらさらないが。首長が寝転がってしまったから、それに合わせて座っただけだ。

 ピアスの首長と対峙して、ファレスは渋い顔つきだ。

 並び立って話す横顔を、エレーンは交互に盗み見る。ちょっと入れない雰囲気だ。いつにも増してファレスがピリピリ。今、ちょっとでもなんか言ったらば、絶対、怒鳴り飛ばされる……

 ふと、ファレスの顔をしげしげと見た。

 首長に聞いた先の話。確かに顔こそきれいだが、とても()()()()()には見えないが。

(……占い、ねえ)

 こんな気の荒い粗暴な奴が?

 無理やり型に押し込めた姿が、むくむく脳裏に涌いて出た。

 薄暗いテントの中、小ざぶとんの水晶を覗く、ローブ姿の占い師。どうせ、机に足を投げ、態度悪く喫煙しながら──。

「──なに見てんだ」

 ファレスが鬱陶しげに顔をしかめた。

 はたと己の凝視に気づいて、あわあわエレーンは片手を振る。「あっと──んー。ううん! 別にっ?」

「そもそも、なんで、ここにいる」

 叱責の矛先が飛んできた。

「勝手にうろつくな、と言ったはずだな」

 エレーンはわたわた引きつり笑い、服を払って、ただちに起立。「や? ちょっと、追加の用がっ?」

「たく! 何度言ったら、わかるんだ」

 ファレスがたまりかねたように睨めつけた。

「俺に断りもなく消えるんじゃねえ! 森には()がうろついてんだよ! てめえが標的だってのに、ぷらぷら能天気にうろつきやがって!」

「──うるせえなあ」

 首長が顔をしかめて耳をほじった。「いいじゃねえかよ、どこも()()()()ねえんだし」

「食われてからじゃ、遅せえってんだよっ!」

 たちまちピリピリ、ファレスが噛みつく。首長が辟易としたように顔をゆがめた。

「そうガミガミ言ってやるなよ。気をつけるって、次からは。散歩も、お前と一緒に行く。な、それでいいだろうが」

「いいから、あんたは黙っててくれ!」

 ファレスは突っぱね、まくし立てる。

「甘やかすと、つけ上がる! これが初めてじゃねえんだからな!」


 がさ、とかなたで藪が揺れた。

 次いで、ガサガサ草木が揺れる。

 生い茂った青葉の先で、辺りを見まわす黒い髪。あれは──

「あっ!」

 わたわたエレーンは手を振った。

「こっち! こっち! ケネル! ここ!」

 ケネルがしきりに首を傾げて、辺りを見回しながらやってくる。

 怪訝そうに顔を見た。「……呼んだか?」


 あくびをかみ殺していたピアスの首長が、ふと、目をあげ、振り向いた。

 つられてそちらに目をやれば、大木の下に人影が一つ。

 影のようにひっそり張りつく、さらりと薄い茶髪の男。あの重たそうな革の上着は、彼も馬群の一員らしいが。

 首長が気負いなく手をあげた。


「ザイ。ここだ」


 長い前髪から覗く目が、確認するように一瞥をくれた。

 ザイと呼ばれた茶髪の男が、無言で上着の懐を探り、にこりともせずに踵を返す。

「──ありゃ」

 首長が困ったように苦笑いした。

 構わず立ち去るザイの背へ、やれやれと足を向ける。「相変わらず、つれないねえ」

 ファレスの脇を通りすぎ様、前を見たまま耳打ちした。

 鋭くファレスが振り返る。

 面食らった顔つきだ。

「ねえ。バパさん、なんだって?」

 だが、眉をひそめて見送ったまま、ファレスは口をつぐんだままだ。

 首長はザイに追い付くと、何事か彼に話しかけ、風道の方へと戻って行った。 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ