表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/37

1話3

 休憩に入ったざわめきの中、副長が客を樹海へ促し、木陰の部隊を睥睨した。

 あの威嚇まじりの一瞥は「総員、立入禁止」の通達。

 つまり、今よりしばらくは西の森へは入れない。客が森で用を足し、森から再び出てくるまでは。


「──たく。いい加減にしろってんだ」

 仲間と木陰へ引きあげながら、丸刈の若手が舌打ちした。

「これじゃ、ちっとも進みやしねえ。なんで、あんなのを連れてくんだか」

 丸刈りの愚痴を聞きながら、頬傷の男は冷笑する。「なんでも、お買い物をなさりたいんだとよ。商都で、あの奥方さまが」

 はあ? と振り向いた丸刈りは、長めの丸刈りを苛々と掻きやる。「──たく。勘弁しろよ。なら、俺らは足代わりってか。いくら同じ方向だってよ」


 そもそも隣国から越境したのは、組織の要人、統領代理の護衛の任に就くためだ。

 だが、その当人が、戦後処理の忙しさに紛れて姿をくらましてしまったために、部隊は北方の街を出て、首都へ向かうべく南下している。南方の一大歓楽街、商都カレリアへ向かったのだろう護衛対象に追い付くために。そして、可能な限り早急に、本来の任務に戻らねばならない。

 だというのに部隊の馬群は、ガタのきた老馬のように、少し走っては急停止、少し走っては休憩し、と延々そんなことを繰り返している。


 元凶はあの客だ。クレスト領家の正妻エレーン。

 馬速が上がり、ようやく波に乗り始めると、出鼻をくじいて減速させ、なし崩しに休憩に入らせてしまう。いくらも距離を稼がぬ内に。その身勝手極まりない振る舞いに、部隊の苛立ちがいや増して、時だけが無為に過ぎていく。

 しかも、最近、馬群の配置も、競合部隊の後尾ばかり。それもいささか気にくわない。


「……どうしてっかなあ、あの大将」

 樹海に辿りついた仲間たちが、腐って木陰に寝転がった。

 頬傷の男は西空に、あの人懐こい領主を想う。

「手荒に扱われてなけりゃ、いいんだが」

 あの日トラビアで捕まった彼は、彼らの得がたい友だった。実のところトラビアでは、勝手に敵に投降されて予期せぬ迷惑を被ったが、それでも信頼に揺るぎはない。


「どうなってるかな、"トラビア"は」

「陥落は時間の問題だろ。もうラトキエが進軍している」


 ラトキエ軍が突入し、他領の領主を見つければ、むろん領主はただでは済まない。謀反を起こしたディール共々、共謀のかどで処刑される。

 丸刈りが苦々しく顔をゆがめた。

「哀れだよなあ、大将も。あんなにベタ惚れだってのに」

 かのダドリーの新妻自慢は、彼とトラビアへ赴いた護衛全員の知るところだ。

「なのに、当の奥さまは、商都で優雅にお買い物ってか。まったく、とんだ女狐だな。今てめえの亭主の尻には、火が点いてるっていうのによ」

 客が消えた樹海の端に、冷やかな視線が集まった。


「暇、だよな」


 含みありげに声が落ちる。

 そう、いかにも暇だった。

 馬群の進行は遅々として進まず、行程中は酒色厳禁。どこかで気晴らししようにも、こんな原野のただ中では、適当な店とてありはしない。

 だが、憂さを晴らすに格好の、狩りの()なら、そこにある。


 小柄な体に薄桃色のジャケット、中は白いブラウスに、同じく白のスラックス。暗色が占める一団で、ひときわ目を引くカレリア女。

 寝転んだ背中を引き起こし、頬傷は獲物を狙うように目をすがめる。

 目を向けた五人に、にやりと笑った。


「あの女、いただくぞ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ