1話3
休憩に入ったざわめきの中、副長が客を樹海へ促し、木陰の部隊を睥睨した。
あの威嚇まじりの一瞥は「総員、立入禁止」の通達。
つまり、今よりしばらくは西の森へは入れない。客が森で用を足し、森から再び出てくるまでは。
「──たく。いい加減にしろってんだ」
仲間と木陰へ引きあげながら、丸刈の若手が舌打ちした。
「これじゃ、ちっとも進みやしねえ。なんで、あんなのを連れてくんだか」
丸刈りの愚痴を聞きながら、頬傷の男は冷笑する。「なんでも、お買い物をなさりたいんだとよ。商都で、あの奥方さまが」
はあ? と振り向いた丸刈りは、長めの丸刈りを苛々と掻きやる。「──たく。勘弁しろよ。なら、俺らは足代わりってか。いくら同じ方向だってよ」
そもそも隣国から越境したのは、組織の要人、統領代理の護衛の任に就くためだ。
だが、その当人が、戦後処理の忙しさに紛れて姿をくらましてしまったために、部隊は北方の街を出て、首都へ向かうべく南下している。南方の一大歓楽街、商都カレリアへ向かったのだろう護衛対象に追い付くために。そして、可能な限り早急に、本来の任務に戻らねばならない。
だというのに部隊の馬群は、ガタのきた老馬のように、少し走っては急停止、少し走っては休憩し、と延々そんなことを繰り返している。
元凶はあの客だ。クレスト領家の正妻エレーン。
馬速が上がり、ようやく波に乗り始めると、出鼻をくじいて減速させ、なし崩しに休憩に入らせてしまう。いくらも距離を稼がぬ内に。その身勝手極まりない振る舞いに、部隊の苛立ちがいや増して、時だけが無為に過ぎていく。
しかも、最近、馬群の配置も、競合部隊の後尾ばかり。それもいささか気にくわない。
「……どうしてっかなあ、あの大将」
樹海に辿りついた仲間たちが、腐って木陰に寝転がった。
頬傷の男は西空に、あの人懐こい領主を想う。
「手荒に扱われてなけりゃ、いいんだが」
あの日トラビアで捕まった彼は、彼らの得がたい友だった。実のところトラビアでは、勝手に敵に投降されて予期せぬ迷惑を被ったが、それでも信頼に揺るぎはない。
「どうなってるかな、"トラビア"は」
「陥落は時間の問題だろ。もうラトキエが進軍している」
ラトキエ軍が突入し、他領の領主を見つければ、むろん領主はただでは済まない。謀反を起こしたディール共々、共謀の廉で処刑される。
丸刈りが苦々しく顔をゆがめた。
「哀れだよなあ、大将も。あんなにベタ惚れだってのに」
かのダドリーの新妻自慢は、彼とトラビアへ赴いた護衛全員の知るところだ。
「なのに、当の奥さまは、商都で優雅にお買い物ってか。まったく、とんだ女狐だな。今てめえの亭主の尻には、火が点いてるっていうのによ」
客が消えた樹海の端に、冷やかな視線が集まった。
「暇、だよな」
含みありげに声が落ちる。
そう、いかにも暇だった。
馬群の進行は遅々として進まず、行程中は酒色厳禁。どこかで気晴らししようにも、こんな原野のただ中では、適当な店とてありはしない。
だが、憂さを晴らすに格好の、狩りの的なら、そこにある。
小柄な体に薄桃色のジャケット、中は白いブラウスに、同じく白のスラックス。暗色が占める一団で、ひときわ目を引くカレリア女。
寝転んだ背中を引き起こし、頬傷は獲物を狙うように目をすがめる。
目を向けた五人に、にやりと笑った。
「あの女、いただくぞ」