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4話13

3話13


「はい! 女男っ!」

 隣の客が満面の笑みで、青い小皿を差し出した。

「……おう」

 やぶ睨みでじろじろ見やり、疑い深げにファレスは手を出す。皿の上には、水滴したたる三つの真っ赤なチェリートマト。ちなみに、茶色いキノコ付き。

「……」

 小皿の三つのトマトを見やって、どうもファレスは腑に落ちない。客の大の「お気に入り」のケネルが、向かいで飯を食っている、というのに。

 一夜が明けた朝食時。

 ともあれファレスは、温泉で交わした件の"礼"を、現物支給で(・・・・・)受け取った。


 立ちのぼる(かま)の煙が、キラキラ朝日に輝いていた。

 静かで、穏やかな朝である。

 澄み切った朝の光が、開いた天窓から降りそそぎ、厚布(フェルト)をあげた戸口から、朝の清々しい涼風(すずかぜ)が、草原をさらって吹きこんでくる。

 あからさまな上機嫌で、いそいそ飯を食んでいた客が、あっ! と唐突に振り向いた。

「このお肉の真ん中、女男にあげるね~っ!」

 輝くような満面の笑み。

「……おう」

 ぶるりとファレスは密かに身震い、肉の皿を客から受け取る。だが、こういう肉の良いところは、奪い合いになるのがこれまでの常……

(一体なに企んでやがる)

 胡散臭げに隣を眺め、警戒しいしい、肉の切れ端をフォークでつつく。

「あっ! ねえねえ! こっちのカボチャも、すうぃ~てぃ~よお?」

("すうぃ~てぃ~"?)

 ついに、眉根を寄せて沈黙した。

 だが、今は神聖な食事中。雑念を頭から追い出して、膝先の焼き魚に、気を取り直してフォークを向ける。

 忽然と、皿が消え失せた。

「あっ! 魚たべるの? あたしが骨とったげる!」

 一拍遅れて空虚な空間をフォークで突きさし、反応しがたくファレスは固まる。なんて速さだ。客はすでに、魚の皿を膝に置き、いそいそ骨をとっている。

 そろり、と手を引っこめて、手持ち無沙汰に身を起こし、ファレスは無言で首をひねった。一体、何がどうしたというのか。面倒事はことごとくスルーで、あまつさえ他人に押し付けようとさえする、この甘ったれの我がまま女が。事もあろうに魚の骨をとってやる? しかも、他人が食す魚の、だ。

(……。どんな魂胆(うら)がありやがる)

 客が勧める真ん中の肉を、そぉっとフォークで裏返し、超激辛ソース等々不審物の有無を慎重に念入りに確認する。ちら、と横目で盗み見れば、客はとりあげた焼き魚を、鼻歌まじりでむしっている。

「──はい!」と上機嫌で渡された魚にも、これといった異状はない。散々無残にほじくり返され、変わり果てた姿に変じたことを除くのならば。

 気味が悪いくらいに親切だ。

 そういや、どうも今朝は、飯が掻っ込みにくくて仕方ないと思っていたら、フォークを持った肘の先に、ぴっとりくっつく客の顔。

(……一体何がどうなっていやがる)

 いつもなら、ケネルの横が定位置なのに。

 食事中だろうが何だろうが、べったりお構いなしに張り付いていたのに。人見知りする子供のように、ケネルの背中から、口を(とんが)らせているのが常だったのに。

 そもそも、茶を淹れてやるだとか、飯をよそってやるだとか、世話を焼く対象はケネルであって、こっちには「あんたは勝手にやんなさいよね~」と言わんばかりの──いや、実際にそう言って憚らなかった奴なのだ。それが……

 ふと、気づいて向かいを見た。

(ケネルはどした?)

 あぐらで座った当人はしかし、のけぞりかえって飯を掻っこみ、湯飲みに自分で茶を注ぎ、ゴクゴクあおって、惣菜の皿を黙々と突つき、つまりは一糸乱れぬマイペース。

 自分のことは自分でするのが移動生活の基本だが、このケネルもご多分に漏れず、自分のことは自分でできる。

 ぱっ、と隣で黒髪が舞った。

「あっ、お茶飲む? 女男。今、淹れたげるねっ!」

 顔を半分口にして、にんまっ、と客は満面の笑み。

「お、おう……」

 つられてファレスはたじろぎ笑い、「?」を複数頭にのっけて、一人しきりに首をひねる。やはり、どうも合点がいかない。

「んねっ、見て見てえ? 頬っぺとか、つっるつる!──ほら、さわってさわって? 温泉効果ってヤツかしらあ~?」

「……」

 ぶるり、とファレスは身震いした。背中がうすら寒くなってきた。

 

 

「ほらあ女男! 早く早くぅ~!」

「──ちっと待ってろ! うっせーなっ!」

 件の二人が、わいわい森へ入っていく。

「"連れション行く"って言っても違和感ねえな、あいつらなら」

 日程の確認にやって来たバパは、ゲルの戸口でそれをながめて、隣のケネルに目配せした。あれが男同士であったなら、疑惑のまなざしで見られること請け合い。

 視線の先には、紛うことなき乙女の客の後ろ姿と、さらりと流れる美しい長髪。あの美麗な後ろ姿に騙されて、いそいそ声をかけた輩が、ぎろりとあの三白眼ですごまれ、何人玉砕したかしれない。とはいえ、前から見れば、歴とした男。どんなにすらりと細身だろうが、いかに風貌が端整だろうが、骨太の男以外の何物でもない。

「あ、それで、お前──」

 ふと、バパは真相に気づいて、隣のケネルを振り向いた。「だから(・・・)ファレスを、客の世話役につけたのか」

「丁度いいだろ。(あれ)の居場所に、ああいう一匹狼は」

 ケネルは煙草をくわえて苦笑いする。「見た目も、都合よくああ(・・)だしな」

 しれっと言い放つその顔は、悪びれたふうもない。

 もっとも、件の副長が、その美麗な外見に反して、誰よりも柄が悪く、誰よりも口が悪く、誰よりも(おとこ)らしい、ということは、皆が熟知するところであるが。

「……まったく、ケネル。お前って奴はよ」

 あぜんと、バパが呆れたように絶句する。そう、今のは決して見間違いなどではあるまい。ファレスに客を押し付けたケネルが、身軽になった肩に手を置き、こきこき首を回していたのは。

 かの副長は、まだ知らない。まんまと術中にはまったことを。

 彼女がやっと、気を許せる仲間(・・)を見つけたことを。

 欲し続けた寛げる居場所(・・・)を。

 朝の澄んだ夏草の原野で、馬がのんびり、いなないた。

 青草(あお)を揺らして、風が渡る。

 葉先を揺らす草海に、白く透き通った夏の陽が、今日もさんさんと注いでいた。

 

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