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4話10

3話10


 カッ! と何かが突き立った。

 背後の幹──顔の真横だ。

 ずしり、と肩に重みがかかる。かたく目をつぶった闇の中、ゆっくり、大きくうねっている。ひんやり濡れた何かの気配。頬をかする、生々しい感触。

 薄目をあけてうかがえば、腕ほどもある網の目模様が、すぐ目の前で持ちあがる。

(もうだめ──!)

 きつく目を閉じ、首をすくめた。隣にいる(・・)。すぐ横だ。咬まれたら、どんなふうに痛いだろう。いや、痛いだけで済むならまだしも、今は医者など、どこにもいない。

 どくどく鼓動が耳元で打ち鳴る。今にも意識が遠のきそう──。

(……あ、あれ?)

 硬直しておののきながらも、エレーンは怪訝に首を傾げた。蛇はいる。確かに真横に。胴がうねってぶつかるし、肩にも、ずっしり重みを感じる。なのに、いつまでたっても痛くない。

 何をしている? と薄目を開ければ、硬質な"黒"が垣間みえた。なぜ、あんな物がそこにあるのか。蛇の頭の少し下、それで蛇が幹に縫い止められている。そう、あれは、

 ──短剣の柄。

 ばさり、と何かが覆い被さった。

 一瞬で闇に閉ざされる。蛇ではない、別の何かだ。蔦が落ちてきたのでも、梢が倒れてきたのでもない。もっとずっと大きな生き物。今にもこちらを押し潰さんばかりの、大きな生き物の息遣い。

「──なんてえ声を出しやがる」

 舌打ちと共に、言葉が聞こえた。

 エレーンはおずおず目をあける。

「……お、おんな、おとこ?」

 あの端正な顔が、間近にあった。木幹に腕を突き、いぶかしげに蛇を見ている。いつの間に、こんな近くに? 今の今まで、はるか彼方で、豆粒大に見えていたのに。

 蛇の鎌首を無造作につかみ、手が短剣を引き抜いた。片手で吊り下げた大蛇の体を、近くの藪へ放り込む。「たく。こんな畜生一つによ」

 へなへなエレーンはへたり込む。「……そっ、そんなこと、言ったってえ」

「ビクビクするから、なめられるんだ。気合で追っ払え、そんなもの。大体、てめえの背丈の方が、よっぽど蛇よりでかいじゃねえかよ」

 ぶんぶんエレーンは首を振った。いいや! 百mくらいは優にあった! 今はないけど、さっきまではあった!

「にしても、妙だな。こっちの連れに、手なんか出すとは思えねえが」

 腑に落ちない面持ちで、ファレスは視線をめぐらせている。眉をひそめて振り向いた。「お前、アレに何をした」

「──。え──な、何って」

 有無を言わさぬ視線で射抜かれ、エレーンはどぎまぎ頬を掻いた。「あ、えーっと、その……ちょっと、おなかんトコ踏んじゃったから……もしかして、それで、かな……」

「腹ァ踏んづけただァ?」

 面くらった顔で復唱し、ファレスが舌打ちまじりに肩を返した。「──馬鹿か!」

 呆れ果てたように歩き出す。あわててエレーンは後を追った。「あ、ありがとね! 助けてくれて! あ、このお礼は必ずするから!」

 ファレスが足を止め、一瞥をくれた。だが、何も言わずに歩き出す。

「あっ──ちょっと待ってよ、女男──」

 とっさに伸ばした手の先で、さらり、と長い髪先が離れた。

 さっさと、森の奥へと戻って行く。

「……お、女男ォ」

 又も一人で取り残されて、エレーンはただ途方に暮れた。ファレスが冷たい。けれど、理由が分からない。まったく覚えはないけれど、何か嫌われるようなことでもしたんだろうか──

 ちくり、と胸の奥が痛んだ。いつもみたいに、そばにいて欲しい。目を向けて欲しい。話して欲しい。どうしていいのか、わからない──。

 長髪は前を向いたまま、立ち止まらない。振り返らない。薄茶のしなやかな長髪は、どんどん彼方へ遠ざかる。

 ザ──ッと頭上で枝がしなった。

 ぎょっと総毛立ち、エレーンはあわあわ後ずさる。

(な、なにっ!? また蛇っ?)

 梢がゆさゆさ揺れていた。乱暴なくらいの揺れようだ。枝の上に、何かいる。蛇より、もっと大きなものが。確かに何かが、そこに

 いる!

 なりふり構わず、しゃかりきに逃げた。

 視界をよぎった影に気づいて、(──んん?)と瞬き、足を止める。

 首だけまわして梢を仰ぎ、顔をゆがめて固まった。茶色の小さな人型が、ぼりぼり腹を掻いている。大きさは、そう、赤子くらいのものだろうか。

「……。さる?」

 毛むくじゃらの子供の猿だ。キッキ、と鳴いて、長い腕でぶら下がっている。まるで小馬鹿にするように。

 目を三角に吊りあげて、ギッとエレーンは睨めつけた。

 キィー、キィー逃げ出した小猿を見やって、ふん、と鼻息で顎を出す。「よし。勝った!」

 相手は赤ん坊の猿であるが。

(……。何してんだか)

 そこに気づいて虚しく気落ちし、とぼとぼ道を歩き出す。

 歩くその都度、踏まれた枯葉がガサガサ鳴った。濡れた枯葉の足元を、茶色いヤモリが駆け抜ける。あわてて木幹に隠れる尻尾。不意にバタバタ羽ばたく鳥。ずいぶん色々な生き物がいる。ひらひら舞い飛ぶ蝶の群れ──

 豊かな森がざわめいていた。午後の陽射し。高い木立。天を仰いで、ぐるりと見まわす。

「別世界……」

 キィーキィーどこからか聞こえる声は、鳥だろうか、猿だろうか。梢を仰げば、ちらちら木漏れ日。森はひっそり静まっている。

「……行くっきゃないか、やっぱ」

 溜息まじりに空を仰いで、止めていた足をエレーンは踏み出す。本当は、どうしても、温泉に浸かりたかったわけじゃない。ただ、一人になりたかっただけなのだ。でも、そんなことを今更言えば、又、ビンタ食らうかもしんない女男に。今日はいつにも増して機嫌が悪いし。

 さらさら梢が鳴っていた。

 ぐん、と景色が深まった。見渡すかぎり、豊かに生い茂る木々一色。命の宿る豊潤な森。命を育む神秘の森。でも、森の獣でもない限り、格別心地いい所でもない。そう、辺りがこんなに静かだと、なんだか急に

 心細くなる。

 嫌なざわめきがこみあげて、焦燥に駆られて振り向いた。

 ファレスの態度は相変わらずだ。さっさと先に進んで行く。振り向きもしない長髪が、見る間にどんどん、彼方へ遠のく。森閑とした樹海には、見渡すかぎり誰もいない。もしも、あの背を見失ったら──

 ごくり、とエレーンは唾を飲んだ。あわてて後を追い、足を踏み出す。こんな所で迷ったら!?

「──あ、そっか」

 ふと、ファレスとのやりとりを思い出した。

「そうしたら、西に戻れば」

 森から出られる、と言っていた。元の原野に戻れると。さっそく視線をめぐらせて、西の方角を確かめる。

 愕然とエレーンは立ちつくした。 

「……西って、どっち」

 ファレスの背だけを追ってきたから、どこから来たのかも分からない。森には、目印など何一つないのだ。遠くに見えていた長髪が、木立の緑に不意にまぎれる。

「──おっ、女男っ!」

 とっさに乗り出し、あわてて叫んだ。

「待って! 行かないで女男っ! 女男! 女男! 女男──っ!」

 遠くに見えていた長髪が、ふと、足を止め、振り向いた。

 身軽に倒木に駆けあがり、怪訝そうにながめている。何があったか、という顔だ。だが、見ているだけで、戻ってくる様子はない。追いついてくるのを待っている?

「ま、待って! すぐ、そっち行くから!──だから──だから──!」

 ──置いていかないで!

 転げるようにしてわたわた歩き、行く手を阻む倒木に、エレーンはがむしゃらに飛びついた。これを越えてしまわぬことには、一歩たりとも近づけない。幹の窪みに爪先をかけ、飛びあがって取りすがる。

「──うっ──くっう~!?」

 体が持ちあがらず、じたばた足掻いた。

 なにせ相手は肩の高さの倒木だ。高さもあれば、厚みもある。その上、表皮は苔むして滑り、足場になりそうな段差もない。

 頭上に、影が射しこんだ。

 仰いだ視界を、さらり、と薄茶の色彩がふさぐ。

 脇の下が圧迫され、ふっ、と爪先が宙に浮いた。頬に、しなやかな髪の感触──。

 倒木の上に、降り立った。いや、へたり込んだ、というのが正しい。木漏れ日に輪郭を縁どられ、ファレスがかがみ込んでいる。

「──あ、──戻って来てくれたん──」

 ファレスが無言で背をかがめた。

 がくり、と体が前のめりに傾ぎ、ぐっと両足が持ちあがる。うつ伏せた腹部に、強い圧迫。視界一面、薄茶の髪。つまり、これはファレスの背中!?

「ちょっ──ちょっとお!? 何すんの!?」

 ぎょっ、とエレーンは目を剥いた。肩に担ぎあげられている!?

「下ろしてよっ!?──下ろしなさいってば! 女男っ!」

 両手でバンバン背中を叩いた。急に何をする無礼者!

 ファレスは構わず、だらりと垂れた太い蔦をたぐり寄せ、それを短刀で断ち切った。

 いく度か強く引っ張って、蔦の強度を確かめる。

「──ちょっと女男っ! 聞いてんの!?」

「付き合ってたら、日が暮れちまうぜ」

 がくん、と視界が大きく揺らいだ。

 茶色い枯葉の濡れた地面が、どんどん後ろに流れ去る。うねった木の根、苔むした木の幹──

 無造作に繰り出す、編み上げ靴の(かかと)が見えた。ファレスの足取りは、風のように速い。自分一人で、身軽に歩いていた時の何倍も。

 いっそ乱暴と言っていいほどの驚くべき速さだった。別の蔦を代わる代わる使い、森の起伏を爪先だけでやり過ごす。蔦をつかんだ腕一本で、二人分の体重を支えて。それでも、苦にした様子はない。──いや、悠長に感心している場合ではなかった。

「くっ、苦しいってば女男! おなか! おなか苦しいっ!」

 バシバシ背中を「下ろしなさいよっ!」と叩きまくる。うつ伏せで担がれたこの体勢、圧迫されたお腹が辛い。その上、こうも容赦なく揺さぶられたら、担がれている方はたまらない。

 ちっ、とファレスが舌打ちで止まった。

 忌々しげに地面に下ろす。不機嫌そうなその顔に、エレーンはおそるおそる上目使い。

「……あ、あの……だってさ~……こういうのは、やっぱ、ちょっと……」

 ファレスは面倒そうに顔をしかめて、どうしたものかと見おろしている。──いや、枯葉の地面を見渡して、何かを探している様子。

 二歩あるき、手を伸ばして肩をかがめた。その手が何かを拾いあげる。折れた枝だ。二の腕よりも若干長いくらいの太い枝。

 目の前までファレスは戻り、背を向け、膝を折ってしゃがみ込む。

「負ぶされ」

 それからの道のりは速かった。

 行く手を阻む倒木を、ファレスは軽々と駆けあがり、難なく、黙々と樹海を往く。

 ファレスの肩に顎を乗せ、エレーンは首にしがみ付いた。

 肌触りの良い髪に、そっと頬を押し付ける。頬に当たるしなやかな髪が、ひんやりとして気持ちいい。いつも下から見あげているから気づかなかったが、彼の肩幅は意外と広い。

「……ねー、怒ってる?」

 そして、ファレスは相変わらず。前を見たまま口をきかない。

「ねー! なによ。なんなのよ。絶対何かあったもん。いつもとなんか違うもん! 一体あんた、どーしちゃったのよ。何かあるなら、はっきり言ってよ。今だって一人で、どんどん先に行っちゃってさ」

 ファレスはやはり、前を見たまま見向きもしない。

 エレーンは焦れて苛立った。嫌な虚しさが胸に広がる。距離を置かれてしまったようで。そう、彼の口数が、なんだかめっきり

 少なくなった──。 


 体の揺れが、心地いい。

 あるのは穏やかな木漏れ日と、小さく囁きかわす鳥の声。そして、心地のいいこの振動……

 ふっとエレーンは目が覚めた。

 どうやら、うたた寝したらしい。ファレスはちっとも喋らないし、ゆうべは明け方まで眠れなかったから。あのおぞましい黒虫のせいで。

 心地のいい長髪の肩に、寝起きの顔をすりつける。ふと気づいて、顔をしかめた。

 ……なんの音?

 それは、お腹の底に重たく響いた。地鳴りのような、雷のような、圧倒的に大きな音。樹海のすべてを包みこみ、どこからともなく響いてくる。ふと、気づいて目をあけた。顔に何か当たったような──

「……雨?」

 先と変わらず明るいようだが──? 目をこすり、空を見た。いや、空はすっきり晴れている。

「──え゛?」

 ファレスの肩から足元へ、そろり、とエレーンは目を向ける。

 ぎょっと驚愕、見まわした。

「う、海っ!? 崖っ!? なんでっ!?」

 険阻な黒い岩礁に、轟々と波が砕け散った。

 荒立つ海。切り立った崖。怒涛の濤声。目もくらむ高さだ。

 すでに、かなり降下している。岩壁を伝って空を仰げば、あの切り立った崖の上まで、時計塔三つ分くらいの高さはある。垂直に切り立った岩場を割って、緑の草木が所々に盛り上がり、枝葉を豊かに茂らせている。

 ごくり、と唾を飲みこんで、あわあわファレスにしがみつく。一体なんで、こんな所に!?

 ファレスが岩場を降りていた。道幅はさほど狭くはないが、下は一面、険しい岩礁。万一落ちれば命はない。

「ど、どこ行くの女男!? う、海が──海が、すぐそこにっ! ま、まさか、ここから飛び込む気とかじゃ──」

 はたと気づいて、たらり、とエレーンは青くなる。あんまり言うこと聞かないから、もしや、海に

 ──捨てにきたのかー!?

「わ、わかった女男っ! わかったからっ!」

 ひっし、と首にしがみつき、食い入るようにファレスを見る。

「あたし、今からいい子にするから! あんたの言うこと、ちゃあんと聞くから! だから、今回だけはナシってことで! ね?──ね? ね? んねっ!?」

 ファレスは黙々と歩いている。前を見据え、足場を確かめ──やはり「温泉行きたい」のわがままが決定打になったのか!?

「き、聞いてんの? ね、心入れ替えるからっ! 文句も我がままも、もう言わないっ! こんりんざい! ね、約束するからっ! だ、だから、捨てるのだけは──!」

「着いたぜ」

「勘弁し──っ! えっ?」

 岩壁の角を曲がると、左をふさいでいた視界がひらけた。

 そこは、明るい陽光で満ちている。

「……うっわあ。なにこれ」

 エレーンは絶句で目をみひらき、ファレスの肩から滑りおりた。

「すんごいきれいっ!」

 午後の強い陽を浴びて、キラキラ水面が輝いていた。

 空を仰げば、滝が勢いよくほとばしっている。それが崖下へ注ぎこみ、ゲル二つ分も広さのある、緑の水面を作っている。

 絶景が広がっていた。

 豊かな草木にかこまれた、崖下の岩棚だ。岩棚の受け皿から満ちあふれ、海へとそそぐ水流に、白く湯気が立っている。

「温泉……」

 エレーンは目を輝かせて息を呑む。深く澄んだ鮮緑の湯だ。ならば、地鳴りのように鳴っていたのは、この水流の落下音か──。

 澄み渡った水面が、湯気と飛沫で煙っていた。あたかも楽園の滝壺のように。

 崖の上には、白い雲を浮かべた蒼天。土と草の地平線でくっきり線引きされている。散々歩いた地面の縁だ。崖の傾斜は垂直で──いや、下から見る限りでは、ゆるい段差が所々にある。

「──妙だな」

 ファレスが怪訝そうな顔をして、崖の端へと、つかつか歩いた。

 かがんだ膝に腕を置き、はるか海面を覗きこむ。

 ファレスのしなやかな長髪が、吹きあげる潮風に舞いあがった。海面を見つめる気難しげな横顔。それがいぶかしげに眉をひそめた。「──いやに騒がしい(・・・・)な。どうなってんだ」

 釈然としない面持ちで、首をひねりひねり戻ってくる。エレーンは構わず飛びついた。「ありがと女男! 連れてきてくれて!」

 憮然とファレスが一瞥をくれた。

 視線に弾かれ、エレーンはたじろぐ。「あ、あの、ごめん女男。まさか、こんな(とこ)とは知らなくて──」

「だろうな」

 すっと、ファレスが通過した。相も変わらず不機嫌な顔。まあ、それも無理からぬことか。まるで知らぬこととはいえ、散々駄々をこねたのだ。こんなにも危険な場所に連れていけ、と。

 けれど、なんとか仲直りしたい。だって、こんなの、もう嫌だ──。

 話のとっかかりを作るべく、あたふた追いかけ、愛想笑い。「で、でも、まさか、こんな秘境だったなんてねえ?」

「まさしく秘境だ」

 ぶっきらぼうに、ファレスは応じた。「こっちの岩棚は、地元の羊飼いでも知らねえだろうし」

「へ?──でも、だったら、なんで──」

「この界隈に、俺は詳しい。言ったろ。ガキの時分に、森をさまよい歩いたってよ」

「あ、う、うん! ありがとね女男っ!」

 すぐさま、エレーンはわたわた笑い、微妙な話題から話を代えた。「あっ! でも、温泉っていうから、てっきり森の中にあるものとばかり──」

「あの首長(おっさん)が言ったのは、無論、そっちの野湯のことだ。だが、ここは下流にあたる。湯の効能に遜色はない」

「──はあ?」

 あぜん、とエレーンは口を開けた。「え、なに。ちょっと待ってよ。だったら、わざわざ違う場所に連れてきたってこと? あんな危ない崖があるのに、なんで、そんな──」

「こっちの方が都合がいい。地元の羊飼い(れんちゅう)との鉢合わせもないし、そもそも、ここまで降りられる奴は稀だ」

「……えっ?」

 どきん、と胸が飛び跳ねた。

 とっさに、どぎまぎ視線をそらす。なら、心置きなく浸かれるようにと、密かに心を砕いてくれた? というより、たぶん、この奇麗な景色を見せるために、わざわざ彼は、秘密の場所に連れてきてくれたんじゃ──あんな危険を冒してまで。

 耳までのぼせ、照れて振り向く。

「も、もう! ほんとご苦労さまぁ! お礼にあたし、何でもしちゃう! さっきも、蛇とかやっつけてくれたし!」

「それに、邪魔が入らない(・・・・・・・)

 え? と怪訝に見返した。

 肩をつかまれ、背中が崖の岩壁に当たる。

 はっとエレーンは硬直した。体を押し付けられている──? ファレスは機嫌が悪い時、何をするかわからない。ちなみに今日は、てきめん悪い!

(──ぶたれる!)

 とっさにきつく目を瞑る。

 歯を食いしばった顎をつかまれ、手荒く上を向かされた。茶色の瞳が、間近に迫る。

「……な……な、なに」

 目をみひらいた視界の端で、鮮緑の野湯が揺れていた。ほとばしる水の、落ちる音──。

 わずかにも表情を崩すことなく、じっとファレスが目を据えた。

礼を(・・)する気は、本当にあるか」

 


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