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4話4


 

 客の行方を追う前にケネルへの報告を済ますべく、ファレスは木陰で休憩中の人だかりの肩を掻き分けた。

 ふと、こちらに気づいたケネルに、近付き、要点を耳打ちする。


 連絡員がもたらした飛報を、ケネルは怪訝そうに聞いている。

 そうか、と一言短く応じ、近くにいた野次馬に命じて、二人の首長を呼びにやった。


 ただならぬ気配を察したか、ケネルを取り巻く野次馬たちが各々解散し始めた。

 方々へ散っていく人垣の向こうで、言い付けられた部下たちが左右に分かれて駆けていく。

 お陰で首長らの居所が知れた。

 部下に囲まれ、歓談している。だが、そのどちらのそばにも、あの客の顔はない。

 

 ファレスは舌打ち、踵を返す。「じゃあな。俺はこれで行く」

 ケネルがふと目をあげた。


「行くって、どこへ」

「いねえんだよ。また(あれ)が!」


 招集された首長らが、怪訝そうに振りかえり、すぐに腰をあげて、やってきた。

 その到着と入れ代わりに、ファレスは客を捜しにいく。


 広大な樹海も草原も、雨後の緑に輝いている。

 風が運んだ塵埃(じんあい)は、どこもかしこも洗い流され、こざっぱりとして清々しい。

 部隊の中堅の隊員と世間話をしているワタリの、気の抜けた顔で目を留めた。


「──ああ、なるほど。そういうことか」


 クロウがなぜか部隊にいたのは。

 ワタリは最近、とある理由で、鳥師のクロウと同行して(つるんで)いる。そうした事情の延長で、クロウを駐留地(ここ)まで連れてきた──。


 だが、先の報告は緊急だ。

 単騎の方が連れを気にせず、心おきなく飛ばせたろうに。

 ワタリの馬足はすこぶる速い。まして連れは()()鳥師。


 鳥師は通常、部隊のために、街道で情報を収集する、旅芸人"バード"の分派だ。

 バードと呼ばれる大半は、見世物興行を生業とし、各地を巡業する旅芸人だが、バードがおこなう興行の中には、動物を用いる出し物がある。

 この動物を操って、出し物をショーアップするのが"獣使い" 

 その対象を鳥に特化し、自在に使役する才を持つのが、この鳥師という連中だ。


 もっとも鳥師が、部隊と協調するのは稀で、平素はむしろ仲が悪い。

 日々の収入(あがり)が少ないバードは、自活のできない無為徒食の輩。実入りの良い部隊からすれば"お荷物"でしかないからだ。


 各々の資質に違いはないのに"バード"を選んだ連中は、傭兵稼業で稼ごうとはしない。むしろ暴力沙汰に嫌悪を抱く。だから、旅稼ぎの幌馬車で、風雨も厭わず巡業を続け、二束三文の道化芝居で細々と暮らしを営んでいる。


 よく言えば平和主義者、悪くすれば、臆病な腰抜け。そんなバードを見下して、高圧的に出るロムも多いから、ロムを嫌悪するバードも多い。それについては、同じバードのくくりにいる鳥師であっても同様だ。

 だというのに、クロウはなぜ、部隊の駐留地へやってきたのか──


「──ああ、ケネルに呼びつけられたのか」


 隊長が呼べば、否も応もない。

 鳥師はバードの一派だが、仕事上は部隊と連携、通信を担う一部門だ。


 その当人クロウはといえば、二人の首長と話しているケネルの居場所から少し離れて、木陰で三人と話していた。ケネルの打ち合わせが終わるまで、暇を潰しているらしい。

 クロウはこうして改めて見ても、線の細い青年だ。あのたおやかな美貌ゆえ、からかう輩が後を絶たない。

 通りすがりに声をかける。


「よう。こっちに来るとは珍しいな」


 連絡員を使う職務上、ファレスは鳥師と顔見知りだ。

 クロウがふと口をつぐんだ。肩までの髪をさらりと揺らして、声のほうへと目を向ける。


「ああ、副長さん。その節はどうも」


 そつなく微笑み、会釈を返す。

 まだ少年のような見た目だが、どうしてどうして堂々たるもの。

 部隊の屈強な兵士でさえ、ファレスが声をかけただけで、おたつく者が大半というのに。


 鳥師は往々にして臆病だが、それはクロウには当てはまらない。バードの大半が敬遠するロムに対してもそつがないから、ああも(たか)られる要因になる。

 その上、クロウは美青年。体の線をすっぽり覆うあんな旅装で佇めば、女のように見えなくもない。


 腰をあげかけたクロウを制して、ファレスはその前を通過した。

 世間話をする暇はない。客を捜さねばならないのだ。

 昼の樹海の木陰には、休憩中の部隊がひしめいている。ざわざわと。のんびりと。

 どこもかしこも、同じ色彩の野戦服──。

 

「たく! どこへ行きやがった、あの阿呆!」


 いや、行きそうな場所はわかっている。

 ファレスは鋭く振りかえる。木陰(ここ)でなければ、あの中だ。


 進行方向に居合わせた何とも間の悪い通行人が、引きつった顔で飛びのいた。

 不幸な被害者(そんなもの)には目もくれず、ファレスはずかずか樹海へ向かう。


「たく! これで何度目だ! 断りもなく消えやがって。なんで、ちょろちょろいなくなる!」


 足場が悪い。どろどろだ。

 今しがたあがったにわか雨が、尖った気持ちに輪をかける。腹立ちまぎれに悪態をつき、ぬかるんだ悪路を蹴り飛ばす。

 ファレスは上着の懐を探り、煙草を取り出し、口にくわえた。

 煙草の先に点火し、一服。樹海の風道に目を据える。


「さあて、どっちに行ったんだか」


 午後の樹海の土道が、まだらに木漏れ日を浴びていた。

 雨の後の樹海の中は、ひんやりとして湿っぽい。

 鳥のさえずりが小さく聞こえた。梢がさわさわ音を立てる。


 清々しい木立の中を、ファレスは客を捜して歩く。

 近ごろ我がままが目にあまる。

 移動中はうとうとまどろみ、ふと眠りから目覚めては、ここはどこだ、とわめき散らす。

 きょろきょろ落ち着きなく見まわしては、ぺらぺら一人で喋り出す。あげく難癖をつけては移動を止める。ケネルに対する()()も、依然として続いている。


 あきらかに、日増しにエスカレートしていた。

 より過激に。性急に。

 今の今まで笑っていても、次の瞬間には怒り出す。

 ケネルにしがみ付いていたかと思えば、手のひら返したようにツンケンし、怒り出したり、わめき出したり。おそろしく情緒不安定だ。

 それを少しでも諌めようものなら、途端にふくれて、拗ねる、いじける、ふてくさる。

 もっとも、あのケネルにじゃれつく節操のなさは基本だが。


 拗ねたり、ふくれたり、無視したり、と、初めは他愛もなかったが、今では少しでも気にいらないと、噛むわ、引っ掻くわ、踏んづけるわ、と実力行使に訴える。「遠慮」なんて言葉はなくなって久しい。


「反抗期かってんだ」


 ファレスは苦々しく顔をしかめた。

 さいわい客は非力ゆえ大した実害はないのだが、都度、相手をさせられる方は鬱陶しいことこの上ない。理由を訊いても、返ってくるのは、どうでもいいような言い訳ばかり。


「──ああ。反抗期っていや、あの野郎」


 あの一件を思い出し、ウォードに殴られた頬をさする。

 そう、あれも客絡みだ。


「たく。どいつもこいつも!」


 それにつけても、あの客だ。

 首長の前では良い子のくせに、ウォードや調達屋の前では取り澄ますくせに、なぜだか、こっちには牙を剥く。顔を見た途端に強暴になる。

 放っておけ、とケネルは言うが、どうみても、あれは


「異常だろ」


 そう言うケネル当人も、たまに嫌そうな顔をしているし。

 驍名馳せる戦神が、日々是忍耐でじぃっと我慢しているというのだから、珍しいを通り越して驚嘆の域だ。

 それでもケネルは何も言わない。

 元より女には甘い奴だが、これはいささか度が過ぎる。


「たく。なんで一人で、ほいほい森に入るんだ。きのう襲われたばかりだってのに」


 ふと、ファレスは足を止めた。

 木立の向こうに、あの色彩。部隊がいる原野から、五分ほど入った森の中だ。


「……いい加減にしとけよ? てめえ」


 くわえた煙草を吐き捨てて、まなじり吊り上げ、藪に分け入る。

 ぼんやり見えていた輪郭が、次第にはっきりと像を結ぶ。

 やはり、あの黒髪だ。

 こちらに背を向け、立っている。何を見ているのか動かない。


 行く手を阻む樹海の藪を、苛立ちまぎれにファレスは掻いた。

 本人がこうも気ままでは、どれほど首長が体を張ろうと、すべての苦労が水の泡だ。

 ケネルは客にやたら甘いが、これではいくら保護しても、本末転倒、きりがない。

 ひいては今後の行程にも、いずれてきめん支障をきたす! こうなったら、今度こそ、


 ──誰がなんと言おうが、シメてやる!


 ファレスは怒りを押し殺して進む。

 木立の先の黒髪が、次第次第に大きくなる。


「おい、こら。じゃじゃ馬──」


 ぎくり、とファレスは足を止めた。

 

 

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