表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/37

4話3


 もえぎ色の葉先を弾いて、丸い雫がこぼれ落ちた。

 原野の空は青く澄み、何事もなかったように広がっている。

 一時煙るほど降り敷いた雨は、草木を潤しただけで降りやんだ。やはり通り雨だったらしい。


「──間違いねえのか、その話」


 部隊から離れた樹海の端で、ファレスは飛報に腕を組んだ。「どういうことだ、今になって。連中の狙いはなんなんだ」


「わかりません。ですが、確かな情報です。鳥師からの話も一致していますし」

「──何を考えているんだ、連中は。あんな辺境、今さら落として何になる──」


 ふと、()()を見咎めた。

 口をつぐんでワタリに目配せ。怪訝に()()へと目を戻す。


(なんのつもりだ。あの阿呆……)


 額をつかんで脱力した。

 報告しているワタリの向こうで、妙なものがうろちょろしている。

 ワタリの身体の左右から、ひょいひょい顔を覗かせては(こっちこっちィ!)と手を振っている。

 のほほんとした能天気な笑顔で。


 ファレスは舌打ち、ガン無視した。

 その手前に立っているワタリが、訳がわからず、ぱちくり瞬く。「……あの、なにか」


「いや、別に」


 ファレスは一蹴。密かに苛々ゲンコを握った。


(たく! 何しに戻ってきやがった!)


 相手の注意を引くことに失敗したと思ったか、客は今やぴょんぴょん飛び跳ね、両手を大きく振りまわしている。知らない男がそばにいるから、近寄ろうとはしないようだが。

 客が頬に手を当てた。その口が無音で何かを伝える。


(なんの用だ!)


 ファレスは苛々目で問うた。

 客が発した最初の言葉は、口の形から、おそらく「や」


「や」から始まる何かの言葉? 


 わざわざ来たということは、まずいことでもやらかしたのか? 

 無音の口に、思わず見入る。「や」に続く口の形は──

 続けて読解、眉根が寄った。


 " やっほー♪ 女男ぉ! "……?


 一気に沸点を超過した。


「もちっと向こうに行ってろや! あァ!?」


 突如怒鳴られた手前のワタリが、ぎょっと顔を引きつらせた。

 戸惑った顔で汗を拭き、しきりに首を傾げている。

 客が口を尖らせた。「えー、だってえ!」


「だってじゃねえ! なんの用だ」


 後ろ手にして、客がうつむく。

 ふてくさって小石を蹴った。「別に、そうゆうんじゃないけどさぁ~」


 つまり、 () () ()  だということか?


 わなわなファレスは打ち震えた。

 鬱陶しいことこの上ない。だが、なんとか心を落ち着かせる。そうだ。今、深堀りはまずい。こんなお喋り(もの)を下手につついて、ワタリにアレが知れたらコトだ。


 あの ()()() 呼ばわりが。


 まして、ワタリは連絡員。

 街道の町と部隊を結んで日々往復するだけでなく、情報を収集するために様々な場所に出入りする。つまり、活動範囲が無駄に広い。

 そんな奴が知ったなら、十中八九無傷では済まない。むしろ死ぬほど尾ひれがついて、

 

 あっという間に、知れ渡る──。


 ぞっと背筋が凍りつく。

 客がワタリを警戒し、あからさまに迂回し、駆けてくる。

 ぴた、と腕に張り付いた。


「ねー、女男ぉー!」


 ぶんぶん腕を振りまわす。

 とっさにひるんで、ファレスは固まる。

 反応のなさに焦れたのか、ぐるぐる周りを回りだした。


「女男ってばあ!……ねー……ねー! ねー! ねえっ!」


 せっつくように袖を引き(早く行こうよ)の意思表示。


 あっけにとられて見ていたワタリも、これにはさすがに困惑顔。

 ちらと目配せ(どうします?)と問うてくる。

 ファレスは盛大に溜息した。確かに、今は具合が悪い。よそ者にそばをうろちょろされては、業務にてきめん支障をきたす。

 引っ付いた客を見おろして、部隊へ向けて顎を振った。


「済んだら行くから、あっちへ行ってろ」

「えーっ! だってえー」

「だってじゃねえ! ケネルのところへ行けと言ったろ」

「あ、でも、行ってみたけど、ケネルは──」

「何度も同じことを言わせるな!」


 むっ、と客が口の先を尖らせた。

 文句タラタラの不満顔。だが、覆らないと見てとるや、


「だったら、いいもん! 女男のばかあ!」


 ぷい、と黒髪を振り払った。

 小柄な身体をひるがえし、元来た道へと駆けていく。 


 報告を終えた連絡員が「では、これで」と歩き出した。

 部隊へ立ち去る部下の背を、眉をひそめてファレスは見送る。


「北カレリアへ行軍する部隊あり、か」


 確かにこれでは何をおいても、馬を飛ばしてくるわけだ。

 休憩中の部隊へ向けて、思案にくれて引き返す。

 ともあれ、ケネルの耳には入れねば。ついでに客も引き取れば、一石二鳥で用が済む。


 連絡員の報告は、寝耳に水の情報だった。

 ──クレストの領土ノースカレリアへ、行軍する部隊あり。

 だが、この北上部隊、一体どちらの兵なのだ。ラトキエの兵か、それともディールか。


 軍服の色はどちらも青。同じ軍服の兵隊だから、見た目だけでは区別がつかない。

 ラトキエが反撃に転じた時節、ラトキエと見るのが妥当だが、丸腰だったラトキエが軍を持っている説明がつかない。


 そうだ。そもそも、そこからしておかしい。

 急襲されたラトキエに、軍を抱きこむ余裕など、どこにもなかったはずなのだ。

 

 仮に、北上部隊(これ)をラトキエとするなら、編成可能な構成は、ラトキエの私兵と、商都に割り振られていた警護兵。そして、商都急襲の後、ラトキエに寝返った国軍の一部。

 だが、これでは数が足りない。金の勘定ばかりしている商人の街の領民が、武器を取るとは考えにくいが──

 ふと、思案の目をあげた。


「ああ、ネズミを活用したか」


 職業軍人以外の者で、荒っぽい真似ができるのは、あの連中くらいだろう。


 場末でうごめく賞金稼ぎ。

 華やかな領家とは無縁のようだが、その実、密接なつながりがある。

 賞金首を受け渡す行政側の窓口が、国の治安維持を管轄し、首都を擁するラトキエなのだ。


 つまり、賞金稼ぎの連中は、ラトキエの下請けと言ってもいい。なら、使い立てるなど造作もなかろう。むしろ荒事の腕前だけなら、正規の兵より上かもしれない。おあつらえ向きのこの一派を、ラトキエが見逃すはずもない。


 とはいえ、それでも役者が足りない。

 敵対中の勢力は、ほぼ一国分の軍隊だ。寄せ集めの戦力の規模で、対抗しようなど無理がある。

 

 ならば、北上部隊はやはりディールか。

 先の商都からの撤退劇がラトキエを欺く芝居なら──撤退したと()()()()()商都の南方に潜んでいたら。

 北から戦力を調達できれば、ディールは南北の戦力でラトキエの部隊を挟撃できる。それこそディールが密かに描いたシナリオなのではなかったか。


 南にいる本隊が、北の友軍の合図を待って時間稼ぎをしているというなら、反撃に出たはずのラトキエが、なぜか商都の近郊に未だに兵をとどめている、不可解な現状の説明もつく。


 そして、こたびの敗走の芝居で反勢力をあぶり出し、この機に根こそぎ一掃する。それがディールの狙いなら、北方くんだりまで遠征し、クレストを膝下に置こうとした、あの奇行も頷ける。


 カレリアには兵が少ない。

 まして、大規模な政変に担ぎ出せるような余力はない。

 領民に害を及ぼさず、北方の戦力を調達するなら、あのクレストはうってつけだ。折しも祭の開催時期で、どさ回りの旅芸人が大挙して幌馬車を連ねている。


 だが、ディールの遠征は失敗に終わった。

 挟撃の北側に配置すべく、クレストから民兵を調達するどころか、遠征部隊まで失った。


 なのに、事情を知らない本隊は、商都の南に部隊を潜ませ、予定通り合図を待っている。

 ならば、孤立無援で取り残された、北の残兵はどう動く?

 挟撃の体制を整えるべく、捕虜をクレストから取り戻す──そう動こうとするのではないか。


 そも不意打ちされたラトキエには、クレストを攻める動機がない。

 クレストにかまける余裕があるなら、急務であるトラビアへ戦力を割り振ろうとするだろう。

 ならば、やはり、北上部隊は、ディールの部隊の再来か──。

 

「──引き返す、か?」


 いや、ケネルが「うん」とは言うまい。

 ノースカレリアがどうなろうが、元より関知するところではないのだ。むしろ領家に肩入れするなど、こちらとしてはあり得ない話だ。まして相手は、因縁のある()()クレスト。


 今回クレストに(くみ)したのは、異例中の異例の珍事。

 客の要請に応じたのは、あくまでケネルの一存だ。


 クレストの領土、ノースカレリア。

 街には現在、八十名からの隊員が居残っているが、残留組を取り仕切るギイが、クレストに付くとは考えられない。壊走兵の総数は、残留組の人数を上まわるからだ。そうかといって、あの街の住人に傭兵の相手は無理だから、ディールは次こそ目論みを──悲願の民兵調達を達成することになるだろう。

 

 ファレスは苦々しく空をながめた。

 この同じ空の下、片田舎の戦後の街が、今ものどかに憩っている。街へ向かう部隊のことなど、誰も何も知ることなく。

 

 部隊の集合場所まで戻ると、野戦服の大群が樹海の木陰で寛いでいた。

 耳慣れた低い賑わいの中、視線をめぐらせ、ケネルを捜す。その腹に乗っかって罵りつくしているだろうあの客も。


「……。どこだ?」


 ファレスは舌打ち、見まわした。

 なぜかケネルが見当たらない。普段なら苦もなく見つかるのに。

 やむなく端から見てまわる。


 その妙な光景で目を留めた。

 木陰の部隊の中ほどが、ちょっとした人だかりになっている。

 ケネルの顔がそこにあった。防水シートに手をついて、足を投げて話している。その賑わいの中心で。


「……どうなってんだ?」


 ファレスは怪訝に首を傾げた。

 二人の首長とウォードを除けば、常なら誰も寄り付かないのに。

 しかも、雰囲気が浮わついている。


「バードの女でも来てるのか?」


 何をあんなに(たか)っているやら。

 人だかりに近付くにつれ、中の様子が見えてきた。案の定、誰かいる。ケネルの手前に、ほっそりとした旅装の人影。あの顔は──


「クロウ、か?」


 ファレスは面食らって見返した。

 駐留地ではまず見ない、珍しい顔がそこにいた。

 街道の町に常駐し、情報の受け渡しを担う鳥師だ。あの鳥師の名前はクロウ。

 だが、あの色彩は──そこだけ明るいあの服の、客の姿は見当たらない。


「──ここじゃねえのか」


 拍子抜けして、つぶやいた。

 ケネルのそばではないのなら、懇意の首長のところだろうか。

 ならば、と蓬髪の首長を捜す。

 だが、どうしたわけか見つからない。大抵すぐに見つかるのに。

 居場所が遠いか、埋もれているのか、こうなると大群の中、一人を見つけるのは容易くない。


 ファレスは苛々と舌打ちした。このところしばらくは、ケネルや首長を捜すのに、手間どったことなどなかったのに──。

 すぐに理由に思い当った。

 

 客がそばにいないからだ。


 相手の姿を捜そうとせずとも、苦もなく見つけられたのは、近くにアレがいたからだ。

 ()()けたたましい音源が。

 つまり、音源自体が消え失せた?


「──また、うろちょろしやがって!」


 ファレスはうんざり嘆息し、部隊を苛々と見まわした。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ