interval ~森~
息せき切って白衣をさばき、医師は早朝の森を歩いていた。
旅行鞄を引っ下げた足は、今にも転げんばかりにあわてている。
白髪まじりの髪は乱れ、こけた頬は引きつっている。
額に浮き出た汗をぬぐって、しきりに肩越しに振りかえる。
「こんな所で、ぐずぐずしてはおれん!」
寝静まった街の方角を、気味悪そうに医師は見つめた。
「どうなっているんだ、あの身体は。早くこのことを学会に──いや、まずは身の安全だ。そうだ。こんなところで終わってたまるか。ああ、どこか──どこか、あの男の手の届かない所へ──」
「どこへ行くんだ、先生」
ぎくり、と医師は飛びあがった。
総毛立って振りかえる。
視界に入った見知らぬ相手に、面食らって顔をしかめた。
「な、なんだね、君は……」
ひっそりとした森の木立に、男が一人もたれていた。
ズボンの隠しに手を入れて、小首を傾げてながめている。
個性的な風貌だ。黒の中折れ帽に黒めがね。黒の上下に黒い靴。
上から下まで黒ずくめ──いや、帽子の下の髪だけが赤い。
行く手に現れた赤髪の男を、医師は憮然とながめやる。
その顔に目を据えたまま、赤髪の男がクツクツと笑った。
「こ~んな森で、一体何をしてるのかな?」
妙に癖のある、しゃがれた声だ。
からかうようような口振りが、どこか道化を思わせる。
「こんな朝っぱらから、でっかい鞄なんか持っちゃって。旅行?」
「──君には関係ないだろう」
「"旅は道連れ"って言うだろう?」
「私は君など知らないが」
苛々とあしらう白衣の医師に、赤髪が苦笑いして肩をすくめた。
「つれないことを言うなよ先生。せっかく、こうして待っていたのに」
医師は焦れて振り向いた。
「早く用件を言いたまえ。悪いが、先を急いでいるんだ!」
「あっ、そう」
よっ、と赤髪が肩を起こした。
隠しに両手を入れたまま、小首を傾げて医師をながめる。
「なら、そうさせてもらうかな」
猫背気味に顔を突き出し、ぶらぶら医師へと歩み寄る。
医師はそわそわ見まわして、街の方角へ目をやった。
朝霧が白く立ち込めた森で、鳥たちが鳴き交わしていた。
北方特有の高い木立が辺りに鬱蒼と生い茂り、森の中は薄暗い。
野草を鳴らして足を止め、赤髪は小首を傾げて笑う。
医師は不快もあらわに息をつき、苛々と相手を振り向いた。
「さ、早く言いたまえ。さもなくば、そこを退いてくれ! 早くしないと、追いつかれる──」
「さよなら、先生」
喉笛に、赤髪が手を伸ばした。




