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3話10

「珍しいな、あんたが()られるとは」


 ケネルは木陰へ足を運び、蓬髪の首長に声をかけた。


「あんな小物に、やられるあんたじゃないだろう」


 声にアドルファスが一瞥をくれ、大儀そうに木幹にもたれた。

 無言で空をながめやる。


「……客に斬りかかった野郎がよ」


 野太い声でぼそぼそ切り出し、紫煙まじりの息を吐く。


()()()()()()姿に見えた。あのクレストの領邸で、あの子の背中を斬った時の──」

「──因果は巡る、か。皮肉なものだな」


 ケネルも上着の懐を探り、煙草を取り出し、一本くわえる

 アドルファスが苦笑いで首を振った。


「まったく、あれには参ったぜ。平気な振りをしているくせに、足はがくがく震えてんだよ。両手でしっかりしがみ付いて、恐かった、って泣くんだよ。領邸で斬られたあの晩も、どんなに恐かったかと思ったらよ」

「だが、今度は守ったろ」

「……俺のこの手は、何でも壊しちまうと思っていたがな」


 アドルファスは自分の手のひらを見、皮肉まじりに苦笑いする。


「いや、俺は、そんなふうにはできちゃいねえ。この手はなんでも片っ端から壊しちまう。カーナの時もそうだった。いつだって、気づいた時には遅せえんだ。けど、俺は──」


 足を投げた地面を見つめて、苦しそうに顔をゆがめる。


「俺はただ、この世で一等上等な、最新最高の治療って奴を、受けさせてやりたかっただけなんだ」

「それは皆が承知している。あんたの娘も、俺たちも。知らないのはあんただけ(・・・・・)だ」


 アドルファスが虚を突かれたように顔をあげた。

 困惑したように目をそらし、散漫な手つきで無精髭をさする。

 振り向き、にっ、と頬をゆがめた。


「ちったあ気が楽になったぜ。お前のペテンのお陰でな」

「役に立ったなら幸いだ。で──」


 ケネルはアドルファスに微笑って返し、縛りあげた賊たちを見た。


「何者なんだ、あの連中は」

「どうも、物盗りらしいんだよな」

「──物盗り?」


 ケネルは面食らって訊きかえす。


「物盗りが、大挙して五人も、か?」




 森の獣道は静かだった。

 刃傷沙汰があったとは、とても思えないのどかさだ。

 ケネルは木漏れ日ちらつく樹海を、今部隊が休憩している原野への道を戻っていた。賊に襲われたあの客は、一足先に首長と帰した。ファレスは、調達屋が寄越した部下と、現場の後始末の最中だ。


 夏草を掻き分け、茂みを踏み越え、樹海の風道にようやく出た。

 ここまで来れば、集合場所はすぐそこだ。格段に足場の良くなった道へと、ケネルはやれやれと足を踏み出す。

 ぐい、とその腕を不意に引かれた。


「あの子、ファレスをぶん殴ったらしいな」


 愉快そうなその声を、ケネルは溜息まじりに振りかえる。「相変わらず耳が早いな」

 たった今引き揚げて、あの現場から戻ったばかりだ。

 ああ、とすぐに合点して、木立の先に見え隠れしている、客の小柄な背中を見やった。


「アドルファスから聞いたのか」


 客の今の反撃を。

 あのファレスを見事這わせた小柄な客の武勇伝を、さぞ上機嫌で語ったろう。客の世話をファレスがするのに、首長は未だに反対だから。

 ケネルを愉快そうに引き留めた男、部隊のもう一人の首長バパは、面白そうに片眉をあげる。「とんだ問題児だったようだな」


「今に始まった話でもないさ。俺が問題児(・・・)を抱えこむのは」

「お前はよくよく縁があるな。だが、ファレス(やつ)を副長に、わざわざ据えたのはお前だろう。なんで、あんな厄介な野郎を」


 ケネルは道端の木幹にもたれ、苦笑いして懐を探る。「誰でも良かったんだがな、俺の方は」


 バパは倒木に腰をおろし、呆れた顔でケネルを仰ぐ。「副長といえば、片腕も同然。ファレス(あれ)よりましな奴なんざ、他にいくらでもいたろうによ」


「退屈しなくて丁度いいさ」

ファレス(あいつ)の所業に対する苦情が、どれだけあるか知ってるか? その処理だけで一仕事だぜ。部隊の副長に据えるなら、あんな外道でなくてもよ」


 ケネルはしばし口をつぐみ、梢の先を仰ぎやる。「──群れでの安穏を捨て去ることで、奴が引き換えに得たもの、か」


「なんだよ、そいつは」

「自由だよ」


 ケネルはくわえた煙草に火を点けて、微笑いながら紫煙を吐く。


「ああいう生き方は、真似できない。ある意味、奴がうらやましくもあるな」

「人は、群れて生きるのが普通だぜ」


 バパが呆れように目を向けた。


「それに、大所帯をまとめるのに一匹狼は不向きだろ」

「分かっているさ、そんなことは。奴が売り込みにきた当時から」


 ケネルは苦笑いで思い出す。ひどく印象的なファレスの風情を。

 いつも肩で風を切って歩き、誰とも決して慣れ合わない。誰彼構わず挑発する小馬鹿にしたような冷ややかな視線──。


 バパは煙草に火を点けながら、ケネルのほうへと目だけを向ける。「なら、どうして要職に? 兵隊にしてやりゃ、十分だったろ」


「それじゃ周りが納得しないさ」

「ん?」

「戦場では、誤魔化しがきかない。そもそも奴は、副長にしかなれない奴だ」

「……副長にしか(・・・・・)ってのは、どういう意味だ」


 ケネルは一服、紫煙を吐く。


「こうした武力集団は、縄張り意識が元より強い。だが、ファレスは他人と群れない。誰にも頼らず、馴れ合わない。猜疑心が強いから、どの集団にも混ざれない。そういう奴は往々にして、打ち解けられずに弾かれるか、力で相手を押さえつけ、従わせるかの二つに一つ。ファレスはおそらく後者だろう。だが、力だけでは無理がある。信頼関係のない場所に人が集うことはなく、殺伐とするばかりで群れはしない。それでは何も生まれはしないし、まして治めることなどできるものじゃない」


「だから、どこにも属さない"副長"ポストが適任か。なるほど確かに丁度いいか、あの野郎を置いておくには。しかし、お前も親切なことだな」

「そう捨てたものでもないさ」


 ケネルは苦笑いで紫煙を吐く。「あいつの()は必要だ」


「──目?」

「俯瞰し、全体を把握する目だ。群れが的外れな方向へ、盲進することを防ぐために。群れには常に外にいる醒めた視点が必要だ。ファレスみたいなひねくれた奴も、群れに一人は必要だ」



 



 後始末をして戻ったファレスは、部隊を見渡せる樹海の木陰に、やれやれと寝転がった。

 集合場所のざわめきの中、頭の下で手を組んで、足を組んで目を閉じる。見慣れた野戦服が方々で、相も変わらず雑談している。


 妙な具合になってきた、と今の一件を振り返る。

 樹海の中で客を襲った賊徒たちの正体は、つまりは単なる物盗りだった。

 だが、狙いがはっきりしない。

 というより賊たちも、よくは知らないらしいのだ。肝心要の「お宝」が一体どういう代物なのか。


「なにか途轍もなく素晴らしいもの」「一国の命運を左右するほど、素晴らしく価値あるもの」としか、仲間内でも伝わっていないらしい。


 だが、そんなに素晴らしいなら、一目見れば分かるだろうと高をくくって事に及んだ。

 まして相手は女一人、それを捕らえて、奪うのは容易い。

 女一人を捕えるために五人も頭数を揃えたのは、客が身を寄せている部隊に対する牽制らしい。


 調達屋は己の膝下に、捕らえた物盗りの雁首ならべ、"他人(ひと)様から物品を頂戴する際の心得"なるものの訓示を垂れていたようだが、(常人には理解し難い)説教の余禄で、思わぬ話を聞き出してきた。


 賊徒の棲む裏社会に、とある噂があるというのだ。

 捕らえた賊の頭目曰く、


 ── 女が領邸から宝を盗み、遊民の一団に紛れ込んだらしい。

    その女賊の特徴は、二十代半ばの小柄な体格。背中に届く(・・・・・)黒い髪(・・・)


 つまり、あの客の特徴だ。

 だが、あれはクレストの正妻。どこでどう間違えば、そういう話になるんだか。さいわい客の素性については、まだ割れてはいないようだが。


 念のため部隊の生業についても、知っているかと尋ねると、賊は互いの顔を見合わせ、そろっていぶかしげに首をひねり、


「は? 誰って……誰だよ、あんたら」


 まじまじと見返した五つの間抜け面を思い出し、ファレスはげんなり嘆息する。「客が盗人だってんなら、こっちはさしずめ窃盗団かよ……」


 つまり、賞金首を多数かかえる傭兵団だと賊徒は知らない。

 だが、つまり、そうなると、手配書を見た追手(ネズミ)とは、()()()ということだ。


 心当たりを客に質すも、収穫といえるものはなかった。

 客は口を引き結び「あたし、知らないわよ」の一点張り。

 むしろ、たちまち目をそらした、ぎくしゃくとした棒読み口調は、いかにも怪しい感じだが。


「──たァく。なにを隠していやがる」


 顔をしかめてファレスはごち、だが「まあ、いいか」と寝返りを打った。

 口から生まれたようなお喋りのことだ。どうせ黙っていられずに、ボロを出すに決まってる。

 


 だが、そうは問屋が卸さなかった。

 一息つく暇もなく、とんでもない事件が起きたからだ。



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