3話8
「じゃ、部隊に知らせてくるからよ」と調達屋は原野へ戻っていった。
捕えた賊を見張りつつ、首長は木陰で喫煙している。
少し離れた木陰には、幹にもたれたウォードの姿──。
エレーンはぎくしゃく近づいた。ぎこちなく笑って長身を仰ぐ。
「さ、さっきはありがとね、助けてくれて。……あの、それでね、ノッポ君……」
もじもじしながら返事を待つ。
だが、ウォードは言葉を返すどころか、こちらの顔を見もしない。
「あ、あの、ね。その……」
しどもどエレーンは引きつり笑った。この彼といると、どうも緊張する。
見舞いに来てくれた時もそうだっが、あたかも誰もいないかのように、きれいさっぱり相手を無視する。ケネルもかなり無口だが、それでも振り向くくらいはする。
微妙な沈黙で間がもたず、そわそわ彼を盗み見る。
こうして改めて見てみても、つくづくきれいな顔立ちだ。子供のようにすべすべの肌。まつげの長さは驚くほど。男性にしては髭が薄くて、なめらかな肌をしているからか、どこか繊細そうな印象で──
「なにー?」
唐突にウォードが返事をした。
「──あっ──う、ううん!」
しどもどエレーンは笑みを作る。またか。今日も絶妙なフェイント。
「す、すごいね、ノッポ君って! さっき、すごお~く格好よかった!」
ガラス玉のようにきれいな瞳で、ウォードはじっと見おろしている。
「……あ、あのぉ~?」
だが、やはり返事はない。
「あ……えっと……そのぉ~……」
小鳥のさえずりが辺りを包んだ。
木々の梢がさわさわ鳴る。ウォードは幹に頭をもたせて、晴れた空を眺めている。すっかり興味をなくしたか、もう目も合わせてくれない。
エレーンは引きつり笑って小首を傾げた。
「つ、強いんだねーノッポ君って! ナイフ持ってて五人もいたのに、み~んな一人でやっつけちゃって。ノッポ君ってば優しそうだから、あんなに強いなんて、あたし、ちっとも知らなくて──」
「エレーンさー」
唐突にウォードが遮った。
ひょろ長い腕を持ちあげて、たまりかねたように髪を掻く。
「あんまりオレには、近寄らない方がいいと思うよー?」
あぜん、とエレーンは見返した。「な、なんで……?」
「なんでも」
「お、怒った?」
「──別にー」
ウォードが肩を引き起こした。
そのまま草地を歩き出す。「じゃあねー」
「はっ?……えっ? えっ? あたし、今、何かした?……あのっ?」
あたふた彼に声をかけたが、足は止まらず、振りかえらない。
「……ど、どして?」
エレーンはあっけなく取り残されて、ひとり呆然と突っ立った。
部隊のいる原野に向かい、ウォードはぶらぶら歩いていく。先に帰るつもりらしい。ひょろりと背の高い白シャツの背は、もうこちらを見向きもしない。もしかして、彼に
──嫌われた……?
愕然と、エレーンは立ち尽くした。
はあ~……と気が抜け、へたり込む。
「もおぉ~。あたしが何したっていうのよぉ……」
うなだれ、しょげて膝をかかえた。
ゲルで休んでいた時に、わざわざ見舞ってくれたから、てっきり好きな方に属していると、実は密かにうぬぼれていたのに。
「……えー。でもさー。だったら、あれはなんだったのよぉ~。あの花とかウサギとか~……」
ぶちぶちいじけ、指で地面をぐりぐり掘る。
ふと、かたわらに目をやった。なにか来る──そんな気がしたのだ。
その矢先、にゅ……っと藪から、何かが突き出た。
ぱちくりエレーンは目をまたたく。人の手だ。
その手ががさがさ藪を掻き、足が茂みを踏み越える。
姿を現したその相手に、エレーンは思わず目をみはった。
「おう。ばかに早ええな、ケネル」
先を越したのは首長だった。
無精ひげの口元に、新しい煙草をくわえている。「途中で会ったのか、調達屋と」
「調達屋? いや」
ケネルは怪訝そうに首長に応え、不思議そうな顔で見まわしている。「いや──誰かに呼ばれた気がしてな」
何やらしきりに首をかしげ、釈然としない面持ちだ。
すでに半分涙目で、エレーンはわたわた立ちあがる。
「──ケネルっ!」
あたりに視線をめぐらせていたケネルが、ぎくりとたちまち身構えた。
「聞いて聞いてっ? 今あたし大変な目に──っ!」
エレーンは構わず、わしわし駆け寄る。
気づいて、む? と停止した。
「ねえ。なんで、そんなに逃げ腰?」
「──いや。なんとなく」
がさり、と左の藪が鳴った。
エレーンはそちらへ目を向けて、ぽかんと口をあけ、目を瞬く。
「あれ? 誰かと思えば、女男……」
つかつかファレスが近づいた。
高く手を振りあげる。
パン! と鋭い張り手の音が、ひらけた森に響き渡った。




