3話6
押しのけられた感覚があった。
樹海の緑が流れ去る視界で、白い気配が脇を抜き去る。
腕がひどく打ち付けられて、頬に、湿った枯葉の感触。
地面に転がった顔をしかめて、エレーンは手をつき、のろのろ起きる。ほんの一瞬の出来事で、何が起きたかわからない。首長に駆け寄った視界の端を "白"が走った、と思ったら──
尻餅をついた地面から、背を向けた人影を仰ぎやる。今、彼が、自分を片腕で、
──ぶん投げた?
ふわりとした薄茶の髪の、ひょろりとした白シャツが立っていた。あの背の高い青年は
「……ノッポ君?」
見舞いに来てくれたあの彼だ。
ケネル曰く危険人物。絶対近づくなと言われている。そのウォードが、なぜ、ここに? 近くには誰もいなかったのに。
そう、誰もいなかった。
(チョビひげじゃない味方を捜して)何度も確認したから間違いない。調達屋が涌いて出た時のような、出現の気配も皆無だった。
でも、現に、目の前にいる。
狐につままれたような腑に落ちない気分で、エレーンはきょろきょろ無為に見まわす。「な、なんで、ノッポ君が……」
「"なんで" って」
ウォードは背中で、当然のように言う。
「呼んだでしょー。"助けて"って」
ぽかん、と彼を見返した。いや、呼んでない、呼んでない。一切声などかけてない。むしろ思い出しもしなかった。まして、彼を「呼ぶ」なんて──
──まてよ? とそれを思い出す。
少し前にも似たようなことが。
散歩に出かけたあの森で、イケメン首長とお喋りした時。あの時もケネルが「呼んだか?」と。
「ちょっと持っててー」
のんびりウォードは声をかける。
「おう」
真後ろの声が、それに応じた。
甲高くしゃがれたこの声は、野太い首長の声ではない。ならば、残るは──
ぎょっ、と飛びあがって振り向いた。
「──げ。チョビひげ!?」
いつの間にか腕をつかんでいる。あの飄然とした顔つきで。
帽子のチョビひげが、そこにいた。いや、なんでいるのだ。又ここに!? 今、振り切ったはずなのに!?
はたと原因に気がついて、すぐに、げんなりうなだれた。原因なんて、一つしかない。
(なんで、わざわざ、こっちに投げるかな、ノッポくん……)
キラリ──と何かが陽を弾いた。
怪訝に見やれば、気負いなく佇むウォードの手。短刀を握っている。つまり、賊徒とやり合うつもり?
はっとウォードを見やった背筋に、ぞくり、と怖気が駆けあがる。
危ない、と思った。
賊の方が、だ。
息を呑んでウォードを見るが、前髪が長くて表情が見えない。
辛うじて見える口元が、冷ややかに吊りあがっている他には。
薄く笑った横顔は、野生の獣を思わせた。
ひしひし全身から伝わってくるのは、獲物に飛びかかる寸前の、ためらいのない純粋な
──殺意。
なすすべもなく凝視した。
白い背中が身じろいで、止める間もなく草を蹴る。
「ウォード!」
咆哮のような呼びかけに、飛びかかる寸前で、動きが止まった。
停止したその背で、ウォードは尋ねる。「なにー? アド」
「殺すな」
「──なんで、だめー?」
思いがけない、というような、納得しがたい面持ちだ。
目線を振った首長を見、眉をひそめて小首をかしげる。ふと、思い出したように空を見た。
「……あー。"タマゴ"」
ガチャン、と惜しげもなく短刀を捨てた。
「そうすると、ちょっと面倒だなー」
不本意そうに頭を掻いて、ぶらりと賊徒を振り向いた。
「悪いねー。ちょっと痛いかも知んないよー?」




