3話3
じっと見つめる視線を感じる。
もっとも、その半分は、三白眼の女男が、ジロジロ眼くれてたりするんだけども。
いつでも、どこでも視線を感じる。
あとの残りの半分はケネル。
そのまた半分が首長のアド。なら──
あとの残りは誰だろう。
のどかに晴れた森の中、今日も一人てくてくと、エレーンはぶんむくれて歩いていた。
「なあによ。あたしが何かしたあ?」
ケネルを見つけて駆け寄ったらば、むくっと急に起きあがり、警戒の顔で身構えたのだ。
それまでは、だらけて伸びてたくせに。まったくもって今さらだが、なんて失礼なんだあのタヌキ!
女男にしたってそうだ。
森の中から出てきた途端、顔を見るなり、むっとして。まだ、なんにもしていないのに。
「……嫌われた、かな」
エレーンは溜息で小石を蹴った。
そう、多分あれからだ。小言を無視して散歩して、森で会ったイケメン首長がファレスに何か耳打ちした──。
あれ以来しばらく、ファレスは口もきいてくれなかった。少しは仲良くなれたかと思っていたのに。前ほど無闇に怒らなくなったし、奴のお腹をさすってあげた晩なんて、身の上話まで聞かせてくれた。なのに──
ふと、足を止め、顔をあげた。どこかで藪を掻く気配……?
バラバラ人影が躍り出た。
藪の中から現れたのは、覆面をした五人の男。短刀を手に手に、あっという間に取り囲む。
「お宝を出しな」
親玉らしき正面の賊が、凄みを利かせて短刀を振った。
「さっさと出しな! さっさとよ!」
「──し、知りません。あたし、お宝なんて」
あわてて首を横に振り、エレーンは凝視し、後ずさる。
高い梢と草木が途切れた、ぽっかり開けた場所だった。
アドとの馬遊びを中断し、息抜きをしにやってきていた。馬群が休む草原は、木立のはるか向こう側。
助けを求めて盗み見る間にも、覆面の親玉は凄みを利かせて、同じ口上を繰り返している。
「あ、あの。何かの間違いじゃ……」
エレーンは困惑、顔をしかめた。さっぱり、わけが分からない。「お宝を出せ」と言われても、心当たりなど何もない。確かに身分はクレスト夫人で、領邸に戻れば宝もあろうが、今は旅先、普段着姿。盗賊が狙う"お宝"なんて、まるきり無縁の──
はっと手のひらで左手を押さえた。
たじろぎ、賊から目をそらす。
一つだけ、価値ある物を持っていた。左手薬指の結婚指輪。夫のダドリーと自分だけが持つ、クレスト宗家の身の証。
材質自体も高価だろうが、価値はそれだけにとどまらない。
これはクレスト領家の家紋。文書の調印にも使われる、領家の正式な刻印なのだ。一国の規模なら、国璽にも等しい。よって、所持者は、常時携帯する義務を負う。
(どうしよう……)
事の重大さに目がくらんだ。
この指輪の取扱いにはくれぐれも注意を要すると、確かに爺から聞いてはいたが、ダドリーのことと自分のことで、いつも頭がいっぱいで、そこまで気が回らなかった。
それに、まさか思いもしない。人里離れたこんな樹海で、賊に遭遇するなんて。
万一、指輪が悪用されれば、北方の施政は混乱をきたす。
「強奪されました」では済まされない──。
覆面が目配せ、包囲を狭める。
まだ何も言ってはいないはずだが、確信ありげな足取りだ。もしや動揺が伝わった……?
これ以上の失態は許されない。どうあっても指輪は
──渡せない。
「いつまで、そうやってすっとぼける気だ。こいつが目に入らねえのか!」
親玉が痺れを切らしたように恫喝した。
覆面のない目元をゆがめて、じれったそうに刃を振る。
「命と宝、どっちが大事だ!」
その顔をエレーンは睨みつける。
悲鳴なんて出なかった。助けを呼べとケネルは言ったが、喉が貼りつき、声が出ない。前も後ろも塞がれて、逃げ出そうにも逃げられない。
包囲を固めた五人の賊の、一人が親玉に目配せした。「ぐずぐずしてると勘づくぞ、原っぱにいる連中が」
耳打ちされた親玉が、目をすがめて振り向いた。
「どうあっても嫌ってか」
鋭い切っ先をちらつかせ、包囲がまた距離をつめる。
親玉が抜き身をもてあそび、にやりと冷酷に口端をゆがめる。
「だったら、こっちにも考えがある」
言うなり地を蹴り、振りかぶった。
「精々あの世で後悔しろや!」