3話2
ファレスは煙草をくわえつつ、昼の原野へ目を向けた。
「……まるで山賊だな。あのおっさん」
難を逃れたあの客が、首長の愛馬で遊んでいた。蓬髪の首長アドルファスと。
客には存外甘いケネルも、馬にだけは触らせないから、客は馬を構いたくなると、あの首長の所へ行く。首長の方もあの客を、柄にもなく可愛がっている。むしろ、ケネルに輪をかけて客に甘い。それにしても──と、苦虫かみつぶして火を点けた。
まるで孫でも見るように目尻が下がったあの顔は、見ている方が情けなくなる。出くわした相手の誰もが逃げ出す強面を以て鳴るあの首長が。
「たく。なにやってんだ。"砕王"と呼ばれた男がよ」
苦々しく舌打ちし、くわえ煙草で二人をながめた。
熊のような蓬髪と戯れながら、客は屈託なく笑っている。大きな首長のそばにいると、小柄な客はまるで子供だ。確かにカレリア人の体格は、全般的に小柄だが──。
声が、耳元でよみがえった。
こちらをいなすようなあの耳打ち。
用足しに行ったあの客と一緒にいた首長バパの、すれ違い様のあの囁き。
『 保護しておいた。心配ない 』
ファレスは苛々と舌打ちした。
「──くそジジイ!」
まったく忌々しい言い草だった。まるで取り乱しでもしたような。
だが、声こそ荒げたが、それはこっちの仕事だからだ。部隊で預かる客の保護は、副長の任の内にある。
そして、首長は去り際に言った。
『 危ないぞ、あの子。もう少し気をつけて見ておけよ 』
部隊の不心得者から保護すべく首長が客を捕らえたあの時、東に向かっていた、というのだ。カレリアの大陸の東西は、断崖絶壁で成っている。つまり、客が向かっていたのは──
「──たく!」
ファレスはげんなり息を吐き、野草を苛々蹴り飛ばす。
「なんで崖になんぞ行きたがる! 身投げでもする気か。ふざけやがって」
考えなしの徘徊のおかげで、こっちはその都度、周囲の掃除を──暇を持て余した不心得者を、排除して回っているというのに。
周囲をうろつく賊にまで、客の存在が漏れているというのに。一体どんな感傷に浸っているんだか知らないが、この上まだ面倒を──
ふと、苦虫かみつぶした。
「面倒」の語に触発され、例の記憶が呼び覚まされていた。先の森での出来事が。
賊に客と間違われ、捕らわれていた放牧民の娘。礼をしたい、と持ちかけられて──
「──たく。あの客のおかげで散々だぜ」
気鬱のネタを思い出し、顔をしかめて頭を掻いた。
「面倒なのをつかんじまったじゃねえかよ」