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朝のホームルームが終わり、指定された席に座っていると、大型爬虫類の如くどしどしと足を踏み鳴らして聡美が近づいてきた。
「淑女からは程遠い歩き方だな。俺の従者として、それに将来の妾として、ふさわしい振る舞いを身に付けてもらわないと……」
バシンッと、聡美が力一杯机を叩き、俺の言葉を遮ってきた。
「アンタね、人の話聞いてたの! なんて挨拶してるのよ」
「もちろん聞いていたさ。だから魔人族や俺の世界の話もしていないだろ」
「そういう意味じゃない!」
再び聡美が机を両手で叩いた。おばあさまを彷彿とさせる彼女の恐ろしい形相に俺は怯んだ。
「お、落ち着け。お前のことを周りが不審な様子で見ているぞ」
教室の連中が遠巻きに俺と聡美のことを見ていた。
「さ……聡美ちゃん。大丈夫?」
女子で固まった集団の中の誰かが、聡美に向かって声をかけた。聡美は振り返ると、俺の前では見せたこともない笑顔で「大丈夫、大丈夫」と朗らかな声で言った。そして再び俺の方へ振り返ると、その目は再び釣り上がっていた。
「俺のときと比べて、かなり態度が違っていないか? そんな笑顔を振り撒けるなら、主人に対しても見せるべきだぞ」
「うるさい」
と一蹴された。……なんて主人を敬わない女だ。清治に教育のやり直しを命じなければ。
「そんなことよりも」聡美は少しだけ声を小さくして続ける。「あんな征服だ、とか平伏しろ、なんてこと言ったらみんな気味悪がって不審に思うでしょ?」
「そ、そうか?」聡美の目力の強さに思わず視線を逸らした。「皆、俺という存在に驚きと畏怖で声が出せなかったじゃないか? 奴らに格の違いを教えるために、実に効果的だったと思うが? あの教師、水澤と言ったな、あいつなんかもうすっかり俺に心酔している様子だったじゃないか」
「本当に、そう思う?」
「うっ……」
正直、先ほど生徒たちが見せた戸惑いというか唖然とした表情に違和感はあった。しかし、それはあまりにも登場が唐突過ぎたせいで、そのうち俺への敬意が芽生えて来ることだろう。
そう思った矢先、一人の男が俺たちの方へ近づいてきた。
「ほら見ろ、早速俺への忠誠を誓いにきた奴が現れたぞ」と、聡美に耳打ちする。
近づいてきた男子は憎たらしいことに俺よりも長身だった。周りとは異なる明るい茶色の髪の色をしていて、イケメン——昨日『魔法の鏡』で知った——と呼ばれる部類のようだ。
「由良さん。彼とはお知り合い?」
男子生徒は爽やかな笑顔を聡美に向けた。……教師にしろ生徒にしろ、この世界では爽やか系男子が増殖中らしい。
「……えっと」
聡美が明らかに困ったような表情を見せたので、ここは主人として助け舟を出してやることにした。
「俺の妾だ、……イケメン野郎」
「違います!」
聡美が間髪入れずに否定してきた。そして……、
「痛っ! ……何をする」
俺の足を踏みつけてきやがった。主人に向かって暴力を振るうとはなんて反抗的な従者だ。
足を離すよう指で合図したが無視され、聡美はイケメン野郎に笑顔を向けていた。
「違うの。あたしのお父さんが留学生の斡旋みたいなこともしているから、その関係でたまたま知っていただけ」
「へえ、そうなんだ……由良さんのお父さんって、神主の他にもそんな仕事もしてるんだ」と言って、イケメン野郎はようやく俺の方へ顔を向けた。「えっと、ファテルベルクくんだっけ? ……おいどうした、目に涙を浮かべて?」
「き、気にするな、話を続けろ」
聡美の足攻撃の痛みで、とは口が裂けても言えない。
「そ、それなら良いけど……」
イケメン野郎が困惑した表情で聡美と目を合わせたとき、ようやく聡美の足が離れていった。
「俺は須賀って言うんだ。仲良くしようぜ」
須賀は手を差し出してきた。
「……」
俺はその手をじっと睨みつけた。
どうしてどいつもこいつも俺と同等だと思っていやがるのだろう。俺と人間たちの格の違いを明言してやったばかりだというのに。学校に通っていて人間たちは教育水準が高いかと思っていたが、根本的なところで何も分かってないようだ。ここはしっかりと教えてやらねばなるまい。
俺は差し出された須賀の手を、打ち払った。
「ちょっと、アンタ、何を……」
聡美の驚愕した声を無視し、唖然とした表情を浮かべる須賀に向かって言ってやった。
「仲良し? 友達? 誰が人間と、お前如きとそんな関係になるものか。俺と対等だと? 冗談じゃない。俺と貴様の間には主従の関係しか認めん。身の程を弁えろ、愚かな人間が!」
この世界に来てからずっと心の中でわだかまっていたものを吐き出して、胸がすっとする思いだった。絶対的な格の違いを見せつけ人心を掌握し圧倒させる。これこそおばあさまに教えられた、ファテルベルク家の次期当主として求められる態度なのだ。
俺は未だ状況が飲み込めてない様子の須賀にとどめを刺した。
「用がないなら、俺の前からさっさと失せろ!」
須賀の肩が震えだした。そして見る見るうちに笑顔が消え、能面のように無表情になったかと思うと、顔を歪めて俺を睨みつけてきた。
須賀は「折角、俺が声をかけてやったのに」と呟くと、踵を返して去っていった。
去り際の須賀の残忍さを感じさせる表情に、一瞬どきりとしたが、俺は聡美に向かって勝ち誇るように言った。
「見たか。これが、ファテルベルク家がこの世界に対して臨む態度だ……、あれ?」
さっきまで俺の隣にいたはずの聡美は、自分の席に戻っていくところだった。更に遠巻きで俺たちの様子を見ていた連中も、俺の視線を逃れるかのようにさっと顔を伏せ、自分の席に戻っていった。
「……?」
教室の気温が下がったような気がして、俺は首を傾げた。




