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ファテルベルク家の復活  作者: 三好ひろし
御曹司の帰還
23/29

6-1

実質的に最終章です。

 突如現れた、白い靴、白いズボン、白い上着、白い手袋、そして白い覆面という、見るからに異様な一団に、俺は驚きの声を上げる間もなく取り押さえられてしまった。頭からすっぽりと全身を覆う透明なビニルシートを被せられ、俺の体は御輿のように担がれ、そのまま高校のすぐ外に停めてあった白いボックスカーに連行された。ボックスカーの後ろ扉に放り込まれると、そこにあった金属製のベッドに四肢をベルトで括り付けられた。

 あまりに突然であまりに短い出来事だったので、何が起こったのかすぐには理解できず、ただ混乱して、されるがままだった。

 ボックスカーが動き出した頃、ようやく事態が飲み込めてきた。

 どうやら、誘拐されてしまったようだ。

 確かに俺は魔人族で最高の貴族であるファテルベルク家の次期当主、誘拐したくなる犯人たちの気持ちはよく分かる。だがしかし、身代金を払えるほどの資産は俺の家にはない! それにもし資産があったとしても、おばあさまが悪賊に対して金品で決着をつけようなんて考えられない。

 となると、人質としての価値がない俺を待っているのは……。

「嫌だー、離せー! こんなところで死んでたまるか!」

 少なくとも今一度、アンの顔を見るまで、そして清治が前に話していた松坂牛や伊勢海老を食うまで、俺は生き延びねばならないのだ!

 この場から逃れようと必死に手足を動かしたが、俺の体を固定するベルトはがっちりと留められ、まったく身動きが取れない。

 俺を取り囲んでいる白い一団を睨み付けてやった。しかし、覆面の奥にある彼らの表情は見えない。

 魔法が使えれば、こいつら全員塵に変えてやれるというのに、マナは全然足りない。だが今は、そんなこと冷静に考えている場合ではない。大した威力しか出せなくとも、この場から逃げられる可能性があるなら一か八か試みるべきだ。

 俺は呪文を唱え始めた。「我と契約せし精霊たちよ……、ハグッ!」

 白い一団の一人が、俺の口に何か大きなタオルのようなものを押し当ててきた。これじゃあ、呪文どころか声すら出せない。

「やっぱりこれ打って、おとなしくさせておくか」

 別の一人がくぐもった声で言うと、俺の脇に近づいた。

 俺はそいつの手にあるものから目が離せなかった。

 ——な、なんだ、その鋭い針の先から漏れ出ている液体は? まさか、毒!

 髪が乱れるのも、目から涙が溢れるもの構わず、毒針を持つ手から抵抗しようと体を激しく揺すった。ギシギシと金属ベッドが軋んだ音を立てる。しかし縛めはきつく動けない。逃れられない。

 腕に鋭い痛みを感じて、徐々に視界がぼやけていった。


 気が付いて目を開けると、視界に入ってきた強烈な白い光に耐えられず、すぐに目を閉じてしまった。

 瞬きを何度も繰り返し、徐々に目を慣れさせる。

 光の出所は天井にある蛍光灯だった。どうやらベッドに仰向けになって寝かせられているらしい。

 体に力が入らず、身動きできない。頭も痛い。それに布団こそ掛けられているものの体中がスースーして肌寒く感じる。

 しかし、まだ死んだわけではなさそうだ。

 ここはどこだろう、俺を誘拐した賊のアジトだろうか?

 かろうじて動く目と首を使って周囲を見渡した。所々黄ばんだシミのある天井と、同じく黄ばんだ壁に取り囲まれた、それほど広くない部屋だった。部屋中央に俺が寝かされているベッドがあり、壁際に椅子が二脚あるだけだ。一角に出口と思われる扉があったが、窓は見当たらない。

 唯一の脱出口と思われる扉を凝視していたら、突如、その扉が横にスライドした。そして白衣を着た女性が部屋に入ってきた。

 化粧の濃い中年女性だった。口と鼻をマスクで覆い、アイシャドウが太く目が異様に強調されていた。漂ってくる香水の匂いも強烈で、鼻がむず痒くなる。魔人族の成金婦人にいそうな雰囲気だ。

 成金もどきの厚化粧女は俺の寝ているベッドの傍らまでやって来て、顔を近づけた。俺と目が合って、中年女性は目を細めた。

「お目覚めのようね、……ちょっと、失礼」

 と言って、中年女性は掛け布団をはいだ。全身がひんやりとした空気に触れた。

 あまりの無防備な感覚がして、俺は首と目を自分の体へ向けた。そして愕然した。

 ——は、裸!

 俺は今、上半身も下半身も何一つ身に付けてなかった。

 俺はここに拉致されたあと、服を脱がされたのか。何たる恥辱! 必ずや首謀者を見つけ出し、俺をこんな目に合せたことを心の底から後悔させてやる。

 いやそんなことよりも、今、俺の脇には厚化粧の中年女が……。

 厚化粧女は両手をわきわきさせながら、俺の体に向かってゆっくり手を伸ばしていく。

 ——待て待て待て待て。何だ、この展開! まさか今度こそ俺の貞節の危機なのか?

 声を上げようにも、震えで「か、かっ、か……」と蚊の鳴くような声しか出せなかった。代わりに「止めて、止めて、止めて! ……助けて、おばあさま!」と必死に心の中で叫んだ。

 俺は顔を背けた。

 手首を掴まれる感覚がした。

 ——もうだめだ……。

「脈も正常、体温も異常なし……」

 ——?

「大丈夫そうね。体もすぐに動くようになるでしょう。じゃあ私は先生を呼んでくるから」

 厚化粧女はそれだけ言うと、再び布団を俺に掛けて、部屋から出ていってしまった。

「……」

 ほっとしたような、ついに未知への扉が開かれるかも、とちょっとだけ期待したような……。

 再び部屋の扉が開いた。今度は二人の男が部屋に入ってきた。一人は光沢のある紺色のスーツを着た恰幅のいい初老の男、白衣を着たやせ男があとに続いた。二人は先ほどの中年女性と同じく、口と鼻を覆う白いマスクをしたままボソボソと会話を交わしながら、ベッドに近づいてきた。

 紺スーツの初老男性は不快な物へ見るような目で俺の顔を見下ろした。

「君がレノン=ファテルベルク、だな」

「……そ、そうだ……。だから何だって言うんだ?」

 男の横柄な態度に噛み付いてやろうと思ったが、まだ口が痺れていたせいで、掠れた声しか出せなかった。

「まったく、由良はとんでもないことをしてくれた……、あいつは?」

 初老男性が白衣の男に振り返った。白衣男はかろうじて聞き取れる程度の小さな声で言った。

「今、娘さんのところにいます」

「そうか」初老男性が俺を指差した。「……こいつの血液検査の状況は?」

「おい、こいつとはなんだ……。この俺に向かって……」

 掠れ声で抗議したが、男たちは俺を無視して話し続けていた。

「現在詳細な分析中ですが、不審なウィルスや細菌は見つかっていません。やはり彼自体は完治しています」

「それは確かだろうな? 異世界から来たんだろ。そんな簡単に分かるものなのか?」

「ここに来てから心配することじゃないですよ、佐々木部長……。それに異世界の存在と言っても、分析手法自体は応用可能です」

 彼らは俺が別の世界から来たことを知っているようだ。清治が所属している入界管理局の関係者なのか。だとすると、俺を拉致したのは入界管理局?

「私もこんな事態は初めてだ。さて、上層部にはどう報告したらいいものか……」

 佐々木部長と呼ばれた初老男性は腕を組んだ。

「彼、どうします?」

 と、白衣男が言うと、再び二人の男の視線が俺の顔へと注がれた。

「しばらくはここで隔離しておけ。時期を見て元いた世界へ強制送還だ」

 強制送還。俺を拉致したのはそういう意図だったのか!

「それは駄目だ。まだこっちの世界でやるべきことがたくさん残っている……」

 俺が言うと、佐々木は目を吊り上げて怒鳴りつけてきた。

「あんなことをしでかしておいて、何を言うか! ……私の経歴にも泥を塗りやがって!」

 あんなこと、とは何だ? 世界征服のため、生徒会長の座を狙っていることが問題視されたのか?

「ふっふっふっ」

 俺は笑いを抑えられなかった。入界管理局の連中が俺に恐れを抱くのはしかたあるまい、俺はそれだけの存在なのだから!

「こ、こいつめ」

 佐々木の顔は今にも湯気が吹き出しそうなほど真っ赤になった。そしてギリギリと歯ぎしりしながら、踵を返してベッドから離れていった。慌てて白衣男も続いた。

「……引き続きあいつと由良の娘の血液分析を進めて、早くワクチンを整備しろ。これ以上被害を広げるわけにはいかんからな。感染症の専門機関にも応援を頼め。それから、由良を私のところへ呼んで来い。……だから私はまだ連盟に参加していないプレエクソダス世界群から受け入れるのは反対だったんだ」

 佐々木が白衣男に怒鳴りながら部屋を出ていった。

 結局、あの二人は俺に何の用だったのだろう?

 しかし、面倒なことになった。ここに留まればやがて強制送還、そして野望半ばで戻ってきた俺をおばあさまは激しく叱責するだろう。一方、もしここで逃げ出せば、この一週間で手に入れてきたものを全て捨てて、ゼロからのスタート、いや追われる身だからマイナスへ転落、相当厳しい状況が待っている。

 逃げるか、留まるか? 二つを天秤にかける。

 結論はすぐに出た。

 ここから逃げ出す。

 おばあさまの折檻を受けるくらいなら、こっちの世界でサバイバル生活を送った方がよっぽどマシだ!

 両手に力を入れ、グーとパーを何度か作ってみる。さっきまで感じていた痺れと倦怠感はほとんど消え、だいぶ体が動くようになってきた。

 ゆっくりと体を起こした。……自分が裸だということを思い出して、シーツを体中に巻いて、即席で古代人のような服を作った。

 床に足を伸ばし立ち上がる。一瞬、目眩がして倒れそうになった。とっさにベッドの縁を掴んで姿勢を保つ。床の冷たさを素足に感じながら、一歩一歩慎重に足を運び、出口の扉へ向かった。そしてドアノブを握った。

「……そりゃそうか」

 案の定、唯一の出入り口である扉には鍵がかかっていた。

 であれば、ぶち破るしかない。

 扉から数歩離れ、助走をつけて体当たりを試みる。ぶつかる寸前、不意に扉が横にスライドした。

「っ!」

 開いた扉の前には清治が立っていた。俺はそのまま清治の胸元へ向かって突進してしまった。

「ぐへっ!」

 俺と清治は一緒に薄暗い廊下に倒れ込んだ。

「だ、大丈夫か?」

 俺の下敷きになった清治の上から離れ、彼の肩を支えて体を起こしてやった。

「な、何やっているんだい。レノンくん」

 清治がスーツの襟——さっき現れた佐々木と比べるとずいぶんとくたびれている——を整えながら、尋ねた。

「いや……その、ここから逃げ出そうと……」

 と言って俺は、すぐにはっと両手で口を塞いだ。

 しまった、清治も入界管理局の一員。俺を強制送還させようとしている側の人間だった。

 しかし、清治は唖然とした表情で目を見開いていた。「……い、今なんて言ったんだい?」

「い、いや、忘れてくれ。俺は急ぐから」

 俺は走り出そうとした。しかし、清治にがっちりと腕を掴まれてしまった。

「は、離せ。筆頭従者。おばあさまにお仕置きされないため……いやファテルベルク家の悲願である異世界征服成就のため、今ここで捕まって、強制送還されるわけにはいかないのだ!」

 俺は腕を激しく振った。しかし、優男にこれほどの力があるのか、と驚かされるほどの強さで掴まれ、逃れられそうになかった。

「レノンくん。君には帰ってほしいんだ」

「やっぱりお前も俺を強制送還させる気……」

 清治のほうへ振り返った瞬間、俺は言葉を失った。清治の表情は、街を闊歩する貴族たちに向かって慈悲を乞う者たちのように、悲しみと怒りがないまぜになった様だった。

 清治は俺の手を離し、両手、両膝を床について頭を垂らした。……前に、清治に教えてもらったテレビドラマで見たことがある格好だった。そう土下座だ。全ての誇りを捨て去って、謝罪や請願を求めるときにするものらしい。

 そんな態度を取る清治に俺は怒りを覚えた。

「……何をしている。俺の従者であるお前は、俺と同様に誇り高くなければ……」

 しかし清治は俺の言葉を遮った。「お願いだレノンくん、……どうか娘を、聡美を救ってくれ」


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