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そうこうするうちに、この世界に来て一週間が経とうとしていた。
週末、高校は二連休だという。数日おきに学校が休みになるなんて衝撃だった。俺の世界の学園では長期休暇以外に休みがないからな。素晴らしい制度だと思う。
貴重な休日の一日目、土曜日は日がな一日本を読んで過ごした。蒼馬から借りた本——断じて盗もうとしたわけではない、魔人族で最も誇り高き家に生まれたこの俺が、そんなはしたない真似をするだろうか——を、昼前にパラパラとめくり始め、気付いたら日が沈んでいた。
これら書物から得られたこの世界に関する貴重な情報としては、人間に俺たちの世界を侵攻する意図はないこと、人間は妹の扱いに手を焼いていること、そして、この世界の娯楽は一度はまり込むと簡単には抜け出せなくなってしまう、とてつもない中毒性がある、ということだ。この世界を手に入れたら、統治業務そっちのけで娯楽にふけってしまうのではないか、と不安すら感じ始めたほどだ。
さて、貴重な休日の二日目である日曜日。
俺は暇を持て余していた。
早く学校へ行って蒼馬から本の続きを借りたい……じゃなかった、勉学に勤しみ、世界征服に向けて知識と力を蓄えなければならない。
しかしずっと家に籠って『魔法の鏡』で調査を続けるのもさすがに体に悪そうだ。部屋の窓から外を見ると、澄んだ青空が広がっていた。絶好の外出日和だし、この世界の見聞をさらに広げるか。そう思い立って、俺は部屋を出た。
玄関で聡美と出会った。白いパーカーにデニムのショートパンツという活動的な格好で、今にも出掛けようとしている雰囲気だった。
丁度良い。俺は聡美に声をかけた。
「おい妾、街を見て回りたいから案内しろ」
「はあっ、なんで?」
聡美はスニーカーの靴紐を結びながら、露骨に嫌そうに言った。
「なんでって……、そりゃこっちの世界の見聞を広めるために決まっているだろう」
「独りで出掛ければ良いじゃない。なんであたしに案内させたいの?」
「いや……そのなんていうか、なんだ。その……あれだ。つまりだな……」
良い言葉が思い浮かばず、こめかみ辺りを掻いていると、聡美はようやく俺の方へ振り返った。
「もしかして、迷子になるとか、また散財して帰れなくなることを心配してるの?」
「いや、その……そそそそそ、そんな馬鹿なこと、あるわけ、ななな、無いだろ」
——図星だった。
なんだかんだで学校の行き帰りはずっと聡美と一緒だったし、高校初日の失態を思い返すと、独りで出掛けるのは正直まだ少し不安だ。
「本当、口では威張ってるくせに……」聡美は立ち上がって靴先をトントンと叩いた。「でもあたしは無理、今から友達と遊びに行くんだから……。どうしても出掛けたかったらお父さんに車出してもらったら。今は隣町の天神さんの手伝いに行ってるけど、夕方には帰ってくるし」
「そんな時間まで待ってられるか。……妾なら、俺のために尽くすことを優先すべきだ」
「相変わらず無茶苦茶な。そんなことできるわけ……」
聡美は途中で言葉を止めて、肩掛け鞄から『携帯型魔法の鏡』を取り出した。俺が清治より献上された『魔法の鏡』よりも更に小型で携帯電話あるいはスマートフォンと言うらしい。こっちの世界では『魔法の鏡』を一家に一台どころか一人一台持っているというのだから恐れ入る。
「あっ、大橋? ……うん、今から出るところ。……うそ。……だったらしようがないよね。うん……うん……。……また明日、学校で」
喋り終えると聡美は『携帯型魔法の鏡』を鞄にしまった。そして残念そうに肩を落とした。
「どうしたのだ、突然そんな暗い顔をして?」
何となく会話の内容の想像がついたが、わざとらしく心配そうに聞いてやった。
「大橋に急用ができて。遊びに行くのキャンセルになったの」
聡美はとても悔しそうに答えた。
「そうかそうか! つまり妾も暇になった、ということだな」
聡美は苦々しげに俺の顔を見て長嘆息した。「しようがない……何処か行きたいところがあるの?」
「最初から素直にそう言えばいいのだ、妾よ」
天下に轟く名士たるファテルベルク家の一員である俺の望む通りに世の中は動いていくのだ。俺は意気揚々と靴を履こうとした。すると聡美が呼び止めた。
「ちょっと待って」聡美は俺の顔から足へ向かって視線を移していった。「……近所の公園に行きたい、って言うんじゃなかったら、せめて、ジャージーから着替えてくれない?」
「駄目なのか? これ楽だぞ?」
俺は良く伸びる茶色いジャージーの袖を引っ張った。
「アンタさ、この世界に来たばかりの頃は、軍服以外は着ないなんて言ってなかったっけ。いつの間にそこまでこっちの世界に馴染んでんのよ……」
と呟いて、何を悩んでいるのか、聡美は大きく頭を振った。




