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ファテルベルク家の復活  作者: 三好ひろし
異世界の休日
17/29

4-1

ここから第4章です。


「へーそうなんだ。ご主人様も大変なことに首を突っ込んじゃったねえ」

 と、蒼馬は同情するような口振りで言いつつ、チョコレートコーティングされた一口サイズのアイスクリームをパクリと口に放り込んだ。

「もぐもぐ……、そのおかげで、ぼくはとっても助かってるけど。……本当、今の生徒会長になってから、至れり尽くせりだよ」

「それは良かったな。……あとで覚えていろ」

 たっぷり憎しみをこめて睨みつけてやると、蒼馬は目を丸くして、おずおずと串に刺した一口アイスを俺の目の前に差し出してきた。「ひ、一つ食べる?」

 俺は無言で一口アイスを口に含んだ。舌の上に乗った瞬間、表面のチョコレートがすーっと溶けていき、中から濃厚なバニラの味が染み出してくる。あまりの旨さに頬が落ちてしまいそうだ。

 今、俺は蒼馬が所属する同好会の文化祭準備のための買い出しに付き合っていた。日中に溜め込んだ熱を未だに放出し続けるアスファルトの道を、一口アイスが入った箱を持って歩く蒼馬の後を追って、俺は両手に大きな袋を抱えながら歩いていた。

 どうして主人である俺が、下僕たる蒼馬の荷物運びをせねばならないのだ! 逆だろ、普通! と心の中で悪態をつく。

 しかしこれは生徒会の仕事なのだ。

 俺が全裸で一念発起してから、瞬く間に三日が過ぎていた。

 その間に、ほんの少しの努力と天性の才能により、生徒会の仕事を着実に覚えていった。コピーも五回中四回は成功するようになったし、茶の汲み方も覚えた。さすがにPCは触れないけど、ハサミと糊なら生徒会メンバーの中で一番器用に使いこなせる自信はある。

 生徒会メンバーたちは、本気になった俺に心底驚いたようで、俺がコピー機を動かすたびに大きなどよめきと拍手が鳴り響いた。奴らも俺の真の実力に感服し始めているようだ。

 そして仕事を覚えるにつれ、天野率いる生徒会の真の姿がおぼろげながら見えてきた。

 生徒会の業務として、会議の資料コピー、宣伝配布物の作成、会計処理……これらは分かる。しかし、生徒会長が持ち込んでくる仕事はこれだけではない。教室の窓拭き、校庭の草むしり、失せ物探し、バスケットボール磨き、部活動の会計代行、それに今俺がしているように買い出しの手伝い、これも生徒会の仕事だと言うのだ。

 どう考えても事務局の仕事を越えているだろ! ここ数日だけでどれだけ振り回されたことか!

 この疑問を聡美にぶつけてみた。すると聡美は肩をすくめて、天野の席——その時天野は外出中だった——の後ろに貼られた標語を指差した。そこには『生徒会は生徒のためのサーバントたれ!』と書かれていた。そして「あれが会長なの」とだけ言った。……ど、どういうことだ?

 ともあれ、天野が次から次へと持ち込んでくる雑用の数々に、生徒会メンバーがどれだけ働いても、タスクは一向に減っていかない。むしろ増えていくばかりだった。猫の手も借りたいという意味がようやく理解できた。

 もうやってられるか! と蒼馬の同好会の買い出しを手伝うよう言われたとき、いい加減キレかけた。しかし天野から「ファテルベルクくん、君の株は確実に上がっている。このまま行けば次期生徒会長も夢じゃない」なんて言われたら、辞められるわけがない。俺には世界征服その大いなる一歩として、高校を支配するという明確な目標があるからだ。それから俺の偉大さを見せつけて、天野を俺の前に平伏させてやる!

 などと、溶けていくアイスを口の中で転がしながら、さっきから同じような思考が堂々巡りしていると、蒼馬が恐る恐るといった様子で尋ねてきた。

「ご主人様……、やっぱりぼくも、せめて片方だけ荷物を持とうか?」

 この蒼馬の申し出を俺は一蹴する。

「それこそ下僕の分際で生意気なことを言う。下々の連中に情けをかけられるほど俺は落ちぶれちゃいない。形はどうあれ、これは俺の任務だ。手柄を誰にも横取りさせない。……アイスクリームをもう一つ寄越せ」

 蒼馬が差し出してきたアイスにかぶりついた。

「レノンくん……ご、ご主人様って、見た目とは裏腹に結構真面目なんだね」

「見た目とは違って、だと? ……もぐもぐ……。無礼な」

「だって……口は悪いけど、授業は、日本語なんてまだちゃんと分かってないのに、国語も英語も予習ちゃんとやっているし。それに、なんだかんだ文句を言いながらも生徒会の仕事をちゃんと手伝っているし」

「当たり前だ。世界征服のため、俺に遊んでいる暇はないのだ!」

「やっぱり、キャラが確立してると違うね、本当にご主人様が羨ましい。ぼくなんてそこまでストイックになれないよ……。色々目移りしちゃって」

 蒼馬はまだ勘違いしているようだ。しかし、その勘違いのおかげで、口が滑って異世界だとか魔人族と言っても問題ないわけだが。

「そうそう、それに周囲のご主人様を見る目も少しだけど変わってきたと思うよ?」

「……そうか?」

 ここ数日の学校生活を思い出す。相変わらず教室で話しかけて来るのは蒼馬だけだ。

「うん、うちのクラス、由良さんの他にもう一人女子が生徒会を手伝ってるでしょ、大橋さん。あの子も、仕事はまだまだ危なっかしくて、それに電波出まくりだけど、悪い奴じゃなさそうだって、ご主人様のこと周囲に話してたし」

 全ての任務を完璧にこなすこの俺を指差して、仕事が危なっかしいとは、舐めたことを言う奴だ。生徒会室に戻ったら仕置きをせねばなるまい。……ところで電波って何だ?

「それにしても下僕、周りをよく見ているな」

 周囲の連中の行動なんていちいち気にしないだろ。蒼馬の観察眼に素直に感心する。

「まっ、伊達にボッチ生活は送ってないからね」

 と言って、蒼馬はにいっと歯を出して笑った。……自慢できることなのかどうか、俺には判断できなかった。

 そうこうするうちに高校に到着し、蒼馬の同好会にあてがわれた部屋にやってきた。そこは図書館の奥まった所にあり、部屋の前には誰一人手に取られたことがなさそうな古本が山のように積み重ねられていた。

 部屋の戸には『古代魔術伝承研究結社 関係者以外立ち入り禁止』と、赤い字で書かれた貼り紙があった。

「……ふむ」

 古代に魔術。やはりこの世界にも昔は魔法があったのだろう、そしていつしか失われてしまった。それならご先祖様の記録とも合致する。こんなことなら、千年前のご先祖様がさっさとこっちの世界を征服してくれれば、末裔である俺たちは何の苦労もしなかったのに……と、つい思ってしまう。

「入って、入って」

 蒼馬は部屋の戸を開けて、俺を中に招き入れた。室内の窓は暗幕で閉め切られ、大量の古い書物が棚に雑然と並んでいた。入りきらなかった本でいくつもの塔が築かれ、僅かに空いた中央のスペースには小さなテーブルが設置してあった。本の塔を崩さないように慎重に部屋の真ん中まで進み、運んできた荷物をテーブルの上に置いた。

「ありがと、ご主人様」

 蒼馬が早速荷物を広げ、品物を整理し始めた。

「それにしても凄い本の数だな。しかも古いものもたくさん……。全部、同好会用の本なのか?」

 俺は周囲を見渡しながら言った。新しそうな本と古い本が混在していた。中には図書館にあるものよりもずっと古そうな、もはや本と言えるのか分からない紙束まである。それにすごいカビ臭だ。おばあさまの書斎を思い出す。あそこもご先祖様が残した記録やら古い書物が収められている。もっとも家の困窮で貴重な本はほとんど売り払ってしまったが。

「ほとんどはマンガかラノベなんだけど、中には外国の魔術書、それに結構昔の珍しい古文書もあるんだよね。時々大学の研究室の人が貸してほしいって訪れるぐらいだよ」

 書棚に近づいてよく見てみると、どの本も埃をほとんど被っておらず、掃除は行き届いているようだ。

 興味が向くまま何冊か手にしてみた。

 まずは新しそうな本。表紙に熱血漢に溢れる青年とおどろおどろしい怪物が描かれていた。なになに、タイトルは……『魔王にお仕置き倍返しだ!』。

 このタイトルを見て、息を呑んだ。

 ……まさか魔王って、俺たち世界の主である魔王のことか!

 清治の話だと、俺たちの世界のことは一般の人間には知られていないはずでは? しかし一体これはどうしたことか。しかもタイトルが不穏だ。お仕置きだと? この世界の人間は、実は俺たちの世界に侵攻する意図があり、そしてこの本は恐るべき侵攻作戦計画書なのでは! 俺がこの世界を狙っているように、俺の世界を狙っている人間どもがいたとは……。魔人族の最高貴族ファテルベルク家の一員として祖国の危機を黙って見過ごすわけにはいかない。

 俺は蒼馬を盗み見た。蒼馬は荷物整理に忙しそうでこちらを見ていない。

 俺はこっそり、本を懐にしまい込んだ。

 ……つ、次だ。まだ危険な本があるかもしれない。表紙に可愛らしい女の子が描かれた本を手に取った。タイトルは……『ツンデレ妹をヘタレ兄貴に振る向かせる方法』。

 これはどうでも良かろう。ツンデレとかヘタレとかの意味は不明だが、おそらく兄と妹が仲良くするための指南書だろう。しかし俺はアンを深く愛しているし、アンだっていつもお兄様、お兄様と言って俺だけを見てくれるのだ、故に指南書など不要。

 しかしそのとき、「待て」と心の中のもう一人の俺が警告を鳴らした。……アンだってあと数年もすれば立派な女性、言い寄ってくる男どもも星の数ほど出て来るに違いない。なにせ全世界の中で最も可愛いからな! そんな状況でいつまでも兄のことを慕ってくれるのだろうか? ……今のうちに将来の不安に備えておいた方が良いんじゃないか?

 俺はこっそり、本を懐にしまい込んだ。

 ……さて次。表紙に怪しげな文様が描かれた古そうな本だ。タイトルは『西洋魔術大全 中世編』。これがこっちの世界の魔法を説明したものだな。こっちの世界で効率良く魔法を使う方法が分かるかもしれない、調査せねば。

 俺はこっそり、本を懐に入れようとして……分厚過ぎてカッターシャツがはち切れそうだ。

 次に手に取った書物は所々変色して、相当古そうだった。表紙の『双照神社社史』という文字こそ、かろうじて読めたものの、ペラペラとページをめくってみると、ミミズが這いずったような文字がびっしりと書かれていて、さすがに読めそうになかった。

「おい、下僕。この本は何だ?」

 俺の呼びかけに、カラーペンを並べていた蒼馬が顔を上げた。

「ああ、それ。……ずうっと昔、ボロくなった神社の倉庫を取り壊すときに、当時の同好会の人たちに寄贈したらしいよ。同好会のメンバーが神社の人と仲が良かったらしいから。面白いエピソードがいっぱい書かれててね。特に神社の起こりとか……聞きたい?」

 蒼馬は買い物の整理を放り出し、目を爛々と輝かせ俺に迫ってきた。嫌だと言ったら下克上が起こりそうだったので、頷かざるを得なかった。

 嬉々とした様子で、蒼馬が説明を始めた。

「この神社の神様って、他の神社と少し変わっててね、鬼なんだよ」

「神様? 鬼?」

 神様は前に清治が簡単に説明してくれたような気がする。一方、鬼って、何だ?

「そっか、外国の人には伝わらないか。……えっと、角が生えてて、赤や青の肌で、短パン一つで棍棒持った……」蒼馬が両手の人差し指を伸ばして頭の上に置いた。「節分とかで鬼は外って。最も有名なジャパニーズモンスターだね」

 ??? さっぱり分からない。

 俺の理解が追いついていないことを悟ってくれたらしく、蒼馬は書棚から一冊の大きな本を取り出し、テーブルの上に広げた。「ほら、これ」

 俺はその本に描かれた鬼の姿を見た。……なるほど赤い肌で腰パン一つという至極野蛮な格好だ。

「で話を戻すと、社史に依るとね、昔々、この辺り一帯を支配していた国司が悪逆非道で、重税と夫役を住民に課して苦しめていて、その国司をやっつけようと村々の男たちが集まって、一人の若者桃ノ介を反乱の代表として選んだんだ。でも戦いを起こすにはまだまだ戦力が足りないから、桃ノ介は己の修行を兼ねて仲間集めの旅に出た。そして月日は流れ、ついに桃ノ介は義兄弟の契りを交わした三人の仲間とともに村へ戻ってきた。村人は喜んで桃ノ介たちを迎え入れ、彼らの冒険譚を聞かせてくれるようせがんだ。旅の苦労を思い出し、涙を流しながら桃ノ介は語り始めた。最初の仲間、犬次郎との出会い……」

「待て下僕、神社と鬼はいつ出て来るのだ? もっと簡単に説明しろ」

 身振り手振りを交えながら熱っぽく説明する蒼馬に向かって注文を付けた。

「こっからが面白いんだけど? 桃ノ介と犬次郎の大蛇退治は、下手な異能バトル系ラノベよりずっとハラハラするよ」

「そんなことはどうでもいい、さっさとしろ」

 蒼馬は口を尖らせつつも説明を続けた。「えっと……、村人が沼地の開拓を本格的に進めた頃、鬼が現れたんだ」

 逆に国司やら桃ノ介はどうなった? と問い詰めたくなるのをぐっと堪えて、蒼馬の説明に耳を傾けた。

「妖術を使う鬼を村人たちは酷く恐れていたんだけど、さらに厄介なことに疫病も流行り始めたんだ」

「鬼って、やっぱりこの鬼のことか?」

 俺は赤い肌の鬼の絵を指差した。

「分からないよ、細かい容姿までは書いてないし。でも鬼って言うくらいだからそうなんでしょ。……で、話を続けると、疫病で人々がばたばたと倒れていって、村人は疫病もきっと鬼のせいだと考えていたんだけど、ある日、どういうわけか鬼が疫病の薬を村に持ってきたんだ。最初は訝しんだ村人だったけど背に腹は変えられないって、その薬を病人に飲ませたら、みるみるうちに回復したんだって。村人たちは人々を救った鬼に感謝するため神社を作って崇めるようになったわけ」

「なんだか、嘘くさい話だな」

 俺は素直な感想を述べた。

「どうして? ちゃんと社史には当時の薬の調合法らしきものも載っているよ」

「結局、その鬼は何がしたかったんだ? 行動に一貫性がなさ過ぎるだろ。村人を怖がらせたかったのか、助けたかったのか?」

「さ……さあ?」

 俺の質問に蒼馬は困惑した表情を浮かべた。

 ——しかし妖術を使う鬼か、興味深くはある。……鬼? そんな単語をどこかで聞いたような。

「その、双照神社ってどこにあるんだ?」

「どこって……」蒼馬は目をきょとんとさせた。「由良さんとこの神社じゃないか。ご主人様、今そこに居候してるんでしょ」

「……む、無論知っていたさ」さすがに自分の住んでいる所の名前を忘れたとは言えず、俺は努めて冷静に答えた。「……た、ただ、字が難しくてな」

「じゃあしかたないよね」

 蒼馬は納得したように頷いた。

「そ、そう、なにせまだこっちへ来て一週間も経っていないから。じゃ、じゃあ俺はそろそろ戻る」

 と言い残し、早足で部屋から出ようとした俺を蒼馬が呼び止めてきた。

「ちょっと待って、ご主人様」

「なんだ下僕。主人の邪魔をするのか?」

「そんなことはしないよ。ただ……服の中の本は読み終わったらちゃんと返してね」

 ……バレていたようだ。

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