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ファテルベルク家の復活  作者: 三好ひろし
生徒会長、天野駿
13/29

3-2

 朝の一件以来、取り立てて大きな事件も起こらず今日も放課後を迎えた。

 夕方のホームルームが終わると、まさに飼い主に向かってシッポを振って駆け寄ってくる子犬の如く、我が下僕たる蒼馬が近づいてきた。

「ねえねえ、レノンくん……じゃなかった、ご主人様。今日の放課後は暇?」

 教室では相変わらず俺のところに近づいて来る者はいないが、蒼馬だけは別だった。化学の授業では組になって実験をしたし——俺は蒼馬が働くところを見ているだけだったが——、昼飯も一緒に食べた。そのとき、蒼馬は卵焼きというこれまた美味な料理を献上してきた。この身も心も捧げた献身的な態度に感動し、俺は返礼としてタコ型に形作られたソーセージを下賜してやった。更に「普段は独りで食べている」と蒼馬が言ったので、「どこで食べている? 昨日教室にはいなかっただろ」と尋ねたら「……と、トイレの個室」という答えを聞いて、不覚にも主従を超えた親近感すら覚えてしまったほどだ。

 俺の世界の学園でも、これほど親しく付き合う奴はいなかった。これが友人……いやいや、蒼馬は俺の下僕だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 蒼馬の申し出を聞いたとき、今日の朝、聡美が「あたし、放課後は用事があるから、お願いだから寄り道せず家に真っ直ぐ帰って」と言ってきたことを思い出した。俺の方もこれ以上失態を犯すわけにはいかないので、最初はおとなしく帰ろうとも考えたが、

「特に予定はない」

 と、答えていた。

「じゃあ、ぼくの同好会に来ない? ご主人様に見せたいものがあるんだ!」

「そ、それは……金を使わないか?」

 警戒心むき出しの質問に、蒼馬は首を傾げた。

「お金……? 要らないよ」

 なら安心だ。金の使い方の無計画っぷりはご先祖様譲りだと、昨日十分痛感していた。

「だっ、だったら、少しぐらいなら付き合ってやらんでもない」

「本当に、じゃあ早速……」

 目を輝かせた蒼馬に腕を両手で掴まれて、立ち上がろうとしたとき、

「レノン=ファテルベルクくん! どこだい?」

 はきはきとした大きな声で俺の名前が呼ばれた。

 教室を出ていこうとした者も、集まって何やら作業を開始していた者も、一斉に動きを止めて、声がした教室の入り口へ視線を向けた。そこには髪をきっちりと七三に分け、赤いフレームの眼鏡をかけた男が立っていた。

「……あれ?」「生徒会長だ……」と、周囲がにわかに騒がしくなる。

 赤眼鏡をかけた男は軍隊の行進のように規則正しく手を振りながら、まっすぐ俺と蒼馬がいる席にまでやってきた。

「君がファテルベルクくんだね。僕は天野駿だ。よろしく」

 赤眼鏡の男は唐突に自己紹介をして、手を差し出してきた。

 だからどうして、だれもかれも、人間の平民の分際で、魔人族の貴族たる俺と対等であろうと考えるのだ。

 差し出された手を無視すると、天野はすぐに手を引っ込め、「なるほどなるほど。君はそういうタイプか」と言いながら、何を納得したのか、一人うんうんと頷いていた。

「何の用だ、貴様?」

 また変な奴が現れたな、と思いながら、俺は投げやり気味に聞いた。

「そうそう、僕は君に用があって来た。……ちょっと僕と一緒に来てくれたまえ」

「この俺に向かって来いと命令するなんていい度胸だな、平民。……それにもう先約がいてな」

「なるほどなるほど」天野は、俺と俺の腕を握りしめ頬をすり寄せている蒼馬を交互に見比べた。「……そういう関係ですか」

「ちょっと待て! なに想像してやがる。俺はそんな……って、下僕。なんで顔を赤くしてるんだ!」

「ぼ、ぼくだってそんなつもりは!」

 蒼馬は顔をブルブルと左右に振ったが、両手を離そうとはしなかった。

 赤いメガネフレームを整えながら、天野は蒼馬に向かって言った。

「浜谷くん。お楽しみはまた今度にしてくれると嬉しいな。今日のところは僕にファテルベルクくんを譲ってくれたまえ」

「だから、どうしてそんな表現を……」

「わ、分かった」

 しかし蒼馬はあっさりと引き下がった。何故だろう、遠くから「ちっ」と、数名の女子たちの舌打ちが聞こえた。

「じゃあ、ご主人様、また今度ね」

 蒼馬はやけに甘えるような声音で挨拶すると、教室を出ていってしまった。

「さあ、ファテルベルクくん。僕と一緒に来てくれるね?」

 と、口元に笑みを浮かべながら天野は言った。

 こうなるともう天野について行くしかないようだ。また面倒なことにならなきゃいいが……。

 キャーキャーという女子の悲鳴を残して、俺は天野と一緒に教室を出た。


「まだ誰も来ていないな、ちょうど良い。……さあさあ、入ってくれ」

 天野に通された部屋の教室札には『生徒会室』と書かれていた。室内中央には、ロの字型に長テーブルが置かれ、作業途中のように大量の紙が散乱していた。

 天野は部屋の一番奥まったところにある大きな机の椅子に座った。

 俺と天野以外には誰もいない。全開になった窓の外から、生徒たちの笑い声が漏れ聞こえてくる。

 天野はにやりと不適な笑みを浮かべた。

「こ、こんなところで何をするつもりだ」

 一筋の冷や汗が背中を伝っていった。

 ——ま、まさか本当に貞節の危機なのか?

「改めて自己紹介しよう。僕の名前は天野駿。この学校の生徒会長をしている。以後お見知り置きを」

 特に天野にそんな様子はなさそうでほっと一安心するとともに、彼の言葉で疑問を感じたことを口にした。

「生徒会長……なんだそれは?」

「生徒の代表として、学校生活の改善や、色んな学校イベントの事務局をしているのだよ」

 天野の説明にピンとくるものがあった。

「代表……。それは偉いのか?」

 質問の意図が理解できなかったのか、天野は何度か目を瞬かせたあとで答えた。

「まあ……。生徒の中では一番偉いと言えるかもしれない」

 これはとても良いことを聞いてしまった。コイツは生徒会長という生徒の中で一番高位の存在。確かに他の生徒にはない落ち着きというか貫録を感じなくもない。指導者と聞かされれば、さもありなんと思えてくる。

 と言うことは、あの赤眼鏡に勝てば自動的に名実共に俺がこの学校で一番だ。これはもう学校を支配したも同然。世界征服へまた一つ大きく近づくことになる。

 であれば、することはただ一つ。

「おい貴様、俺と決闘しろ!」

 俺は、ビシッと指を天野の鼻先に向けた。

「け……決闘?」

「そう決闘だ。生徒会長の地位を賭けて! お前がどれだけ指導者として優れているか知らんが、最後にものを言うのは生まれ持った気品と力だ! それを今この場で示してやる」

「……なるほどなるほど。良いとも」

 あっさりと天野は承諾した。人間とはいえさすがは現支配者。その潔い態度に少しだけ感心した。

 改めて天野の姿を見る。身長こそあるものの針金のような腕と体。須賀よりもさらに弱そうだ。こいつも魔人族の敵ではあるまい。魔法がなくとも楽勝だ。せめて苦しまないよう、一瞬で決めてやるさ。

「時間がもったいないからさっさと始めよう。どこからでもかかってきなさい」

 天野が言った。

「……おいふざけているのか、立てよ」

 俺は椅子に座ったままの天野に向かって言った。椅子に座っている状態ではさすがに戦えないだろう。

 しかし天野はゆっくりと首を振った。

「気にしないで、ハンデだ」

 にやりと笑った天野の顔を見て、急激に腹が立ってきた。

 互いの誇りを賭けた決闘でハンデだと。しかもどう見ても力も体力もなさそうなのに——だから俺は安心して戦いを挑んだ……わけでは決してない——。高貴な決闘を汚すふざけた行為だ。許すわけにはいかない。あとで泣き叫んでももう遅い。

「じゃあ、覚悟しろ!」

 先手必勝、俺は天野に向かってまっすぐ飛び掛かった。

 次の瞬間、背中と後頭部に激しい痛みが走った。

「あれっ、あれっ?」

 気付いたら、俺は床に仰向けで転がっていた。

 ……どういうことだ? 天野に向かって俺の必殺正拳突きをお見舞いしたはず。どうして俺の方が吹っ飛ばされているんだ?

 訳が分からず、後頭部をさすりながら体を起こした。

 綺麗に整えた七三分けの髪が微かにも乱れることなく、微笑をたたえた天野は生徒会長席に座ったままだった。

「ファテルベルクくん、君は弱いね。それで僕に喧嘩で勝とうなんて、四千年早い」

 馬鹿な! 俺が弱いだと! よりにもよってこんなひ弱そうな奴に言われるだなんて。まぐれだ、まぐれに違いない。魔人族であるこの俺は知性も腕力も人間を大きく上回っているはずだぞ。よし、今度こそ!

 俺は立ち上がると、体勢を整えた。

「まだやるのかい? 僕は君と拳を交えて男と男の友情を育むために来てもらったわけじゃないんだけど」

「うるさい、黙れ!」

 もう支配権を賭けた戦いとかどうでもいい。見ているだけで腹が立ってくるこの男を一発殴らないと気が済まない!

 俺がもう一度天野に向かって飛び掛かろうとしたとき、部屋の戸がガラガラと大きな音を立てて開いた。

「会長、なんのつもりですか!」

 部屋に入ってきたのは聡美だった。彼女はズシズシと淑女からはほど遠い歩き方で、俺と天野の間に割って入ってきた。

「やあ由良くん。何の用だい?」

 目を吊り上げて怒りをあらわにしている聡美とは対照的に、天野は澄ました表情のままだった。

「用って……、どうしてコイツをここに連れて来るのよ?」

 と言って、聡美は背後にいる俺を指差した。

「おい妾、邪魔をするな。今は大事な決闘中……」

「アンタは黙ってて!」

「……うっ」

 聡美のイラついた様子に驚いて、言葉に詰まってしまった。

 聡美は天野の座っている机に両手を叩き付けながら大声で言った。

「駿くん。分かってるでしょ? 意図的な接触は入界管理局の規定で禁止されてるって」

「声が大きい、由良くん」天野は聡美のものものしい雰囲気に動じる様子もなく、ゆっくりと喋った。「……もちろん分かっている。でも折角すぐ身近に同類が来たんだ。お近づきになりたい、と思うのが人情だろ? 彼も仲間が誰一人いないこの世界で右も左も分からず困っているだろうし。先輩として助けてあげたいと。由良くんのお父様ならきっと許してくれるさ」

「そ、それは……」

 聡美は威勢を削がれたように口を噤んだ。

「おい、俺を無視して二人で話しているんじゃない」

 俺は聡美たちの所へ詰め寄る。天野がこちらを向いて、にやりと笑った。

「ファテルベルクくん、……何を隠そう、僕も異世界から来たのだ」

 全開に開いた窓から流れ込んで来た夏と秋の入り交じった生暖かい風が俺の頬をかすめていった。

「あっ」と声を漏らす聡美。

「どうだい?」と胸を張る天野。

 ——どうだい? なんて聞かれてもねぇ……。

「はぁ」としか答えられなかった。

「ずいぶんと無感動だな。君と同じ異世界からの訪問者。同じ身の上の境遇じゃないか。仲良くしよう」

 天野は再び握手を求め、腕を伸ばしてきた。

「異世界からの訪問者って言う割には、周りに溶け込みすぎていないか?」

 天野の言葉を聞いても実感が湧かなかった。俺が海外留学生だと偽り、こっちの世界の常識やら言語に苦労させられているのに対して、天野という男は、他の人間たちと遜色がなかった。強いて違和感を挙げれば、彼のかけている赤眼鏡がまったく似合っていないということくらいだ。

「なるほどなるほど。まあ当然さ。僕はこの世界と約七十年前に分岐した枢軸国が勝利した、アルターウォー世界群の一つからやって来たから。ファテルベルクくんがいたプレエクソダス世界群とこの世界が分岐した年代よりずっと新しいし、そもそもこっちの世界に来て一年以上経っているから。……あの時は本当にお世話になりました。由良くん」

 天野が聡美に向かってきざったらしく微笑むと、聡美は顔をしかめながら俺を見た。

「彼がこっちの世界に来たときに世話をしたのもお父さんなの。どうしてこんな変わった連中ばかりお父さんは面倒を見る羽目になるのかしら……」

「ははは」と天野は乾いた笑い声を上げた。「……だからファテルベルクくん。こっちの世界じゃ、君と僕は義兄弟みたいなものだ」

 天野は伸ばした手を上下に振って握手を要求してくる。依然、俺は無視した。

「貴様が俺に言いたかったことはそれだけか? だったら決闘の続きだ。今度こそ貴様を倒して、俺が生徒会長とやらに成り代わってやる!」

 別にコイツがこの世界の人間であろうと別の世界の人間であろうと知ったことではない。それよりも大切なことは如何に生徒会長の地位を奪うか、そして最重要事項として、この腹立たしい男を如何に粛正するか、だ。

「何また馬鹿なこと言ってるの?」

 聡美が呆れたような声を出した。

「この男を叩きのめし、俺が新しい生徒会長になってこの学校を支配する、と言っているんだ。邪魔をするなよ、妾。世界征服の大いなる一歩となる、負けられない戦いなのだ」

「猿山のボス争いじゃあるまいし。……決闘や喧嘩に勝っても生徒会長になれないよ。選挙で決めるんだから」

「……選挙、だと?」

 初めて聞く言葉だ。どんな決闘形式なんだ?

「誰が生徒会長のなってほしいか、候補者の中から他の人たちが多数決で決めるの」

「……な、なるほど。誰が一番偉いか周囲で決める、と言うわけだな」

 なかなか面白い決闘方式じゃないか、と思う。少なくとも俺の世界じゃ聞いたことがない。

「じゃあその、多数決する側はどうやって選択肢を選ぶのだ? 家格か? それとも腕っぷしか? それとも学生なら学力か? やはり指導者なら強い奴か家格が高い奴と決まっているだろう」

「今の日本に建前上家格はないし、腕力はまったく関係ないから」

「じゃあ何で決まるんだ? ……この赤眼鏡なかなかの強敵だぞ」赤眼鏡という言葉に、聡美が一瞬だけ表情を崩したが、俺は構わず続けた。「そう考えると、指導者を決める要素は、やっぱり腕っぷしだろ?」

「……だ、だから、そういうのじゃなくて……うーん、なんて言ったら……」

 首を捻って唸り出した聡美に代わり、天野があとを引き継いだ。

「人それぞれさ。力が強そうだとか、見た目が偉そうだとか、仕事をちゃんとやってくれそうだとか、人によって選ぶ基準は違う。それらの積み重ねで決まる。言っちゃなんだけど人気の多い人がリーダーになる」

「人気……? そんな訳の分からないあやふやなもので指導者を決めるのか? よくそれで組織がまとまるな?」

 腕っぷしなら実際戦えば分かるし、学力なら試験をするし、家格だって厳格に決められている。どちらも客観的に計測可能だ。それに対して人気などという曖昧模糊なものが、指導者を決める尺度になるとは思えなかった。

「ファテルベルクくんの言にも一理あるけど、人間にしろ、君たち魔人族にしろ、普通は一つの尺度で計れない、ならば尺度は人それぞれにゆだねよっていうのが今の所の僕の回答かな? ……で、ここでようやく僕が君を呼んだ理由に戻ってきたわけだ」

 天野は口元こそ笑ったままだが、赤眼鏡の奥から鋭い視線をこちらへ向けていた。

 見かけによらず油断ならない男だ。初めて天野に警戒心を抱いた。

「ど、どういうことだ?」

 俺の問いかけに、天野はゆっくりと口を開いた。

「ファテルベルクくん。生徒会の仕事を手伝ってくれたまえ」

「突然何を?」「ほ、本気なの、駿くん?」

 俺と聡美は同時に叫んでいた。

「本気も本気、大真面目だ、由良くん。文化祭も間近で、猫の手も借りたいくらいだって、みんな言っているじゃないか」

「そうだけど……、でも、何でよりにもよってコイツに頼むの?」

「そりゃもちろん、義兄弟として彼がこの学校に早く馴染めるよう手助けを……」

「だから待てと言っているだろ」俺は二人の話に割って入った。「俺を抜きにして話を進めるな。文化祭ってなんだ? 手伝うってどういうことだ?」

「おっと、ファテルベルクくんは文化祭を知らないのか。……クラスの誰かに教えてもらわなかったのかい?」

 天野が聡美へ視線を向けると、聡美は唇を噛んでさっと目を伏せた。

「なるほどなるほど……。ファテルベルクくん、文化祭は様々な団体が工夫を凝らした催し物やら発表をする会のことさ。文字通り祭りだね。……ほら、準備の音が聞こえてくるだろ」

 天野が開いた窓へ目を向けた。カーンカーンと何かを叩く音、ゴリゴリと木を切る音がここまで聞こえてくる。

 昨日の放課後、廊下で見かけた作業は俺の歓迎会ではなく、文化祭とやらの準備だったらしい。歓迎会が催されないことに少しだけ残念に思ったが、それ以上に文化祭に興味が湧いた。祭りという言葉から、俺の世界での収穫祭を思い出す。普段はスープと黒パンだけという貧しい食卓もその日に限っては豪勢な料理が並ぶのだ。

「それには、旨い料理も出るのか?」

「もちろん出るとも。たこ焼きにクレープ、大判焼き。去年は蓮根天ぷらを作ったクラスもあったかな」

 想像もつかない料理名が並んだが、口の中に涎が充満してきた。

「その文化祭が三週間後の週末にあって、事務局である生徒会は大忙し。で、もしファテルベルクくんさえ良ければ手伝ってくれないか、と思ったわけだ」

 俺はしばらく腕を組んで考えた。暇などない。この世界を征服する手段を、寸暇を惜しんで考えなければならないからだ。

 しかし、文化祭は気になる……。

「手伝いとは、具体的に何をするのだ?」

「主なところで言うと、予算の管理、参加団体との情報共有や各種相談、擦り合わせ、それから掃除、荷物運び、いざこざの調停、お茶くみ……」

「おい、それは要するに雑用ではないか?」

 俺の質問に、天野は笑顔でこくりと頷いた。

「ふざけるな! 天下に轟く名士、ファテルベルク家の次期当主たるこの俺が雑用だと。よりにもよって人間の世話をするだと。冗談も休み休み言え! 普通は逆だろ、人間どもが俺の世話をするのだ。話にならん、帰らせてもらう」

 こんな男の話に少しでも耳を傾けた俺が馬鹿だった。

 俺は踵を返して生徒会室を出ようとした。

「ファテルベルクくん、君は生徒会長になりたいのだろ? 生徒会長としてこの学校を支配したい」

 俺は足を止めた。

「そのためには選挙に勝つ必要がある。そして勝つためには何と言っても知名度勝負だ。兎にも角にも、顔と名前を売って、こいつすげぇじゃん、やる時はやるじゃん、格好良い、頼りになる、って多くの人から思ってもらう必要がある。さっきも言った通り、投票する理由は人それぞれだ。出来るだけ多くの人に出来るだけ多くの自分を見せて、信頼を勝ち得ないといけない。……ところで今度の生徒会長選挙がいつあるか知っているかい。来月、文化祭が終わったあとだ」

 俺は振り返って天野の顔を見た。全てを見透かすような目が俺の動きを追っていた。

「何が、言いたい?」

「時間がない中で、効率よく名前を売っていくには、生徒会で働いてみるっていうのも一つの手かな、と思っただけさ。働き次第によっては、僕は義兄弟として、今度の選挙、君の推薦人になっても良いと思っている」

 天野の話を頭の中で吟味する。今回はたまたま運がなかっただけで、本来の俺の力を以てすれば、天野を打ちのめすことなど容易い。しかし今は天野を利用するだけ利用した方が得策じゃないだろうか……。

 俺はしばらく考えたあと、ゆっくりと天野のところへ近づいた。

「俺の力がどうしても必要ということならばしかたあるまい。時には臣民のために尽くすことも将来の帝王としては必要だろう」

 と言って、俺はずっと天野が差し出し続けていた手をようやく握った。

「……案外単純?」

 という聡美の呟き声は、きっと幻聴だろう。

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