表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

不倫女の末路

作者: ナリタリコ

四十九日は死者にとって、どんなものだと思いますか?

私は現在四十九日の身のようです。

自分の身に、こんな日がくるとは……

まさか一人寂しく最期を迎えるとは……

亡くなった父が目の前に現れ気付いたら温かさと強い光に包まれて自分の姿を見ていました。

誰にも気付かれず漂っています。


少ししたら娘達が来てくれました。

抱きしめてあげる事はできません。

娘達が泣いてくれました。

私も隣で泣きました。

娘達が謝っていました。

私も隣で謝りました。

娘達が手を握ってくれました。

私も手を握りました。


次女は冷たくなっていく私を怖いと言って体を拭いてくれません。

長女は頑張って涙をこらえて旅立ちの準備をしてくれました。

姉妹で全く性格の違う二人。こんな時でも個性って出るんですね。母として少し驚きました。笑ってしまいました。


緩和病棟に移ったので最期が近いことを悟ってはいました。

痛みとの戦いの日々、モルヒネで薄れゆく意識、あっという間に訪れました。

末期の乳癌でした。

罰が当たったのでしょう。

家族を捨てた罰。

子供達を傷つけた罰。

神様に命乞いした時は既に手遅れでした。


病気が分かった時、自分に時間が無いと分かった時、どうしようもなく娘に会いたくなりました。

気持ちを抑えられず二十年ぶりに自分勝手を承知で連絡しました。


「もしもし、お母さん乳癌になったの。死ぬんだって。会いたい。病院に来て。」

「はぁ?今更何?自分がしたこと分かってる?」

「分かってるけど会いたいの。お願い。」


そんなやり取りをし電話が荒々しく切れてしまったのを覚えています。必死で涙を堪えている娘が浮かびました。


何故あの時…

あんなことを…

死が迫れば迫る程、自分の行いと向き合わされます。医師から病状の説明を受ける度、残された時間が僅かなのだと知らされます。


とても幸せだった私の人生が壊れ始めたのは娘達が小学生になった頃です。

子宮筋腫を患い女性としての機能を失ってからです。

女として終わった気がしました。

情緒不安定になりました。

女として失格…

母として失格…

誰かに言われた訳ではないのに自分で強く思い込んでいました。

誰も私の辛さを分かってくれる人なんかいない…と。

家族がドンドン遠くにいってしまうような強い孤独感に襲われました。軽蔑されている気になりました。自分をコントロールできない苛立ちから逃げたくて逃げたくて仕方がありませんでした。ヒステリックな自分。毎日が必死でした。

そんな時です。

出会い系サイトを知ったのは………

遊び半分で登録してみると私のことを何も知らない男性が女性扱いしてくれました。愛されている気がしました。元の自分に、女に戻れた気がしました。辛い現実から逃げられる気がしました。不特定多数の男性と関係をもちました。許されないことだと分かっていても女性として扱ってもらえる悦びで私の心は満たされ家族に優しく接することができました。止められませんでした。

嘘をつき通すつもりだったのに…

家族を守る為だったのに…

誰にも知られてはいけないことなのに…

ある日突然不安定な自分に逆戻りしたのです。

そのキッカケは長女の初潮です。

自分は月経がない欠陥品だと言われている気がしました。いくら頑張っても戻らない自分の体。

普通なら喜ばしいお祝いなのに喜んであげるどころか、その日から長女にだけ冷たく接するようになりました。

そんな変化に気付いた夫が私を注意した時です。私の中の何かがプツンと切れてしまったのは…

翌日初めてその日知り合ったばかりの男と外泊しました。

朝帰りした私を体調不良で学校を休んだ長女が優しく迎えてくれました。辛くあたっているのに心配してくれていました。長女の優しさが自分の体と心への劣等感、母としての至らなさを更に強くしました。どうしようもない怒りと行き場のない悲しさが内側から溢れました。

何故でしょう、私は彼女に不倫をしていることをサラリと打ち明けてしまいました。

子供には辛すぎる現実を突きつけてしまったのです。

彼女は泣き崩れました。

「どうして?どうして?」と連呼していました。

私は彼女の泣き顔を見て事の重大さに気付きました。

慌てて自分を守りたい一心で

「パパには言わないでね。言ったら家族が壊れちゃうから。」

と吐き捨ててしまいました。

何て罪を背負わせてしまったのでしょう。

彼女は涙を浮かべながら頷きました。

それから一年長女は何も無かったように振舞ってくれました。彼女が時々見せる悲しい顔が、いつか夫に話してしまうのではないかという不安を煽りました。そして、その不安がピークに達し頻繁に外泊するようになりました。

仕事だと嘘をつきました。

夫に不倫を疑われました。

正直に打ち明けました。

家族を壊しました。

安心している自分がいました。

一人になってしまう悲しさで自ら打ち明けたのに長女を責めました。

「家族を壊したのは貴方よ。貴方のせいよ。」と…

誰かのせいにしたかっただけです。


話し合いの末、私が家を出ることにしました。娘達は泣いていました。

あの顔は一生忘れられません。


数日後、夫に離婚について電話をした時です。

長女が「家族を壊したのは私。私が悪い子だから。ママは悪くない。許してあげて。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」

と夫に謝ったことを知らされました。いくら違うと言っても自分を責めてばかりいて泣いてばかりで精神的に不安定になり暫く学校を休ませることになったことを聞きました。

長女に謝りたいと申し出ましたが拒否されました。

離婚成立後、子供に会いたいと手紙を何通も出しましたが返事はきませんでした。


子供に会いたい気持ちを誤魔化すために出会い系サイトで優しくしてくれる男性を探しました。そのうちの一人の家に転がり込みました。それなりに平凡な生活を送りましたが家族を捨てた罪悪感で、いくら優しい人を選んでも長続きしませんでした。

一人暮らしを始めて身を粉にして働いても罪悪感が消えることはありませんでした。


長い年月を経て病が発覚しました。

死ぬのが怖いはずなのに娘達に会うチャンスが貰えた気がして嬉しかったのを覚えています。


娘達に連絡をした数日後、お見舞いに来てくれました。電話の時あんなに怒っていたのに何故来てくれたのかは不思議でしたが、とても嬉しくて涙が出ました。久しぶり過ぎて何を話していいか分からず病状を精一杯説明しました。二人とも30分程で帰ってしまいましたが久しぶりに温かい時間が流れました。一週間に2回程来てくれるようになりました。子供に少しでも多く会いたい一心で抗ガン剤治療に臨みましたが想像以上に壮絶で、もう二度と延命治療はしたくないと医師に伝えました。

日に日に弱っていく体、朝目が覚めた時の有り難さ、今日が何日なのか何曜日なのかも分からない程の毎日でした。

そんなある日、照れ臭そうな娘達と看護師さん一緒に病室へ来ました。私の誕生日をお祝いしてくれました。これが最後の誕生日会になることが分かっていました。感動しました。誕生日をお祝いしてもらって生まれて初めて涙が出ました。娘達と最後の写真を撮ってもらいました。娘達が来れない時は写真を眺めて嬉しかった気持ちを噛み締めていました。娘達が来る時間に、ちゃんとした自分でいたかったので痛み止めは極力我慢しました。日に日に意識が戻る時間が短くなり、旅立つ時間が迫っていることが分かってきていました。


今に至るまで、どうして娘達がお見舞いに来てくれたのかが分かりませんでした。

不思議なのですが長女を見ると、ある光景が見えました。

夫が娘達に伝えてくれていました。

「死んでいく人間を恨んでいたら自分だけが辛いままだぞ。母親は一人なんだから、ちゃんと会ってきて最期まで見て来なさい。」と。


私は気付きました。

女失格、

母失格、

妻失格、

と思い込んでいたのは自分だけだったことに。

娘達も夫も、ちゃんと母として妻として深い愛情で包んでくれていたんだと。


亡くなった父が目の前に現れた時、私は数時間したら娘達が来るから少しだけ時間が欲しいと強く願いました。ですが、その時間は与えられませんでした。

独りが大嫌いな私が孤独に迎えてしまった最期……

これが家族を捨てた罰なのでしょうか。

報いなのでしょうか。

自分がしたことは自分に返ってくる因果応報とは本当なのですね。


これから自分が、どうなっていくのか分かりませんが許される限り家族のそばに居ることにします。今となっては何もできない自分に歯がゆい想いもするでしょう。それでも家族のそばに居たいのです。

この気持ちが、あの時芽生えていたら………

私の最期は愛する人達に看取ってもらえたのでしょうか。

ごめんね。

ありがとう。

私を母親にしてくれて妻にしてくれて、ありがとう。


私のことは早く忘れて娘も夫も幸せになりますように。

忘れられても永遠に貴方達の幸せを祈り続けます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ