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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
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章外17 新たな従騎士

 神暦721年 剣の月04日 地曜日


「こうしてわが国(カノヴァス)における騎士の名門、アモーロス家の令嬢を迎え入れる事が出来るとは…真に光栄の至りですなぁ…。」


 ヴァレリーの町、その城砦内。

 明り取りの窓から差し込む西日に照らされた廊下を歩きながら、ヴァレリー騎士団第一騎士隊隊長であるケリングは口を開く。

 騎士というには些か細身の身体、左右に綺麗に分けられ軽くカールした金髪。

 やはりカールした口髭を持つ彼の顔は作られた笑みにゆがめられ、口調は無闇に明るく丁寧であった。


 そんな彼と並んで歩くのは一人の少女。

 いや、先日無事成人の儀を迎えた以上、娘と呼ぶべきか。

 女性としてはやや大柄であるが、隣のケリングと比べてもその身は尚細い。

 肩でばっさりと切り揃えられた絹糸のようにつややかな金髪の下、その生真面目そうな性格が窺える貌を前に向けたまま、彼女は軽く頷いた。


「そうそう、前回の王都剣術競技会(トーナメント)の決勝、お父上の試合を拝見いたしました。生憎と敗れはしたものの、王国一の剣士たるアルノルス騎士団長に一歩も引かない腕前、このケリング心から感服いたしました。」


 ケリングは声を高めてそう賞賛する。

 だがそれを、娘---キャロル・アモーロスは冷めた心で聞いていた。


(あの決勝など…第一試合の凄まじさの前では、もはや余興にすらならない。)


 観戦した王都の民が口をそろえて言うように、身内である彼女から見ても実質的な決勝戦は第一試合のアルノルス対ラザール戦であった。


(しかし…王都を離れれば下心を隠して近寄ってくる者も減るかと思ったが…ヴァレリー程度の距離では変わらないか。)


 そういった心中でのぼやきを、つい表情に出してしまったキャロル。

 そんな彼女の眉の動きを見てそれをどう誤解したのか、ケリングは慌てて話題を変えた。


「それで…王都では剣術はどなたに?」


「はい、父の伝でオーレリー・アレマン殿に師事致しました。」


「ほう、アルマン殿ですか。王都剣術競技会でも本戦に進まれた、かなりの実力者ですな。…っと。」


 話題が再び王都剣術競技会に戻ってきて、慌てて再び話題を探すケリング。

 だが彼はすぐにそれをやめ、咳払い一つと共に他の物と比べれば重厚な扉の前で足を止めた。


「こちらが我がヴァレリー騎士団団長、アルノルス殿の執務室となります。」


 そして彼が扉をたたくと、中から返事が聞こえてくる。


(ここが、あのアルノルス殿の執務室か…。)


 キャロルにとっての憧れの剣士の一人であるアルノルスとの対面を控え、ここにきて彼女の身体は僅かな緊張に包まれる。

 だがいつまでも扉の前でぐずぐずしている訳にもいかない。

 彼女は深呼吸を一つしてから、扉を開け部屋に入った。


「キャロル・アモーロス、ヴァレリー騎士団従騎士着任の為只今到着いたしました!」





 割り当てられた自室。

 そこに入って扉の簡易な閂を下ろすと、キャロルはそのまま部屋備え付けの2段ベッドの下の段に正面から倒れこんだ。

 かすかに埃っぽいマットの臭いが鼻をくすぐる。


(…いや、これは埃そのものか?)


 アルノルス達から聞いた話では、ここ数年騎士団に女性騎士はいなかったという話だ。

 だとすれば、この部屋もマットも自分の着任が決まってから掃除したものだろう。


(それにしても…やはりアルノルス殿は立派な御仁であった。)


 先ほどの対面を思いだし、身震いと共にかすかに身体が熱くなる。

 集められたヴァレリー騎士団各騎士隊の隊長・副長格と共に、彼女にとっての伝説が眼前に居たのだ。

 そんな状況を前にして、心が躍らずにいられようか。

 そんな彼女の気の高ぶりも、決して異常というわけではない。

 剣の道を志す者で彼の栄光を知っている者であれば、誰もが同じ反応を返すであろう。


(彼の一挙手一投足、すべてが自分の周りの者達とは違って見えた…。確かに、憧れから来る贔屓目と言われれば否定はしないが…いつか自分も、あの境地に近づけるのだろうか…。)


 そう自分の将来に思いを馳せながら、思考はアルノルスとの話に移る。


(そういえば私が配属されるのは第一騎士隊との事だが…あの隊長(ケリング)の下というのは些か不安だ。だが、トマジと名乗った副隊長は叩き上げらしく、ざっくばらんな性格をしていた。ああいった人間の方がまだ信用できる。それに、私の配属先については隊長格が全員一致で第一騎士隊が妥当だと言っていた。もし先達の女性騎士がいるのであればそれと一緒にされる物だろう、居ないのであれば何か別の理由があるのだろう…。)


 そんな事を考えながら、のろのろと体を起こす。

 部屋を見渡してみれば、荷物はまとめられて部屋の隅に置かれ、ベッドの上のマットには折りたたまれたシーツが置かれているだけだ。


(騎士団には自分しか女性騎士はいない…となると、この部屋を一人で使うのか…なんとも贅沢な事だ。)


 実家の部屋とは比べようも無いほどに質素な部屋を見回しながら自嘲気味な笑みを浮かべた後で、軽く気合を入れる。


「まずはベッドの支度からか…。」


 騎士団での従騎士としての生活は、基本的に自分の事は自分で行わなければならない。

 騎士として従軍する際には自費で従者を雇う事は認められているが、それも輜重を率いる戦争時のみだ。

 騎士隊のみで任務を行う時は彼らを引き連れる事もできない。

 なので実家ではその辺りの事も学んできた。


「だが実際に自分のベッドを整えるのは初めてか…さて、うまく行くかな?」


 そう呟いて彼女はベッドメイクに取り掛かる。

 その後、小半刻を費やして整えられたベッドは屋敷の侍女達が行った物と比べればかなり粗雑な物ではあったが、彼女はその出来栄えに満足すると再びベッドに倒れ込み、やがて小さな寝息を立て始めた…。





 神暦721年 剣の月05日 地曜日


 翌日、鐘の音で目を覚ましたキャロルは寝ぼけ眼のまま枕元のサイドボードに手を伸ばす。

 だがいつまでたっても目当ての呼び鈴が見つからず、体を起こした所でやっとそこが慣れ親しんだ実家の自室ではない事を思い出す。


「まぁ、初日だからな…。」


 そう呟いた後に、ベッドを抜け出して身支度を始める。

 だが、彼女を待って居たのは身支度の前の荷解きであった。



 とりあえずの着替えと身の回りの物を荷物から引っ張り出し、身支度を整えたキャロルは部屋を出た。

 洗面所で顔を洗い、軽く口をすすぐ。

 そういえば昨晩は食事を摂っていなかった…口をすすいだついでに飲んだ水の所為で臓腑も目が覚めたのか、さかんに空腹を訴える身体を無視して彼女は汗拭き用の手ぬぐいを手に練兵所へ向かう。

 ちなみに、城砦のこの区画は他の場所から隔離されており、一般の騎士達は用がなければ立ち入る事を許されていない。

 薄暗い廊下を抜け、その行き止まりにある頑丈な扉を開けると、目の前には昨日城砦に入る際に通った練兵場が見渡せた。

 そのそこかしこで騎士や衛士達が思い思いに柔軟や走り込み、素振りなどで体を動かしたり、集まって会話に花を咲かせたりしていた。

 そこに現れた見慣れぬ女性。

 彼らの一部から向けられる遠慮のない視線に内心怯みつつ、彼女は平静を装って近くの者と挨拶を交わす。


(まず初めは他の連中から舐められない様に…それが大事だと兄様は言っていた。)


 そして練兵場の隅に移動すると、彼女も柔軟を始める。

 その間も隙あらばぐうぐうと空腹を訴える胃をなだめながら周囲を窺う。

 最初は気になった視線も、すぐに興味をなくしたのか今はほとんど感じない。

 だが若い騎士達の一団が時折遠慮のない視線を向けてくることには、流石に彼女も気が付いた。


(兄上は『さかった』若い騎士達には気を許すなと言っていたが…『さかった』の意味は言葉を濁して教えてくれなかったな。)


 そんな事を考えながら柔軟を終え、練兵場の外周を走り出す。

 まずは目に付いた騎士にペースを合わせ、その後ろについて走る。

 だが、一周もすると息が上がり、付いて走る事もできなくなる。


(おかしいな…アレマン殿は体力的には十分だと言っていたが…。)


 走る騎士達の邪魔にならぬ位置で足を止め、息を整える。

 そして再び別の騎士の後を走るが、結果は同じであった。


(おかしい、彼らは既に何周もしている筈なのに、追従する事もできない…これが男達との地力の差か?)


 実家では師匠であるアルマンから一対一で剣術を習うのみで、騎士達に混じって鍛練する事はなかった。

 なので、アルマンからのお墨付きを貰いそれなりの腕だと自負していた彼女にとって、体力のなさは予想外であった。


(ま、まぁ、彼らは何年も鍛練をしているのだ。私であればそれ以上の鍛練ですぐに追いつくこともたやすい。)


 そう自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせつつ、再び走り出そうとして共に走る相手を探していた彼女の目に、一人の騎士が目に付いた。


 他の騎士達に比べて些か低い背、そして明らかに細い身体。

 長い黒髪をひとまとめにして背に垂らし、ただ前を向いて走っていた。


(黒髪とは珍しい。それに長く…見るからにとてもつややかだ。いや、だが、騎士としてはあるまじき軟弱な身形!自分でさえ、騎士を目指すと決意した時に女を捨て、髪を切り落としたというのに。)


 最初は見蕩れていた彼女であったが、すぐに我を取り戻すと次には自らの髪を切った際の決意とその後の喪失感を思い出して僅かな腹立を覚える。

 キャロルはきっとその騎士の背を睨むと、それを追いかけて駆け出したのであった。



 地面を蹴る度にキャロルの身体は前へと進み、騎士の背中が迫ってくる。

 間もなくその背に追いつき、そしてそれを追い越した。


(なんてことは無い、私だって、全力を出せば引けをとることなど…。)


 そう心中で呟きながら追い抜いた騎士をちらと振り返り、口元に笑みを浮かべる事で勝利宣言とする。

 そしてそのまま走り続けるキャロルであったが、いつまでもそのペースを保てる筈はない。

 やがて呼吸に苦しみ、彼女の足はその思いに反して前に出なくなる。


(くっ、この程度で…。)


 歯を食いしばり、さらに前へ進もうとするキャロル。

 だが無理をした事が祟り、意思について来られずに絡んだ足の所為でそのバランスを大きく崩す。


「あっ!」


 酸欠で朦朧とする意識の中、気付いた時には既に地面は目前。

 受身を取る事もなく、目を瞑って衝撃に備える彼女であったが、いつまで経ってもその身体は地面に着かなかった。


「…えっ?」


 恐る恐る目を開くと、彼女の身体は地面の前、半キュビット(0.22m)程度で止まっていた。


「まったく、早く自分で起きなさい、重いんだから。」


 そう声を掛けられ膝から下ろされるキャロル。

 地面に座り込んだ彼女が振り返ると、そこには先ほど追い抜いた騎士が居た。


「とりあえずここは邪魔になるから…そっちに退くわよ?」


 騎士はそう言って、キャロルに手を差し伸べた。




 走る騎士達の邪魔にならぬ位置に移動すると、キャロルは再びへたり込む。

 乱れた呼吸は収まらないが、荒い息を続けながらも相手を観察する。

 細い身体、長い髪。

 そして軽く息を乱しつつ、少し苛立たしげに、だが優しさの混じった表情でこちらを見つめているきりっとした風貌。

 そんな騎士が口を開く。


「ペースが無茶苦茶よ。鍛練をしているつもりなら、他人を追い抜く事よりも自分のペースを見つけて長時間走る事を考えなさい。速度を上げるのはそれからよ。」


 女っぽい口調が妙に気になるが、素直に頷くキャロル。

 そして彼女は助けてもらってからまだ礼を言っていないことを思い出して口を開くが、それは横から割り込んできた声に遮られた。


「お姉様、お疲れ様です!こちら、汗拭きですわ!!」


「ありがとう、マリオン。」


 声に振り向けば、そこには乗馬服を着込み、籠を携えた少女---マリオンがいた。

 その彼女に渡された手ぬぐいで汗を拭う騎士---ユーリアに、マリオンは手持ちの籠から水差しとカップを取り出すと甲斐甲斐しくもその中身をカップに注いでユーリアに渡した。

 そして彼女はそれを一息で飲み干す。

 その男らしくも妙な色気が漂うユーリアの喉元に目を奪われ、キャロルは思わず生唾を飲み込んだ。


「?」


 一息ついたユーリアとキャロルの視線が交わる。

 我に帰ったキャロルは慌てて明後日の方を向くが、ふとに視線を落としたユーリアはマリオンから水差しを受け取ると、その中身をカップに注いで差し出す。


「走って汗をかいたのなら、水分は取っておきなさい。」


 そう言って差し出されたカップを、思わず受け取ってしまうキャロル。

 そのカップに視線を落とせば、かすかな柑橘類と蜂蜜の香りが、彼女に空腹を思い出させる。


「い、頂きます。」


 そう呟いてからにカップを付ける。

 蜂蜜の甘さと柑橘類のすっぱさ、そしてほのかな塩味が空っぽの胃に染み渡る。


「ふう。」


 はしたないと思わないでもないが、滋養を欲する本能のままにそれを一息で飲み干してキャロルは大きく息をつく。


「あんまり飲み過ぎると、かえって疲れちゃうから一杯だけね。」


 そう言ってカップを受け取ろうと手を差し出すユーリア。

 キャロルは軽く会釈してそれを渡す。


「ご馳走様でした。それに、先ほどの件も…。助かりました。」


「いいえ、どう致しまして。」


 そう答えるユーリアの微笑みに、思わずキャロルも微笑を返す。


「味の方はいかがでした?私がお姉様と一緒に作った特別製の果実水ですの。」


「ええ、初めて飲みましたが非常に飲みやすい…お姉様!?」


 キャロルは言われて初めてその事実に気付き、思わずまじまじとユーリアを見つめる。

 確かに、薄くはあるが彼女の腰周りの肉の付き方は女性特有の物であり、また上半身の肩幅も男性ほどではない。


「確かに女性だ…しかし、騎士隊に女性は…。」


 目を白黒し、思わず呟くキャロル。

 ユーリアはそんなキャロルを苦笑を浮かべて見つめていた。




「失礼、キャロル・アモーロス殿ですね?」


 そんな彼女に声が掛けられる。

 一同が振り向けば、そこには従騎士達の一団…そして声をかけたのは先頭のテオだ。

 彼女よりも頭一つ高い位置にある生真面目そうな貌に薄く笑みを浮かべて、優しげな眼差しで彼女を見下ろしている。


「第一騎士隊の従騎士、テオドールです。騎士隊所属の従騎士班のうちの一つのリーダーをしています。あとで正式な発表があると思いますが、キャロル殿にはうちの班に所属していただく事になりました。うちの班はその…ユーリアも参加する事が多いので、他の班よりも気兼ねなく過ごせるだろうとの団長からの心遣いです。」


 その言葉にキャロルがユーリアを振り返れば、彼女はニヤニヤと笑みを浮かべて手を振っている。


「ですが、騎士団に女騎士は私一人だと聞いていたのですが?」


「それは…。」


 テオはちらりとユーリアに視線を向ける。

 そして彼女が頷いてるのを認めると、再び口を開いた。


「彼女はお屋敷勤めとなるので正確には騎士団のメンバーではありません。ですが団長の縁戚という事もあり、剣術の鍛練に参加することが認められています。ここの騎士団では食事は執政館に使用人たちと共に摂る事になりますので、何かと顔を合わせる機会も多いでしょう。心配事の相談や他の団員には話しづらい事があれば、彼女や従軍司祭であるリリー様にお話しするのがよいでしょう。」


「そうなのですか…分かりました。よろしくお願いします。」


 テオの言葉にとりあえずは納得したのか、キャロルは従騎士達に向けて自己紹介をする。

 そして残りのメンバーがそれぞれ挨拶をし終わったあとに、テオが手を打ち鳴らす。


「ではそろそろ丁度いい時間だ…自己紹介の続きは朝食を摂りながら行おう。」


 彼の提案に、一同は黙って頷いた。




「へぇ、アモーロス家って言えば、騎士の名門じゃん!」


「先祖代々王都で騎士団長…ってすげーな。」


「実家ではオーレリー・アルマンに師事?知ってる知ってる、トーナメントの本戦に出てたよな。」


 キャロルを中心に、わいわいと盛り上がる従騎士達。

 彼らに囲まれたキャロルはといえば、彼らの勢いに内心引きつつも愛想笑いで質問に答えている。

 だが時折彼女の視線が向かう先は、マリオンとマリエルそして彼女達と話しているユーリアだ。


「蜂蜜はもう少し増やしたほうが…。」


「でもそれでは後味にべたつきが…。」


「あまり冷し過ぎるのも良くないわよ?」


 彼女達は顔を突き合わせ、先ほどの果実水について意見を交わしていた。


「彼女達の事が気になるかい?ごめんね、囲んじゃって。」


 彼女の視線に気付いたのか、従騎士の一人が聞いてくる…いや、従騎士にしては些か服装が華美過ぎる。

 服装から推測するに、おそらく従者か---。


「おいニコラス、いつの間に割り込んでんだよ?」


 周囲の従騎士達からその従者?に文句が飛ぶが、彼は涼しい顔で受け流す。


「僕は困っているお嬢さんを見ると放って置けなくてね。しかし、君達は新しい女性が来る度にいつもいつもまとわりついて…いい加減に学習したまえ。あ、僕の名前はニコラス・マトー。お屋敷で従者をしているんだ。よろしく。」


 そして差し出された手を思わず握り返すキャロル。

 彼はその手を軽く握ったあと、両手で覆って撫で回す。


「ひっ!」


 その感触に、思わず小さな悲鳴を上げるキャロル。

 だがニコラスは悪びれる風もなくその手を解放する。


「さすが従騎士だけあって力強い手だね。でもそれは民を守る手、僕は美しいと思うよ?」


 だが彼の言葉に、キャロルの眉が僅かに歪んだ。


(私は騎士になると決めた時に女を捨てた。そんな私に綺麗などと…。)


 そして少し俯く彼女を見て、従騎士達は慌て出す。


(やべっ、何かまずい所を踏んだか?)


(おい、何か別の話題!)


 そう目配せを交わした彼らは、咄嗟に思いついた話題に変える。


「そ、そういえばキャロルには目標とする騎士とかっている?」


 ポールの質問に、他の従騎士達は大きく頷いた。


(ナイスだポール。)


 従騎士達の評価は一致する。

 それは騎士達が集まった時の定番の話題だ。

 大抵の騎士は誰か目標とする騎士に憧れて同じ道を進み、その相手の背中を目指すものだ。

 その話題にキャロルも気分を変えたのか、微笑を浮かべて答える。


「女の身の私が目標とするのはおこがましいかも知れませんが…前回の王都剣術競技会(トーナメント)一回戦、そのアルノルス殿とデファンスのラザール殿の試合には心奪われました。」


 彼女の告白に、一同は揃って頷く。


「へー、そうなんだ。そういえば、あの試合を見た奴はみんなそう言うよな。かーっ、俺も見たかったなぁ。」


「だったらやっぱりヴァレリーに来たのは団長に憧れて?」


 今度はユーリの質問に、キャロルは勢い込んで頷いた。


「俺たちの中じゃ試合を直接見たのはテオぐらいのものだけど、やっぱり凄かったって言ってたし…そういえば一時期、ラザール殿の御子息にお会いしたって自慢げに言ってた事も有ったよな。」


 そのリリアンの言葉にキャロルがテオドールに振り向くと、彼は照れくさげに頭をかいた。


「もっとも、本当に会って言葉を交わしただけなんだけどな。時間があれば、お手合わせ願ったんだが…まぁ、ユーリアの伝があれば、それも叶うかもな。」


 その言葉に、キャロルは首を傾げる。


(そういえば、彼女には名前しか聞いていなかったが…ヴィエルニ?まさか!)


「ああ、彼女はヴィエルニ伯の令嬢で、その伯父がラザール殿なんだよ。血は直接は繋がってないらしいけどね。んで、さらにその従兄弟がここの騎士団長。ある意味、本当に恵まれた奴だよな。ってそうか、そういえばユーリアも試合を見たって言ってたよな。」


 その言葉に、キャロルも含めて従騎士達の視線が一斉にユーリアに向く。

 その彼女はといえば、その視線を気にもせずに涼しい顔で食事を続けていた。


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