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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
92/124

3-10 近侍と侍女と2人の関係

ある意味、この話がこの作品のルビコン川です。

いざ、上流を目指して!  (渡れよ。)


2015/04/12 劇中日付修正

 マリオンとの関係が変わったきっかけ…それを思い返せば、ユニスさんの帰郷の日まで遡る。



 ある春の日、私達同僚に見送られ故郷へと帰っていったユニスさん。

 その出立の直前まで彼女は見送るカスティヘルミさんに「くれぐれも自重してください。」と近しい者以外には通じないようにぼかした上で、同僚への手出しを控えるよう釘を刺していた。

 それに対して当のカスティヘルミさんは「ええ、大丈夫です。いつも言われてますもの。」といつもと変わらぬ笑顔で答えており、私達はその笑顔に安心し…そして油断してしまっていた。



 その後、同僚達に笑顔で…あるいは涙と共に見送られユニスさんは故郷へと旅立っていったのだが、実の所あのカスティヘルミ(いろぼけエルフ)は何ひとつ諦めていなかったのだ。




「まぁ、おね…ユーリアさんとですか?」


 マリオンはカスティヘルミの話に驚き、大きく目を見開いて聞き返した。

 とある日の昼下がりのお茶の時間。

 侯爵夫人(イザベル)の居室の隣、衣装室の中で2人は繕い物をしていた。

 その時間、その部屋の主人はパメラをつれて義理の娘(ジャンヌ)の部屋へお茶にお呼ばれして出かけていたため、居室には誰もいない。


 主人不在の間2人は休みなく手を動かし続けていたが、あれやこれやところころと変わっていた話題はいつしかユーリアにまつわる物になり、その後カスティヘルミの口から飛び出したのはユーリアとの同衾発言だった。



「はい。以前、故郷の珍しいお酒が手に入った事がありまして、それをユーリアさんにお勧めしたのですが…その時に彼女は事の他そのお酒を気に入られた様で…少々度を過ぎてしまった事がありました。」


 昔日を思い出すかのように天井へ視線を向けていたカスティヘルミは、そこまで言うとマリオンをちらと窺う。

 彼女はカスティヘルミの言葉に衝撃を受けつつも、手を止めて話を聞くために身を乗り出している。


「仕方がないので、酔いつぶれたユーリアさんを介抱のために私の部屋へお連れしたのですが…ふふっ、体を楽にするために服を脱がせたのですが、想像以上に引き締まった体つきに私、思わず見惚れてしまいました。」


「そ、それでどうなりましたの?」


 マリオンが勢い込んで話の続きを促すと、カスティヘルミは薄く微笑を浮かべた。



「そしてそのうちに彼女も目を覚ましたのですが…その時の仕草があまりにも可愛くって…うふ、つい唇を奪ってしまいました。」


 彼女は小指を唇に導くと、それをなぞる。

 常日頃の清楚なイメージと妙に艶かしいその仕草とのギャップに、マリオンはごくりと唾を飲む。


「そしてそのままそれを幾度も繰り返すうちに彼女は私の耳を優しく撫でて…ご存知ですか?森妖精(エルフ)にとって、相手の耳に触るのは親愛の情を示すとても重大な行為なのですよ?」


「そ、そのような事が…。」


 彼女の説明に、マリオンは目を見開き、小さく「嘘ですわ…。」と呟く。


(そんな…お姉様はより良い縁談のための行儀見習と仰っていたのに…それなのに、見目麗しい森妖精であるカスティヘルミ様相手とはいえ、同性に愛を囁くなんて…。)


「いいえ、事実です。そして彼女は激しく私を求めてきました…何度も何度も。あまりに情熱的な彼女の責めに私は何度も許しを請い願ったのですが、彼女はちっとも聞き入れてくれなくって…でも、彼女の強引な態度に私はすっかり参ってしまって、何度も高みへ導かれてしまいましたわ。」


 そして当時の興奮を思い出したかのようにため息をつく。

 だが、彼女はすぐにその表情を悲しげに歪めた。


「でも彼女とはそれっきり。気恥ずかしさからか、私を避ける事が多くなってしまって…。」


「そんな、お姉さまが…。」


(ショックですわ…お姉様とカスティヘルミ様との間にそんな事があっただなんて…。)


「私は…少し貴方が羨ましいのです。ユーリアさんと親しい貴方なら、さぞや彼女に可愛がられているのだろうと。ふふ、みっともないですわね。こんなに若い貴方に嫉妬するなんて。」


 そうして自嘲気味にため息をついてみせる。

 だが、マリオンにはその発言もほとんどが耳に入ってもいない。


(でも、それでしたら私にも…。)


「マリオンさん?」


「は、はいっ!?」


 急に名前を呼ばれて、慌ててカスティヘルミの話に意識を戻すマリオン。

 そんな彼女の手をカスティヘルミは両手で包み込む。


「もし叶うのならば、今でもあの夜の事が忘れられない…とユーリアさんに伝えては頂けませんか?私には…彼女と2人っきりになれる機会が作れないので…。」


 彼女の願いに、マリオンは戸惑いながらもゆっくりと頷く。

 だが突然のカスティヘルミからの衝撃の告白に、今だ動揺から抜け出せないマリオンは彼女の口元が笑みに歪んでいる事にすら気付きはしなかったのだ。





「さて…と、そろそろ寝ましょうかね。」



 机についていた私は開いていた本を閉じると、背伸びをしながらマリオンに告げた。

 いつもの2人の居室。

 いつもの様に部屋を訪れていたエミリー達も、しばらく前に自室に帰っていた。

 だが、室内からの反応はない。

 ひょっとしてもう寝付いてしまったかと振り返ると、少し俯いたマリオンは私のベッドの上で横座りをして髪をいじっていた。


「マリオン、そろそろ寝ましょう?」


「ひゃっ!」


 私に再度声をかけられ、やっとそれに気付いたのか素っ頓狂な声を上げるマリオン。

 そして眼をぱちくりとしながら、こちらに顔を向ける。


「お、お姉様、何か?」


「だから、そろそろ寝ましょうって…聞いていなかったようね。」


 私がため息混じりに答えると、マリオンは小さく謝る。

 今夜は既に食事も入浴も済ませ、寝支度もほぼ終えていた。

 他の部屋みんなもほとんどが床についているのだろう、寒の戻りでいつもよりも少し冷えた室内は非常に静かだ。


「春だといっても今日は少し冷えるわね…こういう時、一緒に貴女が寝てくれるのがつくづくありがたいと思うわ。」


 そう言ってベッドに歩み寄って腰を下ろすと、マリオンは慌てて壁際に身を引く。

 そして妙に熱の篭った視線でこちらを見つめてくる。

 んん?

 そういえば、どうも今日はマリオンの様子がおかしい。

 ぼうっと物思いに耽ったり、妙に私から距離を取ったかと思うと、逆にべたべたしてきたりと…。

 それに今も、彼女の動作はあまりにも急だった。

 私がベッドに入るにはそのスペースを空けてもらう必要があるが、それにしても、だ。


「マリオン、貴女…体調でも悪いの?」


「いえ、そんな事は…ありませんわ。」


 私の問いに首を振るマリオン。

 だが慌てて私から視線を逸らす彼女の顔は妙に赤い。

 私は彼女ににじり寄ると、その肩に手を置いてから目を閉じて彼女に顔を近づける。


「えっと、そのっ、あっ、お、お姉様、何を…!?」


「じっとしてなさい。すぐ済むから。」


 そうしておでこ同士を軽く当てて熱を測る。

 うーん、これは…少し…あるわね。

 目を閉じたままそう考える私に、マリオンの吐息がかかる。

 それも少し熱っぽい様に感じる。


「風邪かしらね…頭の痛みとか、苦しい所とかない?」


「いえ、痛くはありませんわ。しいて言うなら、胸が少し苦しいくらいで…。」


 胸か。

 肺腑の病…となると重病だが、風邪の症状にも該当するものがある。

 今のところは要経過観察…酷くなるようなら薬師…か、リース家の財力からしたら、神殿にかかるのが一番か。

 高額の寄進が必要になるが、セリアさんに預けてある彼女の所持金で十分に賄える筈だ。


「とりあえずは様子見しかないわね。明日悪化しているようならユニスさんに相談して何か良い薬草をもらうか、薬師を呼んでもらうかしましょう。あとは暖かくして寝るくらいね。風邪が広まるのを防ぐには、ベッドも別にした方がいいだろうけど…。」


 そこまで言うと、マリオンが慌てて逸らしていた視線をこちらに向ける。

 その瞳はまるで捨てられた子犬の様で…まったく、仕方のない娘ね。


「けど一緒に寝たほうが温まるからそうしましょう。」


 苦笑する私に、安心したように微笑むマリオン。

 さぁ、さっさと寝てしまいましょうかね。




 明かりを消して布団に入る。

 暗闇に包まれ吐息と時折の衣擦れの音のみが支配する部屋の中、しばらくしてからマリオンが口を開いた。


「お姉様、今日カスティヘルミ様からお聞きしたのですが…以前、カスティヘルミ様と閨を共にしたと言うのは本当なのでしょうか?」


 その言葉に私は暗闇の中表情を歪める…まったく、あの森妖精はつくづく余計な事を。


「そうね、そういった事が無かったと言えば嘘になるけど…できれば思い出したくないわね。」


「そ、そうなのですか…。変な事を聞いて申し訳ありません。」


 答えの中に抑えきれない苛立ち感じ取ったのか、マリオンは謝罪と共に口をつむぐ。

 私は自分の気持ちすら隠し切れない未熟さに苦笑を浮かべながら、再び口を開く。


「私にとっては…犬にでも噛まれたと思って、さっさと忘れてしまいたい出来事よ。まぁいつかは笑い話として語れる日が来るかもしれないけどね。そんな事よりも、さっさと寝てしまいなさい。夜更かししてたら、治る風邪も治らないわよ?」


 私は暗闇の中、こちらを見つめているマリオンの顔を見つめ返しつつそう諭してから瞼を閉じる。

 昨日が休暇だった事もあって、次の休みはまだ遠い。






 ユーリアが口を噤んでからしばらく経ち、いつしかその吐息が寝息に変わってもマリオンは未だ眠りにつけずに居た。

 昼間聞いたカスティヘルミの話、彼女の熱を測ったときに間近に見たユーリアの顔とその吐息。

 そしてユーリアと過ごした時間の思い出…それらがぐるぐると頭の中を回り続けていた。


(お姉様…いつもと変わらずにこんなにも近くにいるのに…最後の一歩が身を竦ませる程に遠く感じられますわ…。)


 彼女はユーリアに身を寄せてその吐息に包まれるほどでの距離にあったが、自ら彼女に触れる事は出来ないでいた。


 昼間であれば手を繋ぐ事もでき、ユーリアもそれを拒みはしない。

 人前でなければ抱きつく事もできるが、それでも人目を気にせずにユーリアに抱きつくアリアとアリスを見て羨みもした。


 だがベッドの中では…ユーリアを意識してしまっている今となっては、その最後の一線を越えることでこの関係が壊れてしまう事を恐れ、それが彼女の心を竦ませる。


(それなのに、カスティヘルミ様は…。)


 カスティヘルミの話を思い起こし、そしてその状況に自分とユーリアに置き換えて妄想にふける。


(酒精に酔って、顔を赤らめてベッドに横になるお姉様…そして私は、その服を緩めて…。)


 そしてそのまましばらくの時間が流れた頃、不意にユーリアが姿勢を変え、その手がマリオンの下腹部に当たった。

 唐突にゼロとなってしまった2人の距離。

 ユーリアが触れた部分から身体に熱が広まるのを感じたマリオンは、衝動を堪えきれずにゆっくりとその腕にすがり付いていた。





 熱と吐息と圧迫感…。

 それらの感覚が、私を眠りから引き起こす。

 覚醒しつつある意識、それがまず認識したのはすぐ目の前にあるマリオンの熱に浮かされたような顔だった。

 次に感じたのは自由を奪われた左腕の感覚。

 マリオンに抱きしめられ股の間にはさまれたそれは、彼女の身体の動きを私に伝える。


「マリ…オン?」


 私が声を掛けると、彼女は熱に浮かされたような熱い視線をこちらに向け、二人の視線が絡み合う。


「お姉様…。」


 そしてゆっくりとその顔を寄せると、私の唇を奪うマリオン。

 …えっ!?

 突然の事に呆然とする私。

 だが彼女はそれに構わず、何度もついばむように口付けを繰り返す。


 私の脳裏にいつかの夜の光景が浮かび上がる。

 動けない私の身体。その上で踊るカスティヘルミさんの裸体、そして私の肌を這い回る指の感触…。

 あの時とほぼ同じ状況…なのだが、マリオン相手にはあの時に感じた嫌悪感が湧き上がって来ることはなかった。

 その間も、マリオンは口付けを繰り返しながら体を動かし続け…やがて小さく身を震わせると、その動きを止めた。

 衣擦れの音が収まり、マリオンの熱い吐息だけが響く部屋。

 ただそれだけを聞きながら呆然とマリオンの顔を見つめていると、やがて彼女の肩が震え、その喉からは嗚咽が漏れ始めた。


「お姉様、ごめんなさい…ごめんなさい…。」


 こちらに向いた彼女の顔に、大粒の涙があふれる。


「ごめんなさい、私は、何という事を…お願いです、嫌わないでください…。」


 涙を流しながら慄きに震え、許しを請うマリオン。

 だが、その腰は私の手を抱いたままゆっくりと動き出した。


「ごめんなさい…ごめんなさい、お姉様」


 謝りつつも自分の体を抑制できずにいるマリオン。

 寝巻き越しに、僅かな湿り気と温もりが腕に伝わってくる。


 涙を流し続けながらも快楽を求めるマリオンの顔…私はただただそれを眺めていたが、やがて私の心にひとつの火が灯る。

 それは彼女の涙を止めたいという気持ちを糧に、大きく燃え上がった。

 彼女には笑顔が一番似合う。

 出来れば、ずっと笑顔でいてもらいたいと思う。

 たしかに、それは困難な事かもしれない。

 だが最後には家に捧げられ、家の決めた殿方の元へ嫁がされる私の人生だ。

 それまでの間であれば、彼女の為にそれを使う事も許してもらえるのではないだろうか?


 私は自虐的に口元を歪める。

 だが自分ではそのつもりでも、他人には嫌悪感から口元を歪めた様に見えたかもしれない。

 マリオンの顔がさらに悲しげに歪む。

 だが私はそれを一笑に付すと、抱かれていない右腕で彼女の頬を撫であげた。

 すると一瞬眼を見開いたマリオンは、涙を流し続けながらも笑みを浮かべる。


「お、お姉様…。」


 そう、それでいいわ。

 私はゆっくりとマリオンに口付け、離れた後に抱かれていた左腕を動かす。


「あっ…。」


 小さく歓喜の声を上げるマリオン。

 長時間抱かれて多少しびれてしまっている腕だが、動かすだけなら問題ない。


 私はマリオンを抱き寄せると、彼女の目元に口付けをして涙を拭ってから、再び唇を奪った。





 暗闇に沈んだ部屋にマリオンの寝息が響く。

 今は彼女は私に身を寄せ、眠りについている。

 下帯しか身につけていない私と彼女。

 寝巻きはベッドの下にでも脱ぎ散らかされているのだろうが…それを取るために冷気に身を晒すのは遠慮したいし、それで彼女を起こすのも忍びない。


 …やってしまったという後悔の念が無いと言えば嘘になる。

 だが、幸せそうな寝顔で身を寄せるマリオンの姿を見ていると、それもどうでも良くなってくる。


 ずっとは無理でも、このお屋敷に居る間だけは---。


 私がそう伝えると、彼女は再び涙を浮かべて、だが笑顔で頷いていた。

 とりあえずはその約束だけは守らないと…そう決意してから、目を閉じる。

 起床時間まで数刻も無い。

 私は肩まで布団を引っ張り上げると、マリオンに身を寄せるように眠りに付いた。


読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

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