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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第3章 近侍のお仕事
86/124

3-04 近侍とお嬢様の顔見せ

 神暦721年 玉座の月11日 炎曜日


「マリオン、マーリーオーンー。」


 私は覆いかぶさるような姿勢でマリオンに声をかけて、揺り動かした。




 リース家への祝い状と故郷への手紙を幾通か書き終えた頃に、くぅと私のお腹が鳴った。

 春とはいえ未だ夜の長い時期、既に日は落ち窓の外は夜の帳に包まれている。


「そろそろ起こした方がいいかしらね。」


 旅の疲れの所為か多少情緒不安定な所を見せたマリオンは、寝付かせた後もしばらくの間は布団の中で何やら呟いていたがやがて寝息を立て始めていた。

 疲れが残っているのであればこのまま寝させてあげたいが、夕食を逃せば空腹のまま一晩を過す破目になるし、それにより行儀見習いの初日を空腹で頭が働かない状態で過ごす事になれば目も当てられない。

 とりあえず起こして様子を見ようと、私はマリオンのベッドへと向かった。




「んんっ…。」


 私に揺り動かされて、マリオンが薄く目を開ける。


「マリオン、調子はどう?大丈夫だったら夕食に行かない?」


 続けて声をかけると、彼女は手の甲で目をこすった後に、にへらっと笑ってその腕をこちらに伸ばす。


「お姉様…お姉様ぁ。」


 そして私の頬を一なでした後、そのまま首に腕を回して抱きついてくる。

 まったく、甘えんぼうねぇ。

 私は微笑を浮かべながら体勢を入れ替えて、ベッドに腰を下ろしてマリオンを抱きとめる。

 そうしているうちに、マリオンは私に抱きついたままその顔を私の胸に押し付けて…突然ひくと体を硬直させた。


「お、お姉…様?」


 私に押し付けていた顔を、ゆっくりと振り向かせながらマリオンが問う。


「ええ、そうよ。そろそろ夕食でもどうかと思ったんだけど、良く眠れたかしら?」


 わたしがにっこり微笑むと、彼女の顔は見る見る間に赤くなっていった。




 何故か急にわたわたと慌てだしたマリオンを尻目に、私はマリオン用のお仕着せを一式用意する。

 そして合わせも兼ねてそれに着替えさせた。

 初めてお仕着せに着替える上に、態々こっちから隠れるように着替えていた所為で結構時間がかかっていたけど…この調子だと数日はお手伝いが必要ね。


「お姉様、少し胸がきついのですが…。」


 姿見の前で一回転しながら身だしなみを確認してマリオンが言う。

 彼女はこの一年で順調に成長していた…背も胸も。

 15でこれなら…数年後にはジョゼに迫るぐらいには成長するだろう。

 将来有望な逸材だ。

 姉妹揃ってけしからん。


「身長に合ったお仕着せの中からゆったり目の物を選んだのだけど…まだ足りなかったかしら。」


 だがこれ以上のサイズだと胸以外の生地が余って見栄えが悪いので、多少きつくても彼女用のお仕着せが仕立てあがるまでこれで我慢してもらうしかない。

 ナターシャが着ていたお仕着せなら胸周りに関しては問題なさそうだけど…今度は丈が余り気味になるのでそれも難しいだろう。

 まったく、贅沢な悩みだこと!


「後は…リボンね。」


 私はリボンの色と役職について説明しながら、彼女の襟に結びつける。

 その時のマリオンは目を閉じて上を向いて…って、何考えてるのよ、こっちまで変な気分になるじゃない。



 2人で食堂に向かう…前にマリエルの部屋に向かった。

 扉をノックすると、返事の後にごそごそと物音が聞こえ…疲れ目のマリエルが姿を現した。


「食事は…済ませてなさそうね。」


 私が誘うと、彼女は大あくびと共にこっちを見渡した。


「あー、そうね。ナターシャが帰っちゃったから、お嬢様が来たのね。おひさしぶりー、元気?」


 疲労の為にまったく元気の無い声でマリエルが問うと、マリオンは苦笑交じりに頷く。


「うー、食欲は無いけど、お茶が切れたから私も行くわ。ちょっと待ってて。」


 彼女はそう答えると、ポットを取りに部屋に戻った。




「ブリーヴ伯が娘、マリオンです。皆様、よろしくお願いいたしますわ。」


 偶然にも集まっていたいつものメンバーに向けて、マリオンが挨拶する。

 しかし従騎士連中とニコル、マリエルといった古参のメンバーとは面識があり、女中達は今日の昼間に会っているので1人残らず顔見知りだ。


 それぞれが再度の自己紹介を交わす中、私はひとつの違和感に気付いた。


「あれ、デニスの雰囲気が…って、そうか、鎧下に騎士団章が。」


 私の問いかけに、デニスがにこりと笑って誇らしげに肩の団章を見せつける。


「従騎士の中では私が最年長でしたからね。おかげでこの度、年功序列により私が正騎士となる番がまわってきました。」


 謙遜からか、気恥ずかしさらからか…そうのたまうデニスにポールのツッコミが入る。


「いやいや、歳だけじゃないって。正騎士の中でやっていける腕もあるし、任務にも真面目に取り組んでいたじゃん。」


 それに続いて従騎士たちから口々に同意の声が上がった。


「へぇ、そうだったんだ…。残念ね、叙任式には参加したかったのに。」


 以前から叙任式という物を見てみたいと思っていたが、故郷では未成年だったため参加する事が許されなかった。

 こっちに来たら見れると思っていたのに。


「そうだったのですか?それは知らずに申し訳ない。しかし、それでしたら団長にでも言っておいてもらえれば、一声かかったでしょうに。」


「あー、そうね、すっかり失念してたわ。だったらそのうちにでもお願いしておこうかしら。」


「ええ。ですがユーリアが参加する時の叙任者が少々羨ましくもありますね。私の場合は、祝福してくれたのはむさくるしい野郎ばかりでしたので。」


 デニスがそうおどけると、一同の間に笑い声が満ちた。




「まりおん…だいじょうぶ?」


「つかれてなーい?」


 アリアとアリスがマリオンを気遣うと、マリオンはにっこりと笑みを浮かべた。


「ええ、少し寝たらすっかりと良くなりましたわ。ご心配をお掛けしました。」


 そう答えると、2人は顔を見合わせて「よかったね。」と微笑みあう。


(お姉様との2人きりの生活…には邪魔ですが、お姉さまが許す以上、排除する事もできませんわね。それに、年下にお優しいお姉様の事ですから、もしそうなったとしてもあちらの部屋に入り浸るでしょうから意味がありませんわ。)


「ユーリアさんもナターシャさんも2人には甘かったんで、ついついこっちも甘えてお部屋に入り浸ってたんすが…しばらくは控えた方がいいっすかね?」


 心配げに遠慮を申し出るポーレット。

 しかしマリオンはそれに首を振る。


「昼間でしたら賑やかなのも構いませんわ。ですが、疲れているときや早めに休みたい時は…。」


「はい、それは勿論です。そんな時は遠慮しないで言って下さいね。」


 マリオンの提案に、エミリー二つ返事で同意する。


(まぁここが落としどころですわね。少なくとも、夜の間はお姉様と2人きりですわ。)


 そんな感じに女中達と会話しつつも、マリオンの視線は度々ユーリアと従騎士の1人に飛ぶ。

 その従騎士はあまり話の中心には立たず、一歩引いた所で仲間の話に耳を傾けていた。


(それにしても、劇でのお姉さまの相手役…テオドールといいましたわね?お姉さまに気安くべたべたと近づいてるのではないかと危惧しましたが、意外と距離を取ってますのね…ですが油断は大敵ですわ。)


 マリオンはそう決意を新たにすると、引き続き女中達と会話をしつつテオドールの様子を窺い続けた。





 浴場から戻った私達は、髪をタオルでくるみながら寝巻きに着替える。

 浴場では…何故かマリオンは恥ずかしがって近寄ってこなかった。

 いつぞやは全裸でも私の前で恥じらいなど見せなかったのに、どういった心境の変化だか…。


「ほら、マリオン。髪を梳いてあげるから、こっちにいらっしゃい。」


 自分のベッドの上で胡坐をかき、マリオンを呼び寄せる。

 自分の身嗜みぐらい1人で整えれるべきだけど…これくらいはいいわよね。


「はい、お姉様!」


 彼女は嬉しそうに頷くと、こちらに歩み寄り背を向けてベッドの縁に座る。

 未だ風呂の熱気が冷めやらず、ほのかに色づいたうなじ。

 それを覆い隠すようにタオルでまとめられたマリオンの栗毛の髪をほどき、まずはタオルで水分を吸って髪を乾かす。


科戸風の命(ブレスウインド)―――。』


 天井付近にたゆたっていた『科戸風の命』をベッドの上程度の高さまでおろし、少し強めに風を起こさせた。


「ああ、風が気持ちいいですわ。」


 私に髪をいじられながら、目を閉じたマリオンが心地よさそうに呟く。


「これが終わったら、貴女にもやってもらうわよ?奥様付きになるのなら、奥様の髪を梳るのも仕事のうちだから。」


「はい、お姉様。」


「といっても、私じゃジョゼ程上手くないかもしれないけどね。」


 私も故郷では事あるごとに(アレリア)の髪を梳ってきたが、ジョゼがマリオンの髪を梳いてきた時間と比べれば、長いとは言えない。

 以前、ブリーヴでのお泊り会の時にジョゼに梳ってもらった事があったが、その髪の扱いは熟練の技と細心の気遣いを兼ね備えた素晴らしいものだった。


「そんな事はありませんわ、お姉さまもお上手で…天にも昇る気持ちですわ。」


「まぁそれも仕事のうちだからね。でも、ありがと。」


 髪も段々と乾いてきたので、今度は自分の櫛で梳り揃える。

 アンジェルと交換したこの櫛も最近ではすっかりと髪に馴染んで、櫛通りも滑らかだ。

 あの子も…しっかりとやってるかしらね?




「さてと、身嗜みも整えて、明日の朝用の水も用意したし、後は寝るだけね…。」


 マリオンに髪を梳ってもらった後にこまごまとした明日の準備を終えて私は呟く。

 今日の午後は仕事が免除された分疲れも軽く、欲を言えば体を動かして汗を流したい気もするが…マリオンがいるのだ、今日はやめておこう。


「はい、お姉様。」


 マリオンが何故か力の入った返事を返す。

 そんなんじゃ気が張って眠れないと思うけど…夕方まで寝ていた所為かしらね?


「じゃぁ明かりを消すわよ?」


 ベッドから立ち上がり、ランプに手を伸ばす。

 すると、マリオンがためらいがちに声を上げる。


「あの、お姉様…ベッドをご一緒してもいいですか?」



 その言葉に、衝撃を受けた私は思わず動きを止める。

 私がナターシャと一緒に寝るのに1年かかったのに、初日からとは…今までの付き合いがあったとはいえ、これが女子力の差という物か!?

 それとも、行儀見習いに出たばっかりの娘であればこれが普通で、私の自立心が強すぎるのか…そういえばナターシャは「ふてぶてしい」とすら言っていたわね!

 そんな感じに脳内でぐるぐると思考しているうちに、反応の無い私に向けられたマリオンの視線が曇る…っといけない。


「ええ、いいわよ。」


 マリオンであれば大歓迎だ。

 これがカスティヘルミさんだったら全力でお断りする所だが。

 私の返事でマリオンの表情がぱぁっと明るくなり、早速といった感じでいそいそと枕を持って私のベッドに移動する。

 私はそれを見て微笑みつつ、明かりを消して手探りでベッドにもぐりこんだ。



「ふふふ、お姉様と一緒に寝るのも久しぶりですわね。」


 暗闇の中、すぐそばからマリオンの声が響く。

 彼女の声に眠気は感じられず、しかも随分と上機嫌の様で含み笑いが混じる。


「そうね、休みの日に出かける事が出来たとしても、翌日は仕事だから一緒に寝ることは出来なかったわよね。」


「ええ、再びこうして過ごせる日を、わたくし随分と待ち望みましたのよ?」


 少し大げさでは無いかとは思うがそう言ってもらえ嬉しくないはずも無く、ついつい興が乗ってくる。


「だったら、子守唄でも歌ってあげましょうか?」


「もうっ、わたくしそこまで子供ではありませんわよ?」


 笑みを浮かべてからかう私に、マリオンは頬を膨らませたようだ…だが、相変わらず声には含み笑いが混じっている。


(ですが、寝物語でしたら…大歓迎ですわ。)


 マリオンは何やら呟いたと思うと、すぐに「何でもありませんわ。」と続ける。

 まったく、かわいい妹分ね。

 私は笑みを濃くすると、そのまま眠気が訪れるまで私達は他愛も無い話を続けるのだった。





 神暦721年 玉座の月12日 水曜日


「ほら、マリオン急いで。」


「申し訳ありません、お姉様。」


 翌朝、私達は少し早めに起き出した…が、慣れないマリオンの身支度に予想以上に時間を取られてしまい、最後には駆け足で朝礼へと急ぐ。

 そのままギリギリでマリオンを侍女の列に付かせ、近侍姿の私も自分の列に駆け込んだ。

 そして始まる朝礼。

 普段どおりの連絡事項の後にマリオンが自己紹介を行い、そして朝礼はお開きとなる。

 私は近侍内の連絡を受けながら、隣の奥様付きの侍女の集まりを盗み見てその声に耳を澄ます。

 今日は…パメラさんがお休みか。


「マリオン・リースです。よろしくお願いします。」


「ユニス・バローです。時間が無いので厳しく教えていきますので、覚悟して置いて下さい。」


 マリオンとユニスさんが挨拶を交わし、マリオンはカスティヘルミさんに向き直る。


「カスティヘルミ・アルフストロムです。そうですか、貴女がユーリアさんの…。」


 マリオンを見つめたカスティヘルミさんが、眼鏡の奥で目を細める。


「私もユーリアさんが大好きなんです。同好の士どうし、仲良くしましょうね。」


「はい、よろしくお願いします!」


 満面の笑みを浮かべ、勢い込んで応えるマリオン。

 …あー、そういえばカスティヘルミさんについて注意しておくのを忘れてたわ。


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