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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第2章 侍女の生活
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章外12 小間使いの冬

 神暦720年 供物の月25日 地曜日


「いってきまーす!」


「気をつけてな。」


 その冬最初の雪が降った翌日、厩舎で馬の世話をするアンドレに声をかけてからアンジェルとミーアは新雪の道へと駆け出した。

 敷地内の中庭は、日課となっているアレリアの剣術訓練で既に踏み荒らされているが、一歩門の外に出れば通いの使用人が出勤時に通った足跡程度しかない。


 だがこの道も、もう少し経てば手の空いた屋敷の男手により除雪され、その下の砂利道が姿を現すことになる。

 そんな道を、アンジェルは屋敷から支給されたアレリアおさがりのコートにマフラー、長靴(ブーツ)で歩く。


「よいしょ、よいしょ!」


 ほとんど飾りが無いとはいえ、丈夫でよく手入れされたアンジェル自慢の一張羅。

 多少くたびれてはいるが、それはアレリアの前にユーリアも使用していたからであって、その点においてもアンジェルの宝物となっている。

 そして同じように年季の入った長靴を、ほとんど地面から上げずにすり足で雪を掻き分け進む。

 そのラッセル跡を、ミーアが一歩一歩飛び跳ねながら着いてきた。


 そしていつものように祠にたどり着くと、目を閉じて日課の祈りを捧げた。


「ははがみさま、ははがみさま、今日もいいことがありますように。」


(姉ちゃんが風邪とかひきませんように。)


 目を開いて改めて祠を見る。

 既に誰かが訪れたのか、祠の前面の雪は掻き避けられ、新たな花が捧げられていた。


「見てよミーア、お花がある。」


「にゃー。」


 アンジェルの言葉に、ミーアが返事をして鳴く。


「誰だか知らないけど、えらい人だね。こんな時期にお花を供えるなんて。」


 既にここしばらくは野の花を見かける事もなく、もしあったとしても一面の雪の下だ。

 おそらくはわざわざ室内で育てた物だろう。


「よし、じゃぁ行こう。ミーアは今日も森?」


「みゃー。」


「わかった。あんまり遅くならないようにね!」


 そう言葉を交わすと、1人と1匹はそれぞれの目的地に駆けて行った。




「このデファンスの南に位置する霧の丘陵、その更に東に広がる風別れの山脈であるが・・・。」


 レイシェルの授業中、アンジェルは石版(タブレット)に蝋石を走らす。

 アンジェルがこの私塾に通うようになって半年少々、アンジェルはまるで真綿が水を吸い込むように知識を身につけ、寺子屋の教育課程をこなして行った。

 その学習速度はレイシェルが感心するほどで、このままのペースで進めば10歳の半ばには同年齢の生徒との遅れを取り戻せると太鼓判を押した程だ。


 そして今日も書き取りの問題を解きつつ、しっかりとレイシェルの授業に耳を傾けていた。


「その山脈にはいくつかの火吹き山が存在し、また地中からは大地の火で熱せられた温水や湯気が噴出すところもあり…。」


(そういえばブレイユにいた時に、山から煙がでてたのをみたことがあったっけ。)


「また金属などの地下資源にも恵まれ、ロラン周辺では鉱山やそれを利用した鍛冶屋が多く存在する…。」


(剣、剣・・・姉ちゃんの剣、すっごくかっこよかったなぁ・・・。あの剣もロランとかで作られたのかな?)


「また、山脈を跨いだ南北の交通において、大昔はシリットやプランシ経由の迂回ルートを使用した場合では時間がかかりすぎたため、危険を賭して徒歩での山越えもよく行われた。だが、今日では街道の発達により迂回ルートでも安全、迅速に旅をする事ができるので、山越えを選択する者はほとんどいない・・・。」


(山越えか・・・あの山でかかったよなぁ。あれ超えるのなら遠回りするよな・・・。)




「おうアンジェル、今日もスパークに会いに来るか?」


 授業後の教室、そこでフェリクスがアンジェルに声をかける。

 最近は授業の後にフェリクスの家に立ち寄り、スパークと遊んだり、その背に乗せてもらって散歩したりする事も増えた。

 尚、フェリクスが馬に乗り始めた頃から彼の愛馬を務めるスパークではあるが、そろそろ老齢に差し掛かり、あと数年で完全装備の主人を支えきるのは難しくなると見られている。

 そうなれば軍馬としては御役御免で、軽装の乗用馬か引き馬として余生を過ごすことになるだろう。


「今日なら少し遠出すれば、雪景色を堪能できるぞ?」


 フェリクスの言葉に、アンジェルは渋々といった感じで首を振る。


「今日は『商会』で『習い事』があるんだ。」


 アンジェルの返事に、フェリクスは「そうか」と言葉を返す。

 アンジェルが出入りしている「商会」については、彼も事情を知っていた。

 さすがに訓練風景を目にすることは無かったが、森に近い農場を拠点に、アンジェルのような小さな子供や、自らの技を磨こうとするギルド所属の冒険者が訓練に励んでいるという話を聞いたことがあった。


 デファンスの騎士隊は、普段から他の領地のそれと同様に領内に出入りする盗賊などを警戒し、防犯活動に力を入れている。

 そうしている以上、盗賊ギルドとは敵対関係にあるように思えるが、時にはギルドが騎士隊にわざとギルド非所属の盗賊の情報を漏らし対処を求める事もあり、半ば持ちつ持たれつの関係が出来上がっていた。

 無論、騎士隊が知りえた犯罪についてはお目溢しすることはなく、上層部も必要以上に癒着する事が無い様、常日頃から心がけてはいるが。


「わかった。あまり無茶をするなよ?あと、怪我もな。」


 フェリクスの別れの挨拶代わりの小言にアンジェルは「うん。」と元気いっぱいに頷く。

 そうして、彼女は農場を目指して私塾を後にした。




「こんちわー!」


 アンジェルが外周部の門を潜り、敷地に入る。

 この国でよく見られる富農の屋敷は、動物や侵入者による家畜や収穫後の作物への被害を防ぐため、数棟の建物が敷地の外周を囲んでぐるりと建ち並び、中央に中庭があるという配置になっている。


 この農場も一見そういった屋敷に見えるが、四方に窓のある背の高い蔵に1階部分には窓がなく、2階部分の所々に小さな窓がしつらえてある外周部、そしてその内部で歩いて1周できるようになっている2階内周部分・・・と、見る者が見れば、間に合わせ程度ではあるが砦としても使えるように作られている事に気付くだろう。


 そう、この建物はギルドの訓練場のみならず、抗争などの折には立てこもれるよう作られているのだ。


 中庭に出ると、アンジェルに複数の視線が向けられる。

 そこには訓練中の数人の子供と訓練教官の盗賊がいた。


「来たか。」


 肌の浅黒い、縮れた黒髪の盗賊が呟く。


「こんにちは、メッサーさん!」


 アンジェルがいつものように朗らかに挨拶すると、彼は小さく舌打ちをして目をそらす。

 彼の名はメッサー。

 元はブレンツ帝国の農奴であったが、彼を虐待していた主人を、その持ち物であった山刀(メッサー)を奪って殺害、その後は名を捨てて流浪し、ブレイユにたどり着いたところで、ギルドに拾われた。

 それ以来薄暗い盗賊稼業を続け、ここ数年は訓練担当として盗賊以外の行き場の無い子供達を1人前に仕立て上げる任務についている。

 そんな彼であるので、暗い影を見せないアンジェルの態度にはいつも調子を狂わされていた。

 だが彼はすぐに頭を軽く振って、気持ちを切り替える。


「さっさと着替えて、訓練に入れ。」


「うん、わかった!」


 アンジェルはそう答えると、更衣室代わりの納屋に向かった。




 着替え終わったアンジェルは、再び中庭に出る。

 その格好は普段のお仕着せではなく、膝に継ぎの当たったズボンに、やはり肘に継ぎの当たったシャツ姿、そして腰にはベルトを締め、そこに練習用の短剣を差している。

 庭に出てから伸びを一つすると、中庭の隅で柔軟体操を始める。

 ここに出入りするようになっておよそ半年…すっかり慣れた物だ。


「体をほぐしたら戦闘訓練だ。ジール、相手をしろ。」


「はい。」


 メッサーの指示で、1人の少年が前に出る。

 ジールと呼ばれたその栗色の巻き毛の少年は、アンジェルを待ちながら一息をつく。

 そして準備の終わったアンジェルは、彼と向き合うといつものように短剣での訓練を開始した。





「けど、驚いたよな。」


 訓練終了後、屋敷の炊事場で手分けをして自分達の食事を作るギルドの子供達。

 そしてそれを手伝って芋の皮を剥きながら、アンジェルは会話に混じる。


「何が?」


「ここでアンジェ・・・今はアンジェルだっけ?に会った事だよ。」


 ジールの言葉に、アンジェル以外の子供達がうんうんと頷く。


「そうだよな。デファンス(ここ)で会うとは思わなかった。」


 子供達の1人、頭巾を被った男子がしみじみと呟く。


「俺たちはギルドの子供狩りに捕まったけど、アンジェは運よく逃げれたからな。まぁそのおかげで俺たちは飢えずに済むようになったから、アンジェもスラムになんかいないで捕まっちゃえばいいと思ってたんだけど・・・。」


「貴族様のところで小間使いしてるんだもんな。」


 子供達は口々に「ずるい」とか「不公平だ!」と言葉にするが、みな笑顔を浮かべている。、


「けどわたしは、アンジェが女の子だったのに驚いた。」


 子供達の中で唯一の女の子が呟く。

 多少髪が乱れている物の、絹のような銀髪に薄いそばかすがチャームポイントの美少女だ。


「ごめんね、リヌ。父ちゃんたちが、死ぬ前に男の子の振りをしろって言ってたから。」


 アンジェルの言葉に、リヌと呼ばれた少女が首を振る。


「ううん、いいの。それに、ここはみんな男の子ばかりだから、アンジェルがいてくれて嬉しい。」


 そう言って微笑む。

 と、ニヤリと笑った頭巾の子供が口をんだ。


「そうか、だからおしっこの飛ばしっこしようって言っても、アンジェは一緒に来なかったんだ。リヌもそうだし。」


「もうっ、ルノーの馬鹿!」


 顔を赤くしてリヌが頭巾を被った少年に叫ぶ。


「けど、ギルドに捕まってからはすぐにこっちにつれてこられたから、アンジェを誘う事もできなくて・・・ギルドに言っても、逃げるつもりだろうって信用してもらえなかったから、心配してたんだ。でも、無事生きていて嬉しいよ。」


 そう言って最年長のジールが微笑んだ。


 そう、彼らはアンジェルがブレイユで孤児をしていた時に、同じ境遇だった子供達だ。

 彼らはスラムの片隅で身を寄せ合ってその日その日を必死に生きていたが、アンジェルを除いてギルドに半ば無理矢理保護され、その庇護下で盗賊の訓練に励んでいた。

 尚、この場の最年少は9歳のリヌであるが、一緒に保護された彼女よりも年上の少女達はみな酒場で下働きをしている。

 彼女の場合、運動神経が良い事と年少である事、そして何より貴族の令嬢と言っても通るくらいかわいらしいので、それに目を付けたオデットが自分の子飼いとするために盗賊の技術を身につけさせようとしているのだ。



 と、外への扉が開きメッサーが顔を出す。


「おい、アンジェル。迎えが来たぞ?」


 彼がそう言うと同時に、彼の足元を抜けてするりとミーアが入ってくる。

 それを見て歓声を上げる子供達。

 だが、食事の支度中なのでミーアを撫でる事はできない。


「あ、ミーア、ちょっと待ってて。」


 そう言って、急いでバケツの中にある芋の皮を剥きはじめる。

 アンジェルがここに出入りするようになってしばらくした後、屋敷から出てくるアンジェルに森から戻る途中のミーアが丁度出くわす事があった。

 それ以来、ミーアが森から帰る際に、屋敷の中までアンジェルを迎えに来るようになった。

 尚、外周の扉はいつも閉じられているのだが、ミーアは外周の僅かな取っ掛かりを利用して飛び越えてくる。

 本職のメッサーでさえ舌を巻く身軽さだ。

 ちなみに、子供達の話によるとアンジェルがここに来ていない日は顔を出さないそうだ。


「よし、じゃぁこれお願い。じゃぁ、またね!」


 そばにいた子供に皮を剥いた芋を推し付け、たちあがるアンジェル。

 そして皆に手を振ると、ミーアと一緒に家路へと就いた。


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