1-08 お嬢様、カチコミする
神暦720年 王の月12日
「ねぇ、お嬢様、起きてくださいな。」
声を掛けられ、肩を揺すられる。
「んあ?」
目を開き、周囲を見る。
揺れる馬車、目の前にいる…女盗賊。
室内にはほかに数人の盗賊たち。
襲撃…意識がはっきりとする。
「着いたの?」
「まだです。けどもうじき到着です。」
「そう、ありがとう。」
そう言って、今度はこっちがアンジェを起こす。
子供は目が覚めるのに時間がかかるものだ。
ましてや真夜中ならば。
バスケットから夜食を取り出し室内のメンバーに配る。
窓から体を出してアンドレにも。
そういえば用意した50人前以上の人数がいたなぁ…と思ったが、行動食を自前で用意してる抜け目のない奴や、緊張から夜食が喉を通らないのもいるだろうと特に深く考えず、サンドイッチを二口で片付ける。
なんか馬車の反対側の席に座っていた銀髪の女盗賊…さっき起こしてくれた彼女がしきりに目をこすってこっちを見ていた。
横の席のアンジェはサンドイッチを口いっぱいに詰め込んでいる。
すぐに喉を詰まらせそうなので、お茶をカップに注いで渡してやる。
やがて馬車が停車する。
終結地点に到着したか。
アンジェを連れて馬車を降り、ダミアンの元へ向かう。
到着したときには、既に主だったメンバーが集まっていた。
「これより敵アジトにカチコミをかける。何か意見はあるか?無ければ作戦通りだ。」
ダミアンさんが周囲を見回すが、特に意見は上がらない。
「よし、では作戦開始だ。オデット、行け!」
「はっ!」
オデットが自分のチームのところへ向かっていく。
「次はボーダン殿の隊だ。待機地点まで前進されよ。」
「了解した。」
ボーダンさんとともに、私たちも馬車のところへ向かう。
尚、私たちの後にダミアンさんたちが街道を進み、待機地点手前で道を外れる予定だ。
馬車の前には、隊の全員が集まっていた。
「では待機地点まで移動する。陣形はギルドの斥候を先頭に騎士隊、馬車、騎乗メンバーだ。」
各隊にはナイトアイの魔法を使うことができる斥候が数人ずつ配置されている。
隠密行動中はライトの魔法や松明は目立つから使用できないので、彼らがそれぞれの隊を導くことになる。
「出発!」
前方から、オデットさんの号令が聞こえる。
「よし、では各員騎乗!」
ボーダンさんの号令とともに、馬車に乗り込む
「ボーダン隊、出発!」
そして隊が動き出した。
隊が丘の影の待機地点に到着して、しばらくの時間がたった。
到着時には見えていたオデット隊の明かりも、すぐに見えなくなった。
ちなみにオデット隊は、無灯火で街道を進んで存在するかもしれない見張りに怪しまれるリスクと、
明かりをつけて街道を進むのを見張りに見つかるリスクを天秤に掛けて、後者を選んだ。
無論、街道を外れる前に消灯する手はずとなっている。
隊内での作戦会議の結果、隊の行動パターンは以下のように決まった。
・他の部隊の配置完了後、御者以外の隊員を馬に二人乗りさせ、斥候を先頭に集落へ向かう
・支道に入ったところで、盗賊の中で魔術を使えるものが火属性のフォースアローを打ち上げ、
他の部隊への攻撃開始の合図とする。
・支道沿いの集落を確認して後方の安全を確保しつつ、最奥の集落を目指す。
建物の捜索は、騎士1+盗賊2の3人組で行う
・敵に遭遇した場合は騎士隊が馬上もしくは下馬して戦闘、盗賊は下馬して主に弓で応戦。
・他の班と合流後アジトを制圧し、残敵掃討を行う。
作戦会議終了後、丘の上に他の隊との連絡要員として斥候を登らせ、他のメンバーは身体を休めたり夜食をとったりしつつ合図を待つ。
尚、斥候のいる場所のすぐ脇は崖になっており、待機場所のそばまでロープが垂れ下がっているため素早く降りることが可能だ。
やがて…
「集落の東側に発光信号確認!信号は…配置完了!!」
斥候が報告する。
報告のあと、シャッターを閉じて覆いをかぶせていたランタンを取り出し、発光信号のあった付近に向けて1拍の間だけシャッターを空け、報告する。
「了解信号送信完了!」
そして再度待つことしばし…
「集落の西側に発光信号確認!信号は…配置完了!!」
先ほどと同じように発光信号のあった付近に向け、合図を2回送る。
「B班への準備完了信号送信!」
すると、すぐに了解を意味する1回の合図が帰ってくる。
「…了解信号確認!」
そして、先ほど発光信号のあった村の東側に向けて、同じように合図を2回送る。
「A班への準備完了信号送信!」
すぐに相手からの1回の合図を確認する。
「…了解信号確認!」
ロープを伝い、ランタンを腰につけた斥候が崖から飛び降りるようなスピード降りてくる。
それ以外のメンバーは既に全員騎乗し、出発準備は完了している。
私はフェリクスの後ろ、アンジェはもう1人の従騎士であるヤンさんの後ろに座っている。
アンドレは馬車でお留守番だ。
斥候が騎乗するのを確認するとボーダンさんが号令を放つ。
「ボーダン隊、前進!」
街道を2列になって隊が進む。
ナイトアイを使った斥候2人が先頭に立ち、少し離れて騎士、盗賊と続く。
やがて、支道への分岐が近づくと盗賊の1人が呪文を唱える。
『打ち抜け、炎の矢よ―――ファイアアロー』
空へ一条の光が打ち上がる。そしてそれに遅れ、奥の集落の方面で孤を描く火矢の軌跡と爆発音が聞こえてくるが、集落自体はここからは見えない。
隊は街道最寄りの集落へと向かう。
と、支道が崖下に差し掛かったとき、斥候が叫ぶ。
「止まれ!止まれ!!」
棹立ちになった馬を宥めながらも、何とか停止する斥候。
後続は問題なく停止できた。
「どうした!?」
「罠だ!ちょっと待て。」
斥候たちが下馬して調べる。
後ろからよく見ると、崖下の道にロープが張ってある。
ちょうど崖の影になっていて、ナイトアイが無ければ気づくことができなかっただろう。
「崖の上から岩か何かが落ちてくるやつだ。…無効化完了、行けるぞ!」
「よし、では前進!ただし警戒を密にしろ!!」
そしてそのまま集落の前までたどり着く。
私たち相乗り要員が先に降り、馬を確保。騎手が馬を下り、周囲を警戒している間に、相乗り要員が馬を繋ぐ。
そして何人かの相乗り要員が、木の棒…『ライトジェット』が付与された『光条の松明』を取り出し、発動させる。
私も事前に渡されていたそれを取り出す。
『発動―――光条の松明』
そして発動させた物を騎士達に配る。
「よし、捜索開始!」
騎士達が廃屋のドアを蹴破り、中を捜索する。
その間、残りのメンバーが集落の外と未捜索の廃屋の警戒に当たる。
私も弓を構え、周囲に目を配る。
アンジェは…ずっと南側のほうを見ている。
「クリア!」
「クリア!」
騎士達の捜索報告が聞こえてくる。
「いたぞ!敵だ!!」
そのうちの一軒から声が上がる。
他の家の探索を完了した騎士達が応援に駆けつけると、すぐに制圧される。
「制圧完了!怪我人なし!!」
建物から革鎧に身を包んだ男が引きずり出されてくる。
怪我をしていないところを見ると、戦わずに降参したようだ。
盗賊たちが素早く男を身動きできないように縛り上げる。
「おい、奥の集落へ続く道にまだ罠はあるか?」
「いや、崖下のだけだ。」
「奥の集落以外に見張などはいるか?」
「2つ上の集落に見張が1人いる。」
尋問中も残りのメンバーが建物を捜索し、この集落の捜索を完了する。
つかまった男は猿轡をかまされ、集落の中央に転がされる。
「よし、次へ進むぞ。罠は無いと言ったが、用心しろ!」
再び騎乗し、次へ進む。もはや灯火管制は意味を成さない。
明かりを十分に使い、先へ急ぐ。
支道を進むと、予想したとおり橋が落ちていた。
だが乗馬の訓練を受けたものであれば難なく跳び越せる…どころか人の脚でも幅跳びで超えられそうな川幅であり、すぐそばには川岸が崩れてなだらかになっているいる箇所もあり、全員難なく向こう側へ渡れた。
そして何事も無く支道を通過し、次の集落に入る。
私が騎手の先に馬を下りて手綱を確保しようとすると、同様に馬を飛び降りたアンジェが集落の奥に走り出した。
「ちょっと、アンジェ!どこへ行くの!!」
急いで馬を繋いで『光条の松明』を片手にその後を追う。
集落の奥まで進むと、扉が剥がれ落ちた一軒の家の前にアンジェが立っていた。
その視線は目の前の家に向けられており、微動だにしない。
「ねぇ、アンジェ!どうしたの?」
アンジェの肩を掴み振り向かせる。
目を見開いた表情はやがてゆがみ、その目に大粒の涙を溢れさせる。
「父ちゃんと…母ちゃん…と、住んでた…。だけどふたり…ふたりとも死んじゃって…ずっと帰ってきたかった…。でもひっ、と、父ちゃんも、母ちゃんも、みん…みんなも…うわーん!!」
大声を上げて泣き出す。
スラムに住む孤児、天涯孤独の子供に生きる手段はそれほど多くない。
手段を選ばず、その日その日を1人で必死に生きてきたのだろう。
心の支えは、いつか幸せだった頃に住んでいた家へ戻ること。
だが、それを果たしても幸せだった頃には戻れない。
それを今思い知ることとなった。
其れゆえの慟哭だ。
私はアンジェを片腕で胸に抱く。そしてぼさぼさの金髪をなでつつ、『光条の松明』で周囲を警戒する。
ずっとそばにいて抱きしめてやりたいが、今はそれすら許されない。
やがて集落の端から建物を捜索してきたフェリクス達が、こちらにちらと視線を送ってから、アンジェが両親とともに暮らしていたであろう建物に入っていく。
だがすぐに、中から大きな物音と、悲鳴が聞こえた。
「うわっ、畜生!何かいる!」
やがて扉の無い玄関から大きな影が飛び出してくる。
体長3キュビッドほどの、長い牙を生やした獣…剣牙猫だ。
「フーッ!!」
剣牙猫は周囲にいる人間を見渡すと、顔をこちらに向け威嚇する。
あまり人を襲う事は無いが、狼となら2対1でも互角以上にやりあう獣だ。
未だ嗚咽を繰り返すアンジェを抱きかかえ、距離をとりつつ横に移動する。
しかし剣牙猫は、移動した私たちを正面に捕らえ続け、威嚇しつつじわりじわりと距離を詰めてくる。
剣牙猫は普通、面倒事を嫌う。
距離をとれば、逃げ出すはずだと思っていた私は困惑する。
だがその時、嗚咽を繰り返しながらも、アンジェが剣牙猫に振向く。
「ミーア?」
驚きに目を見開いたアンジェは、私の腕からするりと抜け出す。
そして剣牙猫に駆け寄るとそれに抱きついて再び大声で泣き出す。
「ミーア、ミーア!生きてた、また会えた!!」
だがそれは、再会を喜ぶ歓喜の涙であった。
泣きじゃくるアンジェの涙を、ミーアと呼ばれたその剣牙猫はやさしく舌で舐めとるのだった。
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ミーア :畜生とか言われた。ヘコむわー。
アンジェ :酷い話だね。
フェリクス:だって畜生じゃん!