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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第2章 侍女の生活
76/124

2-38 侍女と芝居の準備

神暦720年 聖者の月12日 闇曜日


「わぁっ、凄いわね!」


 ユーリアは目の前の風景に思わず歓声を上げる。

 その冬最初の雪が降った日の翌日、町を囲む城壁の上にユーリアとテオドールの姿があった。


 昨日の荒天とは変わって好天に恵まれたその日、朝一番で練兵場を使用する全ての騎士団員の手により練兵場の雪かきが行われ、朝食後にいつもどおりの剣術訓練が行われた。

 これが冬も深まり雪かきの手も追いつかないようであるのなら、訓練も兼ねて雪上で剣術および行進の訓練が行われるのだが、昨日は冬の初めとしてはよく降った方ではあるがそこまで積もりはしなかった。

 だが、冬特有の澄んだ空から降り注ぐ日差しの所為で、早速溶け始めた雪は地面を濡らし、練兵場のそこかしこにぬかるみを作り出す。

 足元が悪い状態での訓練に団員達はいつも以上に体力を消耗するが、その中でユーリアは何故かこういった悪条件に強い傾向がある。

 この日も久々にテオドールに勝ち越し、上機嫌で居たところにふと町の城壁が目に止まった。


(そういえば、テオドール達は任務で城壁の上で立哨する事があると言っていたわね。冬の夜は寒くてたまらないと言っていたけど、今日であればさぞや素晴らしい景色が見れるんでしょうね。)


 そう考えた彼女はテオドールに頼み込み、城壁の上へと案内させた。

 ちなみに、騎士団の訓練では腕輪や『凍える大河(フローズンリバー)』といった魔導具は身につけていない。

 それを使用してテオドールに勝っても、あまり嬉しくないからだ。




「団長の身内とは言っても一応部外者だからな。派手に騒いだりするなよ。」


 城壁の上、立哨中の別の隊の騎士と目が合い、それに軽く黙礼しながらテオドールが言う。


(まぁ、訓練用の鎧も着込んでいるし、余程の事が無い限り咎められることは無いだろう。)


 彼は顔を上げてユーリアの方を向くと、彼女は丁度髪を結い上げたリボンを解くところであった。

 縛めを解かれたぬばたまの髪は、まるでひとりでに元に戻ろうとするかのようにしなやかにほどけ、陽光に輝きながら風に舞う。

 彼女が風を受けて微笑み、何事かを呟きながら空を見上げるとやがて風は収まった。

 その後両手を上げて大きく背伸びをひとつし、大きく息を吐いた。


「ああ、いい風ね。訓練で火照った身体に気持ちいいわ。それにこの眺め。一面の銀世界に、空を映したコムナ川の青…ああ、どこかで見た事があると思ったら『凍える大河』の模様にそっくりね。」


 そう言って、ユーリアは吹く風に靡く髪を片手で押える。

 まるで視線の先の大地を慈しむように見つめる眼差しは儚げで、訓練中に自分とやりあったはねっかえりとはどうしても結びつかず、テオドールはその横顔を見つめる。


「そういえば、もうじきナターシャが年季明けでしょう?それで、彼女と仲のいいのが集まって、お嬢様の誕生会で寸劇でもしようって話があるのだけれど…良かったら貴方たちも参加してもらえないかしら?」


「す、寸劇?俺達が…か?」


 ユーリアの言葉に、我に返ったテオが慌てて声を上げる。


「ええそうよ。彼女もなんだかんだいって交友関係が広いでしょ?だから、貴方には団員達の窓口になってもらえると助かるんだけど。」


「それは別に…構わないが、従騎士達の中には特に演技が得意なのもいないし、任務があるからあまり協力は出来ないかもしれないぞ?」


(それに、広い交友関係の半分以上は、お前を介してだろうが。)


 彼女の言葉に内心反論しながらも、騎士団員の都合について釘を刺す。

 少し前のテオドールであればあまり周囲に慮る事はなかったが、最近は従騎士の取りまとめ役を任じられる事も多く、こういったことに気を回せるようになってきていた。


「ええ、それは大丈夫よ。お嬢様の誕生会まではまだ時間があるし。貴方達には…そうね、大道具とかお願いできるかしら?私達は力仕事が苦手だし、衣装とかで手一杯だから。けど、広間にある舞台って妙に本格的なのよね。おかげで手が抜けないわ。」


 そう言って笑うユーリアに、それだったらと同意するテオドール。

 彼も何度か誕生日会に参加した事があったが、最初に見た時は素人劇としてはレベルが高く、感心したものだった。


「さて…と。あとは…ニコラスにも声をかけないと。彼ってば仕事柄声に張りがある上によく通るのよね。語り手をお願いするべきね。」


「奴は若い女性の頼みは断らないからな。お前なら…お前なら…まぁ大丈夫だとは思うが。」


 ユーリアの呟きにテオドールがおどけて答えると、彼女は苦笑を返す。


「駄目だったらエミリーかポーレットにお願いしてもらおうかしらねぇ。もし何か無茶な要求をされたら踏み倒す方向で。」





 神暦720年 聖者の月13日 光曜日


「あら、ユーリアちゃんたち、ミリアムの誕生会で寸劇をやってくれるの?」


 職務中の繕い物の時間、話題のひとつとして劇の件を持ち出すと、本を読んでいた奥様が手を打ち合わせて喜ぶ。

 年末であるこの季節、貴族達は静かに家族と暮らすのが慣わしだが、年が明ければ祝賀の夜会、舞踏会などが目白押しだ。

 そのための繕い物の毎日だったが…私は大丈夫だけど、冷え性の侍女は大変そうだ。


「まぁまぁまぁまぁ、それでユーリアちゃんが主役なの?」


「いえ、まだ配役までは詰めていないのですが…ナターシャの追い出しも兼ねて、仲の良いみんなでひとつ思い出作りを…と。」


 身を乗り出して問う奥様に私は若干引きながら答える。


「ああ、そういえばもうそんな時期ね。あの子も本当、よく尽くしてくれたわ。最初はお義母様(かあさま)付きだったのだけれど、ジャンヌちゃんの輿入れを期に、彼女付きになってもらって…嫁入りで心細かったに違いない彼女を、よく支えてくれたわ。」


 ナターシャがこの屋敷で過ごした3年の月日を思い出し、大きく息をつく奥様。

 自分付きでもない侍女の仕事ぶりまで見ているとは…はさすが大貴族の奥方だ。


「だったら、色々と応援させてもらわないといけないわね。私の服や装飾品でよければ、何でも使ってもらっても構わないわよ?」


 そう提案する奥様を、咳払いで諌めるカスティヘルミさん。


 ちなみにあの誕生日会の夜の一件の後、カスティヘルミさんに避けられたり疎まれたりされる事を危惧したりもしたが、別にそのような事はなかった。

 それどころか、以前にもまして親身になってきている気がする。

 もっとも、その視線には以前は隠されていたであろう熱が篭る事が多く、常々私から意識して距離を取るようにしている。

 そして今も、私のすぐ隣に椅子を置いて奥様のアクセサリーの手入れをしている彼女から、椅子を少しずつずらして座っていた。


「奥様、それでしたらまずは『道具部屋』を見てもらい、足りないものがあれば古着などを提供するのが適当かと。劇の衣装とはいえ、役者に合わせるためには仕立て直しが必要になります。劇の後に再度仕立て直したとしても、その服は奥様には相応しくありません。」


「あら、それもそうね。だったらセリアに言ってユーリアちゃんたちが使えるように手配しておくわ。」


 カスティヘルミさんの提案に、奥様が答える。

 しかし…。


「道具部屋…ですか?」


 私の問いに、カスティヘルミさんが頷く。


「はい。旦那様は誕生日会等の有志による寸劇を非常に好まれます。ですので、このお屋敷にはそのための小道具や衣装を保管している部屋があるのです。本来であれば誰もが立ち入りができる部屋なのですが、如何わしい事に使用される事を危惧して鍵はセリア様が管理することになっています。ですが奥様のお許しがあれば問題なく使用を許可されましょう。」


 そして意味深にこちらを見つめて微笑むカスティヘルミさん。


「それでは、私後ほどが案内いたしましょう。どこに何があるか、手取り足取りしっぽりとお教えしましょう。」


「お心遣い感謝いたします。が、場所だけお教えいただければ、あとはこちらで。」


 カスティヘルミさんの提案は、即座にお断りする。

 しかも今、「しっぽり」とか言ったか?


「うふふ、カスティとユーリアちゃんは仲がいいのね。」


 彼女にはそう見えるのだろうか、少し悲しげな表情を見せるカスティヘルミさんと自分でも少し表情が硬いとわかる私を眺めて、奥様がころころと笑う。


「ところで、何の劇を()るの?」


 真剣な表情で刺繍のほつれを修復していて、やっと峠を超えたのか今まで話に参加していなかったパメラさんが口を挟む。


「いえ、それすらもまだ決めていない段階なので。今のところは、みんなで意見を出し合っている所なのですが、そろそろそれも決めないといけませんね。みんなが知っていて、それなりに盛り上がる物語を…とは考えてはいるのですが。」


「だったら、これなんてどうかしら?」


 そう言って奥様が差し出すのは、彼女がよく手にしている本、『青き剣と白き百合の物語』だ。

 ちなみにその本は、私もお屋敷に来てしばらく経った頃に読んでみた。

 故郷と家族を戦火でなくし、その復讐に生きる元貴族の青年と、その故郷に攻め入った貴族の娘との恋愛物で、立ち回りあり、恋愛あり、涙ありの人気作品だ。

 ちなみに、私の同僚達がヒロインに感情移入するのに対して、私はついつい主人公に感情移入してしまったのは余談である。


「その作品(ほん)ですか…。確かお嬢様もお気に入りだとか?」


「そうなのよ。今も寝る前にページをめくるのが日課になっているみたいよ。」


 パメラさんの問いかけに、奥様が答える。

 ふむ、だったら、誕生会の主役であるお嬢様に捧げるのに相応しい。


「そうですね。その本でしたら私も読みました。いくつかよさそうなシーンも思い当たりますし、お嬢様に捧げるのにも丁度いいかもしれません。」


「あら、本当に?ますます楽しみだわ。ふふっ、どんな劇になるのかしら。」


 奥様はうっとりとした表情で頬に手を当てる。


「ですが、まだみんなと話し合っていないので、どうなるかは。」


「そうなの?でも楽しみね。」


 私が慌てて奥様に説明すると、奥様はきょとんとして問い掛けるがすぐに楽しげに笑う。

 これは…あれか?

 劇の演目をその本にしろという無言の圧力か?




 神暦720年 聖者の月16日 森曜日


「さて、丁度みんな揃っているし…劇について色々と決めてしまいましょう。」


 私の休日の昼食のあと、お茶を飲みながらまったりしている一同に声をかけると、皆の視線がこちらに向く。

 私のほかにはナターシャとマリエル、テオたち従騎士が5人と、今日は珍しくエミリーとポーレット、アリアとアリスもいる。

 メンバー勢ぞろいだ。


「それじゃぁ、劇の演目だけど何かある?できれば、誰もが知っているお話で、一部分でも盛り上がるので。」


 私が聞くと、皆が顔を見合わせる。

 すると、アリアとアリスが先を争うように元気に手を挙げた。


「はいっ、『こびとのひめさま』!」


「はーいっ、『きょじんのかけっこ!』」


 うむ、そう来たか。

 ちなみにどちらも誰もが知る童話であり、エミリーとポーレットが2人に読み聞かせているのを見た事がある。

 おそらくは彼女達が知っている数少ない物語から自分の好きなものをあげたのだろう。

 他の者達に比べ、積極的に会議に参加する姿勢は評価に値するが、しかし…。


「両方とも誰もが知っているお話ね。でも、そうね。ちょっとそのお話は盛り上がりに欠けるわねぇ。」


 そうなのだ。

 両方とも物語を通して、初めてオチがつく。

 その中の一部分だけの寸劇にはあまり向いた話ではない。


「えー、だめー?」


「ちぇーっ。」


 2人は顔を見合わせて愚痴る…のだが、2人とも笑顔だ。

 おそらく年長者の真似をしているだけなのだろう。


「あの、『青き剣と白き百合の物語』なんて…どうでしょうか?」


「はいっす、私も同意見っす。」


「あれか。悪くないな。」


 エミリーの控えめの意見に、ポーレットを含めた何人かが頷く。

 むぅ、その意見が出なければ私が提案しようと思っていたのに…。


「そうね、悪くないわね。人気作だし、主人公がヒロインをゴロツキから助ける場面と、その後の自分の素性を打ち明ける場面ならそれなりに見ごたえがあるし。」


「はい、私もその場面が大好きです。」


 私の意見に、エミリーがわが意を得たりと大きく頷く。


「他に意見が無ければこれに決めるけど……無いみたいね。実は、寸劇について奥様に報告したらこれを()る事を薦められのよ。私としてはこれも悪くないとは思うんだけど、なんか圧力で決めさせられるのも癪だから他があればそっちにしようかと思ってたのよねぇ。まぁ仕方がないわね、お嬢様もこれが大のお気に入りだし。」


「いやいやいや、そこは素直に従ってご機嫌取りしとこうよ!」


 私の意見に、従騎士のポールが慌てて口を挟む。

 何よ、仕事ならともかく、プライベートにまで口を挟まれたくないじゃない。


「演目はそれでいいとして、配役はどうするの?さっき言っていた場面だとすると、主人公にヒロインにゴロツキが数人?」


「男が多いな…って、誰がやるんだよ。おれ、演技なんてできねーよ?」


 ポールの発言に、従騎士達がうんうんと頷く。

 テオは「どうしてもというなら。」と言っているが、意外と乗り気なのか?


「はーい、わたし、おひめさま!」


「あー、アリスずるい!わたしもおひめさま!!」


 物語の内容を理解していないのだろう、勝手に配役を名乗り出る年少組。

 私はポーレットと目配せをすると、そばに居たアリスを呼んで膝の上に座らせ、その口を軽く手で覆った。


「むー。」


 抗議のうめきを上げるアリスではあるが、「はいはい、少し静かにしていましょうね。」と宥めると、大人しくそれに従う。

 ポーレットの方はと視線を向ければ、彼女の膝の上にはアリアが座り、彼女は自らの手でその口を覆っている。

 利口な子だ。


「できれば、ニコラスには語り手、他の男性陣には大道具なんかをやってもらいたいのよ。衣装は女性陣で何とかするから。」


 私の意見に、あからさまに安堵の表情を浮かべる従騎士たち。

 そんなに演技をするのは嫌か?


「それなら問題ない。人前で演技する事に比べれば、どうと言うことは無い。」


「そうそう。それに、俺って結構手先が器用なんだぜ?」


「力仕事なら任せてもらっても大丈夫だ。」


 リリアン、ユーリ、デニスと、従騎士達が口々に同意する。


「うん、僕もそれで問題ないよ。やれといわれれば主役でもこなして見せるけど、立ち回りはあまり得意じゃないからね。そう考えれば~、僕のこの声を生かせるベストポジションだとおもうよ~。」


 高音から低音に声を変化させながら、演技がかった口調でニコラスが言う。


「だとすると主人公はテオでヒロインはナターシャ?まぁテオは男役としても見栄えするし、ナターシャならヒロインとしても十分よね。あとはゴロツキ役は…まぁ男装でも問題ないかしら。」


「結局はそんな所?でも、ありきたりすぎてあまり面白味がないわね。」


 私が皆の意見をまとめると、今までシチュー皿の中の人参をつついていたマリエルが口を挟んだ。


「それなら、私にいい考えがあるわ。」





 神暦721年 炎の月22日 光曜日


 明けて翌年、未だに続く新年の祝賀ムードの中のその日、お屋敷では会合を兼ねた夜会が行われていた。

 夜会自体は夏に行われた物とほとんど同じで、ガンガンに暖房の効いた大広間に穂首派の貴族とその家族が集結している。

 年配の既婚者達は落ち着いた衣服を纏い上品に挨拶と歓談を交わし、夏に比べればやや厚目であるドレスを纏った年若い娘達は、仲の良い者同士で集まりながら目ぼしい殿方の姿を横目で伺いつつかしましく会話に花を咲かす。


 前回の会議の後、多少配役で紛糾することもあったが、結局はそれも決まって劇に向けて一同は動き出した。

 詳しいシナリオに関してはポーレットとマリエルが、大道具は従騎士達が、そして衣装は私とナターシャ、エミリーで苦労を重ねながら手直しを行っていた。

 まったく、手直しと言っても限度があるのよ?


「まぁ、劇ですの、お姉様!?」


 夜会での会話、マリオンの問いかけに頷きで答えながら、ニネットにお代わりのグラスを渡す。

 広間の壁際、ほぼそこが定位置となりつつあるソファーに腰掛ける2人に、私は甲斐甲斐しく給仕を行っていた。


 そして周囲に立つ招待客たち…私も何度か夜会を経験することによりやっと気づいたのだが、その周囲の客達の多くは目の前の客との会話に花を咲かせながら、こちらを伺っていた。


 まぁ、王女と有力貴族の令嬢が親しげにしているのだ。

 あわよくばそれに混じる事で、両家の力添えを…などと考える事も理解できなくは無い。


「ええ、ナターシャの追い出しも兼ねて、ミリアムお嬢様の誕生日会で。」


「まぁ、それはとても興味深いわ!ユーリア様も出演されるのですか?」


「ええ、結局はそうなちゃったわね。」


「まぁ、それは是非とも見なくては!!」


 私が出演するという返答に、盛り上がる2人。

 だが…。


「誕生日会は身内だけで行うから、それを見るのはちょっと難しいかもしれないわね。」


「ええっ、そんな殺生な。」


「それは…残念ね。」


 私の意見にあからさまに落胆する2人。

 そんなに見たかったのかしら。


「まぁお嬢様が社交デビューしていれば、お客様を招いてのパーティーになるんだけれど…その場合は身内の誕生会は開かれないし…やっぱり無理ね。」


 私が諦めるように促すと、ニネットはため息をついてグラスに口をつける。

 だが、マリオンは俯いて何やらぶつぶつと呟いている。


「社交デビュー前なら…いっそのこと…ニネットも…。」


 そしてしばらくそうしていた後、不意に顔を上げる。


「お姉様、ミリアム様は今日の夜会には?」


「お嬢様?社交デビュー前だから、参加はしていないはずだけど…。」


「あら、ミリアム様であれば、先ほどご挨拶をいたしましたが?」


 私の返答に、ニネットが首を傾げて口を挟む。

 む、だとすれば王女に顔を繋ぐためにわざわざ挨拶に出てきたのか?

 ならばまだ旦那様や奥様の近くにいる可能性が高い。


「ニネット、私もミリアム様にご挨拶したいわ。紹介してもらえるかしら?」


「はい、マリオン様。」


「お姉様、少しだけ失礼いたしますわ。ですから、あまり遠くに行かないでくださいましね。」


 マリオンのわがままに、私は笑みを返して返事とする。


「ではニネット、行きますわよ!」


 マリオンはニネットを引き連れ、しずしずと…だが普段よりも早足で広間の入り口方面へ向かう。

 そして周囲からの視線は、彼女達を追うように方向を変えた。

 ふう、私が気づいていたのよりも、実際にこちらを伺う人は多かったようね。

 さて、今のうちに空のグラスを下げて、お酒も新しい物に…と考えていると、一人の客に声をかけられた。


「何かお勧めの物をいただけますか、ユーリア嬢。」


 声に振り向けば、そこには私を殴ったマティアスの弟、クリストフ・ビゾンが空のグラスを手に立っていた。




「これはクリストフ様、お久しゅうございます。」


 銀盆を片手で保持したまま腰を折ると、クリストフは苦笑気味に頷く。


「貴女には大変にご迷惑をお掛けしました。その後、お加減は?」


「はい、特に何も問題はありません。お気遣いありがとうございます。」


 礼に則っての杓子定規の対応に、彼は苦笑を深くする。


「しかし…穂首派を脱退されたビゾン家の方が、何故会合に?」


 未だに口調は固いが、社交辞令から踏み込んだ私の言葉に、彼は安堵のため息をつく。


「うちの家も完全に一枚岩という訳ではありませんので。兄は穂首派から離れることを望むが、私はそうではない。私は伏せっている父の復帰の先を見据えて動いているのです。」


 そう説明するクリストフ。

 けどいいの?

 周囲の耳もあるでしょうに。


「まぁ、ヴァレリー候にしても、ビゾン家や楠葡派の内情は欲しがりますからね。別ルートの情報源があったとしても。なので私が夜会に参加して、途絶えてしまいそうな繋がりを必死に修復しているのです。流石にまだ穂首派の会合自体にまでは参加を許されませんが、それはおいおいですね。」


 そう説明しつつ、「兄には内緒ですよ?」と小声でおどけてみせる。

 それを聞いて、私は内心安堵の息をつく。

 自分が原因で随分と社交界の状況が揺れ動いてしまった。

 そんな気がしていたので、それが揺り戻されるのであれば望ましい。


「しかし、ブリーヴ伯の令嬢は活発な方ですね。」


 その声に促されて視線を向ければ、旦那様と奥様、そしてお嬢様を交えて、何やら話をしているマリオンとニネットが見える。


「そうですね、もう少し落ち着いてくれれば…といっても私が言える立場ではないのですが。」


 そう言いつつも私達は微笑ましげに彼女達を眺める。

 やがて、伯爵が何かを話すと、マリオンとニネットが感激したように手を打ち合わせ、すぐにマリオンがお嬢様の手を取る。

 どうやら目的を果たしたようだ。


「あ、そうそう。ついでと言うとなんですが、我が家に関する未公開情報を。」


 む、そんな情報であれば、旦那様に伝えるのが先だろうに。

 私が訝しげに振り返ると、クリストフは年甲斐も無くニイッと笑う。


「我が兄マティアスとペルト子爵令嬢デボネア嬢の婚約が成立しました。」


次回更新は、内容の重要性と量、夏休みも考慮して再来週となるかもしれませんので見捨てずにお待ち下さい。



あと、AL作戦とMI(ry


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読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


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