2-37 侍女とカトラスと小間使いからの手紙
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…男装はもうすぐですから!
次回がアンジェル回でその次がいよいよですから!!
神暦720年 水の月12日 森曜日
「ほれ、動け、目を配れ、考えろ!」
とある休日、厩舎前の広場で私はカロン殿から戦闘魔術師としての訓練を受けていた。
その訓練のかなでも、今日のメニューは主に杖による戦闘と立ち回りの訓練だ。
杖を両手で構えたカロン殿が私に攻撃を繰り出す。
杖の長さはおよそ4キュビット(1.77m)…成人男性の身長程度の長さだ。
その杖でこちらの体を突き、腕を打ち、足を払う。
対する私は注意に耳を傾けつつも、杖で往なし、受け止め、躱し続けながら隙あらば反撃する。
「戦闘魔術師の戦い方は騎士や戦士とは違うもの。自らの身を守り、目の前の相手を倒すだけではなく、魔術による支援で周囲の戦況を有利に変え、味方の勝利に貢献する。味方が多ければその後ろに隠れて支援に集中する事も可能じゃが、大抵はそう上手く事が運ぶことはない。だから目の前の敵の相手をしつつ周囲の状況に気を配り、戦闘の推移を先読みするのじゃ!敵だけではない、味方の動きもじゃ!ほれ、『ライト!』」
カロン師は打ち合いながらも魔術を放つ。
それは魔術師にとって初歩の初歩である光を生み出す魔術…だがそれは、持続時間を限りなく短くした代わりに、容易く目が眩む程の光量を生み出す。
それを眼前に食らい、視力を失う私。
だが視界を失っても、声だけは耳に入ってきた。
「ほれ、動きを止めてはいかん。最後の光景から相手の動きを予測し、それに対応しつつ距離を取るのじゃ。ほれ、どうした、足が止まっ…がっ!!」
まだ回復しない視界の中、聞こえていたカロン殿の声が悲鳴と共に止まる。
それどころか、カロン殿が身を動かす音も止まり、ただカランと杖が転がる音のみが響いた。
「ぐっ…がっ…のっ…!おのれ、またしても魔女の一撃が…。」
ようやく回復してきた視界の中、未だ霞む風景を見渡せば、カロン殿が腰を曲げた状態で地面に蹲り、痛みに悶絶していた。
「カロン殿、また…ですか?司祭様も、あれほど安静にするようおっしゃっていたではありませんか。」
私はため息をつきつつ、カロン殿を見下ろす。
これで何度目だ?
「椅子に座りっぱなしで、食生活でも不摂生…それではよくなりませんよ。」
「わかっておる、わかっておるが…それよりも助けを…。」
安静にした状態で肉と豆を十分に摂る事で回復を早め、適度な運動で腰周りを強化する。
それが一番早い治療方法であるが、分かってはいても実行しなければ意味がない。
「わかりました。司祭様の所へ運ぶにもまずは人手が必要なので、そのままでいて下さいね?」
蹲ったままうんうんと唸るカロン殿を置いて、厩舎に向かう。
馬丁たちの手を煩わせる事になるが仕方ない、手伝ってもらって司祭様のところに運ぶとしよう。
カロン殿を司祭様に預けた後はそのまま訓練はお開きとなった。
その帰りにマリエルの部屋に寄り、鑑定の終わったカトラスとその鑑定書を受け取る。
鑑定の合間に、町でカトラスの鞘も作ってもらうよう依頼しておいたので、その費用も含めて報酬を支払ったらマリエルは小躍りして喜んでいた…ふふ、その喜びも何時まで続くかしらねぇ。
その後部屋に戻り、のんびりと過ごす。
そろそろ街に繰り出そうか…といった時分に部屋の扉がノックされた。
「ユーリアさん、居ますか?」
「はい?」
扉を開けて顔を出せば、そこには狐色の三つ編みを結い上げた緑のリボンの女中…蒸留室女中のロアナが立っていた。
蒸留室女中は家政婦直属の女中で、ジャムやハーブの製造や、その他の雑用をこなすのが仕事だ。
そして仕事柄家政婦の信頼も厚く待遇も上級使用人扱いとなり、このお屋敷では緑のリボンを付けることとなっている。
そんな彼女達の仕事のひとつが、女性使用人への手紙の配達であり、現に彼女は幾通の封書を取り出していた。
…よく届くマリオンからの手紙…にしては数が多い。
「お手紙です。サインをお願いします。」
手紙と共に、紙が挟まった板を渡してくる。
そこには、日付と手紙の数、受取人がリストになっており、私は自分の欄にサインを行う。
このお屋敷の使用人には貴族の子女も多いため、家の内情が記された手紙が届く事も多々あり、外部の人間にとってその手紙の価値は驚くほど高い。
なので手紙の扱いも厳重だ。
「はい、結構です。では失礼します。」
自分の仕事をこなすと、無表情に頭を下げて身を翻す彼女。
私は「ご苦労様」と彼女の労をねぎらうと、そのまま部屋に引っ込んだ。
「手紙?ブリーヴのお嬢様から…にしては多いわね。」
寝台に寝そべって本を読んでいたナターシャが、こちらに視線を向けて問う。
私は差出人を確認して…思わず微笑を浮かべる。
「故郷からね。家族…と私の小間使いからよ。」
「小間使いまで?随分と仲がいいのね。」
「まぁ、私が後見人だからね。」
しかし、この数の手紙が一度に届くとは、おそらくは誰かの手紙に、私も私もと相乗りの結果こうなったのだろう。
となると、アンジェルが手紙を書ける様になってから、タイミングよく手紙を送ることにしたのは…父上か?
その気遣い、有難い事だ。
私がそんなことを考えている間に、事情を察したのか「む。」と言葉に詰まり、気まずそうな表情でこちらの続きを伺うナターシャ。
私は彼女に笑いかける。
「まぁそれほど深い事情があるわけでもなし。っとまぁ、その辺は飲みながらね。」
私は『凍える大河』を腰に差し、包みを持って立ち上がる。
その包みの中には、カトラスと鑑定書が入っている。
「そうそう、マリエルにまとまった収入があったようだから、今日こそは今までの分も奢ってもらいましょうかね。」
私がそう嘯くと、事情を知っているナターシャは苦笑混じりに「鬼」と微笑む。
私がこのお屋敷に着た頃に彼女に奢ってもらうと言う話になったが、なんだかんだでその約束は今日まで果たされていない。
さぁ、マリエル、年貢の納め時よ?
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銘:炎の捕食者
作者:鍛冶 ロランのマルセル
付与 ロランのサガモア
作成地 :ロラン
作成年代:神暦690年以降
魔術効果
変生:松明/15M 魔力点1消費
付与:赤熱の刃/5M 魔力点1消費
攻撃:炎の竜巻 魔力点全消費
変性:炎の捕食
周囲2パーチ(5.92m)までの炎を吸い取る。
焚き火サイズの炎を吸い取る事で魔力点1回復
備考:刃渡り18インチ(45cm)、柄の長さ5インチ(12.5cm)、片刃の曲刀
刀身に白銀鋼を用いる。
刀身の根元に並列で10個の小さな紅玉の飾りを持つ。
魔力点1を吸収するごとに、一つの飾りが淡く光る。
だが、吸収は魔力点3つ分までしか出来ない。
以上を鑑定す。
鑑定者:デファンスのマリエル
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「ふーん、そういった曲刀なんだ。」
鑑定書に目を通しながら、イングリットが呟く。
場所はいつもの『川風亭』のテーブル席だ。
ちなみにこの曲刀、マリエルが鑑定している最中に少し借りて色々試してみたのだが、その大きな特徴は付与された魔術効果の発動に使用者の精神力ではなく、曲刀に蓄積された魔力を使用する点だ。
この特徴により使用回数に制限がかかるものの、使用者の負担はかなり軽くなる。
つまり、前回の海賊退治の様に魔術効果の使いすぎで疲労することもほとんどなくなるのだ。
まぁ魔術効果の発動や停止に多少の精神力を使うけど、術本来の発動に比べれば微々たる物だ。
ちなみにそういった特徴を持つ魔導具は珍しい物では無いが、大抵は事前に使用者なりが精神力を込めることによって、魔力を蓄積する必要があり、精神力を使って直接発動するのよりも効率が劣る。
だが、この曲刀は周囲の炎を吸収し魔力として蓄積するように作られている。
これにより、たとえば魔術効果により発生した炎を延焼させて大きくし、それを吸収する事で際限なく使用する事もできる…吸収効率などを考慮する必要があるので、あくまで理論上でではあるが。
ちなみに、実際に『炎の捕食』で炎を吸収しその他の機能も使ってみたが、『赤熱の刃』は薄い鉄板であればそれを熱したナイフでバターを切るかのように容易く切り裂き、『炎の竜巻』は振りぬいた曲刀の軌跡上を人間サイズの炎の竜巻が舞い踊った。
これであれば海賊の船に乗り移った際に、帆を燃やし甲板上を火の海にするのも容易いだろう。
あとは松明は…松明がない時は便利そうだった。
といった感じで、私にとってそれは『凍える大河』がある以上、持て余してしまうものでしかなかった。
「白銀鋼のカトラス…しかも今打ちとはいえ魔剣…曲刀は剣に比べて需要がないから、ここまでの物は滅多に出ないのよねぇ。」
そう呟いてため息をひとつつくイングリット。
「貴女には『凍える大河』があるんだし、使い手のあてがなければ手放すんでしょ?」
彼女の問いに、私はグラスに口をつけながら頷きで返す。
彼女はテーブルに肘を付くと、至近からまじまじとテーブル上の曲刀を見つめる。
「ああ、手持ちがあればなぁ…といってもそんな大金、手に入れるあてもないしなー。」
終にはテーブルに頭を載せ、ぶつぶつと呟きだす。
彼女も既にそれなりに飲んでいる。
酔いの所為かお行儀が怪しい。
「今のところ懐は暖かいし、別に手放す必要もないのよね。まぁ使い手のあても無い事は無いんだけど。」
グラスを傾けながら、正面のイングリットを見下ろす。
ナターシャはそのとなり、マリエルは…鑑定料の大半が早速飛んでいってしまう事態に、いじけて店の隅で1人ヤケ酒を呷っていた。
また潰れないでよ?
「誰よそれ?侍女仲間?それとも執事にでも貸し出すの?ここまでの物なら、執事どころか家令が持っても箔が付くわよね。」
生憎と、そっち関連はあまり伝が無い。
精々が朝礼で顔を合わせる程度だ。
なので使い手のあて、当の本人に声をかける。
「それで物は相談なんだけど、それ、使ってみる気は無い?」
「えーっ、私がぁ?……って本気!?」
最初は私の話を聞き流していたが、その内容を理解してがばっと身を起こすイングリット。
彼女はその顔に隠しきれない喜びを浮かべている。
「持ってても使わないし、また海賊なんかに買われて犯罪に使われるよりかは、有意義じゃないかなって。」
「えっ、でも…いいの?」
「まぁ、こっちとしては手入れさえしっかりしてもらえればいいし、気に入ったなら買い取ってもらえればありがたいけど。」
私の言葉に、イングリットがわなわなとその身を震わせる。
「それでいいのなら…わかった、これ預らせてもらうわ。それで私もユーリアに負けずに海賊の頭目を仕留めて、賞金でこれを買い取る。今はまだいつになるか分からないけどね。あと、全然足りないかもしれないけど、頭金として小金貨20枚程度なら払えるわ。」
「必要ないわ。貴女なら身元ははっきりしているし。」
そう言って私が頷くと、イングリットは剣を一度鞘ごと捧げ持ってから、ベルトに吊るす。
うん、これで魔剣が無駄にならなくて済んだ。
「けどいいの?ユーリアの話だと、水夫稼業に身を入れるのはお父さんがあんまりいい顔しないって話だったけど。」
それまで黙って聞いていたナターシャの意見に、私たちは顔を見合わせる。
「そりゃぁ、親父はいい顔しないかもしれないけど…関係ないわ。いつもの事だし。」
「私の事を熱心に勧誘するくせに、実の娘は水軍に関らせたくないって言うのは少し虫が良すぎるわよね。」
私たちが意見を述べると、ナターシャは大きくため息をつく。
「世の父親達は娘心がわからないってよく言うけど、やっぱりどこもそんなものなのね。」
ナターシャの言葉に、イングリットは大きく頷く。
「けど、うちはどちらかと言えば放任かな。私の事は母上にまかせっきりだったし。」
私の言葉に、ナターシャは半目でこちらを睨む。
「それで今のユーリアが出来上がるなら、それはそれで凄い母親ね。」
「ええ、私の自慢の母親よ。」
胸をはって答える私に、ため息混じりにナターシャは呟いた。
「あんまり褒めてないんですけど。」
その後はそれぞれの父親に対する愚痴で盛り上がり、門限に近くなったのでお開きとなった。
その間に、結局マリエルは酔いつぶれていたが、無論それで支払いを逃れられるはずもなく、彼女の財布はその分の嵩を減らした。
お屋敷に帰った後、マリエルを彼女の部屋に放り込む。
そして風呂で汗を流した後に、部屋に戻って手紙を開いた。
父上からは近況の報告と職務を適切にこなしているかの確認、そして近いうちに穂首派の会合のため、ヴァレリーに顔を出す旨が書いてあった。
母上からは近況とこちらの体調を心配する声。
アレリアからは近況とこちらの生活についての質問とアンジェルについての愚痴。
だがまぁ、アンジェルとはそれなりに仲良くやってはいるようだった。
そしてアンジェルからの手紙。
「おじょうさま、おげんきですか。わたしはげんきです。」で始まる手紙は、拙くはあったが彼女のデファンスでの生活を事細かに綴ってあった。
私は微笑を浮かべながら手紙を読み進め、自分の記憶の中にある故郷に彼女を写し込んでいく。
だが、やがて私は彼女の手紙の中に気になる点を見つけ、思わず疑問を呟いた。
「何で…デファンスでの生活にオデットとブリジットがでてくるのよ?」
読んでいただき、ありがとうございました。
次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。
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