2-36 侍女と貞操の危機?
だ、大丈夫だよね?(18禁な意味で)
神暦720年 水の月04日 森曜日
まだ夜の開けぬ深夜に目を覚ました。
胸元に感じる温もりをそのままに、酒精に酔ったまま天井を見つめて…普段見つめるそれとの違いに気付く。
部屋の中央に寄りすぎている。
私の寝台は窓際…って、窓はどこ?
この部屋には、両腕を伸ばしている頭側にしか窓が無い。
その窓からは外の月明かりが差し込み、室内を淡く照らしていた。
そうしている間に、やっと今の体勢の違和感に気付く。
頭の上に両腕が伸ばされているが、その腕が動かない。
身をよじってそちらに視線を向けると、寝台の枠に腕輪と共に縛り付けられた腕が見えた。
「えっ、何?」
驚きに声を上げ、混乱する頭で状況を思い出そうとしていると、胸元の温もりが離れて身を起こした。
「ふふ、おはようございます、ユーリアさん。」
そう呟いた人影に視線をやる。
普段は結い上げられている緑がかった金髪は解け、それに埋もれるようにしている彼女はメガネと服を身につけていなかった。
小ぶりであるが、形のよい胸が窓の光に浮かび上がる。
森妖精という種族故の、シミひとつ無い肌と相まってまるで著名な芸術家の手による彫像のようだった。
「カスティヘルミ…さん?」
驚いて名前を呼ぶ私に、彼女は「はい」と笑顔で答える。
そして、自分の格好を再認識する。
纏っているのは下帯とシャツのみ…そのシャツも、ボタンはすべて外れて胸がはだけていた。
「なっ、これは?」
身をよじって肌を隠そうとするが、かえって襟がめくれて脇腹まで露になってしまう。
カスティヘルミさんはそれを見てくすくすと笑う。
「ユーリアさんがあまりにも可愛かったので、お持ち帰りしてしまいました。」
神暦720年 水の月03日 水曜日
秋になり、随分と過ごしやすい気候になった頃、その日は訪れた。
アルフレッド坊ちゃまの誕生日である。
このお屋敷での未成人の住人の誕生日会は、使用人や騎士団の隊員も参加して盛大に行われる。
この日ばかりは住人と使用人の垣根は取り払われ、振舞われた酒と料理を盛大に飲み食いし、参加者たちは心から誕生日を祝う。
なお、一部の使用人を除いて翌日の昼前まで仕事から開放されるので、存分に酔うことも可能だ。
また余興として使用人の有志が素人劇や素人芸を披露し、主役達を楽しませる。
そしてこの日は、普段は目立たない事が最上とされる服装も規制が外れ、皆がここぞとばかりに着飾り、中にはこの日を境に関係を深める男女も多い。
もっとも、これについては屋敷内での男女交際禁止の原則があるため、黙認されているに過ぎないが。
それに対して、成人の誕生日は基本地味だ。
当日の目覚めの際にお付きの使用人一同から祝いの言葉を述べられ、家族が一同に集まったときには皆からの祝いの言葉とプレゼントが贈られる。
その程度だ。
もっとも、当日は客人の訪問が増え、ちょっとしたパーティーのようになる事がほとんどだが。
つまり、碌に交友関係を築いていない未成人の住人の誕生日が使用人たちにより盛大に祝われるのは、このパーティーの代わりに誕生日を思い出深いものにするためである。
そうして、私がこのお屋敷に訪れてから初めての…誕生日パーティーがやってきた。
「アルフレッド坊ちゃま、7歳のお誕生日、おめでとうございます。」
「「「「おめでとうございます!」」」」
家令のドミニクさんに続き、使用人、騎士団員達が声をそろえてお祝いする。
「うん、ありがとう。」
生憎と休日と重なってしまった誕生日の夕刻、大広間の壇上でその中央に置かれた椅子に座った坊ちゃまが答える。
その左右の椅子には旦那様と奥様が腰掛け、その後ろにはお嬢様方と若様夫婦が並ぶ。
そして旦那様がごほんと咳払いをひとつすると、口を開いた。
「皆のアルフレッドへの祝いの言葉、有難く思う。ついては酒食を用意した。今日だけは仕事を忘れ、楽しんでくれたまえ。」
「「「「はいっ、ありがとうございます。」」」」
旦那様の宣言により、誕生日会が幕を上げた。
料理とお酒を取って、隅っこの丸テーブルに座る。
エミリーの件で目立って以来、私はできるだけ目立たぬよう過ごす事を心がけていた。
只でさえ奥様付きで実家の爵位も高く、注目を浴びやすいのだ。
それなのに騎士団の訓練に参加していたり、魔術師の所に出入りしたりと話題に事欠かない。
そのため、今日の服装も普段の休日どおりのシャツにズボン、それに明るめのベストといった格好だ。
唯一おしゃれと言えるのは、腕輪ぐらいだろうか。
皿の上には腸詰にチーズ、キャベツと塩漬け肉の炒め物といった料理が盛られている…全部酒が進むものばかりだ。
私はそれらをつつきながら、会場を眺めた。
壇上の脇には移動式の小さな舞台が運び込まれ、おそらくは劇だろうか?
その準備が行われている。
その舞台を正面から見える席にお屋敷の住人が陣取り、抜け目の無い執事や従者達は、真っ先に坊ちゃまに挨拶に並び、その顔を売り込んでいる。
私も後で挨拶しとかないと…
そんな事を考えながら、グラスに口をつける。
グラスの中は甘めの白ワイン。
さすがにお客様に供するものに比べればランクは落ちるが、まずまずのものだ。
このお酒が飲み放題なら、破目を外す輩が出るのも頷けるわね。
上級貴族出身ならともかく、平民や下級貴族出なら、自腹で飲むのを躊躇う程度の値段はする。
「けど、ちょっと種類が少ないのよねー。」
グラスが置かれた給仕台を思い出しながら呟いた。
あったのはワインの赤と白、エールとブランデー、あとは果汁とお茶程度だった。
甘めの物が飲みたくなったら、ワインかブランデーを果汁で割るか…そんな事を考えていると、給仕台の方から声が上がった。
「客間女中のエリアさんより、林檎酒1樽を寄贈いただきました!皆様、拍手を!!」
視線を向けると、声をはりあげたニコラスと、皆に注目されながらも優雅に一礼するエリアさんの姿が見えた。
そうか、酒所出身なら、実家から届けてもらって名を売る事もできるのか。
というか、ひょっとしてそれを見越した品揃えかしら。
そう考えながら拍手をしていると、会場の向こうからエミリーとポーレット、アリアとアリスがやってきた。
「ユーリア、いたーっ!」
「いたーっ!」
料理の乗ったお皿を手に、こっちに歩みよって来るアリアとアリス。
だがその歩みは料理を無事に運ぶためにおっかなびっくりだ。
「ほらほら、頑張れ頑張れ。」
私が応援する前で、何とかテーブルまでたどり着き、皿を置くアリア。
大きく息をついて汗を拭う仕草をする彼女に、フォークに刺した腸詰を差し出すと、彼女はそれにぱくりと食いついて咀嚼し「おいしい。」と満面の笑みで微笑んだ。
「あー、アリスも、アリスもー。」
そう言って私に向けて口を開けるアリス。
まったく、雛鳥か。
私がまた腸詰を突き出すと、彼女もそれに食いついて「おいしい」と笑う。
「いやー、一通り大皿を出し終えたんで、やっと料理にありつけるっスよ。」
「私も、奥様への給仕が終わったので…。」
そう言って席につくポーレットとエミリー。
ナターシャはどうやら若奥様付きの侍女達で揃って座っているようだ。
それも主人の席のすぐそばに。
今日は彼女も休日なのに…見上げた職業意識だわ。
え、奥様付き侍女?
今夜当直のユニスさんに丸投げよ。
そういえばマリエルは…と会場を見渡すが、見当たらない。
昼食の時に誘ったのだが、来ないのだろうか。
「あと少しでこのカトラスの鑑定も終わるのよー!」
と言っていたので、やはり来ないのかもしれない。
あ、デル・シールの海賊から押収したカトラスは、正式に私のものとなった。
あの後、水軍と騎士団の合同で海賊達への取調べが行われた。
その結果、なんでもあの頭目はデル・シール近辺では結構有名な海賊だったらしく、頭目は生死未確認ながらも状況的に生存は不可能と認められた為、海賊団壊滅も合わせて水軍には多額の賞金が支払われた。
そのうち、私には2割程度も支払われることになり、その大金は、鎧の代金を支払って少し懐が寂しかった私には非常に有難い収入となった。
ただまぁ、ちょっと貰い過ぎと言う気もするのだけど、私もその末席に加わった最終報告会議で船長…バルボロさんに相談した所、それだけの事はしたので取っておけと押し切られた。
それに加えて、船乗りになる気はないかと熱烈な勧誘を受けた。
それは私が居ると戦力が2倍になるといった凄い持ち上げ様で、受けてもらえるのであれば士官待遇ですぐにでも迎え入れるとの事だった。
無論、私は行儀見習いの途中であり、それを途中で投げ出す訳にもいかない。
そのため、きっぱりとお断りさせていただいたのだが、船長は最後まで残念がっていた。
まったく、「イングリットも少しは君を見習ってくれたら」なんて言っていた父親は何処へ行ったのだ。
まぁそれはおいておいて、手に入れたカトラスは一度鑑定してもらう必要があった。
そのため、こんどはカロン殿へと相談した上で、正式にマリエルに鑑定を依頼する事となった。
報酬として相場にそこそこの色を着けた金額を提示しておいたので、ここ最近は目の色を変えてそれに没頭している。
ただ…彼女は鑑定に真剣になりすぎて、それに労力をかけすぎている感も否めない。
カロン殿にそれを相談した所、「そこに気付く分、マリエルよりも利口じゃな。」と笑っていた。
けどあのカトラス、どうするべきかしら。
…下手に部屋に置いておいても、アリア達がひっぱり出してきたら危ないわよね…。
そのアリアたちを見れば、アリスは舞台の劇に視線が釘付けで、アリアは天井の方をずっと眺めている。
そちらに視線を向ければ。『科戸風の命』が天井付近をたゆたっていた。
やっぱり、この子には見えているようだ。
「アリス、何が見える?」
私の質問に、首を傾げて言葉を探すアリス。
ん?
難しい質問だったかしら?
だが彼女は、なにかを思いつくと笑顔で答えた。
「えーっとね、虫さん!虫さんが飛んでるの!!」
…彼女の語彙にはまだ『妖精』というものは無かったようだ。
アリアの虫発言に過剰に反応し、怯えた様子で部屋を見回す隣のテーブルの侍女を宥め、精霊についてアリアにレクチャーする。
彼女は真剣な表情でふんふんと聞いていたが、やがて時間となった様で、ポーレットたちに連れられて仕事に戻っていった。
後に1人残される私。
仕方がないので、配膳台でエリアさん寄贈の林檎酒を受け取って席に戻り、ちびちびやりながら劇を眺める。
子供向けの寓話や人気のあるお話の中から、誰もが知っている数シーンのみの劇。
まぁ、時間が限られるからそれも仕方がないが、大道具や書き割り等、素人劇なりに結構凝っている。
それをキラキラした目で見つめる坊ちゃんと、真剣な表情でそれを鑑賞し、終わった後は盛大に拍手を送る旦那様。
…そういえば、演劇を含めて芸術に目が無く、素人芸は大好物だって話だったわね。
もう来年の春にはナターシャも出て行っちゃうし、その前に機会があれば…って、確かミリアム様の誕生日が来年の初めか。
その時には、みんなで参加してみるのもいいかもしれないわね。
気分を変えるために席を立ち、坊ちゃまへお祝いの言葉を述べた後にまた元の席へ戻る。
途中、テオたちの一団が占拠するテーブルの脇を通りがかり、軽く挨拶する。
しかし、男達だけで女っ気のないテーブルね。
折角のパーティーなのに、淑女に声をかける度胸もないのかしら、情けない。
ちなみに、いつの間にかニコラスの姿が会場から消えていた。
消える直前に話していた女中の姿も見えないが、あれはあれで手の早さに驚くばかりだ。
そんな事を考えながら席に戻り、劇に続く歌の披露を聞いていると、私の前に人影が立った。
「こちら、よろしいでしょうか?」
グラスと籠を持ったカスティヘルミさんだ。
私は笑顔で彼女を迎え、席を勧めた。
「故郷のお酒が手に入ったんです。おひとつ如何ですか?」
「はい、是非!」
足元に置いた籠から瓶を取り出すカスティヘルミさんに、即答する私。
しかし、森妖精のお酒が…瓶?
私の疑問が顔に出たのか、彼女はにっこり笑って説明をする。
「故郷の瓶瓢箪で醸造したお酒です。ここまで人族の商人が運んできたのですが、その際に樽に移しかえられていたので、自分で詰め直したのです。」
ガラス瓶を製造する場合、材料を炉で高温に熱する必要ある。
人族はそれを薪から作った炭で行うが、森妖精はそれを嫌うために彼らがガラスを作る事は稀だ。
もっとも、使う事についてはあまり気にしないようだが。
私はグラスに残ったお酒を干した後、それを差し出して新たなお酒を注いでもらう。
そして彼女が見守る中、それを利いてみる。
かすかにとろみのある琥珀色の液体、香りは果実臭の中に花の香りが混じる。
そして味…まるで桃の果汁のような濃厚な甘み。
だが、甘みの中に程よく酸味が混じり、最後にぴりりとした後味が残る。
酒精は…弱い所為もあってか非常に飲みやすい。
うん、これは…。
「美味しい。美味しいですね、このお酒。」
「ふふ、気に入っていただけました?」
「ええ、すごく。」
そう答えて飲み干すと、彼女はすぐにお代わりを注いできた。
「随分と仲良くなったのですね。」
彼女の視線につられて見れば、『科戸風の命』は相変わらず天井付近をたゆたっていた。
季節も秋で既に日が落ちているので、夜風は冷たく窓は換気程度しか開けられていない。
「ええ、この前の海賊退治のときも、非常に役に立ってくれました。」
「この短期間で、よくここまで懐くものだと感心するばかりです。ですが…少々出ずっぱりではありませんか?」
カスティヘルミさんの質問の意図がわからず、首を傾げる私に彼女はため息をひとつ。
「精霊を常日頃から実体化していると術者への負担もかなりの物になります。ですので、必要が無い時は精霊との繋がりを切って、必要時にまた繋げるものなのですが…どうやら説明不足だったようですね。」
彼女の言葉に記憶を漁る…そういえば、初めて『科戸風の命』を呼び出してからしばらくは、イライラすることが多かったような記憶がある…しばらくしてそれも消えたけど、月の物の所為じゃなかったのか。
無意識にグラスを飲み干すと、カスティヘルミさんがまたそれに注ぐ。
「精霊に近しい妖精族でも、数日と繋がり続けると精神が不安定になったり頭痛などの症状が出たりするものなのですが…まったく驚くばかりです。」
こちらの視線に気付いたのか、『科戸風の命が』降りてくる。
私が指先に魔力を集めそれを突き出すと、それは指先に止まって魔力を受け取り、こちらの周囲を一回りした後に天井へと戻っていった。
そういえば、カスティヘルミさんは水の精霊と会話をしていたっけ。
私も、そのうちに『科戸風の命』と話せるようになるのかしら?
そんな私の思いを他所に、それは相変わらず室内をたゆたいはじめた。
「そうですね、あの頃はイーリアとレイアはいつも一緒でした。もちろん、職務以外の時間はですが。」
私は時々相槌を打ちながら、カスティヘルミさんの話に耳を傾ける。
「頭の回転は速いものの、どこかおっとりしたイーリアと、活発で男勝りのレイア…まったく正反対の2人でしたが、見ているこっちが微笑ましくなるくらい仲の良い2人でした。」
話を聞きながらグラスを傾ける。
しかし、本当に飲みやすいお酒ね。
結構飲んだから、そろそろ瓶も空…ってまだ6割方残ってるじゃない。
残すのも勿体無いし、しっかりと飲みきらないとね。
「私は仕事柄イーリアと関る事が多かったのですが、彼女と2人でいるとすぐにレイアが焼餅を焼いて割り込んでくるんですよ。」
そう昔を懐かしむカスティヘルミさん。
私の視界の中で、その像が回る。
あれ、少し飲みすぎたかしら?
「そういえばカスティヘルミさん…このお酒って、何からできているんでしたっけ?」
ふと気になったことを尋ねてみる。
聞いたような、聞いてないような…記憶があやふやだ。
「あれ、言ってませんでしたっけ?これはですね、毒玉の木の樹液をまだ新鮮なうちに集めて、乾燥させた日陰葉と一緒に醗酵させたものです。日陰葉のおかげで、醗酵しても毒物はほとんど含まれないんですよ。」
そう言って微笑むカスティヘルミさん。
うう、世界が回る…そうか、あのぴりりとした後味は麻痺毒の残滓かしらね…そんなことを考えながら、私は意識を手放した。
神暦720年 水の月04日 森曜日
そんなこんなで拘束されてベッドの上である。
部屋を1人で使っているところから見て、カスティヘルミさんの部屋だろうか?
やっぱり種族的な違いもあって、1人部屋等といった特別扱いが許されるのだろうか…じゃなくて。
「ふぅ…イーリアとの褥は、毎回レイアに邪魔されてしまいましたが…やっと願いがかないます。」
そう言いながら、私の肌の上をカスティヘルミさんの細指が這う。
その向こうには上気した彼女の顔と、更にその向こうには薄絹さえ纏わぬ彼女の胸。
その控えめな胸が、彼女の動きに合わせて私の体に押し付けられ、形を変える。
これは…ヤバい。
貞操の危機だ。
女同士なら問題なし…という意見もあるが、カスティヘルミさんに対しては尊敬はするがそういう感情は抱いたことがない。
個人的意見を言わせてもらえば、女同士でもその気も無しに無理矢理というのはアウトだ。
大声を上げようと息を吸い込むが、声を発する前に手のひらで口を塞がれる。
「ユーリアさん、叫ぶのは構いませんが、どんなに叫んでも私の精霊の力で外へは伝わりませんよ?ですので、感じるままに存分に声を上げて頂いても大丈夫です。」
妖艶に微笑んだ彼女は、今度は私の胸元に舌を這わせる。
それが段々と首筋へと移動し、私は思わず顔を背けた。
「ふふっ、怖いのですか?でも大丈夫、すぐに自分から求めるようになりますわ。」
彼女は私の左横に寝そべっていた体を起こし、私の足に跨る。
その感触の冷たさに、思わず息を呑む。
「ユーリアさんが目覚めるまで、ずっと自分を慰めていましたの。だからもう、こんなに。さぁ、もう待ちきれませんわ、ユーリア。」
のしかかってくる彼女に、思わず腕に力を込めて身を硬くする。
彼女はそれを見て微笑むと、私の顔に彼女の顔を寄せた。
「思えば、ジュリー…貴女の前任者がお屋敷を旅立ってから、今日までずっと1人寝でしたもの。ユニスもパメラも、ちっとも誘いに乗ってくれなくて。」
そう言って、濡れて月光に光る舌で自らの唇を舐める。
その言葉を聞いて、今更ながら職務初日に聞いたユニスさんからの忠告を思い出す。
ぼかし過ぎでよく理解できなかった結果がこれだよ!!
「さぁ、ユーリア、力を抜いて。大丈夫、最初は私に任せて頂ければ、何も問題はありません。」
そう耳元で囁くカスティヘルミさんに、怯え混じりの笑みを返す。
私が彼女を受け入れたと思ったのか…妖艶に微笑む彼女の頬を、私の両手がそっと包んだ。
「かわいいユーリア。さぁ、いらっしゃい。」
彼女がそういうのなら、遠慮は要らないだろう。
私は彼女の長い両耳を摘むと、思いっきり左右に引っ張った。
「痛い痛い痛い痛い!」
私に耳を引っ張られ、痛みから彼女は身を起こす。
しかし、それでも私は耳を放さない。
「痛い痛い痛い!お願い、耳はやめて!!」
彼女は涙目で叫んでいるが、彼女の言が正しければ他の部屋には聞こえていないはずだ。
うん、問題ない。
それにしても、腕輪を身につけておいて本当に助かった。
横着してリボンで縛っていた事もあり、難なく引きちぎることができた。
まったく、詰めが甘い。
「痛い、お願い、耳がちぎれてしまいます!!」
さて、この耳はどうしよう。
腕輪を着けたままで力の限り引っ張ったら、本当に耳が取れてしまうんだろうか…。
まぁ試すつもりも無いけど。
私は耳を放すと、ため息をつきながら起き上がってシャツのボタンを留めた。
その間中、カスティヘルミさんは赤くなった耳をさすっている。
さて、どうしたものか。
聞いたところ常習犯らしいし…この部屋が1人部屋なのも、案外同居人という逃げ場のない獲物を与えないための処置なのかもしれない。
だとすれば…お仕置が必要ね。
何故か脳内に母上の面影が浮かび、「やってしまいなさい!」と声が聞こえた…様な気がした。
まぁ耳は勘弁してあげたんだし、これぐらいは必要よね。
私はこちらに背を向けて寝台に座り、耳をさすっているカスティヘルミさんの背後に移動する。
嫌な気配を感じたのか、慌てて振り返ろうとする彼女の手首を掴み、ひねり上げて寝台に押し付ける。
それにより、高く持ち上げられる彼女のお尻…森妖精だけあって、肉付きは非常に薄い。
「え、ちょっと、ユーリアさん、これって…。」
首をこちらに向け、怯えたように状況の説明を求めるカスティヘルミさん。
だが私は、満面の笑みを浮かべるとただ一言答える。
「お仕置。」
そして私は平手を彼女のお尻に振り下ろした。
母上直伝の尻叩き。
無論、手ほどきを受けて習ったのではなく、自分の身を持って体験し修めた技だ。
部屋中に打擲音と彼女の悲鳴が響くが、外に漏れないのなら問題ないだろう。
「いやっ、やめてっ、ゆるしてっ、これじゃイーリアの時と変わらないじゃない!」
悲鳴と一緒に何か色々と言っているが、どうやらお母様に手を出そうとした時も、母上に同様に懲らしめられていたようだ。
森妖精というものは、長い時間を生きる所為で進歩がないのかしら。
「まったく、親子二代に襲い掛かって、同じように懲らしめられてるんなら世話が無いわね。」
そう言いながらも手は休めない。
だがいい加減、打つ手も痛みだしてくる。
いっそのことフォースシールドでも手にかけて…だめか、叩いた時の威力まで落ちてしまう。
だったら限界まではこのまま続けてみようと考え、そのまま無心で叩き続ける。
「痛い、お願い、んんっ、許して、あんっ、もうしないから!お願い、ユーリア!」
それから数刻…空が白み、夜が明け切った頃になって、私はお仕置きする手を止めた。
カスティヘルミさんはお尻を持ち上げた体勢のまま、ピクリとも動かない。
白磁のように綺麗だったそのお尻は、まるで林檎のよう赤く、丸く腫れている。
まぁ、呼吸はしているし問題ないでしょう。
それよりも、セリアさんにこの件を報告しないと。
彼女が尻の痛みで動けないなら、その分の穴埋めを考える必要がある。
それよりも今は…。
「とりあえずは、セリアさんが起きるまで一眠りしましょう。」
今日はパーティー明けということで、お仕事は昼からという事になっている。
家政婦のセリアさんであれば、ギリギリまで惰眠をむさぼると言う事は無いだろうが、さすがにこの時間に部屋を訪れるのは気が引ける。
私は部屋に落ちていた服を身につけ、未だ寝台の上で動かないカスティヘルミさんに毛布をかけると、自らの部屋に戻り、眠りに落ちた。
読んでいただき、ありがとうございました。
次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。
ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。
評価を付けていただければ今後の励みになります。
誤字脱字など指摘いただければ助かります。