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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第2章 侍女の生活
71/124

2-35 侍女と海賊退治

 神暦720年 大人の月27日 地曜日


 イングリットの叫びを理解する間もなく、私は足元からの衝撃に突き飛ばされ、受身を取りながら甲板を転がった。

 受身を取るために手放した盾ががらんがらんと転がっていく。

 そして起き上がると、斧犀号(アクスライノー)の左舷のすぐ外には竜頭船の船首飾りが覗き、その付近から鉤つきのロープが投げ込まれるのが見えた。

 追いつかれてそのままぶつけられたか?

 一部とはいえ櫂を折ったし、距離があったから追いつかれる前にもう1隻を制圧できるかと思ったけど、右舷側の櫂を左舷に付け替えて追って来たか。


「櫂手!総員武装して甲板へ!!」


 船長が叫ぶ…が、船室からの反応が無い。

 さっきの衝撃はかなり強かったから、中で負傷者も出ているかもしれない。


「ユーリア、大丈夫?」


 こちらに声をかけるイングリットに頷き、立ち上がる。

 そしてもう一度『凍える大河(フローズンリバー)』を引き抜くと、『氷河の刃(グレイシャーブレード)』を発動させた。


「そういえば、それを使うのを見るのは初めてね。」


 そうイングリットが嘯くがその表情は硬い。

 竜頭船の乗員は1隻30人程度…それに対して現在斧犀号の甲板にいる船乗りは十数人だ。

 その上、衝突の衝撃で接舷していた奥側の船と離れてしまい、そちらからの応援も期待できない。

 こうなった以上、現状の戦力で船内、もしくは奥側の竜頭船を制圧した船員が戻ってくるまで耐えなくてはならない。

 だったら…。


「イングリット、こっちは任せるわ。」


「え、何?怖気づいた?」


 こちらの緊張をほぐそうとしてか、軽口を叩くイングリットに、私は微笑む。


海賊船(あっち)を制圧しても、この船を取られていたら意味が無いじゃない?」


「ちょっと、それって…。」


 そして私は、彼女の制止の声を無視して海賊船へ向けて駆け出した。



『我を守れ、力の盾よ―――フォースシールド』


 走りながら呪文を唱える。

 まともな防具も無く、これぐらいしかできないのが悔やまれる。

 折角鎧を仕立てたのになぁ…。


 そして現在の状況を考える。

 こちらの船の陰になって、相手の船の甲板上は窺い知れない…だが。

 ―――相手の船とこちらの船の大きさ、投げ込まれたロープの角度!

 視界の中の情報を繋ぎ合わせて、相手の船の位置を予想する。

 ―――ロープを投げるとしたら、船首と船尾から…。

 おそらくは力いっぱい綱を引き、索具に固定している最中だろう。

 ―――そして村人は船の中央!


 私はロープの角度を頼りに、竜頭船の船尾に当たりを着け、それ目がけて舷側を踏み切った。



 流れる景色、宙に浮く身体。

 そして竜頭船の甲板上の風景が目に入ってくる。

 ロープを引きつつ飛び出してきたこちらに驚き、動きを止める海賊。

 こちらの船の舷側に取り付き、斧を引っ掛けてそれを登ろうとする海賊。

 手足を縛られて、精一杯身を寄せ合って助けを待ちわびる村人達…。

 そして弓を引き絞ったまま、こちらの甲板から獲物が顔を出すのを待っていた歳若い弓手。

 彼の顔にも驚きが浮かんでいる…が、日頃の鍛練の賜物かその体は無意識のうちにこちらに向き…ヤバっ!


 弓引く指から力が抜けて、矢はその拘束を抜け弦により解き放たれる。


 ゆっくりと流れる風景の中、それだけが流れずにまっすぐに迫ってくる矢尻…だがそれは、私の目前で急に回転しながら向きを変えて明後日の方へ飛び抜けた。

 こっ、怖っ!

 無意識に目を凝らせば、射手との間には少し怒ったような表情を浮かべた『科戸風の命(ブレスウィンド)』の姿が。

 私はそれから目をそらして着地点を涙目で睨むと、竜頭船の船尾に向かって『凍える大河』を振り下ろす。


「『氷の奔流アバランシェ』っ!!」


 氷の煙が視界を覆う中、着地点に居た海賊を蹴り飛ばすと、彼はロープから手を放して転がり倒れ、氷煙の向こうへと姿を消す。

 大きな水音がしたところからして、舷側で止まらずにそのまま川へ落ちたか。

 私は蹴りの反動を空中で1回転して殺すと、そのまま腰を落として着地した。

 腕輪の効果で身体が軽い。

 しかし…こ、怖かったーっ!

 マジで怖かった!!

 よくやったわ『科戸風の命』っ、!

 帰ったらたっぷりと遊んであげる。

 わたしが心の中でそう念じると、それは嬉しそうに大気へ消えた。




(畜生!真っ白で何も見えん!!)


(なぁ、女が飛び込んでこなかったか?)


 周囲を氷煙が覆う中、斧犀号の影が薄くなり、甲板に乗り込んできた海賊との剣戟の音が遠ざかる。

 どうやら着地の衝撃とロープが放された事で、この船は斧犀号から離れつつあるようだ。

 …乗り込む海賊達の足並が乱れてくれれば、迎撃も容易になるはずだ。

 非常に肝を冷したが、その甲斐はあった様で思わず口元に笑みが浮かんだ。


(糞ッ!船が離れる!!)


(おい、オッド!しっかり綱を引け!…オッド、どうした!?)


 海賊達はハルラ語…大陸南西部で主に使われている言葉で話しているため会話の内容まではわからないが、口調で想像するに悪態と疑問を伴った呼びかけを発しているようだ。


(オッドがやられた!気をつけろ!乗り込んできている奴が居るぞ!!)


(ふざけやがって!血祭りに上げてやる!!)


 そしてそれが注意を喚起するような叫びへと変わる。

 どうやらこっちの存在がばれたようだが…まぁ、飛び移るときにはしっかり目撃されてるしね。


(おい、船尾だ!船尾を囲め!)


 …船を接舷するためにロープを掛けるとしたら、普通は船首と船尾の2箇所。

 船尾は私が潰したから、船首側は船が接触しているか、最低でもロープが張られている筈。

 それを伝えば、濡れずに斧犀号に戻れるかも。


 私は身を低くして、『氷河の刃(グレイシャーブレード)』を再度発動させながら静かに竜頭船の左舷側を走る。

 舷側ぴったりにはほぼ等間隔で腰掛けも兼ねた木箱が並んでいるので、その内側が通路だ。

 腕輪の効果で、身を低くしつつもその歩みは甲板を滑るかのように速い。

 そして身を低くすることで私の影は小さくなり、氷煙の中でも立った状態より僅かだが視界が効く。

 やがて進む先に影が見えると、私は剣を腰だめに構えて切先を進行方向に向ける。

 ―――男、軽装、斧を持っている!

 更に近づき、影が海賊だと判断した所で剣を相手の胸目がけて突き入れる。


(ぐっ!)


 氷煙の向こうから急に姿を現した私に驚いた海賊は、斧でそれを防ぐ間もなく甲板に崩れ落ちた。

 胸を貫いたおかげで、海賊は断末魔の叫びを上げることもできない。

 この状況、仲間に警告を発せられずに倒せるとは非常に運がいい。

 私は崩れ落ちた海賊に足をかけて剣先を引き抜くと、それを無視してそのまま船首へと走る。

 そしてその先で同様に3人を切り捨てると、段々と氷煙が薄くなって来たのに気付いた。

 風は川下から吹いてくるから、船尾の方に流されるか。

 私は再度『氷の奔流』を船首側に向けて放つ。

 いい加減、精神の疲労が酷い。

 だが、これでまたしばらくは視界が利かないはず…。

 そんな事を考えていると、海賊達が騒がしくなった。


(船尾…何もいねえぞ!)


(畜生!囲みを破られたか!)


(おい、左舷…ボティ!ケティル!返事をしろっ、糞ッ!!)


 背後から聞こえる声…どうやら船首に向かっている事がばれたらしい。

 船首にたどり着く前に追い詰められたら…いざとなったら川に飛び込んで逃げる事も考えないと。

 三度『氷河の刃』を発動し、船首に向かう。

 途中、拘束された村人達の脇を抜ける時に、急に姿を現した私を見て彼らから口々に悲鳴があがる。

 だがそれを、海賊達は聞き止めたようだ。


(おい、船首だ!お前達はあっちを回れ!)


 背後から迫るどたどたといった足音と海賊達のわめき声。

 船首から斧犀号に戻る前に、もっと海賊を減らさないと。

 私は立ち止まると、舷側に並んだ木箱の間に入り込む。

 そして舷側に足を向けて仰向けに横たわると、『凍える大河』を体に沿わせて構え、じっと身を潜めた。


 海賊達の足音が迫り、目の前を通り過ぎる

 1人目、2人目が通り過ぎ、そして3人目が通り過ぎる時に目があった。

 私は海賊が警告の声をあげる前に『凍える大河』を振り上げ、そのまま斬り付けた。


(ぎゃっ!畜生、ここ---。)


 流石に今度は無音で仕留める事ができない。

 私は素早く起き上がって、甲板に転がりながらも仲間へと声を上げる男に止めを刺すが、流石に気づかれたようだ。


(こっちだ、後ろだ!)


(おら、邪魔だ、どけっ!!)


 通り過ぎた海賊達が引き返し、そして右舷側からも、村人達の中を突っ切って何人かこっちに来るようだ。

 そろそろ限界か?

 だが、こっち側の連中だけでも仕留めれれば…。

 私は木箱の上に飛び上がると、そのまま木箱伝いに船首を目指す。

 するとすぐに引き返してきた海賊の影に出くわす。


(いたぞ!こっちだ!)


 先頭の海賊の声に海賊達がそれぞれの得物を構える中、2人の海賊の影が重なった瞬間、私は大きく木箱を蹴る。


(な!?)


 そして海賊達を飛び越えると、振り向きざまに後ろの海賊を切りつけた。


(ぐっ!)


 とっさに斧の木製の柄で剣を受けた海賊ではあったが、そのまま胴体ごと断ち切られる。

 ヒュー、魔剣だけあって、流石の切れ味ね。

 だがそんな事を考えている間にも、前に居た海賊と右舷から来た海賊が合流し、じりじりと間合を詰めてくる。

 この状況だと…他の海賊に右舷から回りこまれて、挟み撃ちになると拙いわね。


 うん、潮時だな。

 私はくるりと身を翻すと、一目散に船首を目指す。

 煙の中だったので正確な距離はわからないが、船首まで残り1/4程度の筈だ。

 ほら、次期に氷煙も薄くなって…薄煙の向こうに船首が姿を現した。

 生憎と接舷はしていないが、ロープが張られているためそれほど距離も離れていない。

 …3パッスス(4.44m)ぐらいか?

 腕輪の効果があっても、舷側の高低差の所為で飛び移るのは難しそうだ。

 であれば、ロープ伝いに戻るしかないか。



 だがその前、船首には1人の海賊が待ち構えていた。

 他の海賊達とは違い、シャツの上に防具代わりの革ベストを着込み、腰にはカトラス。

 首には大粒の『海妖精の涙(しんじゅ)』をあしらったペンダント…いや、鎖じゃなくて紐だからラリエットか?を身につけている。

 長い黒髪は首の後ろでまとめているが、その髪も整えられ、髭も綺麗に剃られている。

 意志の固そうな面構えと言い、どっしりとした立ち振る舞いと言い、海賊達の頭目か?

 見た目以上に剣の腕も立ちそうだが…拙いな、すぐに後ろから海賊達がやってくる。

 私は『凍える大河』を構え、油断なくその男を睨む。


(随分と引っ掻き回してくれたな。)


 そして何やら話しかけてくるが、生憎と何を言っているかわからない。

 頭目はこちらの反応を少し待ち、こちらが無反応なのに気付くと、顔を歪めて頭を掻いた。


「おっと、いけねぇ。随分と引っ掻き回してくれたな?しかもよく見りゃまだ若い娘じゃねえか。ヴァレリー水軍には船長の娘で水夫やってる奴が居るって話だが…あんたじゃないよな?」


「ええ、そうよ。水夫じゃないわ。」


 カノーヴ語で話し始めた頭目に答えながら、私はじりじりと間合いを詰める。

 相手は未だ剣を抜いては居ない。

 一足の間合まで入り込めれば、勝機はある…と信じたい。


「だろうな、聞いてた話と違うからな。しかし、中々の得物を持ってるじゃねぇか。だったらあんた騎士団の連中か何かか?貴族のお転婆が騎士ゴッコか?」


 頭目の言葉に、思わずニヤリと笑う。

 色々と合っている所はあるが、だが違う。


「それも違うわ。」


「そうかよ。だったらあんた、何者だ?」


「私は侍女。お屋敷勤めのただの侍女よ。」


「へぇ、そうかい。まぁ侍女と言えば主人の身を守る事もあらなぁ。中々見上げたモンじゃねえか。ところで相談なんだが…投降しちゃくれねえか?水軍の船だが、俺達が占領した。さっきの鬨の声、聞いただろ?」


 そう言って、こちらの反応を窺う。

 鬨の声?

 気付かなかったが、まさか…。

 だがさっきまで斧犀号から聞こえていた剣戟の音は、いつの間にか止んでいた。


「だから悪い事は言わねぇ。これ以上無益な殺生をするもんじゃねぇ。」


 そう言って、剣を寄越すよう手を伸ばす。


「まぁあれだ。今投降するなら命はとらんし、後で陸に下ろしてやろう。無論、拘束はさせてもらうがな。」


 海賊達はこのまま川を下って帝国まで逃げ切るつもりだろうか?

 船の損傷も軽くは無く、漕ぎ手の人数もかなり減っている筈なのに。


「提案はありがたいけど、ちょっとあなたの話は信じられないわね。投降するかは…船の状況を見て決めるわ。」


 私の言葉は、交渉の決裂を告げるもの。

 しかし頭目は、うんうんと頷くともっともだと呟く。


「だったら見てくるがいいさ。」


 そう言って横にずれて船首への道を空ける。

 私は頭目に警戒しつつその横を通り過ぎ、そしてロープに手を掛ける。

 そして『凍える大河』を納めるために、『氷河の刃』を解除しようと―――。


(やれ。)


 頭目の小さな呟きと同時に、左耳に息が吹きかけられるような感じに思わず身もだえする。


「ひゃっ!!」


 そして身体ごと振り返ると、身体の前に掲げた『凍える大河』の刀身に飛んできた矢が当たり、弾かれた。

 あ、あぶなっ!

 そういえば射手が居たのをすっかり忘れてた。

『凍える大河』をしまうのがもう少し早かったら、防ぎきれなかっただろう。

 耳の奥に、かすかな忍び笑いが響く。

 まったく、あの子は…。


「ちっ、悪運の強い女だぜ。」


(野郎共、囲め囲め!ハルフダン、隙を突いてガンガン射って行け!)


(おうっ!)


 頭目の声に、私を遠巻きにしていた海賊たちが前に出てくる。

 全部で5人…そして剣を抜いた頭目も加えて私を取り囲む。

 しかも射手からの射線上はしっかりと空ける念の入れようだ。


 射手が矢をつがえて弓を引く。

 奴がいる限り、そこを突破して囲みを抜けるのも難しいだろう。

 万事休すか?


「観念しな、嬢ちゃん。ま、精々足掻くんだな。」


 そう語りかけながら笑う頭目のカトラスが、僅かに赤みがかって妖しく光る。

 魔剣か?


 しかしその時、私を囲む男達の向こう、斧犀号の甲板に動きが見えた。

 舷側に出てきたイングリットがこちらの状況を見るや、周囲に指示を飛ばし始める。

 どうやら、あちらは片が着いたようだ。


(おらっ!)


 海賊の1人が、その斧を打ち込んできた。

 それから身を躱しつつ往なすと、他の海賊が続けて打ち込み、そしてそれを躱すと、次の海賊が斧を振り下ろす。

 どうやら、こっちをいたぶるつもりのようね。

 流石海賊、趣味が悪い。

 そしてその間にも斧犀号では、長板が舷側から突き出され、水夫達がしっかりとそれを持って固定する。


 そっち気を取られたのを隙と見たか、射手が矢を放つ。

 だがそれは急に射線を反れて、海賊の1人の背中に突き立った。


(うおっ!?)


(おい、何やってやがる!)


(畜生、やっちまった!!)


 口々に悪態をつく海賊達。

 ああ、もうあの子は…本当に役に立つわね!

 そしてそれを好機と見たのか、カトラスを携えたイングリットが長板の上を走り抜け、こちらの船上へと身を躍らせた。



 舷側の手すりに着地したイングリットは、勢いを殺しつつそこから更に甲板に下りる動きの中で剣を一振りし、手すりから響く衝撃音に慌てて振り向いた射手に斬りつける。

 射手から上がった悲鳴と物音からすると、浅くない傷を与えるついでに弓を壊したようだ。

 海賊達の意識が彼女に向く一瞬を突いて、私は精神に活を入れつつ、囲みの隙間を抉じ開けるように両脇の男へ『氷の奔流』を放つ。


 ―――ああっ、もういいかんげに打ち止めよっ!


 そして立ち込める氷煙のなか、動きが鈍くなったその男の脇を抜けつつ、剣を振りぬく。


(ぐっ!)


 手応えからしてそれなりの傷を与えたようだ。

 そしてそのまま囲いを抜け、イングリットの脇に並び立つ。


「ユーリア、助かったわ。あなたが海賊達を引っ掻き回して増援を防いでくれたおかげで、何とか制圧できたわ。」


 海賊達に剣を向けて構える私たちの後ろでは、水夫達が次々と船に飛び移ってくる。


「さぁ、観念なさい。乗り込んできた海賊も、あっちの船の海賊も、みんな制圧されたわ。残るのはあなた達だけよ。」


 イングリットの言葉を理解できないまでも雰囲気を感じたのか、顔を見合わせる海賊達。

 だが頭目は、不敵に笑う。


「へっ、昔から海賊はとっ捕まったら縛り首と相場が決まってんだ。投降しても望みは無ぇ。精々暴れてやるぜ。」


(野郎共、最後の一暴れだ!活路は自分で切り開け!!)


(おうっ!)


 海賊達が一斉に駆け出し、こちらに迫る。

 それに応じて前に出るイングリットと水夫にその対応を任せ、いい加減に限界の近い私は一歩下がるが、水夫達の手が塞がった頃合を見て、頭目がこちら目がけて切り込んでくる。

 まだ楽はさせてもらえないか。


「悪く思うなよ?いちばん仕留めやすそうな所を狙うのが定石だからな!」


 そう言って怪しく光るカトラスで斬りつけてくるのを『凍える大河』で受け流す。

 切り結ぶ度にそれぞれの魔剣の魔力が反発し火花を散らすが…私には最早『氷河の刃』を発動する気力も無く、素のままだ。

 けど…ちょっと拙いわね、疲労の所為か、剣先の感覚が鈍い。


「おら、どうした、足運びが覚束ないぞ?ほいっ、ほいっ、ほいっ…と、さぁ行くぜ?『スラスト』っ!」


 まるで戯れるように連続して軽く斬りつけてきた後に、武技を発動する頭目。

 途端、その重く素早い突きが私の首筋目がけて走る。

 私は手首の動きだけで攻撃線上に『凍える大河』を運び、剣撃を逸らした。


「ヒューッ、やるねぇ。だったら続けて行くぜ?『カット』っ!『ダブルスラスト』っ!!ついでに『シャドウスラスト』っ!」


 素早い斬り上げからの2段突き、そしてその陰に隠れるようにして更に突を放つ頭目。

 こっちが疲れているのをいい事に好き勝手やってくれるわね。

 私はそれを往なし、半身になって躱し、弾き落とす。

 …このまま防戦一方ではジリ貧だ。

 誰かが応援に駆けつけるまで持たせる…のも、この連撃の前では難しそうだ。

 ならば打って出るしかないか。


 一旦間合いを取った後に、瞬時にそれを詰めて上段から斬り下ろす。

 頭目がそれを下から受けた瞬間、手首を返して切先を突き入れる…。


 脳裏にフラッシュバックするイングリットとの立会い…それと同じ運びか!


 自分の剣と触れ合ったわたしの剣を下から跳ね上げ、それを逸らそうとする頭目。

 だが私は頭目の剣を巻き、力いっぱい跳ね上げる。

 揃って腕が上がり、胴体がガラ空きとなる私と頭目。

 だが私は身を翻すと、腕輪を着けた方の足で、全力での廻し蹴りを放った。


「ぎっ!」


 ゴキリと鈍い音が響く。

 非力な小娘の蹴り程度…そう思ったのかわからないが、とっさに肘付近でそれを受け止めた腕が、あらぬ方向を向く。

 そして垂れ下がったその腕からカトラスが抜け落ち、甲板に突き刺さった。


 私は更に斬撃を加えるが、頭目は後ろに跳び下がる事で距離を取った。


「勝負あった…かしら?」


 剣を向けて構える私の言葉に、頭目は押し黙ってこちらを睨む。

 まるで私の姿を目に焼き付けるように。


「へへっ、まさかここまで腕が立つとはな。船上で大立ち回りを繰り広げられたのは、その剣のおかげだとばっかり思っていたが…あながちそうでも無いって事か。」


 そう言いながらも時折痛みに顔を歪める頭目。

 そんな間にも、1人、また1人と部下達が倒されていく。

 あ、甲板に突き刺さった剣の所為か、ちょっと焦げ臭い。


「観念なさい。年貢の納め時よ。」


 私のありふれた台詞に、頭目はニヤリと笑みを浮かべる。


「生憎と、故郷(くに)じゃ百姓なんてまともにできなくてな、おれも逃散農奴の出で年貢なんて払えねぇ。それに…。」


 そう言いつつ、頭目はラリエットに手を伸ばす。


「関所破りは俺等の十八番だぜ?」


 そう言うと、頭目はその身を翻す。

 そしてラリエットの飾りを口に咥えると、舷側の向こうに消えた。




 大きく上がる水しぶきを他所に、思わずあっけに取られる。

 日頃から身につけているラリエットの飾りを口に入れた…?

 そんな汚いものを…って、そうじゃない。


 慌てて舷側に駆け寄るが、泡の浮かぶ水面から頭目は上がってこない。

 とりあえず助けるなり捕縛するなりしないと!

 そう考えて、舷側に足をかけると、イングリットに引きずり倒された。


「落ち着きなさい、ユーリア。多分追いかけても無駄よ。」


「何でよ?」


 私はしりもちを付いた所為で痛むお尻をさすりながら問う。


「多分あれは、水中で呼吸できる魔道具よ。そんなのがあるって話は聞いた事あるし、あれば船乗りにとってはこの上ないお守りよ。安くは無いだろうけど。」


「でも、それじゃぁまんまと逃げられて…。」


「今、このあたりに槍魚(ランスフィッシュ)の群れが回遊しているとしても?」


 イングリットの質問に、私は答えを詰まらせる。

 槍魚…最大で2キュビット(0.88m)程度の非常に鋭く尖った鼻を持つ魚だが、この魚は魔力を感知すると興奮し、その発生源に突進する習性がある。

 しかも群れをつくり回遊するので、魔導具を持った状況でこの群れ付近を泳ぐのは自殺行為と言っても過言ではない。

 昔話ではとある英雄が、スキュラ退治の際にこの魚に襲われて命を落としているので、『英雄殺し』と呼ばれる事もある。

 高価な魔導具を持つような英雄ほど危ないといった意味でだ。

 ちなみに身は淡白で美味しいらしいが、群に出くわさない限り獲れない上に、漁具として高価な魔導具が必要で捕獲にも危険が伴うのであまり出回らず、出回ったとしても大抵は裕福な貴族が買い上げるので庶民にとっては幻の食材だ。

 しかも鼻はある種の魔術触媒にもなるので更に価値が上がる。


「いるの?『英雄殺し』が?」


「ええ。だからおそらくは助からないわ。片手があんなんじゃ、ただでさえ岸まで届くかも怪しいのに。」


 そう言って、川面を眺める。

 川岸までは…少なく見積もっても1マイル(1.48km)はある。

 まぁ、あの魔導具があれば、流れに身を任せるだけでそのうち岸にたどり着くかもしれないけど、群に出くわす危険は更に跳ね上がるだろう。


「そう。だったら、一先ずは一件落着ね。」


 甲板上を見渡せば、水夫達の手により生き残った海賊は拘束され、村人達は拘束を解かれている。

 事情聴取などにまだ少し時間がかかるかもしれないが、数日中には村に戻ることができるだろう。


 私は大きく息をつくと、その場に座り込む。

 流石に、今回は疲れた…肉体的にも、精神的にも。


「まずは…竜頭船を曳航してヴァレリーね。その後で、水軍の船で村人を送ることになると思うわ。」


 ぼうっとしながらイングリットの言葉を聞くが…ヤバい、意識が朦朧とする。

 私はイングリットを手招くと、すぐ隣の甲板を叩いて座るように促す。

 そして胡坐をかいて座るイングリットの足に、頭を預けた。


「ちょっと、何よ?」


「ごめん、ちょっと限界。休ませて。」


 だって、この船では一番心地よさそうなんだもん。(村人を除く)

 そしてそのまま甲板を眺めていると、ロープを引っ張って竜頭船を斧犀号に横付けしようとしているアントンさんと目が合う。

 彼はニカッと笑うと、任せろとばかりに胸を叩く。

 うん、部下のお許しも出たし、このままイングリットを枕に休むとしよう。


「竜頭船も拿捕できたし、海賊も捕えたから…報奨金も結構な額が出そうね。しかも魔剣が戦利品よ。もちろんあれはユーリアの…。」


 イングリットの話を子守唄代わりにして、私の意識は闇に沈んでいく。

 こうして、私の初めての舟遊びは、いつもどおりに平穏無事とは行かずに過ぎていったのであった。


読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


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