1-07 お嬢様、カチコミに備える
えー、普段は毎週月曜、5千文字を目安に更新するつもりでしたが、デファンス編が3万文字を超えても、まだがりがり話が出来上がりつつあるので更新ペースを上げます。
そのうち通常更新に戻るつもりなので過度な期待はお控えください。
神暦720年 王の月11日
夕闇が舞い降りた頃、私たちは酒場に到着した。
道すがら、女給はオデットと名乗った。
ちなみに少年はアンジェだそうで、見ての通り身よりのない孤児らしい。
表口から入ったのはオデットとアンジェ、私とほか男が2人。後の連中は裏口からだ。
店内から個室のひとつに案内され、私とアンジェは待たされる。
しかし、ただ待っているのも暇だ。
個室から外に出てみると見張り役だろう、さっきの目つきの悪い男が2人、扉の横の壁にもたれかかっていた。
「嬢ちゃん、部屋で大人しく座ってな。」
そう言って凄む男。
だが、私はそれを手を上げて抑えると、臆面もなく大声で店内の女給を呼び寄せた。
しばらくしてオデットが見張とともに部屋に入ってくる…が、室内を見て面食らっている。
テーブルには10品ほど料理の器が並び、私は小皿に取ったそれらを摘みつつ、ワインのグラスを傾けている。
そしてアンジェは、一心不乱に目の前の料理をかきこんでいた。
最初はギルドへの恐怖からか手を出さなかったが、自分のおごりだというと目の色を変えて食べ始めた。
「遅かったわね、オデット。待たされたから先にはじめてさせてもらっているわよ。」
私がそううそぶくと、オデットは見張り役の男たちを睨む。
「そう言うなオデット、こいつの胆力はなかなか大したもんだ。」
「そうよオデット、酒場で酒飲んでどこが悪いのよ?」
私が擁護すると、ため息をついたオデットはそのまま空いてる席に腰を下ろした。
私はすぐに空のグラスをその前に置き、ピッチャーからワインを注ぐ。
オデットはこっちを一睨みすると、グラスを一気に呷る。
「これでも仕事中なのよ?」
「だったらこれも仕事よ。」
そう言ってまたグラスを満たす。
「なら、このまま話を進めるわ。まず私、オデット。ギルドの実働係よ。役目は主に一般メンバーの統率。最小単位の班長って所ね。」
彼女は見張の男たち…40代前半ぐらいの強面共を配下として使っている。
となると、年齢差を覆すほどに優秀なのだろう。
「そして貴方。ユーリア・ヴィエルニ15歳。デファンス領領主ヴィエルニ伯爵の娘。母親が『デファンスの鬼女』、伯父が『デファンス
の岩鬼』。」
それを聞き、室内の見張連中の顔色が変わる。
「デファンスの岩鬼の…姪?おいおい、無事に帰さんと岩鬼に皆殺しにされるぞ?」
「15歳であの胆力かよ。デファンスの鬼女の再来か?」
それを一睨みで黙らせると、オデットが続ける。
「行儀見習いとしてヴァレリー領に向かう途中。ねぇ、行儀見習いって新手の武者修行か何か?」
「そんなわけないじゃない。たぶん侍女でもやらされるんでしょう。」
「本日夕刻『十字路亭』に到着、今晩逗留予定。護衛は正騎士2名、従騎士2名。従騎士のうち1人は岩鬼の息子ね。」
短時間の割に、結構よく調べているわね。
「彼はたいしたことないわよ。私とほぼ互角…ちょっと強いくらいよ。」
「あの歳なら将来有望じゃない。」
そういえば、彼らは私の帰りを待ってる頃か。
「あ、彼らに連絡しないと。伝言頼める?」
「なんて伝えるのよ?」
「帰りが遅くなるから先に食事しといて…と。」
「分かったわ。アドル、一人使いを走らせて。なるべく見栄えのいい信頼されそうな奴。領主の屋敷に駆け込まれても困るから、ある程度の事情説明は許
可するわ。なんなら連れて来てもかまわない。」
「よろしく。」
命令された男に声をかける。
男はニヤリと笑い頷くと外へ出て行く。
「んで、そこのちっこいの。」
話を他所に飯を貪っていたアンジェの肩が跳ねる。
「アンジェ。スラムに住み着く孤児。9歳。両親と共に数年前に西の村からブレイユに出てくる。その後両親を流行り病で亡くし、天涯孤独。」
脳裏に昼間に見た風景が浮かぶ。
「西の村…って街道沿いの?」
「ええ、5年ほど前の地震で泉が枯れて、麦を育てられなくなったって聞いてるわ。さて、身上調査はこれぐらいにして…次は密売人のことね。さっき捕
まえた奴らを絞り上げてうたわせてるんだけど、どうも奴らのアジトがその西の廃村にあるようなのよ。街道沿いの集落に見張がいて、通りがかる人や馬
車のチェックを行う。それを街道から離れた集落に信号で送り、そこからさらに離れたアジトへ信号を伝える。もし異常があった場合には、アジトに接近
される前にさっさと逃げる。
そして丘陵地帯にボールツリーの群生地があり、その周辺のアジトで『グリーンボール』を生成している。」
ああ、確かそんな名前だった。グリーンボールだったか。
「アジトにいる人数は30人程度。傭兵団崩れの山賊が、錬金術師崩れをブレーンにして密造をはじめたって話ね。ギルドの方針としては、これを襲撃し
殲滅する。けど、敵戦力に対して優位に立てる戦力をかき集める時間がない。もともと盗賊と傭兵では正面戦力に差がある上に、戦力の準備に時間をかけ
ると、アジトを引き払われる恐れがある。最悪、今晩中に3人が捕まったという情報が伝わり、明日に朝にはもぬけの殻なんてことも考えられる。だから
、出発は遅くとも夜半前、夜明け前には現地に到着し、襲撃するに越した事は無い。」
「だったらどうするのよ?」
そのとき、扉が開いて男が入ってきた。
年齢的には50前だろうか、金髪をオールバックにした、存在するだけで威圧感が溢れる男だ。
「おう、邪魔するぜ。」
「ボス、お待ちしていました。」
頭を下げるオデット達。
「そっちがヴィエルニの嬢ちゃんかい?俺はダミアン。ギルドマスターだ。」
そう言って手を差し出す。こちらも席から立ち上がりがっちり握手を交わす。
皺だらけだが、力強い手だった。
「どこまで説明した?」
「戦力差と出発時刻までです。」
「ふん、そうかい。んでだなお嬢ちゃん、こっちの戦力はギルドメンバー約30名に、懇意にしてる冒険者パーティが2つ。あと4~5人ぐらい使えるの
が欲しいんだが…」
「もっと冒険者を雇っては?」
「大々的に触れ回るわけにも行かねぇし、それに冒険者を盗賊同士の抗争に使うのはあっちのギルドがうんと言わねぇから依頼も出せねぇ。それでだ、で
きれば嬢ちゃんにも護衛込みで参加してもらいたいんだが…来たか?」
扉が開いて…さっきの目付きの悪い男と、ボーダンさんが入ってくる。
「失礼しやす。ボーダン殿をお連れしやした。」
「ユーリアお嬢様、心配いたしました。が、これは一体何事でありますか?」
ボーダンさんが妙に目つきの悪い男三人と、ぼろをまとった孤児、テーブル席に座る女給を見わたしながら言う。
「あー、ダミアンさん、こちらが私の護衛班のリーダー、正騎士ボーダンです。」
「デファンス騎士隊正騎士、ユーリアお嬢様護衛班リーダー、ボーダンであります。」
びしっと敬礼する。
「で、こちらがブレイユ盗賊ギルド長、ダミアンさんよ。」
私の紹介に身構えるボーダンさん。しかし、ダミアンさんはそれを気にせずに手を差し出す。
握手を交わす2人を見ながら、私は説明する。
「そういえばボーダンさん、数年前にデファンスの『紅の森』でグリーンボールを密造していた連中がいたわよね?」
「はい、『紅の森』を甘く見て、壊滅した連中であります。」
「アジトの精製道具や練金器具は、大半が持ち出された後だったと記憶しているけど?」
「はい、その通りであります。」
「おそらくそれを持ち出したのは一味のうちの錬金術師。どうやら、その錬金術師がブレイユ領内でまた密造しているようなのよ。」
「真でありますか!」
「ええ、その一味の密売人に危うく殺されかけたところを、ギルドに助けていただいたのよ。」
「ブフォ!! ゴホッ、ゴホッ…。」
オデットがワイン片手にむせる。
それを横目で睨みながら話を続ける。
「ギルドは以前から組織を追っていて、やっと手がかりを掴んだんだけど、戦力を揃える時間がない。恩に応えるためにも、私は助太刀したいと思うのだ
けど。」
「ですが、お嬢様を危険な目にあわせる訳には参りません。」
「だけど私はデファンス領領主エルテース・ヴィエルニの娘。民を食い物にし、薬物を蔓延らせる外道を捨て置く訳にはいかないわ。」
「お嬢様…。」
「それに、前衛で剣を交わすことだけが戦いじゃないわ。このユーリア、わが盾を支えることに全力を尽くすから、存分に力を発揮してちょうだい。」
それを聞いたボーダンが姿勢を正し、右手を左胸にあて敬礼する。
「はっ!仰せのままに!!」
すぐにボーダンさんは宿に使いを走らせて、騎士に作戦準備を指示した。
宿に戻ればすぐに出発できるようになっているはずだ。
とりあえずはこれで騎士の協力は取り付けた。
後は作戦か…。
皿やグラス類を片付けたテーブルに地図が敷かれる。
廃村周辺の簡単な地図に、売人たちから手に入れた情報が書き込まれる。
地形的には廃村の北に街道が東西に走っている。
ちなみに今いるブレイユはこの地図から東に行った所だ。
「売人に吐かせた情報だと、一番南の集落がアジトになっている。」
ダミアンさんが説明する。
「これを東、西、北の3方向から奇襲して一味を殲滅する。以降、それぞれを部隊A/B/Cと呼称する。
まずBが街道を抜け集落の西から回り込む。そしてAが集落の手前から東側に回りこむ。
そして両方が配置についたら、発光信号で合図を送り、ヴィエルニの馬車と騎乗メンバーで揃えたCが街道から支道に進入する。支道への進入と同時に、
集落の建物に火矢と魔法で攻撃、火災を起こさせる。
火災に乗じ、東西から挟撃、この時、南の丘陵地帯へ逃げる敵を優先的に攻撃する。
そして途中の集落を捜索しつつ侵攻するCが、北から敵残存戦力を掃討。
討ち漏らした敵は騎乗メンバーが追撃する。何か質問は?」
そう言って各員の顔を見渡すダミアンさんに質問する。
「魔法薬の類は十分に用意されてる?さすがにこちらは手持ちが少ないし、今からじゃ店も閉まってるわ。」
「ギルドの故買屋に在庫を用意させている、必要ならば言ってくれ。参加者には必要数を配る。」
会議を壁際で見ていたアンジェが口を出す。
「支道に入った後のそこの橋だけど、手入れがされていないと壊れてるかもしれない。
壊れてたら馬車は通れないよ。」
「馬は?」
「川は狭いし、浅いから渡れるとおもう。」
「おい、売人に確認しろ」
「へい、ボス。」
ダミアンさんの指示に、下っ端が走り出していく。
「あと集落のこっち側に丘がある。丘の陰になっている方向から近づけば見つかりにくい。
こっち側は麦畑で…今は多分草むら。屈めばあまりばれないと思う。
ここに小川が流れてるから、川底を歩けば他からは見えにくいけど、石とか転がってるから夜目の効く人だけだ。
丘のちかくを通るのはあぶない。ボールツリーが多い。」
「ほう、詳しいな。」
「この橋のそばに住んでたんだ。なぁ、村に行くんだろ?おれも連れていってくれよ!」
「ふん…まぁいいだろう。嬢ちゃん、このガキ連れてけ。多分、役に立つ。」
「この子を?」
「ああ、後衛の嬢ちゃんのそばなら安全だろう。」
「姉ちゃん、お願いだ。」
「そうね…わかったわ。あ、そうだ、革でいいから鎧ある?あと弓も。」
「故買屋のところで借りてこい。ついでにガキに合う奴もな。」
「ボス、橋はやっぱり落ちてるって話だ!」
「そうか。じゃぁ橋からは二人乗り…いや、どうせなら待機場所からのほうがいいな。よし、作戦会議は以上だ。出発は1刻後、西の門の前だ。おいお前
、門の守衛のところに走れ。アドル、嬢ちゃんを故買屋まで案内してやれ。」
「へい、ボス。嬢ちゃん、付いて来な。」
アドルさんに付いていきながら、ふと思いつきで酒場を出る前にカウンターのマスターに、夜食50人前と眠気覚ましのお茶を大至急包んでもらうようお願
いしておいた。
その後にアンジェの手を引いて故買屋に向かう。
そう言えば、弟の手を引く事はあまりなかったなと思いながら。
故買屋で武器防具と魔法薬を受け取る。
私は長弓と矢筒、硬革の鎧に硬革の手甲。
足は普段から履いているブーツだ。
アンジェは大人用のなめし革の鎧を胴巻きのように着付け、足にはサンダル。
武器は護身用の鉄の短剣。それと子供用の服を1着貰った。
とりあえず着せはしたが、これが終わったら風呂にでも入れてやりたい。
アンジェをつれて宿に戻り、必要な荷物をまとめて馬車に乗せる。
長剣用のベルトに、『凍える大河』を挿す。
そして小剣用のベルトには小剣を挿し、腰の右後ろに回す。そして投げナイフを3本、腰の左後ろに。
とりあえずはこんなものか?
おっと、毛布はもう少しあったほうがいいな。
宿から毛布を何枚か借りて積み込む。
ついでにアンジェには先に馬車に乗り、眠るように言っておく。
出発の準備は整った。
準備を終えた御者のアンドレの苦労を労う。
彼も故買屋から硬革鎧一式を借りて着込んでいた。
しかし彼は休む暇もないな。
これだったら明日は1日休むべきだろう。
西の門に50人以上の人が集まる。それと7台の馬車に、騎馬18頭。
編成はこのような感じだ
A(東)ダミアンチーム 冒険者パーティ(5人)ダミアン、盗賊(10人)騎馬3頭 馬車3台
B(西)オデットチーム 冒険者パーティ(6人)オデット、盗賊(10人)騎馬3頭 馬車3台
C(北)ボーダンチーム ユーリア一行(5人)、アンジェ、アドル、盗賊(10人)騎馬12頭 馬車1台
集結中に女給を連れた酒場のマスターが、夜食の入ったバスケットを持ってくる。
「おう、気が利くじゃねぇか。」
とダミアンさんは上機嫌だ。
マスターはこっちをちらと伺っているが、何も言わずにうなずいておく。
「よし、では出発!普通の商隊に見えるように、集結地点まで明かりは十分につけて行け。出発30分刻後に、領主への連絡を忘れるな!」
まぁ門の前にこれだけ集結していれば、領主にも異常が伝わっていると思うが。
門が開き、集団が町を出る。順番はBチームを先頭にCチームが続き、Aチームが最後だ。
時刻は夜半前、これならば夜明け前に襲撃が可能だろう。
馬車の中では、アドルを含めた騎乗しない盗賊が数人、既に座席に腰掛けて仮眠を取っている。
そのうちの1人は女盗賊だ。
私も座席の上で毛布に包まると、興奮する心を鎮めようと目を閉じた。