2-31 侍女と性能試験
神暦720年 王の月30日 炎曜日
酒瓶騒動から数日が過ぎた。
あの日の昼にエミリーをみんなに紹介して以来、一緒に食事を取る事が増えた。
その席でナターシャは今まで見て見ぬ振りをしていた事をエミリーに詫び、その後は何かと親身になって世話を焼くようになった。
そしてエミリーが年下なのをいい事に、いろいろと面倒事を押し付けようとするマリエルの動きに目を光らせている。
そんなエミリーは時々同席するテオとニコラスとも面識が出来、ちょっかいをかけるニコラスに圧倒されては、ナターシャに庇われるのがいつものパターンになりつつある。
え、私?
彼女が時々見せる屈託のない笑顔が見れるだけで十分ね。
それだけで色々と面倒な事に首を突っ込んだ価値は有ったわ。
ちなみに、エミリーに渡した酒瓶は戻ってこなかった。
証拠としてドミニクさんが保管する事になったのだが、その代わりに昨年産の『黄金の葡萄畑』を1瓶渡されたのでこちらとしては大儲けだ。
そんなエミリーも昨日から職務に復帰し、お屋敷に日常が戻ってきた…。
尚、余談ではあるがデボネアが出て行って以来、心労の種がなくなった客間女中筆頭のエリアさんは常に上機嫌で、人数が減ることで増えた仕事量もなんのその、今朝の朝礼の際も満面の笑みで客間女中の列に並んでいたのが印象に残っている。
キアラともう1人の客間女中も朝礼に出るようになったようだし、今回の騒動で一番得したのは、当人を除けば彼女かもしれないわね。
さて、そんなこんなで今日の職務も無事に終えた。
だが少し早めに終わった上に、ここ最近は針仕事ばかりで体を動かし足りないと感じていたため、丁度良い機会だと凍える大河とその鑑定書、そしてマリオンとおそろいで買った魔法銀の腕輪と手ぬぐいを持って城砦内の屋内訓練場までやってきていた。
格好は普段と同じようにズボンとシャツだが、適当に選んだら黒系の色で揃ってしまった…まぁ気にする事も無いか。
扉を開けて練習場に入ると室内は既に明かりもなく、片手に持つ燭台の明かりがゆらゆらと周囲を頼りなく照らすのみ。
私は部屋の隅、天井から鎖で吊るされた木人形に近い壁に荷物を置くと、その横の壁に備え付けられた燭台に手持ちのものから火を移す。
それを繰り返して周囲の何箇所かに火をつけると、私は荷物の傍の段差に座り込み、鑑定書を手に取った。
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銘:氷の大河
作者:不明。作銘無し。
作成地 :不明。大戦期作と伝わる古代剣と共通の作風が見られるが、詳細不明。
作成年代:大戦期前後
魔術効果
抜刀時:冷気属性、水/冷気属性強化、冷気ダメージ、
変生 :冷水の泉
付与 :氷河の刃
攻撃 :氷の瀑布
攻撃 :氷の奔流
特殊 :氷系の付与魔術による魔術効果の発動
特殊 :炎系の付与魔術による魔術効果の封印
備考:刃渡り20インチ(50cm)、柄の長さ8インチ(20cm)、両刃の直剣
通常より長い柄は『氷河の刃』使用時の操作性向上のためと思われる。
剣身と鞘の補強に白銀鋼を用いる。
刀身と柄頭には瑠璃による装飾があるが、この装飾部分を含め全体が酸に耐性を持つ。
以上を鑑定す。
鑑定者:デファンスのイーリア
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何度も読んだ物ではあるが、もう一度読み直す。
しかし後半の空白、カロン殿の話ではお母様が巻物の用紙を間違えて隙間が出来たという話であったが、それであれば書名欄を手書きして切り詰めれば見栄えももっと整っただろうに。
そんな事を考えながら一通り目を通してから、天井を見上げて考えをまとめる。
最初に使った時はアイスエンチャントで封印が解除されて、そのまま氷河の刃が発動、氷の刃が伸びて大剣サイズになったんだっけ…。
まずは『冷水の泉』で、そのあとに『氷河の刃』、『氷の瀑布』と『氷の奔流』とやらもやってみよう。
私は立ち上がり剣を抜くと、ほぼ胸から水平に伸ばした両手の先で柄を逆手に持って垂らし、それに魔力を流し込むイメージと共に呪文を唱える。
「『冷水の泉』っ!」
『―――発動、冷水の泉』
その瞬間、かすかな脱力感と共に脳裏に声が響き、刀身から水が湧き出て床を濡らす。
それはしばらく続き、1分刻を数えたあたりで水は止まった。
量的には…手桶1杯分ぐらいだろうか。
途中、片手で水をすくって飲んでみたが、適度に冷えて、臭いもないよい水だった。
これであれば非常時の飲み水にも丁度いい…どれどころか、そこらの井戸水よりも冷えている分美味しく感じられた。
ちなみに、残りはすべて床に流れたが特に気にする必要は無いだろう。
騎士団の鍛錬では途中気を失った騎士達にバケツの水で気付けすることが多々あるので、床には傾斜や溝がしつらえてあるからだ。
さて、次は…と木人形に向かって立ち、意識を剣に集中して呪文を唱える。
「『氷河の刃』っ!」
『―――発動、氷河の刃』
再び脱力感と共に脳裏に声が響き、刀身から噴き出した水がみるみるうちに凍りつき、大剣並の刃になる。
私は大きく息をついてから、両手で剣を構えて何度か宙に振る。
相変わらず軽く、素早く振れる。
この状態でも、剣速は短剣時と比べて変わりはない。
そして何度か振って調子を試してから、今度は踏み込んで木人形に打ち込んだ。
―――ガインッ!ゴッ!ギンッ!!
振り下ろされた刃が鎧代わりの金属板で補強された箇所に当たれば高い音が響き、そうではない箇所に当たれば鈍い音が響く。
何度も剣を打ち振るううちに、低い音にも硬質な音が混じり出す。
はて?
そのまま一通り打ち終えた後、剣を構えたままで息を整えた。
そして壁際から燭台を拾い上げると、剣を抜き身で持ったまま木人形を検分する。
「ふむ…?」
金属版の表面には真新しい傷が幾本も刻まれ、その傷に沿って表面が薄く凍りついていた。
その周りを冷気が漂っている所からして…素手で触れば貼り付いて酷い事になりそうね。
そして木材がむき出しの箇所は大きく削れ、その傷の上を氷の層が覆っている。
成程、剣の威力はこんなものか…思ったよりも冷気の効果が強そうだ。
そういえば、火魔法の付与で冷気を封印できるんだっけ?
密輸船の水夫に襲われた時も峰打ちのつもりが凍り付かせちゃったし、普段は冷気属性を封印したほうがよさそうね。
さて、次はその他の効果だ。
私は氷河の刃を発動したまま、木人形に対して剣を大上段に構える。
そして…
「『氷の瀑布』っ!」
呪文を唱えてから振り下ろした。
『―――発動、氷の瀑布』
脳内に声が響くと共に、剣の手応えが少しだけ軽くなる。
そして剣身から剥がれ落ちた氷片が見る見るうちに肥大化し―――木人形の頭部を掠めて後ろの壁にぶち当たった。
―――ガコッ!ガンッ!ガコッ!!
木人形の背後から硬質の音がいくつも響き、細かい氷の欠片が煙となってこちらに漂ってくる。
私は燭台を手に木人形の影を覗き込むが、壁際は靄に覆われて見通す事が出来ない。
しばらくして煙が散ると、大きな塊が直撃した箇所なのだろう、壁に半ば砕けた子供の頭ぐらいの大きさの氷の塊が何個もへばりついていた。
うーむ、アレが直撃したらたまったものじゃないわね。
しかもダメージだけではなく冷気属性もあるから、装備が凍りつきでもしたらまともに動く事も適わないだろうし。
まぁ、今のはちょっとタイミングが遅かった所為ですっぽ抜けたけど、うまく当たればここぞという時には有効な攻撃になり得るわね。
なら、タイミングを少し早くしてもう一回…。
そう考えて木人形から距離を取り、氷がすっかり剥げて普段の姿を取り戻した『凍える大河』を大上段に構え、
「『氷の瀑布』っ!」
呪文と共に振り下ろす―――が何も起こらない。
おや、何か違ったか?
私は何度か剣を振り下ろし、そして首をかしげて…思い当たる。
そうか、発動すると氷が剥がれるなら、氷を前もって付けないといけないのか?
早速『氷河の刃』を唱えてから、三度『氷の瀑布』を唱えると、術が発動し、今度は木人形の上半身にぶち当たる。
「よしっ!」
私は軽くガッツポーズする。
とりあえずは当てる事が出来た…だが、まだ少し狙いが甘いか?
そのまま眺めているとしばらくして氷煙が晴れ、その下から氷漬けとなった木人形が現れた。
上半身が凍り付いている…が、狙ったはずの胴体の真中には当たっていない。
やっぱり呪文のタイミングに関してはもう少し練習が必要そうね。
けど、こればかりやって魔力切れになっても困るし、そろそろ次に行こう。
しかし、最初に使った時にタイミングを間違えて自分の足下に落ちたりしなくてよかったわ。
次は『氷の奔流』…そう考えて素のままの『凍える大河』を振りつつ呪文を唱えてみたが、やはり何も起こらなかった。
これも『氷河の刃』が必要か…。
大剣モードにしてから剣を構え、呪文を唱えつつ木人形に振り下ろす。
「『氷の奔流』っ!」
『―――発動、氷の奔流』
やはり脳内に響く声と共に、今度は剥がれた氷が大量の欠片となって木人形を襲う。
だがそれは剣筋に沿って木人形の頭上から足下まで弧を描くように広がり、足下の床に当たった物はそのまま跳ね上がるように木人形へ向かう。
やがて氷の煙がこちらにも押し寄せ、掌で覆った口元にまで冷気が入り込む。
それを吸い込んだ私は堪らず小さく咳き込むが、視線は木人形に向けたまま…と言っても、ホワイトアウトした視界が晴れるまで時間がかかりそうね。
諦めて煙が晴れるまで座り込もうかと考えると、周囲が闇に包まれた。
あー、燭台まで煙が押し寄せて火が消えたか?
さてどうしたものか、手探りで外に出て、火をもらって…と一瞬悩むが、何のことは無い、私は呪文を唱えた。
「『顕れよ、叡智の光よ―――ライト』」
私と木人形の間、1パーチ(2.96m)程度の高さに光の輝きが現れ…た筈なのだが、周囲は明るくなってもホワイトアウトしたままで、光源を直視する事もできない。
この魔法も、お屋敷に来てからは使う機会がほとんどなかったから、すっかり忘れていた。
まぁ、色々と疲れるから、普段使いはしないんだけどね。
私は大きく息をつくと、その場に座り込む。
そして数分刻の後、視界が晴れてきたところで、立ち上がり、木人形に近づいた。
「うわー…。」
思わず声が漏れるが、木人形はまるで吹雪にでも遭遇したかのようにガチガチに凍りつき、その足下には1キュビット(0.44m)程度まで雪…というか氷の欠片が積もっている。
足下から伝わるさくさくといった感触に、私は腰を落として転ばないように注意しつつ、片足で木人形を蹴り押す。
すると、ガツンという音と共に、天井に繋がれた鎖から氷の欠片がぱらぱらと落ちてきたが、木人形の氷はびくともしない。
ふむ、さっきの『氷の瀑布』よりも凍り方が酷い…。
見たところ、『氷の瀑布』よりも効果範囲が広いようだし、『氷の瀑布』が氷塊による物理重視の単体攻撃、『氷の奔流が』が氷片による冷気重視の範囲攻撃と目くらまし…って所かしら?
だったら『氷の奔流』は縦に切り下ろすよりも、横に薙ぎ払った方が使い勝手がよさそうね。
これも練習が必要…だとは思うが、又の機会だ。
さて、これで一通り『凍える大河』の確認は終わったから、次は腕輪か。
私は腕輪を拾い上げると、それを右腕に着ける。
シンプルではあるが、男物なので私には少し大きい腕輪…それを着けたまま、凍える大河を振ってみた。
…確かに、腕輪なしの状態に比べても振りは速くなっている…が、鉄剣と『凍える大河』程差があるわけでもなく、あまり感動もない。
まぁ、速くなっている事は確かだから、このまま使うのもありか…。
しかし振った際に腕輪が大きく動き、すっぽ抜けないかが少し不安だ。
戦闘に使うときには、手袋の上から着けるなりの工夫が必要ね。
もしくは組紐か何かですっぽ抜けないように結び付けるか…。
しかし右腕に着けてもこの程度の違いしかないのだとすれば、いっそのこと左腕に着けて小盾も交えて戦うのもありか?
いやしかし、小盾なんていつも持ち歩くわけでもないし…。
そんなこんなで腕輪の有効な活用方法に頭を悩ます。
それにしてもこの腕輪、結構大きめだから足首にだって着けられそうね…って足首?
私はふとした思い付きを試してみるべく、早速右足の長靴を脱ぎ捨てて腕輪を通し、長靴を履き直した。
うん、大きさに余裕があるおかげで脛の辺りまで上げる事ができるので、腕輪を着けた状態でも問題なく靴が履けた。
そして立ち上がり、その場で跳び上がってみると…おお、普段よりも明らかに高い。
普段であれば2ペース(59.2cm)弱であったが、明らかに体感的には3ペースを超えているように思える。
もっとも片足だけジャンプ力が上がった所為で多少バランスが崩れたが、それも馴れ次第で何とかなりそうだ。
さて、この効果を調べるには…この部屋では狭すぎわね。
かといって外に出るのは面倒…だったら丁度いいわ、使用人棟と水軍砦を繋ぐ廊下で試してみよう。
私は荷物と燭台を持ち、部屋を出た。
私は階段を上がり回廊に出ると、適当な物陰に荷物を置いて、廊下の先を見据えた。
所々に明かりが灯されているおかげで、薄暗くは有るが走るのに支障はなさそうだ。
私は一度大きく伸びをしてから息を吸い込み、そして廊下の先へとゆっくりと駆け出す。
あまり足音を立てない様に軽い踏み込みで、だんだんとスピードを乗せていくが…うお、速い。
普段よりも明らかに速く流れる景色を横目に、砦への通路に差し掛かったところでスピードを落としてターンする。
そして元いた場所へと再度駆け出す。
今度はただ走るだけではなく、跳び上がり、壁を蹴り、空中で1回転して着地し、そして反対側の壁を蹴り上げる。
おお、凄い。
まるで軽業師の様だ。
デファンスの騎士隊にも身の軽い隊員がいて、その動きを羨ましく思っていたものだが、今の私であれば彼にも匹敵する動きができているのではないだろうか?
「!!」
通路との交差点を抜けた時に何か聞こえたような気もしたが、私は特に気にせずにテンションも高く駆け抜ける。
そして荷物を置いた所が近づくとスピードを落とし、大きく息をついてから立ち止まった。
うん、この腕輪は足に着けたほうがよさそうね。
でも片足だけでこんなに効果が有るんだったら、もう片方にも欲しいわね。
けど魔法銀単体だとあまり宝飾には使われないし、大抵は魔導具に…って、そう考えるとこの腕輪は珍しいわね。
ひょっとして何か魔導具としての効果もあるのかしら?
まぁ、その点は何かのついでにマリエルに鑑定を依頼してみるとして、そろそろ夜もいい時間だ。
時間的には浴場の火も落ちた頃だろうか?
やる事は一通りやったし、お湯が冷える前にさっさと入って寝たほうがよさそうね。
私は荷物を拾うと、着替えを取りに宿舎に向かった。
深夜、床に着いたユーリアは寝台で寝息を立てている。
その手首には『睦言の腕輪』。
普段は鍵のかかる装身具入れにしまい込まれているのだが、前日の入浴の際に足につけていたことを思い出し、その後は失くさぬ様に手首に着けて、そのまましまわずに床についていたのだった。
カーテンに遮られ、外の部屋光も差し込まぬその室内で、唐突に腕輪が淡く光り出した。
そして二人の寝息と衣擦れの音のみが支配するその部屋の中で、小さく音を立てる。
『お姉様、お姉様、お姉様、お姉様…。』
段々と音は大きくなり、やがては囁き声程度の大きさとなる。
『お姉様、お姉様、お姉様、お姉様―――お慕いしております、お姉様。』
耳元に位置する腕輪からの声に、ユーリアの表情が鬱陶しげに歪む。
しかし声は止まずに、囁き続ける。
『凛々しいお姉様、勇敢なお姉様、優しいお姉様、お淑やかなお姉様―――私のお姉様。』
何時までたっても止まない声に、ユーリアは苛立たしげに声をあげ、やがて身を起こした。
そして眠い目をこすりながら、腕輪を見つめて動きを止める。
彼女はそのままうつらうつらしていたが、一向に止まない声に腕輪を外すと、それを方向も見ずに力の限り投げつけた。
キン、キンッ!
「あいたっ!」
投げつけられた腕輪はその先にあった椅子にぶつかり、壁、天井と跳ねて、ナターシャの寝台に落ちる。
そしてユーリアは満足げに頷くと、布団を上げて再び床に着いた。
そしてしばしの時間が流れ…。
「えっ、何?何なの、この声!?ちょっとユーリア、何か声がするんだけど!!」
不可思議な声に起こされたナターシャが騒ぐ中、ユーリアはそれに構わずに夢の中のまま。
そうして、ユーリアが行儀見習いに出た最初の月が過ぎていった。
次回、アンジェル回を予定。
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