表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第2章 侍女の生活
62/124

2-28 侍女と女中と大掃除(1)

 神暦720年 王の月25日 風曜日


 その日の朝、侯爵夫妻がリース家一行としぶとく屋敷に居残っていたお客様達を送り出すことで、ようやく執政館に日常が戻ってきた。

 その際には私も侯爵夫人付き侍女の1人として、黙礼のみではあったがマリオンに別れを告げる事ができた。

 そして後に残ったのは宴の後始末。

 今朝まで逗留した客の対応などがあったため、それがまったくの手付かずで残っていた。

 勿論、夜会や会合後の宴会の後始末はその日のうちに終えている。

 それを後回しにしては、見た目や臭いが問題となるからだ。

 現在手付かずで残っている物…そう、それは夜会の前に散々用意した奥様のお召し物、そのお手入れである。


「あー、疲れた…。」


 奥様(イザベル)が夜会で身に着けたいくつもの装身具(アクセサリー)

 そのひとつひとつが小さな農場程度なら丸ごと買えるほどの価値を持つ。

 それら手入れが終わり仕事に一区切りがついたところで、奥様付きの侍女達は交代で昼食を取ることになった。

 装身具の手入れをおっかなびっくりではあるが何とかこなし、その気疲れを引きずったまま、私は1人奥様の部屋から食堂へ向かっていた。

 廊下を歩き、東側の階段に差し掛かったところで、ふと足を止める。

 階段の外側はガラス張りとなっていて、眼下に城砦の練兵場が見て取れる。

 その、特注であろう大きさのガラス越しに見える騎士達の訓練をぼうっと眺めながら、私はひとつの事を思い出していた。

 そういえば、以前この上でエミリーに会ったわね。

 その時は碌に面識も無かったし、すぐに彼女はその場を離れてしまったけど、後に会った時には随分と興奮しながら私の試合を見ていたと言っていた。


 私は軽く笑みを漏らすと、そのまま階段を下りようとして―――足を止める。

 上階から声が聞こえた。

 それも何かを責めるような金切り声が。

 こんな所に人が?

 それも独り言ではなさそうだから複数人か…。

 私は腰を落として足音を潜めると、そろりそろりと階段を昇りだした。



「まったく、貴女も聞き分けの無い人ね!」


 階段の影から伺うと、上階にいたのは4人の女性使用人。

 壁を背にした1人を残りの3人が囲むように立っていた。

 先程から強い口調で、しかし潜めた声で話しているのはその3人のうちの真ん中の女のようだ。


「何も言わずに、酒貯蔵室(セラー)から適当にくすねてくればいいのよ!」


 そう居丈高に命令しているのは、こめかみから縦ロールを一房垂らした銀髪…確か客間女中の子爵令嬢だっけ?

 よく見れば、3人のうちの2人は客間女中の白いリボンをしている。


「ですが!そんな事をすれば、屋敷から追い出されてしまいます!!」


 3人に囲まれて、壁際に追い詰められた女中が叫ぶ。彼女は薄い栗毛の癖っ毛を三つ編みにまとめて…って、エミリー?


「バレなければ大丈夫よ。」


「そうよ、貴女が酒貯蔵庫の大掃除を引き受けたのだって、下心あっての事でしょう?そのついでよ、ついで!」


 縦ロールに続いて、リボンなし…枯れ草色のひっつめの女中が言う。


「私はそんなことしません!」


 反射的に否定するエミリー。

 だが縦ロールは意地悪そうにほくそ笑むと、


「あら、わかっているのよ。女中の安い給料じゃ、気晴らしも碌にできないんですってね。どうせ、掃除の最中に樽の(コック)から盗み飲みでもしているのでしょうね。それとも、貴女は殿方の一物(コック)のほうがお好みかしら?」


 そう言い放って、ホホホと馬鹿にしたように笑う。

 自分では上手い事言ったつもりなのだろうが…何とも下品な。

 …本当に彼女は令嬢なの?

 そもそも行儀見習いでこの屋敷に来ているのだろうが、とても行儀が身についているようには見えやしない。

 エミリーはといえば、怒りからか羞恥心からか、顔を真っ赤にして縦ロールを睨んでいる。


「だったら、お酒なんて貴女のお手当てで買えばいいじゃないですか!それにご実家からも仕送りを受けてるんじゃないんですか?」


 エミリーの反論に、意外そうな顔をする縦ロール。


「あら、嫌よ。他にも欲しい物はいっぱいあるんだから。」


 そう言ってから、彼女はニヤリと笑った。


「けどいいのかしら、エミリーさん?私にそんな口をきいて。女中程度、お父様から旦那様にお願いすれば、簡単にクビにできますのよ?」


 縦ロールの言葉に、エミリーが青ざめる。

 確かに、侯爵と同じ派閥の貴族の令嬢であれば、女中の1人や2人…いや、難しいか?

 なんといっても、奥様がエミリーをその身辺に置いていて、彼女は問題なく仕事をこなしているのだ。

 人のいい奥様ではあるが、それを差し引いてもそれなり以上に信用されているはずだ。


「そ、それは…。」


 縦ロールの言葉に表情を歪め勢いをなくすエミリー。

 …このままじゃ押し切られちゃいそうね。

 そろそろ助け舟を出すか…と、その前に。

 私は襟のリボンをほどくと、それを隠しにしまう。

 これで只の女中の1人と認識してくれれば、目も付けられない…とは思うが、黒髪の女中はいなかったはず。

 まぁ駄目元か。

 そして私は少し声を潜めてから、あさってのほうに向いて声を上げた。


「エミリーさーん、エミリーさーん。」


 私の声に驚いて肩を跳ね上げる3人。

 やがて私は声をだんだん大きくしながら、階段を昇り4人の前に姿を現す。


「あ、エミリーさん、ここにいましたか。奥様がお呼びです。」


 私がそういうと、3人は顔を見合わせ、小さく舌打ちをしてから無言で階段を下りていく。

 その中で、最後まで無言だった赤毛の客間女中と一瞬目が合ったような気がした。

 私は3人を見送ると、エミリーの方に振り向く。

 彼女は壁に寄りかかるようにしてしゃがみこんでいた。


「大丈夫?」


 私は彼女に近づき、しゃがみこんで目線を合わせる。

 おそらく3人に囲まれた事による緊張が解け、腰が抜けたのだろう。

 可愛そうに。


「あ、あは、ユーリアさん。」


 彼女は目にうっすらと涙を浮かべつつも、気丈に微笑む。


「大丈夫?」


「はい、大丈夫です。す、少しだけ待って下さい。すぐに奥様の下へ急ぎますから。」


 そう言って、大きく深呼吸を繰り返す。

 …彼女は3人に囲まれていた理由の説明も、私に助けを求めたりもしない。

 ただ深呼吸を繰り返すだけだ。

 だけど、流石にアレを見てしまったら、見ない振りはできないわよね。


「ゆっくりでいいわよ、エミリーさん。奥様が呼んでいるって言うのは、アレ嘘だから。」


「はい、ユーリアさ…へっ?」


 彼女が目を見開いて、こちらに振り向く。

 ふふ、驚いてる。


「まぁ、それについては謝るけど…詳しい話を聞かせてもらえないかしら?彼女達に絡まれた件について。」


 私の言葉に、最初は驚きの表情を浮かべた後にそれが困ったようなものに変わる。

 そして一瞬の逡巡の後、口を開こうとする彼女の機先を制して、さらに言葉を続けた。


「あまり頼りにならないかもしれないけど…私じゃ、力になれないかしら?」


 おそらく、自分ひとりで何とかしなきゃいけないと半ば追い詰められていたのだろう。

 彼女の目に、見る見るうちに大粒の涙が浮かび出す。

 私はエミリーを抱きしめると、彼女落ち着くまでそっとその髪を撫で続けた。




 落ち着いた彼女に、仕事が終わったら私たちの部屋に来るよう伝えてから、私は食堂に向かった。

 彼女の都合が合えば、一緒に昼食を…とも思ったのだが、私たちが仲良くしている所を3人に見られるのは避けたかったからだ。

 食堂に入ると…丁度いいタイミングで、ナターシャがトレーを持って席に着く所だった。

 私は軽く手を振って彼女がこちらに気付いた事を確認すると、食事を受け取る列に並んだ。



「女中でエミリーって()いたでしょう?」


 匙でスープを一口掬い、それを味わって口内を潤した後、唐突に私は切り出した。


「ああ、あの…上級使用人(おじょうさま)連中に使われている…。」


 ナターシャはすぐに思い至った様で、口前を手で隠しながら答えた。


「ええ、彼女が色々と困っているようだから、手助けすることにしたわ。夜会とかでも結構関る事多かったし。」


 私がそういうと、ナターシャはニヤリと笑う。


「あら、そう?ふふ…以前、そのうちに手を出すとは言っていたけど、思ってたよりも早かったわねぇ。」


 そう言ってさも楽しげに笑う。

 まぁ…自分的にも、年下の子が困っているような状態を、長く放って置ける性格じゃないのはわかってるけど…。


「そういう貴女も、陰ながら気にかけていたんじゃないの?」


 私の言葉に、彼女は大きくため息をつく。


「まぁねぇ。わたしも何度か力になろうかと思ったんだけど、相手が相手だからすっとぼけられたらそれ以上は追求し様が無いし…。それで、何か決定的な事があったの?」


「それについては、詳しく状況を聞くために仕事が終わったら私たちの部屋に来るように彼女に伝えてあるわ。もし私が遅くなったら、とりあえず彼女を部屋に入れておいて頂戴。」


「ん、わかった。とりあえずは…お茶の用意でもしておいたほうがいいかしら?」


「あー、お願いできる?できれば気分が落ち着くようなのを。」


「だったら…いつものお茶に月夜草(ムーングラス)を少しといった所ね。」


「うん、よろしく。」


 そう彼女に依頼しながら、残った料理を高速で詰め込んでいく。

 勿論、食事マナーはきっちりと守ってだ。

 エミリーの件で時間を取られた所為で、あまり余裕が無いのだ。

 …だから何で驚いたような目で見るのよ。



 午後からの仕事は、奥様のドレスの手入れが中心となった。

 それも夜会用のドレスなので、これもまた気合を入れて手入れをしていく。

 …手入れが不十分で、次に使う時に問題があったら申し訳がたたない。

 私はカスティヘルミさんとパメラさんの指示を受けながら、細心の注意を払って仕事をこなしていった。


 また、午後のお茶や夕食のお世話の際に、エミリーとも一緒になった。

 私は務めて普段どおりに振舞ったが、エミリーの振舞いは多少ぎこちなく、また心細げに何度もこちらを伺うので、一度だけ目線を合わせてウインクした。

 途端に彼女はほっとしたように笑みを浮かべて、ほぼ普段どおりに仕事をこなす。

 うーん、彼女も結構ギリギリだったようね。

 そんな事を考えていたら、夕食の後になって、奥様が呟いた。



「エミリーちゃん…元気が無いようだったけど、どうしたのかしら?」


 奥様の入浴の準備中だった私達は、その言葉に動きを止めた。

 うーん、何時だって非常におおらかな方なんだけど、時々妙に鋭いのよね。

 とりあえずは平静を装い、カスティヘルミさんとパメラさんと顔を見合して、首を振る。


「特にそういった事は気付きませんでしたが…。」


 代表して答えるカスティヘルミさん。

 だが奥様は納得していないようだ。


「最初はちょっと浮かない顔をしていたのよ。でも、ちらちらとユーリアちゃんを見ているうちに、安心したように見えたけど…夜会から間に、随分と仲良くなったのね。」


 …良く見ているなぁ。

 私は心の中でため息をつくと言い訳を考え、しぶしぶと言った感じで話し出す。


「実は…口止めされてたのですが、彼女に相談事を持ちかけられまして。…後で話を聞く予定なのですが、どうやらこのお屋敷の人間関係に関る事らしいので、口外はお控え願いたく…。」


 とりあえず今は関らないでくださいと言外に伝える。

 奥様は「わかったわ。口は堅いから大丈夫よ~。」と安心したように答えていたが…うーん、不安だ。


「けど、本当に困ったらカスティやセリアに相談するのよ?私も力になるから。」


 奥様はにっこりと微笑みながらそう告げた。

 おお、これはありがたい。

 まぁ奥様に頼るようでは、こっちの評価にも影響が出るかもしれないから最後の手段ではあるが。


「ありがとうございます、奥様。ところでひとつお伺いしたいのですが…エミリーの事は、奥様はどのように思われていますか?」


 ここでエミリーの評価を確認したのは、客間女中達と対立したときにどちらに肩入れしてもらえそうか確認するためだ。

 少なくとも奥様の評価が低くては、それも見込めないから。


「ええ、とってもいい()よ。真面目だし、他の娘が尻込みする私付きの仕事も率先して引き受けてるし。あの娘の年季が明ける時は、私が紹介状を書くつもりよ。ふふ、あの娘なら、すぐにいい縁談が舞い込むでしょうね。」


 まるでその日が待ち遠しいとばかりに、満面の笑みで答える奥様。

 上級使用人ならともかく、女中の紹介状は普通家政婦が書く物なのに…これは思っていた以上に気に入られているわね。

 というか、尻込みしているのが奥様にバレてちゃ不味いでしょうに。

 誰か知らないけど女中の人。




「ごめんなさい、遅くなったわね。」


 本日の職務を終えると、私はすぐに部屋に戻った。

 部屋には既にエミリーが居り、ナターシャと共にお茶を飲んでいた。


「いえ、こちらこそ…お仕事の後なのに、ご迷惑をお掛けして。」


 不安からか、彼女の表情は冴えない。

 その所為か顔も多少青白く見える。


「いいっていいって。じゃぁ、詳しい話を聞かせてくれる?」


 私がテーブルに着くと、ナターシャがお茶を入れてくれた。

 それに目線で謝意を伝えてから、私はエミリーの話に耳を傾けた。



 エミリーはオルノ川の上流、大山塊に程近いオルノの町の郊外にあるオードという村の村長の家の出身だ。

 領主の伝で、同じ派閥に属するタレイラン家で女中として働くことになり、ヴァレリーに出てきたのが約1年前。

 厨房女中に配属された彼女の部屋の同居人がジゼル…昼間の3人組のうちのひっつめの娘だ。


 ナターシャの話によると、ジゼルも女中としてこの屋敷にやってきたのだが、元々ベルレアン子爵の息女であるデボネア…縦ロールの腰巾着であり、行儀見習いとして客間女中となった彼女をサポートするために送り込まれ、掃除女中に配属された。

 またキアラ…3人組のうちの赤毛はデボネアの従兄妹で彼女も腰巾着であり、行儀見習いにやってきてデボネアと同じ客間女中となった。

 4人部屋ではあったが2人しかいなかったジゼルの部屋…元々居た女中が年季が明けて出て行ってからは、彼女達はその部屋を半ば溜まり場としており、その部屋に入った新入りの女中は、みな何故か(・・・)早々に辞めて行ったとの事だ。


 そんな部屋に入ったエミリーを、3人は同僚として、友人として温かく迎え入れた…のは最初だけで、簡単なお願いからだんだんとエスカレートして、今では身分を嵩に使い走りとして良い様に扱われるようになっていった。

 そしてついに酒貯蔵庫から拝借してくるように命令され、それを拒んでいる所を私に目撃されたとの事だ。


「もう、仲の良い有人には戻れないんでしょうか…。」


 彼女はそう言って話を締めくくる。

 この状況でも彼女達を信じ、許し、仲を取り戻そうと思うのか…。

 優しい娘だ。

 だがしかし…。


「…酷い話ね。それで、他の人やバートン夫人に相談したりとかは?」


 私の問いに、エミリーは表情を曇らせる。


「私は…あまり仲の良い同僚がいなくって…山育ちの田舎者だからでしょうか、彼女達が辛く当たるのも…。」


 彼女は自嘲的に笑う。

 と、ナターシャが表情を僅かに歪めている。

 彼女も山育ちだから…というわけでは無さそうだ。

 普段の彼女なら、ここに居る3人とも山育ちだって笑い飛ばすから。


「バートン夫人にも相談したのですが、3人で口裏を合わせてとぼけられると、身分の所為でそれ以上は追求されない様で…。その所為でしょうかね、要求がエスカレートしていったのも…。」


 彼女の声はだんだん小さくなり、最後は呟く程度だ。


「んー、どうしたものかしらね。」


 私は半ばうめき声を上げながらも、考えをまとめようと足掻く。


「とりあえずは…バートン夫人にもう一度相談するしかないわね。しっかりとした証拠をつけて。」


 私がそう提案すると、ナターシャが何かを思いついたのか、小さく声を上げる。


「エミリーがここに入る時は誰にも見られていない…と思うけど、あんまり遅くなると同室のジゼルに怪しまれるわね。」


「確かにそうね。うん、とりあえずはこっちで色々作戦を練っておくわ。貴女は部屋に帰って、明日に備えたほうが良いわね。明日の件は…酒貯蔵庫の大掃除は何時(いつ)からだっけ?」


「昼の9刻(午後2時)からです。」


「まだ多少は余裕があるわね…。もし3人に念を押されたら、渋々で良いから頷いておきなさい。」


「あの、私、大丈夫なんでしょうか?まだ、お屋敷に居られるんでしょうか…。」


 弱気な彼女に、私は勤めて明るい笑顔で答える。


「大丈夫よ。私たちに任せておきなさい。取って置きの秘策が有るから。」


「秘策…ですか?」


「奥様が言ってたわ。エミリーはとてもいい娘だって。それだけの評価があって、さらに私が泣き付けば多分何とかなるわよ。」


 私の自信が有るんだか無いんだかわからない秘策に、エミリーは絶句し、ナターシャは頭を抱える。


「それって、あなたの立場は大丈夫なの?」


「勿論、大丈夫じゃないわ。だからなるべく使わずに済ますつもりだけど、いざとなったらそこまでやるつもりよ。だからエミリー、貴女は安心して、ゆっくりとおやすみなさい。」


 私は身を乗り出して、エミリーの頬に手を伸ばし、優しく触れる。

 彼女はしばらく私を見つめていたが、やがて頷くと、私の手に彼女の手を重ねた。

 青白かった顔にも多少赤みが戻ってきたように見える。

 これなら、大丈夫そうね。


「エミリー…っていつの間にか呼び捨てになってるわね。」


「お屋敷には…呼び捨てにしてくれるお友達は居なかったから…そう呼んでもらえると嬉しいです。」


「わかったわ、エミリー。じゃぁ、また明日ね。朝礼には出るんでしょう?あの3人がいなければ、軽く打ち合わせしましょう。もしいたら、奥様のお目覚めの後で…時間を作るわ。」


「はい、ユーリアさん。」


 彼女はにっこりと笑って答える。


「こっちも呼び捨てでいいのよ?」


「いえ、でも…ユーリアさんは年上ですし…。」


 私の提案に、少し困ったように言葉を濁すエミリー。

 それを見て、ナターシャが「そうよね!それが普通の反応よね!!」と腹を抱えて笑っている。

 五月蝿いなー。


「じゃぁ、お休み、エミリー。まだ夜は冷えるから、暖かくして寝るのよ?」


「はい、ユーリアさん。ナターシャさんも、おやすみなさい。」


 挨拶を先に済ませてから席を立ち、静かに部屋の扉を開けて無言で廊下の先を伺う。

 人影、物音、気配も…なし。

 部屋の中のエミリーに振り向き、口の前で指を一本立てた後に頷く。

 エミリーも無言で頷いた後で、静かに部屋を出る。

 その表情には、多少の緊張は見て取れるが、昼間のような不安な表情は伺えない。

 うん、これなら大丈夫そうだ。

 私は満足して、数歩先の廊下でこっちに振り向いたエミリーに手を振ってから、またゆっくりと扉を閉めた。



 私が扉を閉めて席に戻ると、ナターシャが難しげな顔をしていた。


「彼女、仲の良い同僚がいないって言っていたでしょう?」


「ええ。」


「それもあの3人の仕業よ。あの部屋に入ってきた子には近づかないように、それとなく触れ回ってるの。それが続いて、侍女と女中の間では暗黙の了解のようになってるわ。」


 そうか、彼女が仲の良い同僚がいないと言っていた時に、表情を歪めたのはその所為か。


「本当に酷い話ね。これはもう…処置無しね。」


 私の呟きに、ナターシャが頷く。


「で、どうする、ユーリア?」


「そうね…あんな風に同僚を身分でこき使うようなら、身分に対するプライドがさぞや高いんでしょうね。」


「でしょうね。だったらそのプライドを…。」


「ボロボロになるまで痛めつけてやるわ。周囲の視線が針の筵に感じるくらいまで!」


 そうして、その日は夜遅くまでナターシャと共に作戦を練った。

 尚、作戦を練る前にひとっ風呂…と浴場に行ったところで、エミリーと鉢合わせて微妙に気まずい雰囲気になったのは余談である。

 いや、彼女の胸のサイズ関係無しに。

 …オルノ村の周辺は酪農が盛んだって言うし、やっぱり乳製品を多く摂ると違うのかしらねぇ…。(遠い目)



読んでいただき、ありがとうございました。

次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。


ご意見、ご感想などありましたらお気軽にお寄せください。

評価を付けていただければ今後の励みになります。

誤字脱字など指摘いただければ助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ