2-22 侍女とお嬢様と休日(2)
2014-03-25 水軍の娘の名前をブリジットからイングリットに変更しています。
ブリジットは盗賊ギルドの下っ端と被ってたよ!
神暦720年 王の月24日 森曜日
「さて、今日の予定だけれど…。」
私の横にマリオンが座り、ジョゼが壁際に控える。
そして伯爵夫人付きの侍女がマリオンにお茶を給仕する横で、私は口を開いた。
「昨日も確認したけど、基本的には私の休日に付き合う…といった感じでいいのかしら?」
そうマリオンに尋ねると、彼女は頷く。
「はい、お姉さまが普段どのように休日を過ごされているのか、知りたく思いますわ。」
そう言って満面の笑みを浮かべる。
どうやら機嫌は直っているようだ。
「そう。けど、普段どおりと言えるほど、この屋敷に来てから長いわけじゃないんだけどね。」
そう言って私はため息をつくと、マリオンは不穏な空気を感じたのか眉を寄せた。
「けどまぁ、休みに付き合うというなら、別に構わないわよ。色々と予定はあったし。」
私の言葉に、再びマリオンが笑みを浮かべた。
まったく、私の言葉一つで表情が目まぐるしく変わるわね、この子は。
「けど本当にいいのかしら?あまり相手できないかもしれないけど。」
「ええ、お姉さまの休日が見れれば、それで満足ですわ。」
そういって楽しそうに笑うマリオン。
「ユーリアちゃんの休日かぁ…私も着いて行こうかしら。」
そこへ、夫人が話に割り込んだ。
「お母様もですか?ですがお母様には侯爵夫人のお許しがありませんわ。」
マリオンは少し困ったように眉を寄せた。
確かに、マリオンが使用人棟も含めて屋敷内を出歩くのは、一応は行儀見習いの下見という理由がある上に、私がお目付け役として彼女に付く事になっている。
しかし、他所の伯爵夫人が使用人の領域たる裏側を歩き回る事になっては、使用人たちも仕事がやり辛くって仕方がないだろう。
「それでしたら…少なくとも奥様に許可と誰かの案内を願い出る必要がありますね。」
家政婦や家令なりが案内するのであれば、他所様に見せたくない所も上手く回避してくれるだろう。
もっとも、リース家を取り仕切っている伯爵夫人であれば、見慣れた光景かもしれないが、それはそれ、他所様への見栄だ。
「そう。だったら、セリアにでも頼んでみようかしら?」
そう夫人は微笑む。
しかし、家政婦様もこの家に嫁いで長いだろうに、いまだにいい足がかりに使われているのか…。
「伯爵夫人、セリア様もこのお屋敷の家政婦としての立場があります。あまり彼女を困らせる事は…。」
私が配慮を願い出ると、夫人は苦笑する。
「冗談よ。セリアにはユーリアちゃんの事もお願いしてるし、あまり迷惑ばかりかけてはいけないわよね。大丈夫、侯爵夫人とは大の仲良しだから、直接頼んでみるわ。」
そう言って|軽く腕を持ち上げて力んでみせる《ガッツポーズする》。
「それで、お姉様の午前中の予定は剣術の鍛錬でしたでしょうか?」
マリオンが身を乗り出して聞いてくる。
「そうね、昨日も説明したけど、午前は剣術の鍛錬、午後は魔術の訓練、夕方からは買い物…ああ、あと知り合いとの約束が…。」
そういえば、水軍のイングリットとも約束をしていた。
「あら、さらに予定が増えましたのね。」
マリオンがびっくりしたように呟く。
まぁそうか、伯爵令嬢といえば、普段は習い事程度の他は優雅に過ごすものだ。
奥様付の侍女たちも、休日は十分に休息をとった上で、読書などの趣味や買物に軽く時間を費やすのがほとんどだそうだ。
行儀見習いと修行を兼ねようとする私が異端なのだ。
「ですがとても面白そうですわ。それにお買い物!お姉さまと街に繰り出すのが今から待ちきれませんわ。」
そう言ってうっとりとした表情を浮かべるマリオン。
脳内ではどのような想像をしているのか。
そういえばこの街に来てから、若い娘向けの店などに見向きもしていなかった事に気がついた。
行ったのは服屋と雑貨屋くらい…それもアンジェルの物しか買っていない。
あとでナターシャにでもお勧めの店を聞いておこう。
と、あー。
「しまったわね…騎士団の鍛錬の前に軽く走って、その後に朝食を取るつもりだったのだけど…マリオンに合わせると朝食後に走る事になるし、私に合わせるとマリオンが食事を取れないわね。」
思わず呟く。
早速スケジュールに問題が出てきたか。
横のマリオンに目をやれば、どちらをとるのか不安げにこちらを見つめていたのだが…その表情はこちらの動向を伺う妹の表情にそっくりだった。
私は思わず噴き出し、彼女の頭に手を載せてぽんぽんと叩く。
「大丈夫よ。今日は走るのはやめておくわ。」
窓の外に目をやれば、既に日は高く、走るとしても時間はあまり残っていなさそうだった。
「お姉様…。」
私の返事に、マリオンの表情がぱあっと輝く。
うん、やっぱり笑顔が一番よ。
「だったら、早めに朝食を取ったほうがよさそうね。」
夫人がそう言うと、タイミングを見計らっていたかのように部屋の扉がノックされ、応答に出たジョゼさんが、屋敷の侍女からの朝食の準備ができた旨の伝言を届ける。
「そう、わかったわ。じゃぁ早速用意して頂戴。…あ、そうそう、ユーリアちゃんも一緒していくわよね?」
食事は、伯爵の部屋の応接間で取る事となった。
従者たちの手により椅子とテーブルが運び込まれ、部屋の暖炉の前に並べられる。
さらにそれにテーブルクロスがかけられ、女中たちの手により料理が運ばれ並べられていく。
勿論、私のものも含めた4人分だ。
そしてその間に、何処からともなく現れたジャックさんが伯爵を起こし、夫人も寝巻きから着替えていた。
夫人の着替えについては及ばずながら私も手伝ったが、33という年齢と、1児の母という事が感じさせないくらい、見事なプロポーションだった。
「ほう、マリオンはユーリア嬢に起こされたのかね。それは私も経験してみたかったものだね。」
食事中、私に起こされて慌ててしまったと今朝の出来事を話すマリオンに、伯爵が言う。
「もう、貴方はいつも若い娘ばっかり贔屓にして…。」
拗ねたように言う伯爵夫人だが、それに対する伯爵は余裕顔だ。
「何を言うのかね。無論、私が起きた後はすぐに君を優しいキスで目覚めさせるに決まっているではないか。」
そう得意気にのたまう伯爵。
「そんな事言って、貴方はいつも私の後に起きている癖に。」
そう反論する伯爵夫人だが、その表情は満足気だ。
そんな感じに年甲斐もない夫婦の睦言が繰り広げられている間、私はいくつもの視線にさらされていた。
テーブルに着いているマリオンのものは勿論、リース家の使用人のもの、そしてタレイラン家の使用人のものだ。
それもそうだろう、自分達と同じ下級使用人のお仕着せを着た小娘が、お客様である伯爵家と同じ席に着き、食事をしているのだから。
いくら胸元に上級使用人を示すリボンがあろうと、今の状況は他の侍女や女中の好奇心と想像を掻き立てることになり、しばらくの間は幾度も彼女達の口の間に上ることになるだろう。
影でこそこそ言われるならまだしも、変に目を付けられたら困る。
一応は上級使用人ではあるが、あくまでも新入りだ。
後から入って来るであろうマリオンのためにも、そのうちにビシッと決めて舐められないようにする必要があるわね。
「お姉様、表情が優れませんわね。どうなさいました?」
そんな事を考えていると、マリオンが上目遣いにこちらを伺ってきた。
おっと、表情に出ていたか。
「そうね、少し考え事をしていたわ。マリオンが入ってくるんだったら、私ももっとしっかりしなきゃ…ってね。まだ碌に仕事も任されていないし。」
私はにっこりと微笑むと、そう答える。
まぁ、嘘は無いわよね。
「ところで、本日はよろしかったのでしょうか。夜会が終わった後は特に長居する予定ではなかったのでは?」
食事を終え、食後のお茶を楽しみながら、伯爵にこの館への滞在延長について尋ねてみる。
すると、気にする事は無いと返事が返ってきた。
「ここへは馬車で1日もかからないから、それほど急いで帰る事も無い。気が向けば、買い物に王都まで足を伸ばしてみるのもいいと考えていたぐらいだよ。それに侯爵側の都合についても気にする事も無いだろう。地方の領主の中には、夜会にかこつけて数日滞在する者もおるし、早く帰ってもそのようなものが帰りに邪魔しに来るので、しばらくは留守とさせてもらうさ。」
そう言ってから、伯爵はふと思いついたように続ける。
「それに…なんだかんだ言って、マリオンが夜会に参加した最大の目的は君だよ、ユーリア嬢。マリオンが望むのであれば、滞在の延長も吝かではないが、まぁそれも限度がある。明日にはお暇するつもりだよ。」
その言葉にマリオンを見れば、彼女は顔を赤くして「お父様、あんまりです。」と呟いていた。
ふぅーん、そうなんだ。
そこまで慕われてると思うと、結構うれしいものね。
「わかったわ、マリオン。今日はしっかり私の休日を見せてあげるから、期待していいわよ。」
「はい、楽しみにしていますわ。」
そう言って、互いに笑いあった。
食事の後、剣術の稽古の前に着替えるために、マリオンとお供のジョゼを連れて、使用人棟へやってきた。
食堂は遅めの朝食を取る者でごった返しているが、そのうちの結構な割合の者が疑問や戸惑いの混ざった視線を向けてきている。
侍女に連れられて、明らかに部外者…仕立てのよい衣装を纏ったお嬢様と、見慣れぬお仕着せを着た娘が現れたのだ。
それも当然だろう。
「こっちが使用人用の建物よ。ここは隣の城砦の騎士団と共用だから、食事時はかなり混むわね。」
そう説明しつつ、顔見知りの騎士団員が手を振ってくるのにこちらも手を振って答える。
ふとマリオンを見れば、きょろきょろとせわしなく視線を巡らせている。
「1階には浴場やリネンなんかがあるわね。そしてこっちが女性使用人宿舎ね。」
使用人棟を抜けて、宿舎に案内する。
そして東側の廊下を進み、一番奥の部屋の前まで来た。
「ここが私たちの部屋。マリオンはナターシャには昨日会ったわよね?多分夜勤明けで寝ているだろうから、起こさないようにね。」
一応マリオンに注意してから、鍵を使って扉を開ける。
ジョゼは…まぁ弁えているだろう。
扉を開けると、窓にカーテンが引かれた薄暗い室内が見える。
とりあえずは二人を室内に入れた。
「ここが私たちの部屋…まぁ、上級使用人用の宿舎の部屋は、どれもこんなものらしいわ。」
小声で二人に説明する。
部屋に入ると、マリオンはせわしなく気になる物に近づいて回り、ジョゼは部屋の入り口から見回していた。
「あ、お母様が差し上げた氷血華がありますわ。でも1本足りませんわね。」
「ああ、それはもう譲っちゃったのよ。カロン殿が欲しいって言うものだから。」
そう言いつつ、クローゼットからシャツとズボン、鎧下等を取り出して、ベッドの上に置く。
そして靴を脱いでからエプロンを脱いでベッドの上に落とし、お仕着せの背中のボタンに手を伸ばす。
すぐにそれに気付いたジョゼが「お手伝いいたします」と近寄って来たので礼を言ってから彼女に背中を向けたところ、こちらを眺めていたマリオンと目があった。
「もう室内はいいの?」
「ええ、そちらは後で。」
そう言って、こちらを見ている。
まったく、こっちを見ても面白いものなんてないでしょうに。
「ユーリア様、すべて外れました。」
「ありがとう、ジョゼ。」
早速、そそくさとお仕着せを脱ぎ、シャツを羽織る。
そしてズボンをはいてから、ベッドに腰掛けてブーツを履く。
後は手袋と鎧下を着けて練習用の長剣を取れば、着替えはおしまいだ。
しかし、そろそろしっかりとした防具が欲しいな…氷血華の支払いが少し先になるから、それを待って…いや、代金を当てにするなら、出来合いではなく仕立てるのもありか…。
まぁそれは街に出てからでいいか。
「ん、ユーリア?」
どうやらナターシャを起こしてしまった様だ。
彼女が頭を上げてこちらを見る。
「ごめんなさいね、起こしちゃったかしら?マリオン達に私たちの部屋を見てもらってたんだけど、すぐに出るわ。」
「うん、わかった。そういえば、今日はイングリットの所には行くの?」
彼女の言葉に、ちょっと悩む。
行きたいのは山々だが、マリオンもいる事だし、それに酒場の雰囲気的にマリオンには似つかわしくない。
庶民的といえば庶民的なんだけど…。
「マリオン、今日は夜から水軍の友人と約束があるんだけど、貴方も行ってみる?まぁちょっと荒っぽい場所だから、行かないのなら今度にするけど。」
私の言葉に、マリオンは少し眉をひそめる。
そして、恐る恐るといった感じで、問い返してきた。
「その方は…殿方ですの?」
「違うわ。女だてらに、水軍で船乗りやってる結構かっこいい女性よ。」
私の答えに、ほっとしたような笑みを浮かべるマリオン。
まぁ、よく知らない男相手では、あまり落ち着いて飲めないか。
「それでしたら、私も参加させていただきますわ。今日は普段のお姉さまを知りたいとお願いいたしましたから。」
「そう。だったら…。」
ジョゼにも問うために視線を向けると、彼女は無言で頷く。
まぁマリオンが参加するなら、ジョゼも一緒か。
「だったら、私も夜の1刻ぐらいにでるから、もし用事があるのなら現地で合流ね。じゃぁ、お休みー。」
ナターシャはそう言うと、布団にもぐってしまう。
あんなんで、ちゃんと憶えていられるのかしら?
「さて…と、準備もできたし、そろそろ城砦に行くわよ。」
私とナターシャの会話の間、再びきょろきょろと室内を見ていたマリオンに声をかけて、ベッドから立ち上がる。
まぁ多分こっちは買い物から直行だろうから、現地で集合ね…と考えながら、まだ色々と見ているマリオンに手を差し伸べて、部屋を出た。
読んでいただき、ありがとうございました。
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