1-05 お嬢様、故郷を旅立つ<設定図:大陸図>
GWは…一月分ぐらい書きました。
2013/05/09 区切りが中途半端だったため、後半を次話に移動
2013/10/07 大陸の地図を表示
神暦720年 王の月10日
その日の朝、砦の聳える丘の麓にある屋敷…ヴィエルニ家の屋敷の周辺に人々の影があった。
屋敷の前には行儀見習いに出立する私と、見送る家族と友人、町の知り合いなど、20人程が。
そして屋敷から少し離れたところには、隣国からこの領にやってきた元逃亡奴隷、現開拓民の知り合いたちの姿もあった。
旅立つ私を一目見ようと駆けつけてくれたのだろうが、立場ゆえに遠慮しているのだろう。
ありがたいことだ。
そして両者の間にはヴィエルニ家の紋章旗を掲げた2頭立ての箱馬車に御車が1人と、馬を用意した護衛の騎士達が4名。
「ユーリア、いろいろありがとう。あっちでも頑張ってね。」
髪を結い上げ、スカート姿の旅装に身を包んだ私の両手を握って、別れを告げるエルザ。
その後ろには、フランクが立っている。二人の距離は、昨日までよりさらに近い。
「貴方もね、エルザ。上手くおやりなさい。3年後なら…もう母親になってるかしら。」
「んー、いろいろ教わらなきゃいけないこともあるから、そればっかりってわけにも行かないわ。
人手も足りないから、当分の間は大忙しだろうけど…まぁ、おいおいね。」
「ユーリア、僕からも言わせてくれ。本当にありがとう。背負うものが増えて責任が大きくなったけど、エルザとなら頑張れるよ。」
「フランクも、しっかりね。結婚式には出れないだろうから、先に言っておくわ。ずっとお幸せにね。」
「ああ、ありがとう。ユーリアも元気で。」
二人と別れを交わすと、お師匠様が近づいてきた。
「準備は整ったか…忘れ物はないな?」
「お師匠様…私もいつまでも子供ではありません。準備は終えておりますし、忘れ物があっても、何とかします。」
「そうか。では忘れ物はいいとしても…剣を持っての行儀見習いとは、なんともまぁ。」
そう言って、お師匠様はニヤリと笑う。
先に積み込んだ荷物に、長剣が括り付けてあるのを見たのだろう。
「そ、それは…護身用と、たまには身体を動かさないと鈍ってしまいます。」
「どうせお前のことだ。着いて早々にアルノルス殿に騎士団の鍛錬に混ぜてもらえるよう、頼み込むつもりなのだろう?」
そんなお師匠様の問いに、しれっと答える。
「ええ、有用な人脈は活用すべきだと考えております。武芸百般は淑女の嗜みですわ。」
「ああ、相変わらずだな。レイア…お前の娘への教育は大失敗だぞ…。」
お師匠様は半目になると、盛大にため息をつく。
「まぁ、兎に角しっかりとやってこい。カロン殿とマリエルによろしくな。」
そう言って、お師匠様は手をひらひらと振りながらその場を離れる。
次に挨拶に現われたのは、デファンス領騎士隊副隊長の伯父上だ。
「よぉ。ついに嬢ちゃんにも親元を離れる時が来るか…おれも年だな。」
そう言ってニカッと笑う。
「伯父上も、お見送りありがとうございます。」
「お転婆ユーリアが行儀見習いなんて聞いた時には驚いたもんだが、結構様になってるじゃないか。」
「はい、母上の指導の賜物です。」
「いや、あの跳ねっ返りだけならこうはならん。イーリア奥様の血だな。」
この人の中でも、母の面影は生きているのか。
何故だかそれがとても嬉しい。
「んでだな、ヴァレリーまでの護衛に正騎士と従騎士2人ずつ付ける。
フェリクスも入れておいたから気軽に使ってやってくれ。」
「はい、そうさせていただきます。」
「それじゃ元気でな。道中気をつけて。」
その後も、マリエルの父親やら私塾の学友やらとの別れの挨拶を交わす。
それが終わると、いよいよ家族との別れだ。
少し離れた所で、エルザがフェリクスとこっちをちらちらと見ながら何か話している。
気になる…が今はそんな時ではない。
「父上、では行ってまいります。」
「うむ、しっかりとやれ。ヴァレリー候のためによく尽くせ。」
「はい。3年間、見事に勤めを果たして見せましょう。」
「ユーリア、身体には気をつけなさい。嫁入り前なのですから、お転婆もほどほどにね。」
「はい、わかっております。母上もお体にお気をつけください。」
「姉上、お気をつけて。東の草原に盗賊が現れてから、まだ時間がたっていませんので。」
「ええ。でも護衛が4人もいれば、退治してみるのもいいかもね。」
「姉上…。」
レオルが呆れている。
「姉上…。」
アレリアが涙目になりながらも、それを堪えて見上げてくる。
あまりのいじらしさに、出発の決心が揺らぎかけるが、ぐっと堪えて微笑みつつ、頭をなでる。
「アレリア、行ってきます。母上の言うことをよく聞いて、ゆっくりと大人になりなさい。」
そう言って彼女を抱きしめ、大きく息を吸い込んだ後で、身体を離す。
私から離れた彼女は、そのまま母上の後ろに回りこみ、母の背中に抱きつくことで涙のこぼれそうな顔を隠す。
彼女の物心がついてから、今の母上の立ち居地は私の役目でもあった。
3年後、家に戻ったとしても、もうその役目は必要とされなくなっているだろう。
それに一抹の寂しさを抱きながら皆を見渡す。
そして直接挨拶できなかった開拓民たちにも軽く手を振ってから馬車の前へ進む。
「それでは皆様、お見送りありがとうございました。ユーリア・ヴィエルニ、行ってまいります。」
大声で別れを告げる。
人々の間から「頑張れよー!」「気をつけてー!」といった声が上がる中、皆に一礼してから馬車に乗り込む。
そして「護衛班整列!」「騎士隊長に敬礼!」「騎乗!」といった護衛班班長の号令を聞きながら、窓から顔を出し見送る人たちに手を振る。
手を振り返してくれる人、人、人…彼らの顔を目に焼き付けて、護衛班班長の「出発!」の号令とともに、私はデファンスから旅立った。
デファンスの街中から街道に出て、ラムダウ川沿いに東を目指す。
デファンスからヴァレリー領までは、野宿覚悟の強行軍で進めば馬車で約5日の距離だ。
だが、父上は今回の旅を、比較的大きな町で宿を取ることで6日、予備日3日の9日間の旅程とした。
見聞を広めるためにじっくりと見て回れとの親心だろうか。
ちなみに、何事もなく予定通りヴァレリーに着けば、その先の王都まで見て回る程度の余裕もできる。
それも魅力的な選択肢だ。
馬車が町を出て、人気がなくなると早速私は馬車の窓に目隠しのカーテンをかけ、女性用の旅装からいつもの動きやすい格好に着替え、外套を羽織る。
ついでに荷物の中からヴィエルニ家の家紋入りの短剣を取り出し、腰に佩く。
やはりこの重みがなくては落ち着かない。
その上スカートだとどうしても足元が心細い。
やっと落ち着くことができた私は、満足して座席に腰を落ち着かせる。
カーテンを開け、解いた髪を一本の三つ編みにしてから外の景色を眺める。
とそこへ、騎乗したフェリクスが窓の外に併走してきた。
私は窓を開ける。風が吹き込み、三つ編みを揺らす。
「ん?早速着替えたのか。順当な結果だな。」
「何よ?」
「いーや、何でも。それよりも、我侭言って班長に迷惑かけるなよ?」
「班長は…ボーダンさん?」
「ああ、身重の奥さん放って任務に就いているんだ。予定日は来月とはいえ、早めに帰してやりたいし。」
「そうね。だったら早めに到着する?」
「それも相手の都合を考えると無理だろ。到着予定日は早馬で伝えてあるし。」
「そう、ならしょうがないわね。せいぜい大人しくしているわ。」
「そうしてもらえるとありがたい。…期待はしていないが。」
半目でこちらを見ているフェリクスを他所に、話題を変える。
「この前、盗賊が出たのってこの先だったっけ?」
「ああ、1刻ほど進んだあたりだ。」
ちなみに、1日は昼の12刻と夜の12刻に別れ、昼の7刻の開始時に太陽が南天に昇る。
そして1刻を60に割った長さが分刻、さらにそれを60に割った長さが秒刻だ。
「隣の領地との境界のあたりね…隣に逃げ込んだのかしら?」
「かもな。あっちにも使者を出してはいるが、対応は巡回を増やす程度だ。」
「この人数なら…盗賊を討伐できるかしら?」
「少人数ならできるかもな。20人を超えるようなら、撃退するのが精一杯だ。」
「だったら安心ね。」
「盗賊はな。だが旅の危険は盗賊だけじゃない。狼みたいな野生動物、ゴブリンみたいなモンスター、魔獣、その他諸々。街道沿いは定期的に国の騎士団、領地の騎士隊、冒険者ギルドなどが討伐しているが、十分とは言えない。」
「ええ、それぐらいは分かってるわ。楽しみね。」
「いや、それ分かってないだろ。」
そうつぶやいてため息をつき、フェリクスは馬車から離れる。自分の仕事に戻るのだろう。
一人になった私はしばらく窓の外を眺めていたが、やがて眠気が襲ってきたためにカーテンを閉め、座席で毛布に包まった。
昨日はあれからエルザの祝勝会に付き合い(『勝負』で残ったワインをさらに飲んでいた)、帰ってからはアレリアの話相手になって夜遅くまで起きていたので非常に眠い。
その上馬車の単調な振動は眠気を誘う。
ちなみに配当金は酒場で飲んでいたブックメーカーから、無理を言ってその場で受け取っている。
おかげで懐が暖かい。
都市に出たら上質の剣を新調するのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、私は眠りに落ちて行った…。
神暦720年王の月11日
今日も今日とて、馬車に揺られている。
昨日はあれから、メニルの町に着くまでぐっすりだった。
宿に到着してから、起こしに来たフェリクスに毛布に包まって馬車の床に転がっているのを見つかり、ずいぶんと呆れられたものだ。
はじめは座席で横になっていたはずだが、いつの間にか床に転げ落ちたのだろう。
そんな記憶はなかったが。
宿に荷物を置いた後は、護衛の騎士達と夕食をかねて酒場で飲んだ。
騎士隊の訓練に参加したこともあり、全員と顔馴染みだったのですぐに打ち解け、領内の盗賊情報やら、一昨日の『賭け』のことやらを酒のつまみに結構盛り上がった。
翌日の護衛もあるので飲み会は夜更け前にはお開きとなったが、酔いのおかげで昼間惰眠をむさぼっていた私も、すぐに寝付くことができた。
ちなみにこの町は養蜂が盛んなため、酒場で飲んだ酒はほとんどが名物の蜂蜜酒だったのだが、これがまた甘口だが漬けてあるハーブのアクセントのおかげで甘すぎず、後を引く美味さだった。
あまりに気に入ったので、お土産として上等なものを5本ほど瓶で購入することにした。
多少邪魔になるかもしれないが、仲間内で飲んだり、プレゼント代わりに使用したりと何かと役に立ちそうだった。
尚、御車のアンドレは馬の世話や馬車のメンテなどがあるため不参加である。
お土産に酒場で買った蜂蜜酒のうち、1本を渡したらずいぶんと恐縮されたが。
昨日に引き続き、ラムダウ川沿いに東を目指す。
今日の目的地である城塞都市ブレイユは、カノヴァス国の北部の大都市であり、東西の街道と南北の街道の交点であるとともにラムダウ川を利用した水運の拠点だ。
ヴァレリーのある王都方面へは、ここで南行きの街道へ折れる。
昨日泊まったメニルとブレイユは比較的距離が近いので、今日は早めに着く予定だ。
その後は町を見て回るのもいいだろう。
そんなことを考えながら、窓の外を眺めていると気になるものを見つけた。
街道から少し離れたところにある幾つかの集落…だが荒れ放題で人気もない。
廃村か?
そのうちのひとつ、遠くにある集落できらと何かが光ったような気がした。
鏡か何かが太陽の光を浴びたような感じではあったが、そのあたりに目を凝らしても再度光る事はなく、やがてその集落は丘の陰に隠れ見えなくなった。
その集落の周囲には丘が点在し、その間には元は麦畑であっただろう草原が広がっていた。
そのところどころから麦が生えていたので、人の手が入らなくなって1年は経っているだろう
側を流れている小川が干上がっているので、水不足が原因で耕作ができなくなり、逃散でもしたのだろうか?
やがて春の陽気で馬車が温まり、昨日のように睡魔に襲われたので毛布に包まり座席に横になる。
宿に到着してから、起こしに来た(ry
はじめは座席で(ry
そんな記憶(ry
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神暦720年王の月10日
ユーリアの乗った馬車が皆の前から出発し、街中へ向けて走り出す。
そして街中へ消えていく馬車に手を振りながら見送ると、集まった連中は三々五々挨拶を交わし、分かれて行こうとしていた。
そんな中、少女が声をあげる。
「さぁ、ユーリアが珍しくスカートなんか穿いていましたが、彼女はいつまでそんな格好を我慢できるのか?
『町を出る前に着替える』から『ヴァレリー領に到着するまで我慢』まで、結果発表は護衛班が帰ってきてのお楽しみ!
胴元は『古き盾亭』が行います。皆様奮ってご参加ください!」
集まった人たちが顔を見合す。
そして…。
「『今日の宿まで』に10ゴルダ!」
「領地の境界までに15ゴルダ!」
「『今日の宿まで』に20ゴルダ!」
「ちょっと、賭けになんないわよ!!」
「大穴狙いで『到着まで』に30ゴルダ」
「『3日で飽きる』に20!」
屋敷の前がにわかに活気付いた。