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男装お嬢様の冒険適齢期  作者: ONION
第1章 お嬢様の旅立ち
4/124

1-04 お嬢様、友人達を焚きつける

ユーリアさん、マジ空気っス。



 神暦720年 王の月8日


「おはよう、エルザ」


 声をかけ、エルザの隣の席に座る。

 授業の開始まで1刻近く時間があるので、その間にお昼を済ませてしまおう。

 鞄から包みを取り出し、開く。

 おなかがすいた。


「ユ~リア~!」


 そういって、涙を浮かべたエルザが勢い良くこちらの胸に抱きついてくる。

 エルザの頭が鳩尾付近にぶつかり、息が詰まった。


「ユ~リア~っ!ユ~リア~っ!!相変わらず胸板が硬い~っ」


 反射的に彼女の頭に肘を叩き込む。

 わずかに酒臭い。


「ユーリアッー!!」



 とりあえずエルザを落ち着かせて、話を聞く。


「うちの親父ってホントに酷いのよ!『家を継げ、家を継げ』の一点張りで、私の意見なんかちっとも聞いてくれないし。」


 ふむ、具は生ハム中心と野菜の酢漬け(ピクルス)中心の2種類か。どれ…


「おまけに最近、勝負でリードしているからって、『商人の息子はうちのもんだ。フランク君が入り婿に来れば安泰だ』なんてつまんない事考えてるし。


 」


 ハムは…塩が少し強めだな。だがサンドイッチにはこれぐらいが良い。


「そりゃ、私とフランクは幼馴染で…ちょっとだけ仲がいいけどぉ、それとこれとは話が別でぇ。」


 ミルクで生ハムサンドを流し込み、野菜サンドに取り掛かる。


「どちらかというとおじ様が賭けに勝ってくれた方が私としては嬉しいんだけど、かといって私の代で店を潰す訳にもいかないし」


 こっちは…マスタードが効いてるな。

 ちょっと強すぎる気もするが、だがそれもまた良し。


「それで今朝親父と大喧嘩して飛び出してきちゃったんだけど…ちょっとユーリア、聞いてる?」


 マスタードの所為で少し涙目になったまま頷く。

 仕方ない、とっとと片付けるか。

 残ってたサンドイッチ二切れをまとめて手に取り、そのまま口に放り込む。

 目を丸くするエルザをよそに、咀嚼もそこそこにそのまま飲み込んだあとで、残ったミルクを一気に飲み干す。


「あんた、それ絶対身体に悪いわよ?」


「まぁ、家族の前ではやらないことにしているわ。親の前では怒られるし、弟たちに真似されても困る。」


 だが彼女の言い分も大体わかった。彼女の家には事情がある…正確には彼女たち(・・)の家だが。



 この町の宿屋のうちの一つ『古き盾亭』と道具屋『ラクロワ商会』は、町の目抜き通りに隣り合って立っていた。

 宿屋の娘エルザ、道具屋の息子フランク。

 彼らはそれぞれの家の一粒種で、誕生日も10日程度しか離れていなかった。

 両家は家族ぐるみの付き合いを続け、やがて二人は成長していった。

 駆け引きと金勘定が好きな、アウトドア派で社交的な宿屋の娘。

 家事と料理が好きな、インドア派で家庭的な商人の息子。

 やがて彼女らは相手の家の父親に大いに気に入られるようになる。

『お前の娘を我が家の嫁に…』『いや、お前の息子こそうちの入婿に…』5年ほど前の酒の席でそんな話が出てから、父親たちの間でひとつの協定が結ば


 れ、『賭け』が行われることとなった。

『半年に一回、両者の間で勝負を行い、子供たちの成人時点の成績で、敗者は勝者の家に子供を婿/嫁に出す。

 尚、成人時点で同点の場合は一回勝負(サドンデス)

 勝負の内容は、剣術、弓術、ギャンブル、運動…両者の合意があればなんでもありだ。

 やがてその話は町に広がり、今では結果を巡って有志胴元(ブックメーカー)による賭博すら行われている。

 そして商人の息子は先日成人し、宿屋の娘の15歳の誕生日も明日に迫っている。

 現在の成績は宿屋の親父が1勝リード。

 村の一部の者たちにとっては注目のイベントだが、賞品たる本人たちにとってはたまった物じゃないだろう。


「まぁ、家のためなら嫁に行くのも婿にもらうのも仕方がないけど…やっぱり何か間違っている気がするのよ。」


 不貞腐れるエルザ。

 ちなみに、二人はあくまでも幼馴染の関係であり、付き合ったりだとか将来を誓い合ったりだとかいった話は聞こえてこない。

 傍から見れば意識しあっていることはバレバレだが。


「ま、そうね。私に話すよりも、とりあえず二人で相談してみれば?」


「そんな事いったって~、フランクに話すのは恥ずかしいし~っ。」


 顔を赤らめ、両頬に手を当てていやいやと身体をひねるエルザ


「あー、はいはい。」


 適当に聞き流していると、教室のドアが開く。

 そこに立っていたのは、栗毛の少年。


「噂をすれば…ね。ま、手間は省けたわ。」


 私はフランクを近くへ呼び寄せた。



「おはよう、ユーリアにエルザ。」


「おはよう、フランク。」


「エルザ、おばさんに聞いたんだけど、またおじさんと喧嘩したんだって?一体、どうしたんだい?」


 エルザが拗ねた口調で応える。


「それは…『賭け』のことよ。」


「ああ、あれか…僕もあれは納得できないな。まぁ半分諦めているけど。」


「そんな!あなた今のままじゃウチに入り婿に出されちゃうのよ?ラクロワ商会は潰れるか他人の手に渡っちゃうのよ?」


「それも仕方のない事だと思っている。父さんの自業自得だ。けど、宿屋の亭主って仕事は僕に向いていると思うよ。」


「私は嫌よ、一生宿屋の女将だなんて!いろんなところに行きたいし、いろいろなものも見てみたい。それに…ラクロワ商会を無くしたくないわ。だって


 、あなたの店じゃない。」


「エルザ…。」


「フランク…。」


 見つめあい、お互いだけの世界に入る二人。

 お前ら、とっととくっ付け。

 祝ってやる。


「だったら、『賭け』自体をぶち壊したら?」


 驚いた顔でこちらに振り向く二人。

 こいつら、完全に私の存在を忘れてたわね?


「双方納得する代案があれば、なかったことにできるでしょうし、最悪賞品が逃げ出しちゃうって手もあるし。」


「何か手があるのかい?」


「まずは…次の勝負の日時と、勝負内容はわかる?」


「父さんは…明日の夕に、勝負内容は飲み比べだって言ってた。」


「親父もそう言ってたわ。場所はたぶんウチの店。」


「ふーん、それはラッキーね。エルザ、乗り込んで二人とも伸してしまいなさい。」


 そうして、明日の夕について二人と軽く打ち合わせたところで、授業開始時刻となった。

 授業開始前に行儀見習いでこの町を離れることを学友達に説明し、そのまま別れを告げ私塾を出た。

 門の前で振り返り、私塾に向かい一礼すると、私は遠回りして町の中に寄り道してから屋敷に帰った。



 神暦720年王の月9日


 昨日の午後からの睡眠・生活時間以外はすべて礼儀作法の総復習に費やした。

 おかげで何とか様になってきたので、友人との約束があると母上に伝え、夕刻に出かけることにした。

 向かうのは『古き盾亭』。

 今夜の決戦場だ。

 館から町へ向かう道を抜け、目抜き通りへ出る。

 そしてラクロワ商会が閉まっていることを確認してから、『古き盾亭』へ入る。

 この宿屋も一般的な宿屋と違わず、1階が食堂兼酒場となっている。

 その酒場のカウンター近くのテーブルにエルザを見つけ、そちらへ向かった。


「どう、間に合った?」


「ええ、もうじきよ。」


 今日のエルザは、普段はまとめている髪をほどいて、胸元が少し開いた服を着ていた。

 どこからどう見ても酒場の女給Aである。


「そういえば…誕生日おめでとう、エルザ。はい、プレゼント」


 そう言って、小さな箱を渡す。

 今夜のことで頭がいっぱいで、誕生日のことなどすっかり思考の外へ追いやっていたのだろう。

 驚きに目を見開いている。


「ありがとう、ユーリア!開けてみてもいい?」


「ええ、どうぞどうぞ。」


 小箱を開けるエルザ。そして中身を取り出す。


「メノウのブローチね。ユーリアにしては結構かわいいデザインね。」


「ま、指輪は本命(フランク)からもらいなさい。」


 酒場の扉が開き、フランクが入ってきた

 酒場内を見回し、こちらに歩いてくる。


「父さんは間も無く来るそうだ」


「そう、覚悟はいい?」


 私が尋ねる。


「ああ、腹は括った。」


 答えるフランク。

 だがエルザは理解していないようだ。


「覚悟?『賭け』をなかったことにするだけじゃないの?」


「まぁ、その後始末だよ。」


 店の奥から前掛けをつけた男が出てくる。

 宿の亭主、エドモンだ。

 そしてこちらに気づくと、笑みを浮かべてテーブルに近づいてきた。


「フランク君に…そっちはユーリアお嬢様かい?娘と仲良くしていただいているようで。」


「ええ、お初にお目にかかります。」


「行儀見習いにヴァレリーまで出るんだってねぇ。辛いこともあるだろうが、がんばってくださいね。」


「ありがとうございます。」


「んで、今日はお別れ会ですかい?」


「いえ、今日は『賭け』の事で伺いました。今日が最終日とか。」


「こりゃぁ…お嬢様にまで伝わってるとはお恥ずかしい。」


「友人たちの未来がかかっているものですから。しっかりと見届けさせていただきます。」


「へい、ごゆっくりどうぞ。おいエルザ、ユーリアお嬢様とフランク君に飲み物を。あと料理も適当に見繕ってお出ししろ。」


「はーい。フランクはエールと…ユーリアはワインでいい?」


 二人が頷くと、エルザはカウンターへと歩いていく。

 エドモンはぺこりと一礼すると、客の注文を受けながら店の奥へと下がっていった。



 しばらくしてエルザが飲み物を持って戻ってくる。

 それとほぼ同時に酒場に一人の男が入ってきた。

 身なりの良い、ひげを生やし細身の体格のその男が、道具商でありフランクの父親でもあるフレデリックだ。

 フレデリックはまっすぐにカウンターに歩いていき、それを認めたエドモンがカウンターから出てきてその前に立つ。

 店中の客の視線が二人に集まり、ざわめきが静まる。

 今日の店内は観戦目当ての客がほとんどだ。


「よく来たな。『賭け』もいよいよ今日で終いだ。」


 エドモンがそう言えば、


「何、五分に戻して次で私の勝ちだ。」


 フレデリックが返す。

 そう言って二人はカウンター横の予約席へ移動する。


「勝負も10回目…いろいろやったが飲み比べは初めてだな。」


「お前、まだ飲んでないだろうな?それを負けた理由にされても、勝敗は変わらんぞ?」


「安心しろ、三日前から禁酒中だ。いやぁ、客に出す酒が美味そうで美味そうで困ったぜ。」


 二人はニヤリと笑う


「とりあえず、ワインは樽で用意してあるが…エールから行くか?」


「そうだな。まずはエールといこう。」


 エドモンが女給にエールを持ってこさせる。


「では10回目の勝負を…」


「その勝負、待った!!」


 突然の声が勝負に水を差す。

 二人が声の方向に目を向けるとそこにはフランクとエルザ、その後ろに私がいた。


「その勝負に異議を申し立てる。それは僕らの将来にかかわることだ。僕らの意見も聞かずに決められても到底受け入れることはできない。」


「ええ、私も今日で成人よ。自分の事は自分で決められるわ。」


 フランクとエルザの主張に、親たちは顔をしかめる。


「またお前は…お前は黙って見てればいいんだ。フランク君を婿にもらってやっから。」


「フランク…お前がそんなことを考えていたとは…だが安心しろ、お前はエルザちゃんを迎える準備をしていればいい。」


 二人の思いを聞いても、父親たちはにべもない。

 そこへ私が割って入る。


「ですがお二方、二人は既に成人です。家長の権限で無理やりというのも、後々遺恨の元になりはしませんか?」


「おお、ユーリアお嬢様。ご無沙汰しております。」


 フレデリックが私に気づき、挨拶をする。


「ですがお嬢様、これは両家の問題。領主のご息女とはいえ、過度の干渉はご遠慮頂きたい。」


「ええ、ですので二人の友人としての提案です。この『賭け』に、二人が参加するというのはいかがでしょう?」


 父親たちが顔を見合わせる。


「二人が勝てば、『賭け』は無効、二人が負ければ、『賭け』に勝った者に従うと。」


「ですが、急にそのような…。」


 フレデリックがその顔に困惑を顕にする。


「今のままでは、最悪、家を飛び出してしまうかも知れませんよ。特にエルザが。」


「エルザちゃんは、ウチへの嫁入りに乗り気だと思っていたのですが。」


「フランク君がウチに婿入りすれば、エルザは満足じゃないのか?」


「どちらにしろ、勝負がつけばどちらかの家の跡取りがいなくなります。それが二人には我慢できないのです。」


「だったらどうするんですかい?他所から養子でももらえばいいんですかい?」


「エルザとフランクには、それに対する考えがある…との話です。さぁ、どうしますか?勝負を受けますか?それとも、『賭け』自体無かった事にします


 か?」


 父親たちに決断を迫る。

 まぁ、『賭け』自体がなくなれば一番楽だが。


「ふん、子供に毛の生えたようなやつに呑み負けるとは思わないがな。どうだフレデリック、勝負を受けるってのは?」


「いいだろう、受けて立とう。だが、勝負がついたら文句はなした。」


「はい、それはもちろんです。僕たちの勝負を受けて頂き、ありがとうございます。」


「それで、どちらが出るのかね?フランクが飲むところはあまり見たことがないが、エルザちゃんは結構強そうだね。」


「あん?フランク君ならエルザに付き合ってよくウチで飲んでたぞ?」


「おいおい、成人前に飲ますなよ。」


「安心しろ。(ワイン)しか飲ませてねぇ。エールや蒸留酒は成人してからだ。」


「相変わらず、お前の酒への基準がわからん。」


 普通は水代わりといえばエールよね。


「じゃぁ私が…」


「いや、僕が出るよ」


 名乗りでかけたエルザを押しとどめ、フランクが前に出る。


「でも貴方、」


「少しはカッコつけさせてよ。それに、父さんたちに全力でぶつかってみたいんだ。」


 そう言ってフランクは微笑む。


「そう…わかったわ。じゃぁお願いね。」


 渋々下がるエルザ


「さぁ、これで舞台は整った。勝っても負けても恨みっこなしだ。『お酒は楽しく適量を』?興が乗ってくりゃぁ、限界なんざ飛び越えちまうもんさ。」


「フランク、無理はするなよ。だが、限界まで見せてみろ。」


 こうして、男たちの戦いの火蓋が切って落とされた。



 三人が一気にジョッキを呷り、1杯目のエールを飲み干す。


「か~っ、三日ぶりの酒は染み入るな!!」


「お前、こんなに禁酒したことなんて今までにあったか?」


「ああん?えーっと、確か10年くらい前に風邪でぶっ倒れたときに…あ、あん時は水代わりにホットワイン飲んでたな。」


「成人してから初めてじゃないのか?」


「いーや、物心ついてからだ。」


 そう言って、豪快に笑う。


「だがウチのお袋も酒好きでな。おっぱい吸ってるときから酒精とは仲良しってもんよ。」


「酒好きは血筋か。」


 そんなうちに3人のジョッキにエルザを始めとした女給たちにより、ワインがなみなみと満たされる。


「さぁ、次からはワインだ。ペース上げていくぞ」


「お、エルザちゃんありがとう。おじさんがんばっちゃうよ!」


「父さん、あんまり羽目を外さないでよね。」


 そして男どもは目配せした後、2杯目をやっつけにかかった。


 私は自分の席に戻り、テーブルの上の料理を摘みながらグラスを傾ける。ワインの少し強めの酸味が心地よい。

 ふと、テーブルの上に空の小樽が置いてあるのに気付く。さっきまでなかったので、料理と一緒に持ってきたのだろうか?

 まぁいいわ。

 既にやれるだけの事はやり尽くしたので、あとは観戦モードに入るだけだ。

 フランクもエルザも、頑張んなさいねー。




 勝負は既に佳境に入り、飲み干されたジョッキも10を越えた。フランクは既にフラフラだが、親父たちはまだ余裕そうに見えた。


「うーぅ、フランク君よぉ、君ぃらは勝負に勝って、一体どうするつもりだねぇ。」


「そーだぞ、フランク。父さんに話してみなさいーっ。」


 なんだか親父共、説教モードに入りそうな雰囲気である。


「とーぅさん、おじさーん…僕ぁねぇ、入り婿も嫁にもらうのも嫌らったんらよ。僕ぁねぇ…ぼくは…」


 フランクががばっと席を立つ


「ぼくはぁ、エルザが、らいすきなんらっ!家の都合なんかかんけいらいっ、ぼくがエルザをよめにするっ!」


 フランク心の叫びin古き盾亭。

 突然の告白に顔を真っ赤にしたエルザが店の奥に走り去る。


「「おっほっほっほ~。」」


 親父共はフランクの心の叫びに、笑顔で拍手を送る。


「フランク君言い切ったーぁなぁ。いやぁ、若い若い。」


「それれいい、フランク。さぁ、見事わし等を倒してみれろ。」


 だがフランクは動かない。やがて、ゆっくりと後ろに倒れていこうとする彼を、店の奥から飛び出してきたエルザが支える。


「フランク、お疲れさま。」


 エルザは彼をゆっくりと通行の邪魔にならない位置に横たえると、親父共に向き直る。


「さ、おじ様方、選手交代よ。」


「ちょっと待て、勝負はついただろう?」


「ああ。意地は見せれもらったが、残念ながらフランクの負けら。」


「あら、でも承諾してもらったはずよ。『二人』が勝てば、賭けは無効と」


 唖然とする親父共。


「なぁフレデリック、どーするよぉ?」


「いや、私に聞くらよ。私はエルザちゃんには甘いんらから。」


「だったら…エルザ、フランク君の代わりに勝負を続けるなら、『駆けつけ10杯だ』」


 その言葉に、にこりと笑みを見せるエルザ。


「ええ、いいわ。でもジョッキじゃぁ面倒だから…ユーリア、そこの樽を頂戴!」


 急に声がかかってびくっとする。

 さっきの樽はエルザが用意したのかと考えながら、小樽を取って渡す。


「このサイズなら…ジョッキ5杯分ってことでいいかしら?」


「もうちょっとありそうな気がするがー…それでいい。」


「ちょっと見せてくれるらい?…んんー、細工も特にらさそうら。」


「じゃ、はじめるわよ。」


 そう言って、彼女は小樽になみなみとワインを注ぎ、それを抱え込むと、ゆっくりと飲み干していく。

 だんだんと樽が傾いてゆき、傾きが俯角になった後、彼女は大きく息をつく。


「あーっ、美味しいっ!!」


 観客も含め、周囲は唖然とする。


「エルザちゃん…いい飲みっぷりらね!おじさんびっくりら。」


「エルザ…お前いつの間にこんらに強くらった?いつもはフランク君と同じぐらいしか飲んでなかったらゃないか。」


「だってぇ、フランクが潰れた後に一人で飲んでもつまんないじゃない。」


「そ、そういやぁお前はいつも潰れらかったら。」


「やっぱり楽しくお酒を飲むなら、相手は重要よね。ま、今日は機嫌がいいから、とことん付き合うわよ!!」



 その後の彼女は圧巻だった。

 続けて1杯どころか、2杯を飲み干し、見下すように対戦者を眺める。

 その目線に抗い、必死で杯を干して追いついた親父たちをあざ笑うかの様に、さらに1杯を飲み干し、顎をしゃくるエルザ。

 そして杯を重ね、25杯を過ぎたあたりで、フレデリックがテーブルに突っ伏した。


「なぁエルザらん…さっきは聞けなかっらけろ、勝ったらろうするんら?」


「そうね…フランクと一緒に家を出るわ。それで、小さな家を借りて、幸せな家庭を築くの。」


 夢見るように語る。


「それで、私はおじ様の所に弟子入りして商売をおぼえて、フランクはウチで働くのがいいわね。」


 エドモンが眠たげだった目を見開く。


「それで私はフランクの子供を生むの。二人…いえもっとよ。その子たちが大きくなったらウチとラクロワ商会を継がせるの。」


 フレデリックが…うつ伏せたままぴくぴくと動いている。


「ううん、私たちが頑張れば、子供たち全員が継げる数の店を用意できるかもね。とりあえず、それが今の目標よ。」


 フレデリックが小さく声を上げる


「エドモン…私ぁもうらめら。頼む、お前がエルららゃんを…。」


「何言ってやらるフレれリック。お前を置いて行けるらよぉ…。つーか、ろれもももう限界ら。」


「らったらこの勝負は私達の負けらな。」


「ああ、それれかまわねぇ。らが、今夜はいい夢見られろうらぜ。」


「多分明日の朝は地獄らろうらな。」


「ちげぇねぇ。」


 こうして、エドモンとフレデリックの『賭け』は『無効』といった結果で勝負がつき、『古き盾亭』での戦いは終わったのであった。




 ちなみにこの結果に対するブックメーカーの配当率は6倍。

 前日、街に寄った際に『無効』に賭けた私には、いい小遣い稼ぎとなった。

2013/05/06

ワインの量を下方修正。

いや、絶対、致死量超えてたorz

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