2-09 侍女の後半戦
神暦720年 王の月20日 闇曜日
自室へと戻る小父上の案内で、司祭様の元へと向かう。
ついでに、城砦内の配置を教えてもらった。
「まぁ城砦のつくりは普通の城とあまり違いはないな。正門から練兵場を抜けて城砦玄関、そのまま領主の間まで一直線ではあるし、あまり捻りもない。ただ、左右の棟からの支援を受けて固められた玄関は、簡単には抜けさせんぞ?」
そう自慢げに笑う小父上。
「しかし、あのような技を未だに受け継いでいるとは…そういえば、レイアも重装備の騎士相手には苦労していたな。」
「ここ数年、母上に1本取られたうちの3割近くは格闘からの連携で取られたような記憶があります。」
「うむ、重装の騎士は転がされてしまえば呆気ないほどに弱い。自重がある分地面に叩きつけられた際の衝撃は大きく、一度転がってしまえばすぐに起き上がるのは困難だ。まぁ、実際には転がすまでが一苦労なのだがな。あと、あまり自分の腕に自惚れるなよ?対人戦はそこそこ出来たとしても、魔物相手だとかなり勝手が違うぞ?」
小父上の忠告に素直に頷く。
確かに、人相手の常識は魔物には通用しない事は想像に難くない。
「さて、こちらが司祭達の詰所だ。平時であれば騎士団には従軍司祭1人と各隊に助祭が1人ずつ付く。邪魔するぞ!」
小父上に連れられて入った部屋、その部屋の入り口脇にはテーブルとそれを囲む椅子、そして奥にある机には落ち着いた赤のローブに身を包み、にこやかな笑みを浮かべた中年女性が座っていた。
「あらあら、アルノルス様、いらっしゃい。どうかなさって?」
「ああ、司祭殿なら適任だな。助祭でもまぁ信用は置けるが、女性のほうがありがたいからな。」
小父上はそう言って私の肩を押し、女性の前に出す。
「この前話した従兄妹姪のユーリアだ。こちらは騎士団の従軍司祭、リリー殿だ。」
「ユーリス・ヴィエルニです。しばらくの間、騎士団の鍛錬に参加しますので、お世話になります。」
「そう、貴女が…。私はリリー・トマジ。フランベルマの威光を説き、騎士団に付き従う司祭です。よろしくお願いしますね、ユーリアさん。」
そう言ってますます目を細める司祭様。
ちなみにフランベルマはこの大陸で広く信仰されている五大神のうちの一柱で火と戦の神である。
そして司祭様は細めた目で私をじっと見つめたあとに口を開く。
「うん、イーリアの面影があるわね。でもイーリアよりも凛々しいのはレイアの影響かしらね。」
私は軽く目を見開く。
「司祭様も母上たちをご存知なので?」
「ええ、まだ助祭の頃ね。騎士団で修行していたレイアに治療を施したし、レイアに連れられてきたイーリアとも付き合いはあったわ。二人がこの町を出てからはそれっきりだったけど、団長から話は聞いているわ。二人の娘…あなたに会うことができて、本当にうれしいわ。この出会いに神々へ感謝を。それで、今日はどうしたの?」
やはりこの方もか。
年齢的に言って母上の世代が組織の重鎮に収まっている頃…この街にいる間に、その人たちの話を聞いて回ろうと心に決めた。
おっと、今日の用件だったか。
「はい。訓練で多少の打ち身が。」
「あらあら、騎士に混じっても女の子なんだから、自分の身体は大切にしなきゃ駄目よ?じゃぁ早速治療だけど…。」
そう言って、小父上に視線を向ける司祭様。
「ん?あ、ああそうだな。ユーリア、治療が終わったら一応隊に顔を出せ。練習を切り上げるにしてもだ。では司祭殿、よろしく頼む。」
そう言って部屋を出て行く小父上。
確かに、治療のために小父上の前で服を脱ぐのは、子供の頃から知られているとはいえ乙女のすることではないわね。
「じゃぁ鎧下を脱いで下着姿になって。あ、衝立を持ってきてからね。」
そう言って、先に扉の外に札を掛ける司祭様。
文面は見えなかったが、おそらくは要ノック などと書かれていたのだろう。
鎧下とシャツを脱いで、下着姿になる。
身体も腕もあちこちに赤い打ち身があり、それ熱を持ちはじめていた。
今はまだ赤いぐらいだが、このままであれば数日後には青くなって色が抜けるのに時間がかかる羽目になる。
それを魔法の力で癒してしまおうというのだが…。
「あらあら、これは随分とやられたものね。でも訓練といえば、普通は寸止めじゃないかしら?」
私の身体を眺めて、首を傾げる司祭様。
まぁ、訓練中に好き好んで寸止め無しで打ち合う若い娘など、普通はいない。
「それは…まぁ、その場のノリで寸止め無しで打ち合ってしまいまして。」
思わず目をそらす。
「まぁ、そんな事が?さっきも言ったけど、身体は大切にしなきゃ駄目よ?でもそれにしては、打ち身程度で済んでいるのが不思議ね…。」
そう言って、こちらの腕を取り、関節を曲げて程度を確かめる司祭様。
打撲以外に痛みはなく、骨折などもなさそうだ。
「まぁ…さすがに防具も無しでは心許ないので、魔術の加護を強めにかけましたが…さすがに防ぎきれませんでした。」
「あら、魔術?剣はレイアから手ほどきを受けていると団長から聞いてはいたけれど、魔術は…イーリアの血かしらね。」
「まぁ、魔術についてはお母様と同じ方に学びましたので…お母様ほどではないにしても、ある程度の才能があったのは、やはりお母様のおかげかと。」
お母様は魔術師としてはかなりの腕だったとは聞いてはいるが、自分は大したことはない。
もっとも、それは剣にのめりこむ私の好みの所為かもしれないが。
「ここにいた頃のイーリアは…カロン殿に山程仕事を押し付けられたってよくぼやいていたわね。あと、カロン殿の生活態度や部屋の散らかり具合にも散々文句を言っていたわ。けど、なんだかんだ言って出された課題も全部こなしていたようだけど。」
ふむ、山程の仕事をこなせるのであれば、話に違わぬ才女であったのだろう。我が母なりに誇らしいがわが身を省みると情けなくもある。
「レイアは…騎士連中にはやっぱり力負けするって嘆いてたわね。けど、兄に比べれば大したことはないとも言っていたわ。まぁ、彼女は速さと機転で立ち回っていたけどね。」
さすがに母上と言えども、騎士連中には力負けしていたのか…。
だが、裏を返せば従騎士連中には力負けしていなかったというのか?
「ちなみに、二人がこの街にいた頃に旦那と結婚したんだけど、結婚式にも勿論二人を招待してね。地味な服を着ていても二人とも美人だったから、ウエディングドレス姿の私を差し置いて、二人に参列者の男衆の視線が釘付けだったわ。でもボリスは君が一番だって、きゃー!」
そう言って、年甲斐もなく顔を赤らめて騒ぐ司祭様。
司祭様も、体型はふっくらとしているが十分に美人だと思うが…って、ボリス?
「ボリス…というと、第一騎士隊の副隊長の?」
「ええ、そうよ…ってそうね。今日鍛錬に参加したなら、会ってるわよね。ウチのったら、私よりも三つも年下なのに、行き遅れの私のどこに惚れたのか、熱烈な…」
そのままのろけ話に入る司祭様。
って、すっかり治療の手が止まっていた。
…服を脱いでいる所為で風邪をひいたら、それも治療してもらえるかなぁ。
「さて、じゃぁ治療を始めるわね。この程度の傷だったらすぐに済むけど、だからといって怪我をすることに慣れたら駄目よ?聖句でも治せない怪我もあるし、治す前に死んでしまっては気軽に復活は出来ないからね?」
満足するまで惚気たのか、気を取り直して治療の続きをする司祭様。
聖句というのが神の奇跡による魔法をひっくるめた呼び名だ。
この聖句による奇跡を起こす事が出来て、初めて助祭として認められるのがこの大陸の各神殿の慣わしだ。
ちなみに復活の奇跡もあることはある。
ただ、聞くところによるとその儀式に必要な人数が、大司教クラスが五人以上とさらにそれ以外に数十人、しかも寿命で死んだ場合は復活も出来ず、また復活後に治癒の奇跡を施す間生存できる程度に遺体が整っていないといけない…などと制限が多すぎる。
なので不慮の事故で死んだ王族などでなければ、その恩恵を与る事が出来ないと聞いている。
『―――偉大なる我が神フランベルマよ…我が祈りの声を聞き、彼の者の傷を癒し給え。』
そんな事を考えている間にも、司祭様の祈りの声と共に私の身体が温かな光に包まれる。
やがて痛みが薄れ、それと共に身体の腫れも引き、光が収まった頃には普段と変わらない身体になっていた。
…こう、奇跡でもう少し成長させる事は出来ないものだろうか。
「さぁ、これで治療はおしまいっ。でね、ユーリアちゃん、お茶でも飲んでいく?できればレイアの様子とか聞かせて欲しいわぁ。」
うむ、それは魅力的な提案だ。だが…。
「申し訳ありません、司祭様。非常に魅力的な提案ではありますが、剣の鍛錬中ですので又の機会に。」
そう言って私は服を着込む。
誘いを断られた彼女はひとつ小さなため息をついてから、気持ちを切り替えるように大きな声で話す。
「そう、だったらしょうがないわね。なら偉大なるフランベルマの御加護がありますように。彼の神の祝福は貴女が鍛錬で流した汗の分だけ、実戦で流す血の量を和らげるでしょう。」
「はい、司祭様。お話については、又の機会に是非。」
服と鎧下を着込んだ私は、司祭様に礼を述べてから部屋を出る。
さ、随分と時間を取ってしまったが、早く練兵場に戻らなければ。
練兵場に戻ると、騎士隊は引き続き長剣による乱取りをしていた。
まずはボリスさんのところか…。
隊長?もいるにはいるが、あの人はなんか嫌だ。
「おお、戻られましたか。で、どうされます?このまま鍛錬をされますか?」
「ええ、お願いします。」
私の返事に、笑顔を浮かべて頷く副隊長。
「分かりました。だったら…従騎士オゾン、お嬢様のお相手をしろ!」
ボリスさんに呼ばれ、組み合わせからあぶれて休んでいた従騎士が慌てて駆けつける。
かすかにカールした髪が兜の端から覗く、栗毛の少年だ。
「5本勝負で基本的に寸止めですが、勢い余る事もありますので注意して下さい。」
ボリスさんに頷いてから、相手に向き直る。
「ユーリア・ヴィエルニよ。よろしく。」
「ポール・オゾンです。よろしくお願いします!」
一礼だけのつもりが、相手が手を差し出して来たのでそれを握る。
彼は嬉しそうに握手した手を上下に振ってから離し、その手を見つめる。
「おらポール、さっさと始めんかっ!」
ボリスさんの声に弾かれる様にこちらに向き直し、剣を構えるポール。
こちらも剣を上段に構え、合図を待つ。
「では一本目、始めっ!」
その後も昼休みまでの間、乱取りを繰り返した。
相手が代わる毎に軽く自己紹介をしたのだが、その際に全員と握手する羽目になったのは謎だ。
だが、何故か全員が非常に嬉しそうだったので良しとしよう。
どうやら騎士隊には問題なく受け入れられたようだ。
そして従騎士のほぼ全員と手合わせをしたところで昼休みとなった。
対戦成績は従騎士15人相手に10勝ぐらい…まぁ初日だからこんなものか。
ちなみにテオドールともやりあったが、生憎と3-2で負けた。
まぁ、まだモノになる隠し球の手持ちがないので致し方あるまい。
だがやはり、ギリギリまで縺れ込む彼との勝負は面白い。
隠れて練習して次もまた驚かせてあげよう。
昼食に行く前に、ボリスさんに午後は用事がある旨を伝え、訓練を切上げた。
テオやポールを含むグループに声を掛け、一緒に食堂へ向かう。
だがなんとした事か、騎士隊の隊員のほぼ全員が後に続き、食堂では私を中心とした一角を占拠することになった。
ちなみに食堂に入ってきたマリエルとナターシャに手を振ったら、回りの連中を見回してから他人の振りをされた。
確かに、それが賢明な判断だ。
だがちょっとは助けてくれんかね?
周囲からの視線を感じながら食事を摂る。
テオのグループとも話をするが、回りからの視線が気になって上の空だ。
勿論、食事の味も分かった物じゃない。
そして食事が終わったところで始まる自己紹介タイム。
第一騎士隊の正騎士の連中以外にも、どこから聞きつけて来たのか今日は休暇中のはずの第二騎士隊のメンバーも含まれている。
ちなみに所属騎士隊は騎士隊章の違いで見分けが可能だ。
幾人もの名前と顔の波に翻弄されながら、社交デビューってこんな感じなのかな…と上の空で考えていた。
読んでいただき、ありがとうございました。
次の話を楽しみにしていただけたら、幸いです。
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